インヴィズィブル・ファング伍

maria159357

第1話 銀の弾丸




インヴィズィブル・ファング伍

銀の弾丸




     登場人物


      グラドム・シャルル四世


      リカント・ヴェアル


      ミシェル


      レイニー・昴邑・マクロイヤ


      シーナ・ドミュレ


      ジェロニカ・バビロン


































 苦しいという言葉だけはどんなことがあっても言わないでおこうじゃないか。


       高杉 晋作






































 第一牙【銀の弾丸】


























 全てを擲ってまで守るものなど、この世に存在するだろうか。


 もしあるとしたら、それは本当に守るだけの価値があるのだろうか。








 闇夜の生き血を啜り、薔薇色のワインを呑み干し、宵闇とともに堕ち、錆びた朝を唄い、狂楽に踊りだす。


 貴方の愛に齧り付き、骨の髄まで噛みついたら、一番美しい表情を見せる。


 満月、三日月、新月、いつの夜でも姿を見せるその姿は、まさしく蝙蝠。


 ただ蝙蝠と違うのは、その姿は妖艶に口元を歪めて笑い、二足歩行することが出来、蝙蝠よりも性質が悪いということだ。


 誰もその存在を認めないまま、時代は進み続けて行く。


 だが、時代が認めなくとも、存在が確実であり、進化しているのもまた、今から知る事実となり、現実離れした現実となる。








 月がその身を隠し始め、太陽がその存在を消す為に、神々しく光を放ち始める時間。


 森の奥、霧の道を通り抜けてさらに奥へと歩みを進めて行くと、そこに、薄らと姿を現したのは、茨に呑みこまれそうな城。


 蝙蝠が城へと向かって飛び、とある小窓から部屋の中へと入っていく。


 その部屋は、埃を被り蜘蛛の巣もはっている、錆び付いた豪華なシャンデリアがあり、大きな額縁の中には、この城の持ち主だろうか、こちらもすでに色褪せた肖像画が飾られていた。


 そんな城に住んでいる男と、男のもとになぜか寄ってくる男女。


 これはそんな男女による物語である。








 「グラドム・シャルルも大したことないな」


 そこには、床に伏しているシャルルの姿があった。


 シャルルは何も言わないまま、ただそこで横になっている。


 シャルルの前にいる男は、シャルルの顔を見ることもないまま、シャルルの腕をぐいっと掴んだ。


 「さてと」


 華奢なように見えて、意外と大柄な体格のシャルルをいとも簡単に担ぐと、男の後ろを女が着いて行く。


 そして最後には、シャルルの城には誰もいなくなってしまった。


 その頃、ヴェアルとミシェルは城とは全く違う場所で目を覚ました。


 「何処?ここ・・・」


 「さあな」


 目を覚ましたヴェアルは、頭をガシガシとかいていた。


 そのヴェアルの横では、ミシェルが辺りを見渡しているが、此処が何処かも検討がつかない様子だ。


 顔を両手で覆ったかと思うと、ミシェルはヴェアルの目の前に走って行って、ヴェアルの胸倉を掴んでぐいっと顔を近づけた。


 「どうすんのよ!!シャルルは何処行ったの!?助けなくちゃ!!」


 「落ち着いてミシェル」


 「落ち着けるはずないでしょ!なんなのよあいつら!!急に来たかと思えば!挨拶もなしなんて!!」


 「問題はそこか?」


 「ヴェアルはなんでそんなに落ち着いていられるのよ!?モルダンとハンヌも、何処に行ったかわからないのに!!!」


 何がそんなに悔しいのか、ミシェルはキ―ッ!とハンカチを強く噛んでいた。


 そんなミシェルを見てヴェアルは小さくため息を吐いた。


 「そもそも、此処が何処かも分からないのに、どうやってシャルルを助けに行く心算なんだ?」


 「うっ・・・それは・・・」


 「それにシャルルのことだ。そう簡単にはやられないだろ」


 「それもそうね・・・」


 ヴェアルの言ったことに納得したミシェルだが、モルダンたちのことの方が心配のようだ。


 しかし、モルダンたちだけではなく、ストラシスの行方も分からないヴェアルもまた、心配で仕方なかったのだ。


 「シャルル・・・」








 数時間前―――


 シャルルは、ジキルとハイドを連れて散歩に出かけていた。


 「ジキル、ハイド。今日も良い湿気具合だな。そんなにはしゃぐとぶつかるぞ」


 なんて、シャルルらしからぬ優しい言葉をかけながらの散歩であった。


 微笑んでいたシャルルだが、急に険しい顔をすると、自分の後ろから着いてくるその影たちにとげとげしい言葉をかける。


 「それにしても、なぜお前等まで着いてくるんだ」


 「いいじゃん。モルダンがお散歩行きたーいって言ったんだもん」


 「お前に猫語なんてわからん癖に」


 シャルルの後ろから着いてきているのは、モルダンとハンヌを連れてミシェルだった。


 モルダンが散歩に行きたいと言ったかどうかはさておき、そもそも猫のため好き勝手に散歩するものだろう。


 勝手にされておけば勝手に散歩など済ませるだろうと思ったシャルルだが、ミシェルはどうしてもモルダンと散歩がしたいようだ。


 というのも、シャルルがジキルとハイドを連れて散歩に行くと、それを見ていたモルダンはシャルルの後を着いて行ったのだ。


 それを見ていたミシェルは、あくまで自分とモルダンが散歩をしているのであって、決して、モルダンはシャルルと一緒にいたいから着いて行ったわけではないと。


 シャルルにとってはどうでも良いことなのだが、ミシェルにとってはとても大事なことのようだ。


 「モルダン、もっとこっち来なさい!」


 ヒソヒソと言っている心算のようだが、丸聞こえである。


 呆れてため息を吐いていたシャルルだが、ふと何かを察知し、歩くのを止めた。


 「どうしたのシャルル?きゃああああ!」


 ひょいっと顔をシャルルの脇から出したミシェルの前には、大きな岩が投げられた。


 あまりにも大きな岩が投げられたものだから、シャルルとミシェルには爆風と言う名の風が襲いかかった。


 それにも動じずにそこに立っていたシャルルの前に、男女が現れた。


 女はブロンドの長い髪でまつ毛も長く、八重歯が特徴的だ。


 男の方はミントの少しはねている髪をしており、耳にもかかっている。


 首には何かネックレスをつけているようだ。 


 「私、シーナ・ドミュレと申します。以後お見知りおきを」


 「俺はジェロニカ・バビロン。あんた、シャルルだよね?グラドム・シャルル。噂は聞いてるよ?」


 「・・・何か用か」


 興味無さそうにシャルルが答えると、シーナもジェロニカもクスクスと笑っていた。


 「態度も何もかも想像通りね」


 「まあ、礼儀正しく出迎えてくれるとは思ってなかったけどな」


 その2人から隠れるようにして、ミシェルはシャルルの背中からこそっと2人を見ていた。


 そこへ、もう1人の男が現れた。


 「・・・・・・」


 「あ!!ヴェアル!?」


 男は青髪をしており、前髪は少し短い。


 首にはスカーフを巻いており、スカーフには何か飾りもついていた。


 黄色の服で腕の部分は黒いという、なんとも距離感が掴み難い服を着ていた。


 そして、その男にヴェアルは腕を後ろで一つにまとめられていた。


 顔や腕からは血が出ており、怪我をしているのは明らかだった。


 「シャルル!ヴェアルが怪我してる!」


 「見れば分かる」


 ヴェアルを適当に放り投げると、その男は自分のことをこう名載った。


 「俺はレイニ―・昴邑・マクロイヤ」


 「大層な名だな。だが貴様等、俺の前に現れて喧嘩まで売って、無事に帰れると思ってるのか」


 シャルルのその言葉に、3人は互いの顔を見合わせて笑った。


 何を笑っているのかは知らないが、シャルルはレイニ―に襲いかかった。


 「気をつけろ!!シャルル!!」


 「!?」


 レイニーの首筋に噛みついたシャルルに、ヴェアルは声を張り上げた。


 しかし、もうその時にはすでにシャルルの牙がレイニ―の首に刺さっていたため、ヴェアルは口を開けたままただ目を見開いていた。


 「さっすがシャルル!!」


 ミシェルはガッツポーズをして、シャルルを敵に回すなんて馬鹿だと言っていた。


 しかし、異変に気付いたのはそれらすぐだった。


 レイニ―の首に噛みついたまま、シャルルは動かなくなってしまった。


 いつもなら、血を抜き取ったあと不味いとか文句を言っているのに、どうしたのかとミシェルは首を傾げる。


 そして、レイニ―が倒れるかと思いきや、先に倒れたのはシャルルの方だった。


 「シャルル!?どうしたの!?なんで!?」


 こんなこと、今までなかった。


 普通の人間だけでなく、自分たちのような闇の存在に対しても有効的なシャルルの攻撃だが、なぜかそのシャルルが倒れてしまった。


 風邪をひいたときでさえ、そう簡単には倒れないというのに。


 現状を把握できていないミシェルは、ただそこに倒れてしまったシャルルを見ている。


 「どうしたの?ねえシャルル!?冗談止めてよ・・・」


 シャルルに限ってそんなことはない。


 そう思っていたし、そう信じたいミシェルだが、現実問題として、シャルルは目の前で倒れてしまっているのだ。


 それを受け入れられずにいると、近くにいたヴェアルがジェロニカに襲いかかった。


 「おいおい、まだ分かってないみたいだな。お前が俺達に勝てるはずないだろ?」


 「お前等になんか負けるか!」


 「ならあれを見てみろよ」


 そう言って、ジェロニカがくいっと顎でさしたのは、そこに倒れているシャルルだった。


 ミシェルだけではなく、ヴェアルだってシャルルが倒れていることを、そう簡単には受け入れるはずがなかった。


 そう分かっていても、実際にそこにシャルルはいて、ピクリとも動かない。


 「弔い合戦なら後にしてくれよ?俺達だって暇じゃあないんだ」


 「暇じゃないなら、すぐに片づけてやるよ!」


 そう言って、ヴェアルは狼の姿になると、腕力でジェロニカを吹き飛ばそうとする。


 しかし、そのヴェアルの攻撃から逃れると、ジェロニカの前にシーナが現れた。


 ぺろっと舌で唇を舐めとると、躊躇なくヴェアルに抱きついて、そしてヴェアルの首筋に顔を埋めた。


 「!?」


 「はれんち!」


 ミシェルは見当違いな言葉を発していたが、シーナはヴェアルの首にしばらく顔を埋めたままでいたが、ヴェアルは力付くでなんとかシーナを引きはがした。


 まるでシャルルと同じようにして、シーナに噛みつかれたヴェアルの首には、小さな牙の後がついていた。


 恍惚の表情を浮かべているシーナに、ジェロニカは聞いた。


 「どうだった?お好みの味だったのか?」


 「ええ。男らしい濃い血の味がしたわ。それに、精気も充分吸いとれたわ」


 「え!?」


 ふと、ミシェルが気付いたときには、すでにヴェアルも倒れた後だった。


 「ヴェアル・・・!?」


 息はあるようだが、きっとしばらくは立ち上がれないし、戦うなんてもってのほかだ。


 シャルルもヴェアルも、こうして戦えなくなってしまった今、残されたミシェルはなんとか自分1人でやるしかなかった。


 しかし、魔法を使うミシェルに対し、ジェロニカが何かを言うと、その魔法はミシェルに向かってきた。


 ミシェルが気を失ってしまうと、ジェロニカがシャルルに近づいた。


 「やっぱレイニ―がいると違うな」


 「それより、3人とも連れていくの?シャルルだけ?」


 「シャルルだけでいいだろ」


 「えー、私は3人とも連れていった方が良いと思うわ」


 「なんで?」


 「だって、当然シャルルは連れていくとして、こいつらがもしレイニ―のことを話したらどうなると思ってるの?レイニ―がいないと、私達だって困るじゃない」


 「・・・確かに。仕方ないか」


 「ねえレイニ―、体調は平気?」


 シャルルとヴェアル、そしてミシェルも連れて行くことで決まったようだが、シーナは少し離れたところにいるレイニ―に声をかける。


 シャルルに噛みつかれたところが気になるのか、レイニ―は首筋をしばらく摩っていた。


 「平気だけど、なんか変な感じ」


 「ふふ、でしょうね」


 「俺も行った方が良い?一応これでも学生なんだけど」


 「まあ、念のためにな。こいつら閉じ込めたら一旦は帰っていいから」


 「わかったよ」


 それほど寒くはないのだが、レイニ―の癖なのか、ストールで口元を隠すように覆うと数回咳をした。


 「風邪?」


 「違う。こっちに来ると咳が出る」


 「何それ。こっちの世界は空気が汚いとでも言いたいの?」


 「そうは言ってない。身体が変化についていかないだけ」


 なんでもいいだろうとジェロニカが宥めると、急にジェロニカの顔つきが変わった。


 「ジキル!ハイド!逃げろ!!!」


 「ちっ。まだ意識あったのか」


 すでに意識がないと思っていたシャルルが、珍しく大声を張り上げたかと思うと、近くの木に止まっていたジキルとハイドがバサバサと飛んで行く。


 ストラシスもハンヌも飛んで行く中、モルダンだけはシャルルの方に近づいてきた。


 「!!」


 それに気付いたシャルルは、近づいてきてシャルルの顔に自分の顔をくっつけてくるモルダンを睨みつける。


 その睨みに身体をビクッとさせたモルダンに、シャルルは小さくこう言った。


 「行け」


 「・・・にゃあ」


 ひょいっと身体を動かすと、モルダンは霧の中へと消えて行った。


 「ぐっ・・・!!!!」


 「まだ意識があったなんてな。あれだけレイニ―の血をダイレクトに口に入れたってのに。まったく頑丈だ」


 意識があるとはいえ、身体を動かすことは出来ないシャルルの頭の腕に足を乗せて、ジェロニカはその足に力を入れる。


 地面に顔をすりつけられながらも、シャルルはそこから動くことが出来ない。


 シャルルの顔を足で押さえながら、ジェロニカはシーナに言う。


 「そいつらも押さえとけ。もしかしたらまだ意識あるかもしれないぞ」


 「わかったわ」


 シーナがヴェアルの身体に触れようとしたその時、いきなり強い風が吹いた。


 いや、風という生易しいものではなく、まるで嵐のような、竜巻のような、強く激しいものだ。


 しかもその風は意思があるかのように、狙ってヴェアルとミシェルのもとに吹いてきた。


 普通ならば考えられないが、その風はヴェアルとミシェルの身体を包み込むと、そのまま何処かへと連れて行く。


 「・・・あなたの仕業ね?シャルル」


 「・・・だったら何だ」


 「あなたがそんなに友達想いだったなんて知らなかったわ」


 そう言うと、シーナはシャルルの腹を蹴飛ばした。


 顔はジェロニカに踏まれているため、避けることも出来ずに、シャルルは苦しそうな声を出した。


 「どうする?逃げられちゃったわね」


 「まあいいだろ。大物は残ったからな」


 ジェロニカはシャルルの頭から足をどかせると、レイニ―を呼びよせた。


 そして何かレイニ―から受け取ると、それをシャルルの顔に吹きかけた。


 シャルルは意識を失い、その後のことは何も分からない。








 現在―――


 「シャルル大丈夫よね。てか、モルダンは!?ハンヌは!?」


 「ストラシスだっていない。それより、まずはシャルルの城に戻ることが先決かもな」


 「そんなこと言ったって、城の方角わからないじゃない」


 「・・・・・・」


 此処が何処で、何処から飛ばされてここに来たのか、何もわからない。


 こんなとき、ストラシスがいれば空から方角を見てもらうことも出来るのだろうが、ストラシスはいない。


 ストラシスだけではなく、ジキルとハイドも、そしてハンヌもいないのだ。


 「あー。考えても仕方ないか。ミシェル、歩くぞ」


 「えー!!!あてもなく歩くの!?なんか、ヴェアルにしては効率悪いことするのね」


 「歩かないと進まないだろ。ここにずっといたいならここにいろ。置いて行くぞ」


 「ヴェアル酷い。シャルルに似てきた」


 いつもなら優しくしてくれるヴェアルだったが、今日は違った。


 シャルルが連れていかれてしまったことに対して責任を感じているのか、ヴェアルは珍しく黙々と歩き始めた。


 「あいつら、何者なんだろうね?」


 「さあな。それを知るためにも、シャルルの城に戻る必要があるな」


 「あ。てかさ、なんでヴェアルはあいつらに捕まってたの?」


 「・・・・・・」


 聞いてはいけないことだったのだろうか。


 しかし、何処でどうやって出会ったのか分かれば、あのマクロイヤとかいう男のことは分かるのではないかと思った。


 少し沈黙してしまったヴェアルだったが、話し始めてくれた。


 「実は、ちょっと人間の世界に行ってて」


 「え!!シャルルに行くなって言われてなかった!?勝手に行ったの!?」


 「そうなんだけど。まあそれは良いとして」


 「良いのかなー。シャルルに後で怒られるよー」


 以前、シャルルには人間の世界には行くなと注意された。


 シャルルもヴェアルも、人間として生活していた時があったのだが、自分達の世界の問題が人間の世界にも影響を及ぼすかもしれないということで、しばらくはシャットダウンすることにしたのだ。


 しかし、ヴェアルには気がかりなことがあった。


 それは、以前人間の生活をしていたときに出会った友也という男のことだ。


 シャルルというよりも、都賀崎侑馬と大柴光、という人間の2人と仲も良く、ミシェルを助けたこともあった。


 だが、シャルルは友也から自分達の記憶を消して、人間の世界から自分達という存在そのものを抹消した。


 そしてまた、シャルルたちは闇の世界を生きていた。


 そんな友也が今どうしているか気になったヴェアルは、シャルルの目を盗んでは友也のことを見ていた。


 何が心配だったのかと言うと、自分達の記憶が残っているのでは、ということではなくて、シャルルも気にかけていたからだ。


 友也自体友達がいないわけでもなかったし、家庭の事情か何かがあるわけでもなかったのだが、それなりに同じ時間を過ごしてきた1人の男としてだろう。


 「人間の世界でウロウロしてたら、あの男と会ったんだ」


 「あの男って、あのマクロイヤっていう男のこと?」


 「ああ」


 その時、ヴェアルはレイニ―のことなんて勿論知らないし、レイニ―がこちらを知っているとも思えなかった。


 いや、知っていたが知らないフリをしていただけかもしれない。


 「何処から来たの?」


 「今日学校は?」


 「この辺りって美味しいものある?」


 そんな世間話をしていたらしい。


 レイニ―は最近こちらに引越してきたようで、色々とヴェアルに聞いてきた。


 しかし、しばらく人間の世界に来ていなかったヴェアルは、変わってしまった街並のことを説明など出来ず、自分もこの辺りは久しぶりにきたから分からないと濁した。


 「そんな話をしてたら突然、何かを吹きつけられたんだ」


 「何かって?」


 「分からないけど多分、あの時嗅いだ臭いは・・・血だ」


 「血?」


 「ああ。その後気を失って、そしたらあの有様だったんだ」


 ヴェアルによると、血だと思われるそれを顔に浴びせられた途端、全身の力が抜けてしまったという。


 しかし、普通の人間の血であれば、そういうことにはまずならない。


 「血で気を失うって、どういうこと?」


 「俺が聞きたいよ」


 「ヴェアル、しばらく戦ってないから、血を見て貧血起こしたとかじゃなくて?」


 「そんなヤワじゃない」


 ミシェルの言葉を強く否定するヴェアルだが、あれが何だったのか、知る術はない。


 ただ一つ確かなことは、それが人間の血であるということだけ。


 「ミシェル、魔法でなんとかならないのか」


 「なんとかって・・・。私だってなんか変な気分なの。力が出ないんだからね。ヴェアルと一緒で今とってもとっても役立たずなんだからね!!!!!」


 「なんで最後だけ協調するんだよ」


 「どうしても伝えたかったのよ。だってそうじゃない?私達、2人してここにいるけど、あいつらのことも分からないし、此処が何処かも分からないし、これからどうなるかも分からないのよ?」


 「・・・・・・まあ、そうだけど。だから歩いてるんだろ」


 「ヴェアルは心配じゃないの?」


 「なにが?」


 2人並んで、何処かも分からない道を歩いている。


 滑稽と言えば滑稽なのだが、2人からしてみれば不安で仕方ないことだ。


 ミシェルの問いかけに対して、ヴェアルは首を傾げる。


 「シャルルのこと。私初めてみた。シャルルがやられちゃうとこ」


 これまでシャルルとの付き合いは長いと思っている。


 その中で、ピンチな時はあったとしても、あれだけ勝負の明暗がついていた時はなかっただろう。


 シャルル=強いという方程式は絶対に崩れないと思っていたため、今回ばかりはミシェルの中に考えてはいけないことが渦巻いていた。


 そんな不安そうなミシェルを他所に、ヴェアルは小さくため息を吐いた。


 「シャルルがやられるはずない」


 「でも!」


 「そう信じるしかないだろ、俺達は」


 「・・・・・・」


 ヴェアルにそう言われると、ミシェルは黙ってしまった。


 きっとミシェルも分かってはいるのだが、シャルルとてそこにある命は一つで、長い寿命といえどもその寿命もやってくる。


 いつしかシャルルよりも強い存在が現れないとも限らない。


 それでも、ヴェアルとミシェルの中では、シャルルが一番強いという気持ちは変わらないのだ。


 「うん、そうだよね」


 「ああ。だから今は、城を探そう」


 「でもさ、ヴェアル」


 「ん?」


 ピタリと足を止めると、ミシェルは目の前を真っ直ぐ見据える。


 そこは霧に包まれた場所で、一寸先は闇、のような感覚だ。


 隣にいるヴェアルでさえも、少し離れてしまっただけで見えなくなりそうだ。


 「迷子だよね、私達」


 「・・・ああ」


 「どうするの?」


 「どうしよう」








 「よいしょっと」


 その頃、シャルルを担いでとある場所へと来ていたレイニ―たち。


 シャルルの両手と両足、そして首にも何か輪のようなものをつけると、シーナとジェロニカ、そしてついでのようにそこにいるレイニ―の三人は話していた。


 「さて、餌は手に入れたけど、どうする?こいつを殺すのもいいだろうけど、やっぱりあいつを誘き寄せるのが良いかしら?」


 「この状態なら、いつだって殺せるだろ」


 「じゃあ、あいつを誘き寄せる?誘き寄せるにしたって、どうやれば来るのよ?」


 シーナとジェロニカか話している内容としては、至ってシンプルなものだ。


 シャルルを捕まえた理由としては、シャルルたちのような闇の存在たちを牛耳るため。


 しかしその他にも理由はあった。


 それは、シャルルの古い知り合いでもある“ある男”を誘き寄せるためであった。


 その男は、こう呼ばれている。


 ―ぬらりひょん。


 妖怪の総大将にして、圧倒的な存在感と強さを誇っていると言われている男だ。


 シャルルとどっちが強いのか聞かれると、正直いってどっちとも言えない。


 このぬらりひょんという男は、妖怪や鬼といった類の存在なのだが、今はなぜか鬼たちを人間界に行かせないように見張っているのだとか。


 詳しいことはあまり良く知らないが、とにかく、シャルルとは知り合いということだ。


 シャルルもぬらりひょんという男のことは認めているようで、ぬらりひょんの前では少し大人しくなる、と以前ヴェアルが言っていた。


 なぜこのぬらりひょんという男を誘き寄せようとしているのかというと、これもシャルルと同じようなことで、妖怪や鬼たちといった脅威となる存在を自分達の手足として動かすためだ。


 話し合いで解決出来ないのかと思うかもしれないが、話しあいで解決するような内容なら、こんなことにはなっていないだろう。


 レイニ―はどうか知らないが、シーナとジェロニカの目的はそこにある。


 「簡単に姿見せるかしらね?」


 シーナが、目の前でまだ目を覚まさないシャルルを、頬杖をつきながら見ている。


 シャルルを入れた檻にしっかりと鍵をかけると、ジェロニカはシーナの問いかけにこう答えた。


 「簡単には見せないだろうな」


 「はー、そうよね」


 分かりきってはいたが、こうしてはっきりと言われてしまうと、シーナは盛大なため息を吐くしかなかった。


 綺麗に組んでいた足を解くと、大股を開いて足を伸ばす。


 ジェロニカにはしたないと注意されたが、シーナはそのまま伸ばした足を軽く交差させると、腕を頭の後ろに持って行った。


 そして眉間にシワを寄せながら天井を眺める。


 「どうすればいいんだろ。シャルルを捕まえたぞーって言うだけじゃ、多分来ないんでしょうね」


 「それで来るなら苦労しないよ」


 「分かってるわよ。けど、ここからが重要でしょ?それに、ヴェアルとミシェルを捕まえられなかったのはね。面倒なことにならなければいいけど」


 「弱気なこと言うんだな。なんなら、俺1人でやってやろうか?」


 そう言われると、シーナはちょっとだけムッとしたような顔をした。


 「レイニ―はどう思う?」


 「俺に聞かれても」


 それまでずっと黙っていたレイニ―に話しかけると、腕組をしていたレイニーは苦笑いをした。


 そもそも、レイニ―には関係ないことだ。


 「俺は興味ないから帰っていい?」


 「え、帰るの?」


 「いてもしょうがないことだろ?そいつのことも俺にはどうにも出来ないし。それに何より、俺は学生なんだ」


 「そういえばそうだったな」


 スカーフを口元まで覆ったまま、レイニ―は腕組を解くと出口に向かって歩き出した。


 「また何かあったら連絡するよ」


 「へーい」


 レイニ―は何処からどうやって元の世界に戻ったのか分からないが、とにかく無事に戻ってきたようだ。


 最近ここに引っ越してきたのは本当だ。


 転校という形で新しい学校に通っているが、レイニ―は制服を好まない。


 制服がダサいとか、周りと一緒なのが嫌だとかそういうことではなく、単にレイニ―は制服の着心地が好きではなかっただけだ。


 それに、学生というものに限らず、人間とはグループを作りたがるものだ。


 損得勘定で動き、気に入らないことがあると罵声や怒声を浴びせる。


 心の中では他人を嘲笑い、誹謗中傷などいともたやすく出来る時代になった。


 「今日小テストあるってよー」


 「まじかよ!?あのハゲ野郎」


 「ねえねえ、美和、告白されたって本当!?誰誰!?」


 こんなくだらない会話が、あちこちに溢れているのだ。


 授業が始まるチャイムが鳴ると、ドアからは先生が入ってくる。


 それと同時にレイニ―は教室から出ると、屋上へと向かおうとするが、その途中で購買が開いたことを確認すると、幾つかパンと飲み物を買った。


 屋上へ向かうと、当然だが鍵が閉まっているが、レイニ―はその鍵を力付くで壊すと、平然と外へ出る。


 外の空気を吸いながら適当な場所に座ると、レイニ―はパンを頬張る。


 レイニ―が去ってしまった後、シーナとジェロニカはまだ話しをしていた。


 「そういえばレイニ―は学生だったわね。学校行ってるイメージなかったから忘れてたわ」


 「行っても授業は受けないって言ってたからな。友達もいないって言ってたし」


 「そうなの?まあ、他人には興味無い性格だしね。今時の若い子とはあんまり合わないだろうけど」


 以前少しだけ話したとき、レイニ―本人が言っていた。


 学校はつまらないし友達もいない、それに授業も退屈で人間関係も最悪と言いたくないが最悪だそうだ。


 何が最悪なのかと聞けば、とにかく他人と話すのが面倒で疲れるそうだ。


 すぐに怒る人、すぐに泣く人、笑って誤魔化す人、心では何を考えているか分からない人。


 レイニ―はそんな人たちを相手にするのが嫌で嫌で仕方ないらしい。


 「レイニ―も大変ね」


 「人間は人間で色々あるんだろ」








 「ねえヴェアル、まだ?」


 「見れば分かるだろ。まだだ」


 「私もう足痛いー。ちょっと休もうよー」


 「・・・そうだな」


 未だ霧の迷路から抜け出せないでいたヴェアルとミシェルは、適当な場所に腰掛けた。


 いつもなら癒しの存在でもある自分達の分身とも言えるものがいない。


 「モルダン、今頃寂しがってないかなー。私がいなくて鳴いてないかなー。もう心配でしょうがないよ」


 「それを言うなら、ストラシスだって俺がいなくてきっと食欲不振になってるんだろうな。可哀そうに。早く帰って一緒に寝てやらないと」


 2人して馬鹿なのか、自分達のほうがどうなるか分からない状況だと言うのに、モルダンやハンヌ、ストラシスのことばかり心配している。


 きっとそれはシャルルも同じなのだろうが。


 ちゃんとご飯を食べているだろうか、自分たちのことを心配してやつれていないだろうか、はたまた、探しまわってくれているのではないか。


 理想や妄想をふくらませながら、2人は帰ったらどんなことをしようかと考えていた。


 「でもさヴェアル」


 「なんだ?」


 「私達がここにいるってことは、多分シャルルが飛ばしてくれたんだよね?てことは、シャルル、意識はあったんだよね?」


 「だろうな」


 「じゃあ、シャルルとりあえず生きてるのか。うんうん」


 なんだかんだ言いながらも、やっぱりシャルルは自分たちを守ってくれたのだ。


 そう思うと、シャルルだけが連れていかれてしまったことに対して、余計申し訳ないというか、いや、申し訳ない。


 しかし、ミシェルは気持ちの切り替えが早いのか、まあ相手はシャルルだから良いか、という感じだ。


 「結局、いつもシャルルに助けられてるもんな」


 「悩んでも仕方ないわ!!!」


 「・・・散々言ってたのはお前だろ」


 ミシェルは勢いよく立ち上がると、ズンズンと歩いて行く。


 少しでも離れてしまうと見えなくなるほどの濃い霧のため、ヴェアルはミシェルの後を追って行く。


 「なんだ急に?」


 「別に!ただ、シャルルにこんなところ見られたら、どうせまた笑われるんだろうなって思っただけよ!『迷子!?迷子などという低能な行為、俺は陥った試しがない!』とか言われそうじゃない?」


 「・・・言われそうだ。ていうか似てるな。すごい似てたぞ」


 「本当!?嬉しくないけど・・・」


 ミシェルによるシャルルの物真似は思ったよりも似ていて、ヴェアルは笑うよりも感心してしまった。


 シャルルに似ていると言われて喜ぶなんて、きっと誰もいないだろう。


 「あー、モルダン、ハンヌ、何処にいるんだろう」


 「俺達と一緒にいなかったってことは、シャルルが別に飛ばしたのか?それとも何か違う方法で?」


 「分かんない。もう分かんない。考えても分かんないんだもん。考えるだけ無駄っていうか、疲れちゃった。ヴェアル、おんぶして」


 「ミシェル、お前ももう子供じゃないんだ。ちゃんと自分で歩け」


 「それって、私のことを女として見てるってこと!?やだヴェアルったら!!いつの間にそんなこと企んでたわけ!?そりゃ、私は前に比べたら顔も身体も女になってきたけど、だからって一つ屋根の下、ずっと一緒に暮らしてきたヴェアルとかシャルルを、男として見ろって言われてもねえ。ヴェアルもシャルルも男前だし?嫌ってわけじゃないんだけど、急に私達がそういう関係になったら、シャルルだって驚くだろうし、嫉妬しちゃうかもしれないじゃない?私、今まで通り三人で仲良くやっていきたいのよ」


 「・・・そうじゃなくて」


 「分かってるわ。ヴェアルの気持ちはよーく分かったわ。けどね、私は魔法界でも人気者だし、空也先輩にも挨拶に行く必要があるの。その根性があるなら、候補としては認めましょう」


 「・・・ミシェル」


 「なに?」


 「・・・そうじゃなくて、お前重くなったから」


 「へ?」


 「昔は今より軽かったけど、今お前重くなったから。別に俺は100キロ以上でも平気だけど」


 「・・・・・・」


 なぜか、ヴェアルはミシェルにげんこつを喰らっていた。


 ヴェアルはミシェルに叩かれたそこに手を置きながら、1人歩いていってしまっているミシェルの後を着いて行く。


 「私は100キロもないわ!」


 「分かってるよ。例えだろ。ミシェルの体重はおおよそ」


 「言わなくていい!!!ヴェアルって、本当に最近シャルルに似てきたわよね!前はもーっとずーっと優しかったのに!!」


 「ミシェルの成長のためには、多少きびしくした方が良いってシャルルが言ってた」


 「シャルルは躾とかじゃないでしょ。ああいう性格なだけじゃない。私のためなんかじゃなくて、自分の性格丸出しなだけじゃない。ヴェアルまで騙して!なんて奴なの!後でボコボコにしてやるわ!!」


 「それはシャルルを一応は助けるっていう方向で受け取っていいんだな?」


 歩いても歩いても何処にも辿りつかない道。


 そこをただ、ヴェアルとミシェルは宛てもなく歩き続ける。








 「ジェロはこれからどうするの?」


 「俺はこいつが起きるまでのんびり待つことにするよ。見たいテレビもあるし」


 「ああそう。じゃあ部屋に戻るってことね。私は買い物に行ってくるから。何かあったら呼んで」


 「ああ、わかった」


 シーナとジェロニカは、それぞれ向かう先へと足を進めた。


 それからすぐ、檻の中にいるシャルルはゆっくりと目を開いた。


 そして、目だけを左右に動かしたあと、ふう、と小さく息を吐く。


 まだ自分の身体の中に残っている、僅かだが、あの男の血。


 それはシャルル自身にも想像出来ないほどの、もしかしたら初めてかもしれない、そんな感覚だ。


 身体が重たいような、ダルイような、思考がまだぼーっとしている気もするが、指も動かそうと思えば動かせた。


 しかし自分の両手、両足、そして首にもついているその赤い輪。


 それのせいなのだろう、シャルルはとてもゆっくりと身体を起こそうとするが、思うように動かせないようで、壁に凭れて休み休みなんとか起き上がった。


 「・・・・・・」


 しばらく経って、自分の手足についているそれを横目で見る。


 赤い、輪。それはきっと、十中八九、あのレイニ―の血だろう。


 そしてなぜ今自分がこんなことになったのか、シャルルは見当がついていたのだが、今はそれどころではない。


 自由に動かない身体に、まともに働かない思考。


 ヴェアルやミシェルの心配よりも、ジキルとハイドは無事だろうかという、こちらもこちらでペットの心配だった。


 シャルルは壁に凭れながら天井を見てみるが、窓一つない質素な部屋だ。


 檻なのだから当然なのかもしれないが、窓一つくらいつけてくれても良いんじゃないかとか思ってしまう。


 これでは月も見えないではないか。


 ヴェアルとミシェルも何処に飛ばしたのか分からないが、きっとまだ城には着いていないことだろうことも予想出来た。


 何しろ、城にレイニ―たちが向かっていたとしたら、鉢合わせしてすぐに捕まってしまうと思って遠くへ飛ばしたのだから。


 しかし、レイニ―たちはシャルルを捕まえるとそれだけでここに来てしまった。


 先程の三人の会話からすると、シャルルの城に向かっていることはなさそうだ。


 だとすると、無意味にヴェアルたちを迷わせていることになるが、まあ、なんとかして城に戻るだろうと勝手に納得した。


 城に戻ったからといって何が出来るわけでもないと思うが、知らない場所よりは安心するだろう。


 ジキルとハイドたちも、何処へ行ったかは大体分かっているが、それでもやはり心配だ。


 シャルルは自分の腕にはまっているその赤い輪を眺める。


 しばらくそれを眺めた後、腕を床に落とし、天井を仰ぎながら呟いた。


 「さて、どうしたものか・・・」





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