第8話 災厄は何度も繰り返され血の雨を降らす
軽く表面を炙ってからオリーブオイルとニンニクで香り付けして、塩とほうれん草とミルクで調理されている。いい出汁が出て前菜にはうってつけといえた。
「今日はエビトーストと豚足の揚げたのがメインだ。」
エールをひとくち飲んだ後にスープの味に舌鼓をうっていると、すぐにメインとなる料理が出てきた。
この店ではその日その日でおすすめの素材をメニューとして出している。食材の臭みを消すために下ごしらえは早い時間から済ませてあるのだろう。
エビは虫に似ているとして都市部ではほとんど食べられない。イールと同様に見た目が受け入れられないのだ。意図せず底引き網であがるので、監獄や収容所で囚人の食事に出されることが多いと聞く。
豚足は元々食材とは見なされていない。臭みが強いので解体時に捨てられてしまうのだが、下処理をしっかりとすると抜群の料理に仕上がる。
ペースト状にしたエビをパンに塗って揚げ焼きにしたエビトーストを齧った。表面はカリッとしており、やがてエビの甘みが口内に広がる。強めの塩味が素材の味をさらに引き出していた。
続いて、豚足の揚げ物を手づかみで齧りつく。ビネガーに何種類かのスパイスを合わせたものが表面にかかっていた。
「·························。」
嫌な刺激がした。
スパイスとは違う苦味、そして下がひりつく。
すぐに左耳にはめたカフスピアスの魔石を触る。このカフスには浄化の術式が刻まれており、魔力を魔石に流すとほとんどの毒を打ち消してくれる作用があった。
ギルに視線をやると凍った表情をしていた。
「なぜだ?」
「なぜ解毒できる?浄化魔法は···。」
「理由を言え。」
殺気を込めながらギルの言葉を遮った。
その瞬間に他の客たちが立ち上がり、それぞれに武器を抜き出すのが気配で感じられる。
「今日、三度目だぞ。」
俺はそう言いながら、横にあるイスの背もたれを掴んで後方へと投げた。
その間隙をついて立ち上がり、後ろにいた一人の顎に拳を打ち込む。間をおかずにすぐ隣にいた相手のみぞおちを殴り、頭を抱えて顔面に膝蹴りを入れた。
「野郎!」
残りが一斉にかかってきた所へ、またもや近くのイスを掴んで横に薙ぎ払った。街中での魔法はご法度なため、こういった場合は無手で対抗するしかない。
一人目に当たって砕けたイスの背もたれ部分を逆手に持って次の相手の肩に突き刺した。
最後の一人に近づいた時に後ろから何かが投擲された。体を逸らしながらかわし、その間に剣を振りおろそうとした目の前の相手の喉を突く。
カウンターの脇にある開き戸が開く音がした。
「おまえのせいで···息子がさらわれた。」
ギルの故郷は魔物に襲われて甚大な被害をもたらした。彼の妻は亡くなり、何とか生き残ることができた息子のために冒険者を引退することになったのだ。
「俺には···もうあいつしかいないんだ···。」
ギルの表情には微かな躊躇いがあった。息子のために自身の誇りを捨て、かつての仲間を手にかけようとしているのだ。ただ、それは甘さでもある。
「相手は誰だ?」
「·····················。」
「おまえは引退してひさしい。俺には勝てないと思って毒を盛ったんだろう?」
「·····················。」
「冷静に考えろよ。」
ギルがこのまま向かってきても倒れるのは彼だろう。そうなれば息子が助かる可能性は低くくなる。
「対価だ。おまえが依頼主を教えてくれれば息子を助ける。」
「·····················。」
引退したとはいえ、彼のかつての実力を考えれば手加減はできないかもしれない。最悪の場合は、彼はここで死に息子も同じ運命をたどる。
「ギル?」
「···領主だ。」
武器を床に落として彼ははっきりとそう答えた。
この街は王都には近いが別の領主が治めている。確か侯爵位にある有力貴族だったはすだ。
「わかった。」
俺はそう言って踵を返した。
"
街の最奥にある領主の屋敷近くで魔法を使った。
気配を探り、動きがないかを確認する。屋敷には警護の者も含めておよそ二十名。外にいる小さな気配は番犬か何かだろう。
さらに気配察知を強くして地下室がないかを探る。屋敷の下の二ヶ所が空間になっているようだ。食料庫ともうひとつはやや大きめで、小さな気配があるのがわかった。
次に、二階建ての屋敷の上階の気配を探る。
こちらには人は少ない。
同じ部屋に二人と一番陽当たりが良さそうな部屋に一人。領主が在宅であれば、おそらくこれがそうだろう。
時間は既に深夜となり、外に行き交う人はいない。俺はすぐに行動を起こすことにした。
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