第2話 いっそ壊れてしまえ





インヴィズィブル・ファング伍

いっそ壊れてしまえ



 持たなくてもいい重い荷物を、誰に頼まれもしないのに一生懸命ぶらさげていないか。


             中村天風






































 第二牙【いっそ壊れてしまえ】


























 「つ・・・」


 「つ・・・」


 「「着いたーーーーーーーー!!!!」」


 知らない霧の中へと飛ばされてから早三日。


 ヴェアルとミシェルは、ようやくシャルルの城へと戻ることが出来た。


 三日というのは早いのか遅いのかはさておき、とにかく無事に辿りついたのだ。


 重たい大きな扉を開けると、ミシェルは叫ぶ。


 「モルダンーーーー!!!ハンヌーーーーー!!御主人様が帰ってきたわよーーー!!」


 じめじめしたその部屋に入って叫んでも、ミシェルの声が響くだけで、返事もなければ物音もしない。


 物音にあまりに敏感になっていたからか、隣でヴェアルがくしゃみをしただけで、ミシェルに殴られてしまった。


 「いないな」


 「いないーーー!!なんでーーー!絶対にここにいると思ったのに!!!なんのために私、ここまで頑張って歩いてきたのよ!!」


 「ジキルとハイドもいないな」


 「ヴェアル、ストラシスがいないのに随分と落ち着いてるわね」


 普段なら、ストラシスのことになるとおかしくなるヴェアルだが、今日はなぜだか落ち着いていた。


 そんなヴェアルに疑問を抱いたミシェルがそう聞くと、ヴェアルはあっけらかんとこう言った。


 「ストラシスの足にはGPSつけてるから、いつどこにいても分かるんだ」


 「・・・・・・ヴェアルって、ストラシスのことになるとヤバいわよね」


 「何が?」


 調べればすぐにストラシスの場所が分かるのだが、ここは気持ちを抑えて、危険な目に遭わせるわけにもいかないと、ヴェアルはシャルルの部屋に向かうのだ。


 「シャルルの部屋?なんで?」


 「あいつらのこと、本に書いてあるかもしれないだろ?」


 シャルルの部屋には沢山の本がある。


 妖怪、鬼、自分達のような闇の存在、他のジャンルの本もある。


 きっとこの本の中になら、レイニ―たちのことに関する本が一冊くらいはあるかと、ヴェアルとミシェルは本を読み始める。


 「何かあった?」


 「何も。そっちは?」


 「ないー。もう嫌!シャルルの部屋ってば本多すぎ!!読み切れない!!!」


 数時間経った今、ヴェアルとミシェルは本に埋もれていた。


 シャルルの部屋の本が多いことは知っていたが、これほどまでとは思っていなかった。


 読んでも読んでも終わらない連鎖。


 「てか載ってない。うん。載ってないわよ。もー目が痛い!」


 シャルルの部屋の本棚に綺麗に並んでいた本たちをバラまきながら、ミシェルは大の字になって寝そべった。


 手足をバタバタさせながらあーあー叫んでいると、真面目に本を読み続けているヴェアルの服の裾を掴んだ。


 「なんで載ってないのー?どういうことよヴェアル!説明してよ!」


 「知らないよ。けど確かに載ってないな。関連してそうな本も読んでみたけど」


 「載ってないってことは、あいつら違うの?私達とは違うの?人間なの?」


 「ただの人間なら俺達がそう簡単にやられるはずないだろ。良く分からないけど、ここに載ってないってことは、何かが違うんだろうな」


 パタン、と本を閉じると、ヴェアルは立ち上がって散らばった本を片づけ始めた。


 ミシェルも起こして手伝わせていると、ふとミシェルがこんなことを聞いてきた。


 「そういえば、マクロイヤは人間なのよね?なら、ヴェアルが人間になって人間の世界に行ってみれば、また会えるじゃないの?」


 「・・・・・・」


 「ああごめん。シャルルに怒られるかもしれないもんね」


 「いや・・・そうだな」








 というわけで、ミシェルに言われて気付いたが、ヴェアルは人間の姿になった。


 性格には、ヴェアルは大柴光という仮の姿になったのだ。


 人間の世界に行って、ヴェアルというか光るは1人、のんびりと歩いていた。


 いつも自分達がいるシャルルの城の周りは、だいたい湿気が多くてじめじめしており、霧も深いため、こんな風に太陽が燦々と照っているなんてまず有り得ない。


 ヴェアルは先日レイニ―と出会った場所の近くをうろうろしていると、警官が怪しそうにこちらを見ていたため、ヴェアルは逃げるようにして住宅街に入った。


 しばらく歩いていると、後ろから声をかけられた。


 「こんなところでウロウロしてると、不審者扱いされるぞ」


 「!!!お前!」


 そこには、制服姿ではなく、首にスカーフを巻いている私服姿のレイニ―がいた。


 数回小さく咳をすると、踵を返してヴェアルから遠ざかろうとしたため、ヴェアルは大声を出してレイニ―を止める。


 「そんな大きな声出すなよ。それこそ不審者扱いされるだろ」


 「シャルルは何処だ?何処に連れていった?」


 「・・・こんなところで話す内容じゃないだろ。場所をわきまえろ」


 「!!!」


 グッと拳に力を入れたヴェアルだが、レイニ―の言ったことも確かだと、レイニーの後を大人しく着いて行く。


 レイニ―が向かった先は、とあるファストフード店だった。


 適当に注文をして適当に座ると、ヴェアルの前にはシェイクとポテトが差し出された。


 レイニ―も同じシェイクを注文したようで、2人して冷たいそれをただしばらく啜っていた。


 シェイクを全て飲み干した時、ようやくここでヴェアルが口を開いた。


 「お前、何者なんだ?シャルルを何処へ連れていった?」


 「・・・知らない」


 「お前!!!」


 バン、と強くテーブルを叩いて立ち上がったヴェアルだが、周りの人がこちらを見ていることに気付き、そのまま座った。


 ポテトに手を伸ばして黙々と食べているレイニ―は、ポテトを口に運びながらこう言った。


 「俺はあんたらのことに興味ないし、シーナたちに協力してくれって言われたから、言われた通りやってるだけ。俺のこと責めるのはお門違いだよ」


 「協力って、何のだよ」


 「知らないよ」


 「お前、何をするかも聞かずに協力したのか?どういう心算だ!?」


 興奮したせいで少し声が大きくなってしまったヴェアルは、口をぎゅっと紡ぐ。


 ヴェアルが強い口調で言ったにも関わらず、レイニーは特に気にした様子もなく、ポテトを貪っている。


 「言っただろ。俺はあんたらがどうなろうと興味ないわけ。シーナたちのことも興味ないし。どっちがどうなろうと、俺には全く関係ないからね。まあ、あんたたちのことも話さないって約束で協力はしてるから、安心してよ」


 全く悪びれた様子もなくそう言い放ったレイニ―は、気付けばポテトを完食しており、手についた油を紙で拭いていた。


 残しておいたシェイクを飲みながらストローを噛んでいるレイニーに、ヴェアルがさらに聞いた。


 「なら、お前の血はなんなんだ?何か力があるのか?」


 「・・・・・・」


 ズズズ、とシェイクを完全に飲みきると、レイニ―は空になったそれをぐしゃ、と潰した。


 そして潰したシェイクの容器とポテトの袋を一緒に握りつぶしながら席を立つと、ゴミ箱に放り投げた。


 「それに関しても知らない。俺のことに関して聞きたいことがあるなら、シーナたちに聞いた方が早いと思うよ。わざわざ聞きに来たのかもしれないけど、骨折り損だったな」


 そう言うと、レイニ―は鞄からヘッドフォンを取り出し、耳につけた。


 そのまま店を出て行ってしまい、残されたヴェアルはレイニ―の背中を眺めることしか出来なかった。


 それからすぐヴェアルも店を出ると、シャルルの城に向かった。


 結局何も聞き出せなかったが、レイニ―という人間のことは少しだけ分かった。


 他人には全く興味がない男。


 「シャルルと似てるけど、全然違うな」


 他人に全然興味がないといえば、シャルルしか思いつかなかったが、今日この瞬間からレイニ―も加わった。


 しかし、シャルルとレイニ―は似ているようで全く違う。


 他人に興味がないが、自分がしていることには責任を持つシャルルと、他人に興味がなくて、自分のことさえ興味のないレイニ―。


 ヴェアルはため息をつきながら城へと戻る。


 「はあ・・・」


 ギィ、と扉を開けた瞬間、ヴェアルは後悔した。


 いつもなら気付くはずの敵の気配に、全く気付けなかったのだから。


 「ミシェル!!!」


 扉を開けたその先にいたのは、先程まで話していたレイニ―に協力を頼んだ、シーナとジェロニカだった。


 そして、留守番をしていたはずのミシェルは、真っ赤な色をした球体の中に閉じ込められており、気を失っていた。


 その赤い色から、ヴェアルはそれがレイニ―の血で作られたものであることは予想が出来た。


 「お前等・・・!!」


 ざわっと風が吹いたかと思うと、ヴェアルは狼の姿になる。


 普段のヴェアルからは想像出来ないような体格に、毛むくじゃら。


 シャルルを連れていかれてから3日以上経っている今、まさか自分達のもとへ来るとは思っていなかった。


 いや、それが甘い考えだったのかもしれない。


 「おいおい、まさか俺達とやる気か?惨敗したのを忘れたわけじゃないだろ?」


 「俺が、大人しくお前たちに着いていくとでも思ってるのか?」


 「んー、まあ、無理だろうな」


 余裕そうに笑っているシーナとジェロニカの前で、ヴェアルは自分がどうにかするしかないと思っていた。


 あの赤い球体の中で息が出来るのかも分からない、何処へ連れて行かれるのかも分からない、これからどうなるのかも分からない。


 ただ分かっているのは、無理だと分かっていても、今ここで抵抗するしかないということ。


 シーナが一歩前に出ようとしたのだが、ジェロニカが手を軽く差し出して制止すると、ヴェアルの前に立った。


 「私の獲物なのに」


 「いつシーナのになったんだよ。早いモン勝ちだろ?」


 「我慢出来なくなったらごめんなさいね」


 クスクスと笑って話すシーナに、それに同じように笑って答えるジェロニカ。


 まるでヴェアルのことなど、簡単に倒せると言われているようで。


 ヴェアルは勢いよく足を踏み込んだ。


 「おっと」


 それをひょいっと避けると、ジェロニカはヴェアルを挑発するかのようにニヤリとする。


 「こっちだこっち」


 ジェロニカは身軽なのか、ひょいひょいっとヴェアルの攻撃を避けてはヴェアルの背後をとる。


 「くそっ!!!」


 「へへ。そんなパンチじゃぁ、俺には当たらないよ」


 「!!!」


 ジェロニカに向けた腕は、避けたジェロニカによって腕を掴まれ、そのままヴェアルは投げられてしまった。


 しかし、ヴェアルもジェロニカに放り投げられたくらいでやられるわけではない。


 脚力を用いて、ジェロニカまで一気に近づくと、拳を作る。


 そしてその拳がジェロニカの顔近くにまで行ったところで、ジェロニカはヴェアルに聞こえるくらいの大きさでこう言った。


 「お前には当たらない」


 「!?」


 ジェロニカの方を向いていた拳は、いつの間にか壁に向かっていた。


 ジェロニカが消えたというよりも、ヴェアルが移動したのだろう。


 そして拳は壁に激突した。


 「・・・?」


 どういうことだろうと、ヴェアルは何度も何度もジェロニカに攻撃をするが、それはジェロニカには当たらなかった。


 まるで、ジェロニカの言葉で動かされているかのように。


 「(動きも読まれてる気がする・・・!それに、あいつの言葉はなんだ!?)」


 「気をつけろ」


 「!?」


 「・・・左足の後ろに、床から出てる釘がある」


 ずっとここにいたヴェアルにだってわからなかったソレを、ジェロニカは言い当てたというか、ヴェアルはそれに躓いてしまった。


 そのまま、まるでスローモーションのように自分の身体が後ろに倒れていくのを感じる。


 そして、目の前にはジェロニカがいて、その手には例の血で出来た霧吹きがある。


 「!!!」


 本能だった。


 身体がどうとか体勢がどうとか、精神的にどうだったとか、そういうことではない。


 ただ、本当に身体が勝手に動いていた。


 頭で考えてから身体を動かすその前に、自分の中に眠っている本当が、危険を察知して身体を動かしたのだ。


 「ありゃりゃ。逃げられちゃったよ」


 残念そうにしているジェロニカは、霧吹きをシュッと一回出して見せた。


 あれを喰らったら、以前と同じように身体は動かなくなってしまうだろう。


 ただでさえ、ミシェルが捕まっている球体から放たれた臭いで嗅覚がやられているというのに。


 足元がぐらつく中、ヴェアルは必死に抵抗を続けた。


 そんな中、ジェロニカがやれやれと言った風に頭をかきながらこう言った。


 「そんなに動かないでくれよ。頼むからさ」


 「・・・!?」


 すると、ヴェアルの身体は電源が切れたかのように動けなくなってしまった。


 「なっ・・・!?どうなって・・・」


 「参っちゃうよなー。ほんとに。このお譲ちゃんも、キャンキャン喚いて五月蠅かったんだよ」


 「女たるもの、おしとやかでいなくちゃね」


 ジェロニカの話によると、ジェロニカたちが城に来たとき、ミシェルは魔法で抵抗をしてきた。


 魔法が使えないようにと、ジェロニカはミシェルの目も口も閉じさせ、それからあの赤い球体の中に閉じ込めたのだそう。


 「シャルルはどこだの、ヴェアルが帰ってくるだの、それからなんだっけか」


 「モルダンとハンヌ」


 「そうそうそれ。そいつらもどこに連れていったとか色々五月蠅かったからな」


 「・・・!始めから、俺達も連れて行く予定だったのか!?」


 身体を動かそうと力を入れてみるが、動かない。


 自分の身体のはずなのに動かせないという悔しさや虚しさ。


 それを知ってか知らずか、ジェロニカはケラケラと楽しそうに笑う。


 「まあ、正直シャルルだけでも良かったんだけどな。どうせなら、魔法界も欲しかったからな」


 「俺はついでか!」


 「ついでっていうか、ここにはお前達三人しかいないだろ?シャルルとこのお譲ちゃんを連れて行っても、お前がいたんじゃ俺達の計画が漏れる可能性がある。だからお前も連れて行くんだ」


 さてと、とジェロニカはシーナに時間を確認すると、そろそろ行くかと言いだした。


 ヴェアルはなんとか身体をねじろうとしたり捻ったりするが、なんともならない。


 それを見ていたシーナは、ペロッと舌で唇を舐めた。


 鼻をクンクンと動かして、ヴェアルはジェロニカに尋ねた。


 「その血、何かあるのか?」


 「・・・おー、さすがだね。普通の人間の血とは確かに違う」


 「何が違う?」


 「それをお前達に話すと思うのか?ネタバレは後にとっておこうぜ?」


 「・・・!!」


 ふと、ヴェアルの首筋に、シーナは鼻を近づけていた。


 なぜこんな至近距離で臭いなど嗅がれないといけないのか、しかも狼の姿のときに。


 獣臭いに決まっているのだが、シーナはそんなことお構いなしで、しまいには恍惚の表情を見せた。


 「シーナ、止めておけ」


 「どうして?だってすっごく男らしい、獣の臭いがするの。私この臭いだーいすき」


 「だーいすき、じゃないだろ?変態だよ変態。獣の臭いが好きなら動物園にでも行け」


 「あら、それ良い考えね」


 そう言いながらも、一向にヴェアルの傍から離れようとしないシーナ。


 いい加減にしてくれと言おうとしたヴェアルだったが、その時、痛みを感じた。


 「・・・え?」


 「元気で血の気が多いのも、好きよ」


 シーナの手には、いつの間にか小さなナイフ、それも柄から刃先から真っ赤に染まっているものがあった。


 それはまるで血の塊のようであって、ヴェアルの腹はそれによって刺されていた。


 ヴェアルは狼の姿からいつもの姿に戻ってしまい、ガクン、と膝から倒れるようにして崩れていく。


 薄れゆく意識の中、ヴェアルの耳にはシーナの言葉が聞こえてきた。


 「目が覚めたら、またゆっくりお話しましょ」








 「・・・・・・」


 頭が、ぼーっとしている。


 最初は目線だけを動かして辺りを見渡していたが、徐々に顔を動かせるようになると、首を動かしてみる。


 とりあえずは、生きているようだ。


 「いてて・・・」


 傷口を触ってみると、シーナに刺されたそこはもう塞がろうとしていた。


 それほど深く刺さっていなかったにも関わらず意識を失ってしまったのは、きっとあの血で作られたからだろう。


 「はあ・・・」


 重たい身体をなんとか起こすと、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


 「お目覚め?」


 「・・・最悪の目覚めだね」


 「あら」


 肩を小刻みに揺らしながら笑うと、シーナはヴェアルに近づく。


 ヴェアルは自分の身体を見てみると、両手両足、そして首に赤い輪のようなものがついていた。


 「そんな怖い顔しないで?ジェロニカに頼んで、あなたを生かしてもらったんだから」


 「・・・・・・なら、ここで俺に殺されても、文句は言えないな」


 「あら、その状態で、私に勝てるとでも思ってるの?」


 「やってみないと分からないだろ・・・!」


 勢いよくシーナに殴りかかろうとしたが、急に身体が重くなり、動かなくなり、ヴェアルは顔面から床に倒れてしまった。


 ソレを見て、またシーナは笑う。


 狼の姿にもなれず、怪力も出せず、ヴェアルは倒れた身体を起こすのに必死だった。


 「力出ない?」


 シーナはヴェアルの前で両膝を曲げており、片腕で頬杖をつき、もう片腕は前に伸ばしていた。


 黒く長い綺麗なシーナの髪は床についてしまっているが、シーナは縛ることも気にすることもしない。


 悔しそうにシーナを見るヴェアルだったが、一緒に連れて来られたはずのミシェルが見えず、辺りをキョロキョロしていた。


 それに気付いたのか、シーナはヴェアルの顎を掴んで自分の方に向かせた。


 「安心して。まだ生かしてるから」


 「・・・無事なのか」


 「無事なんじゃない?あの子はジェロが連れていったから、今どうなってるかは知らないけど、大切な人質だもの。そう簡単に殺したりはしないわよ」


 「・・・・・・」


 「そう怖い顔しないでよ」


 意識していたわけではないが、シーナのことを睨みつけていたらしいヴェアルに、シーナは笑いながら言った。


 掴んでいたヴェアルの顎を解放すると、シーナは笑みを深める。


 「何を企んでるんだ?」


 「ふふ・・・。なんだと思う?」


 おちょくられているのを分かっていながらも、ヴェアルは考えてみる。


 真面目に考えているヴェアルを見て、シーナは口元に手を持っていくと、笑い声を隠すようにして小さく笑っていた。


 「単純な話、この世界を手に入れたいのよね、私達」


 「?」


 シーナの言っている“この世界”というのが、人間界をも巻き込んだ世界なのかは、今のヴェアルには分からない。


 「シャルルが持っている役職っていうの?肩書でもなんでも、それがあれば闇の存在たちは簡単に動かせるわ」


 「・・・シャルルはそんなことしたことないけど」


 「まあ、そうでしょうね。もったいないと思うわ。あれだけ力も地位もある男が、何も欲しがらず、何も配下にせず、ましてや人間に手も出さないなんてね」


 ヴェアルとミシェルも、シャルルがそれなりの力を持っていることは知っている。


 それは強いとか以外に、だ。


 シャルルが人間に手を出すなと言えば、みなそれに従う。


 だからといって、そんなシャルルの考えが全て受け入れられたわけではない。


 シャルルの地位を奪おうとする者もいれば、シャルルを手にかけて自分が頭首となろうとする者もいる。


 そんな中、シャルルはそれらを説得し、戦い、宥めてきた。


 言う事を聞かない連中が出てくるのは仕方のないことだと、シャルルは言っていた。


 「シャルルを囮にすれば、ぬらりひょんも誘き寄せられるかなーなんて思っててね」


 「ぬらりひょん・・・?」


 「あれ?知らない?」


 初めて聞いた気がするような、そうでもないようなその名に、ヴェアルは首を傾げる。


 それを見て、シーナはヴェアルが知らないのだと分かると、挑発するかのようにニヤリと笑った。


 「この世には、私達闇の存在がいるけど、それは東洋と西洋によって異なる。それは知ってるわよね?」


 「まあ、だいたいは」


 「私達は西洋の鬼のようなものだとしたら、東洋の鬼をまとめているのが、そのぬらりひょんという男だと言われているの。聞いたことない?」


 「・・・・・・?」


 本か何かで読んだことがあるのか、それともシャルルの口から昔聞いたことがあるのか、とにかくはっきりと覚えていなかった。


 「西洋のシャルルに東洋のぬらりひょんって言ったら、結構有名だと思うんだけど。まあとにかく、シャルルとそのぬらりひょんって男は知り合いなわけ。シャルル同様、ぬらりひょんも相当の力を持っていると言われているの」


 「へー」


 そう言えば、そんなことを言っていた奴がいたような気もした。


 しかし、随分と前のことのように感じる。


 シャルルも自分からそういうことを話さないタイプなため、こちらから聞かないと話さないことが多い。


 「そのぬらりひょんの動きも封じることが出来れば、私達は全ての世界を自由に操れるのよ。羨ましいと思わない?」


 「・・・別に」


 「あら、残念。でも、ぬらりひょんには私達も直接会ったことはないの。だから愉しみにしてるの」


 フフ、と小さく笑いながら、シーナは頬に手を置いた。


 ミシェルを連れてきたのは、魔法界にも手を伸ばし、魔法界を手に入れるため。


 しかし、魔法界にはミシェルの先輩というか上司というか、そんな感じの立ち位置にあたる、空也という男がいる。


 その空也という男、魔法においては右に出るものがいないと言われるほど有能な男なのだが、女には弱いという弱点がある。


 まあ、いざとなれば戦ってくれるだろうが、女性相手に本気になるかは不明だ。


 魔法界を手に入れるのは思っているほど簡単ではないと思っているヴェアルだが、あえて口には出さない。


 「レイニ―は、それを知ってるのか?」


 「レイニ―?さあ?知ってるとしても興味ないだろうしね。こういうふうに、世間話もまともしたことないのよ?」


 「・・・・・・」


 レイニ―は確かに興味がないと言っていた。


 だからといって、自分の世界にも被害が及ぶかもしれないというのに、なんとも無責任なことだ。


 ヴェアルは知らず知らずシーナをまた睨みつけていたようだが、シーナはそれに対して可愛いものを見ているように微笑む。


 ぷいっと顔を背けても、シーナが笑っているのが分かる。


 「問題は、あなたよ、ヴェアル」


 「俺?」


 自分の名前を呼ばれたことで、ヴェアルは背けた顔をまたシーナに向ける。


 そこには口角をあげているシーナがこちらを見ていた。


 「シャルルとミシェルはいわば餌としての役目があるけど、あなたにはないの。正直言って、ここに連れてくる前に殺すことだって出来たのよ?」


 「・・・じゃあ、なんで殺さなかった?」


 「なんでかしらね・・・?ただ、私は興味があったのよ」


 「興味?」


 シーナの言っていることが良く分からないヴェアルに、シーナは続ける。


 「生かしておくとどうなるのか。レイニ―がこちらにいる限り、私達の優勢は変わらないから。別にちょっとくらいなら生かしておいてもいいかなーって思ったのよ」


 「どうなるって、どうにもならないだろ。俺達はもうどうすることも出来ないんだ。それくらい、お前等だって分かってるだろ」


 「ええ。あなたたちには何も出来ない。それは分かってるわ。けど、今まであなたたちに喧嘩を仕掛けた者は皆、それなりに自信があった。なのに負けたってことは、あなたたちには何かがあるのよ。あなたたちを潰すには、シルバーブレッドが必要ってこと」


 「?シルバー、ブレッド?なんのことだ?」


 その単語を言ったあと、シーナはわざとなのか、「あ」と言って自分の口元に手をおいた。


 「あなたたちはどうしてそんなに欲がないの?」


 「欲、だと?」


 「そう。だって、シャルルにあなた、そして魔法使いのお譲さん。シャルルにはぬらりひょんっていう最強のお仲間までいる。それなのに、どうして世界を欲しいと思わないの?それが不思議だわ」


 当然のことのようにそう聞いたシーナに対し、ヴェアルは眉間にシワを寄せている。


 それから少しして小さくため息を吐くと、こう答えた。


 「あんたらの言葉を借りるなら、”興味ねぇ“のさ、シャルルもな」


 「世界が自分のものになるっていうのに、それが興味ないっていうの?」


 「ああそうだ。シャルルはそういう奴だ。自分の力を使って世界をどうこうしようとか、そんなことは一切考えてないね」


 「・・・・・・」


 ヴェアルは肩を揺らしながら笑ってそう答えると、今度はシーナが険しい顔をする。


 しかしすぐに鼻で軽く笑う。


 「もったいないわ。ええ、本当に。あれだけの力を持っているのに、いえ、持てるものは全て持っているというのに、欲がないっていうのはもったいないことだわ」


 「もったいない?」


 「ええ。その気になれば全てが手に入る状況にありながら、それを欲しない。それは愚かなことよ。考えられないわ」


 「・・・シャルルはそういうことを考える奴が大嫌いだ」


 「あらそう。けど、その大嫌いな奴に捕まってちゃあ、何も出来ないわね」


 「シャルルは負けない」


 「この状況で良く言えるわね。じゃあ、シャルルが殺されても、生き返るって言うの?キリストのように?生憎、私は信者ではないからキリストの話も信じてはいないけど」


 話が少々反れてしまったが、とにかく、シーナたちはそれが目的らしい。


 「シャルルはどうして目指さないのか、あなた分かる?」


 「?」


 「シャルルはね、きっと恐れているのよ。だから手を出せないの。人間という脅威、自然という脅威、未来という脅威。過去の栄光だけを持っている彼にとって、これから起こる未来の事象を受け入れることが怖いのよ。だから何もしないの。何も手を出さないの。分かる?」


 「違う。シャルルはそんな奴じゃない」


 「なら、あなたたちに出来るの?私達と同じことが?」


 クスクスと笑うその姿に、自分たちが馬鹿にされていることが分かったヴェアルだが、それでも静かに答える。


 「俺達はお前らと同じことはしない」


 「ほら、やっぱり」


 「しないだけで、出来ないわけじゃない。シャルルが見ている未来は、そんな世界じゃないんだ・・・」


 「?何を言ってるの?」


 少し俯き、何かを考えている様子のヴェアルに、シーナは怪訝そうな表情を浮かべる。


 すると、ヴェアルは顔をあげてまっすぐにシーナを見つめる。


 「俺達のような存在と、人間との共存。それはきっと難しいだろうけど、シャルルはそれを目指してるんだ」


 「共存?人間と?馬鹿じゃないの?そんなこと、出来るわけないわ・・・!」


 興奮したのか、シーナはヴェアルの頬を思いっきり叩いた。


 それからまたフフ、と笑うと、ヴェアルの方に近づいていた。


 「馬鹿ね。共存が本当に可能だと思ってる?あの男にそんなこと出来ると思ってるの?悪いけど、それは空想よ。理想よ。出来るわけないわ」


 「・・・シャルルならきっとやるさ」


 「出来るわけないわ!!それに、人間と共存なんてして、私達になんのメリットがあるっていうのよ!!あいつらは私達を滅ぼし、もしくは見世物にすることしか考えてないのよ!!!」


 急にあらあらしく大声をあげたシーナにヴェアルは驚きを隠せなかったが、そんなシーナとは裏腹に、ヴェアルは静かに話す。


 「お前等とシャルルとの違いは、そこだな」


 「?」


 「シャルルはああ見えて、損得勘定なんかで動かない奴だ」


 「・・・そんなわけないじゃない。闇の存在の頭首になって、力もあって、考えないわけないじゃない」


 「シャルルはな、ただ、自分に正直なだけだ。昔からそうさ。例え自分が損をするってわかってても、だからどうしたって顔して、率先して歩いて行くんだ」


 生まれた時から地位があったのは、それはシャルルの先祖のお陰であって、自分がやったことではない。


 だからといって、自分に課せられた使命を投げだすこともしない。


 「シャルルはお前等と違って、何かの種を滅ぼしてまで自分が生きようなんて思ってない。お前等と違って、自分がおかれてる状況がどんなに悪くても、誰かのせいにしない」


 「それはシャルルが良い立場にいるからよ。私達のように、日陰でしか生きられない存在からしてみれば、シャルルやヴェアルだって日向で生きてるのと同じなのよ!!」


 「日陰でも日向でも、きっとシャルルは変わらない。あいつはあいつで、何者にも変えられない。だからあいつは何かを変えられるんじゃないかって、俺は信じてる」


 「・・・!!!」


 あまりにも真っ直ぐなそのヴェアルの視線に、シーナは久しぶりに苛立ちを覚えた。


 ヴェアルに近づくと、顔や腕を何度も蹴って痣を作らせた。


 それで気が晴れたのか、シーナは呼吸を整えながら小さく微笑むと、ヴェアルの手の上に足を置いた。


 そしてグリグリと強く踏みつけながら、ヴェアルと目線を合わせるようにして膝と腰を曲げた。


 「笑わせないで頂戴。何かを変えるのは私達よ。そしてそれが今。わかる?」


 「お前たちがやってることは、ただの煩悩だ。それこそ、自分達のためだけの言動だろ」


 「生意気なことを言うのね」


 そう言うと、シーナはヴェアルの顔面を殴り飛ばした。


 かと思うと、今度は優しく笑いかけてきて、ヴェアルの傍に両膝を曲げて座った。


 ヴェアルの肩に手を置いて、その首筋に顔を埋めたとき、ヴェアルの脳内には以前のことが蘇る。


 肩を押さえられていたヴェアルだが、反射的にシーナを蹴飛ばすと、手足と首についていた輪によって急激に力が抜ける。


 「はあっ・・・!」


 「・・・・・・」


 少しだけ飛ばされたシーナは、蹴られたお腹を軽く摩りながらヴェアルまで歩み寄ってくる。


 「あああああああ!!!!」


 「・・・!?」


 本能なのか、ヴェアルは雄叫びをあげながら暴れ出した。


 すると、ヴェアルは手足と首についている赤い輪を次々に壊し始めた。


 「・・・あら」


 ガラスのように粉々になってしまったその輪を見て、ヴェアルは自分が自由になったことを知ると、シーナに向かって突進していく。


 ここで1人でも仕留めておけば、と思ったヴェアルだったが、シーナに近づいた途端、シーナは自分の口元にハンカチを置く。


 「!!」


 シュッとひと吹き、赤いそれを顔にかけられたヴェアルは意識が朦朧としてしまった。


 その隙に、シーナはヴェアルの腕と足を、なんの躊躇もなく折る。


 「ぐああっ!!!」


 意識が薄れて行く中、シーナが呟いた言葉だけが聞こえた。


 「狼男は頑丈なのね」








 その頃、ミシェルは球体に捕まったままだった。


 とはいっても、真っ赤な球体の中にいるわけではなく、ミシェルのいる中央だけは空間が出来ており、その回りに赤い囲いのような球体がある状態だ。


 ミシェルの前にはジェロニカがいて、大きな欠伸をしていた。


 そこへ、シーナが姿を見せる。


 「どう?」


 「どうって、見たまんまだよ」


 「魔法界には何か連絡したの?ミシェルを捕まえたぞー、とか」


 「したけど、何も音沙汰なし。どういうことだ?こいつを捕まえたのは間違いだったのか?」


 「あら、今更そんなこと言ったってしょうがないでしょ?そもそも、ミシェルを誘拐すれば魔法界もなんとかなるんじゃないかって言いだしたのはジェロ、あなたじゃなかった?」


 「そうだっけ?」


 本当に覚えていないのか、それとも惚けているのか、ジェロニカははて、と首を傾げていた。


 シーナはジェロニカの隣に腰を下ろすと、足を組んでミシェルを眺める。


 「そっちこそ、どうだったんだ?」


 「どうもなにも、ちょっとオイタが過ぎたから、躾してきたまでよ」


 「おほっ、怖い怖い。お前に目をつけられるなんて、ヴェアルも可哀そうな奴だな。もっとまともな女なら良かったのにな」


 「失礼ね。これでもまともだと思ってるのよ」


 「そりゃ悪かったな」


 2人がどんな会話をしているかも、ミシェルには聞こえている。


 ミシェルが2人を睨みつけていると、ジェロニカが気付く。


 「それにしても、こいつが本当にあの魔法界の異端児と言われている空也の妹か?」


 「妹じゃないでしょ。親しい間柄なだけでしょ」


 「そうだっけか」


 「本当に人の話をちゃんと聞かない男ね。ねえミシェル、あなたから言ってもらえない?魔法界を私達に渡すようにって」


 にっこりと微笑んでくるシーナだが、ミシェルは唇を尖らせてそっぽを向く。


 「こっちも生意気そうね」


 「じゃじゃ馬だからな。こんなじゃじゃ馬じゃあ、シャルルも相当手を焼いてるだろうよ」


 『五月蠅いわね!!!あんたたちなんか、シャルルがやっつけてくれるんだから!!』


 「耳障りね」


 「てかさ、何?結局はシャルル頼みなわけ?自分でどうしようとか考えないんだ?魔法使えるってのに、これじゃあ意味ないだろ


 『さっきから使ってるのに使えないから言ってるんじゃない!!!なんなのよこれは!さっさと私を解放しなさい!そうすれば、良いことあるわよ!多分!!』


 そう、先程からミシェルは何もしてないわけではなかった。


 ミシェルとて魔法の使い手。


 この赤い球体の中から、ジェロニカたちに向かって魔法をかけようと努力はしていたのだ。


 努力はしていたのだが、それがどうしたことか、全く効かないのだ。


 効かない、という言い方は正しくないのかもしれないが、魔法は球体の外へ出ている様子がないのだ。


 なんとかここから脱出をしようと考えていたミシェルも、魔法が使えないとなってしまうと、ただの人間同様だ。


 「ヴェアルはどうしたんだ?」


 「ちょっと煩わしかったから、黙らせてきたわ」


 『ヴェアルに何したのよ!!』


 「安心してよ、まだ生きてるから」


 ミシェルの叫びに対して、シーナは五月蠅いと言わんばかりに小指を耳に当てながらそう答えた。


 まるで檻に入れられた猛獣のようにこちらを睨みつけているミシェルをシーナが見ていると、その間にジェロニカが入った。


 「そうお互いに睨むなって。シーナ、お前の方が年上なんだから、こんなガキ相手に怖い顔するなよ」


 「私が年上だからって関係ないんじゃない?噛みついてきたのはそっちよ」


 『何よ!私の方が若いからって、嫉妬してるんでしょ!!まあ、こんなに可愛くて清純な私に嫉妬しない方がおかしいでしょけどね!』


 「なんですって?あんたみたいな胸も脳みそもないようなガキ相手に、私が嫉妬なんてするはずないでしょ?私はこの通りナイスバディだし?自分の身体にも顔にも何の文句もないわ」


 『性格に難ありだけどね』


 「あんたは全部が難ありなのよ」


 『おばさんのくせに』


 「ペチャパイガキのくせに」


 『むっきーーーーー!!そこまでぺちゃじゃないわ!!見なさいよ!ほれ!少しだけ出てるじゃない!!!』


 「えー?どこにあるのー?谷しか見えないわ」


 『たっ、谷ですってえええええええ!?凹んでるじゃない!崖ならまだしも、谷なんて有り得ないわ!!!おばさん、もしかしてもう老眼入ってんじゃ無い?』


 「はあ!?この私が老眼ですって!?まだぴっちぴちの337歳よ!?」


 『うっわ・・・』


 「ちょっと、そういうリアルな反応止めてくれる」


 闇の存在たちの年齢は、人間には到底考えられないほど高い。


 寿命も人間の何十倍、何百倍もあるのだ。


 シャルルとて実際には何歳かなど聞いたことはないが、見た目だけでいえば20から30の間くらいだろうか。


 逆に、見た目が老人であっても、実際にはそれほど歳を取っていない者もいる。


 一方で、ミシェルたち魔法使いたちというのは、どちらかというと人間と似たような寿命を持っている。


 だからなのか、ミシェルが初めてシャルルやヴェアルと会ったときに比べて、2人はあまり変わっていない。


 1000歳を越えた者にも会ったことがないわけではないが、だからといって、目の前のこの女が300歳を過ぎていると言われ、しかも自分ではピチピチと言っているとなると、相当痛々しいものがあった。


 『どうでもいいけど、ここから早く出しなさいよ!!絶対に許さないんだから!!』


 「出られるもんなら出てみろよ」


 そう言われ、ミシェルは自分を取り囲む赤い球体に手を入れる。


 「・・・!!!!!」


 すると、じゅううう、と音が出たかと思うと、ミシェルの腕に火傷の跡が出来た。


 「ああああああ!!!!」


 すぐに取り出したが、腕は痺れながらも火傷によって力は出なくなり、ミシェルはその場に両膝をついた。


 この中だけなら魔法が使えると、ミシェルは治癒を使おうとするが、それよりも先にジェロニカが動いた。


 「しばらく大人しくしててくれ」


 「!!!」


 球体の赤いものが動き出すと、ミシェルの両腕両足を掴んだ。


 身動きを取れなくなってしまったミシェルは、ただただ手足が焼かれる感覚に陥るのだ。








 「・・・・・・」


 カラン、と冷たい音を出して、手首についている赤い輪に目が行った。


 シャルルはその輪を眺め、月も見えないような檻の中でじっとしていた。


 いつもならば暖かい、というわけでもないが、慣れた棺桶の中でゆっくり寝ている頃だというのに、こんな冷たい檻の中で寝ることになろうとは。


 赤い輪を見つめるシャルルの目つきが一瞬変わり、こう呟いた。


 「気に入らん」



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