第5話 おまけ②都賀崎侑馬
インヴィズィブル・ファング四
おまけ②都賀崎侑馬
おまけ②【都賀崎侑馬】
みなさんは覚えているだろうか。
シャルルが人間として生活していた際の名前、都賀崎侑馬という名を。
人間界にいたとき、女性達にとても人気があったシャルルだが、当然告白もされていた。
こんな風に・・・。
「都賀崎くん、初めてあなたを見たときから、好きでした!よ、良かったら、私と付き合ってください!!」
一世一代の大告白の場面、女生徒は顔を真っ赤にしながら自分の気持ちを伝えた。
「すみません、僕は」
「と、都賀崎くんは人気もあるし、勉強も出来るし、運動神経も良いし、とっても格好良いし、私と不釣り合いなのは分かってるんだけど!でも!どうしても好きになったの!」
「・・・すみませんが、僕はそういった特定の人を作らないので」
「じゃ、じゃあ、お友達からでもいいの!それで、ちょっとでも、こう、私のこと好きになってくれたら、その時に付き合うってことでもいいの!」
「すみませんが」
という具合で、都賀崎侑馬という仮面を被ったシャルルなりに、優しくやんわりと断っていた。
女生徒はしゅんと項垂れながらも、納得して去って行く。
その日の昼休みのことだ。
都賀崎侑馬は人気の無い場所木陰で昼寝をしようとしていた。
しかし、何やら人の声が複数聞こえてきたため、自然と会話を聞いてしまった。
「あんたさあ、都賀崎くんに告ったんだって?身の程を知れって感じなんだけど」
「ご、ごめんなさい」
「あんたなんか相手にされるはずないじゃん。都賀崎くんは超イケメンなんだよ?私ならまだしも、あんたなんかミジンコみたいな顔してんじゃない」
「てかさ、告ったところで、都賀崎くんが振り向いてくれるとでも思ってたわけ?笑えるんだけど」
「まじ有り得ないし」
陰険ないじめがあるものだと、都賀崎侑馬は特に助けることはしなかった。
なにしろ、昼寝をするという立派な目的があってここへ来たのだから。
女生徒たちの声がきゃんきゃんと聞こえて少し経ったころ、何やら乾いた音が響いた。
「いたっ」
「あんたの顔なんか見たくないんだよ!まじうざい!」
「自分の顔、鏡で見たことあるー?」
「超不細工だからね。ほら」
「ハハハハ!なにその顔、さいこー!」
どうやら、女生徒の一人が、先程の女生徒の顔を平手打ちしたようだ。
だからといって、都賀崎侑馬はまだ何もしない。
「やめて!!」
「やめてじゃねえだろ!やめてくださいでしょ!?」
「きったねー髪。ちゃんと洗ってんの?」
「てかさ、何これ。見てみて!なんか変な鞄の中に変なの入ってるよ!!」
「やめてってば!!!」
「うるせぇよ!」
また乾いた音が聞こえたかと思うと、今度は女生徒たちの笑い声が聞こえた。
「ハハハ!!!!なにこれ!あんたもしかして、都賀崎くんを隠し撮りしてたの!?」
「ストーカーじゃん。警察に突き出してやろうよ」
「それに何これ?ボロボロのハンカチが入ってんだけど!!!」
ゲラゲラと、女性とは思えないような小汚い笑い声が耳に届く。
しかし、それでも都賀崎侑馬は動かない。
「ねえ、あれ持ってきて」
「え?ああ、あれね」
クスクスと女生徒たちが笑うと、二人の女生徒たちがバケツを手に戻ってきた。
その中には、ただの水ではなく、どこか池の水のような汚い茶色の液体がたぷたぷと入っていた。
「今日は暑いよねー」
「ほんとねー」
「あんたも暑いよね?」
「え?べ、別に暑くなんか」
「暑いよね?」
女生徒の否定の言葉など無視して、持ってきたその汚い水を、頭から躊躇なく投げつけるようにかけた。
かけられた水からは何やら臭い匂いもして、女生徒は吐き気さえ覚えた。
「くっせー!!!」
「うっわ。私なら死んでるね」
「でもお似合いよ?あんたにはね」
こんな匂いを発していては、午後の授業にも出られないだろう。
女生徒は悔しそうに唇を噛みしめながら立ちあがり、校門の方へと走り去ろうとしたそのとき。
ふと、誰かにぶつかった。
「す、すみませ・・・」
「あ!と、都賀崎くん・・・」
「ぐ、偶然だね!こんなところで」
「・・・ええ、本当に。偶然ですね」
都賀崎侑馬が現れたことにより、女生徒たちはおろおろと挙動不審になる。
そしてにこりと女生徒たちに微笑みかけたかと思うと、都賀崎侑馬は口を開く。
「ここで君たちが何をしようと、僕は干渉しません」
「・・・え?」
都賀崎侑馬の思わぬ言葉に、女生徒たちは互いの顔を見合わせる。
「例えここで、君たちが一人を相手に悪口を言っていたとしても、他人の鞄を勝手に漁って物色していたとしても、どこから汲んできたのか分からない汚い水をかけたとしても、干渉はしません」
「・・・・・・」
「ですがまあ、人としてどうかと聞かれれば、最低だと答えるでしょうね」
にこっと笑顔を向けながらそう言い切った都賀崎侑馬に、女生徒たちは何も言えずに、その場から逃げるようにして去って行った。
残された女生徒は、都賀崎侑馬に御礼を言うが、その時にはもう荒された女生徒の手荷物を集めていた。
そしてボロボロのハンカチを取ろうとしたとき、女生徒が慌てたようにそれを奪い取った。
「・・・?」
「あ・・・」
そのハンカチに何があるのか知らないが、きっと何か大切なものなのだろうと、全ての荷物を鞄に入れると、それを女生徒に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
「先生には僕から言っておきます。体調不良ってことでいいですか?」
「はい」
「では」
「あの!!」
教室に戻ろうとしていた都賀崎侑馬の背中に、女生徒は声をかける。
振り返ると、女生徒は何か言いたそうな、けれど言えないような、そんな表情をしていた。
「いえ・・・。ありがとうございました」
そのまま、都賀崎侑馬は去って行った。
残された女生徒は、自分の手の中にあるボロボロのハンカチをぎゅっと握りしめたまま、少し前のことを思い出していた。
「いてて・・・」
女生徒は、新しいクラス替えで、新しい環境に馴染めないでいた。
先生に頼まれ、一人教室に残ってプリントを作っていたとき、紙で指を切ってしまった。
「あーあ」
その指を口に含み、ぺろぺろと唾液で舐めとっていると、廊下を歩いている一人の顔立ちの整った男を見つけた。
じっと見つめていたら目が合ってしまい、女生徒は思わず顔を逸らしてしまった。
「怪我でもしたんですか?」
「え?」
ふと横を見ると、先程の男が立っていた。
隣のクラスだったか、女生徒たちに人気の人がいるとかいないとか聞いたことがある。
ちょっと指を切ってしまっただけだというと、その男は見せてくれと言ってきた。
まだ少し血が滲む指を見ると、男はポケットからハンカチを取り出し、指にそっとつけた。
「すみません。こんなハンカチしか持っていなくて」
「い、いえ」
確かに見た目はぼろっとしていたが、それよりも異性にこんなことをされたのは初めてのことで、女生徒は驚いてしまった。
「生憎絆創膏は持っていないので、保健室に行って貰ってくるといいですね。それに消毒もした方がいいでしょう」
「は、はい」
その男は、保健室まで連れて行ってくれた。
先生がおらず、消毒も絆創膏まで貼ってくれた。
「ありがとうございます」
「いえ」
ふと、もう少しだけ話したいと思った。
「あの」
「はい?」
「人見知りとかって、しますか?」
「人見知り?」
自分が人見知りであることも、それでなかなか友達が出来ないことも、新しいクラスに馴染めないことも話した。
こんなことを話したところで、何か解決できるのかと聞かれれば分からないが、それでも話すことによって、少しだけ心が落ち着いたような気がする。
「そういうことですか」
文句も言わずに話を聞いてくれた男は、夕陽を背に向けて立つ。
見間違いかもしれないが、男の目が、赤かったように見えた。
「人見知りを言い訳にしてはいけないと思いますよ」
「え?」
「もしあなたが、本当に友達が欲しいなら。もしあなたが、新しいクラスに馴染みたいと思うなら、まずはあなたが変わらないといけませんね」
「私が・・・」
「ほんの少しだけ、勇気を持てばいいだけの話です」
「・・・簡単に言いますね。あなたにとっては簡単なことなのかもしれませんけど」
「ええ、簡単ですよ。人と言うのは、笑っている人に寄ってくるのですから」
「笑ってる人・・・」
「あなたを見た人はきっと、あなたが自分に寄ってきてほしくないと、そんな顔をしているように見えているんですよ」
「・・・・・・」
確かに、新しいクラスになってからというもの、緊張と不安で笑ったことはなかった。
その時、廊下から叫び声が聞こえてきた。
「都賀崎―!!おーい!!!」
「・・・では僕はこの辺で」
がらっと勢いよく保健室のドアが開いたかと思うと、男とは別のタイプの男が現れた。
「都賀崎、こんなところにいた!帰ろう!」
「ああ」
そのまま静かにドアは閉められてしまった。
「・・・あ!!」
ふと、女生徒は自分の手に、まだ男に渡されたままのハンカチがあることに気付いた。 急いで廊下に出てみたが、男はもう見当たらなかった。
今度渡そうと思っていたが、クラスが違えば当然会う事もほとんどなく、ただ男が女生徒たちに囲まれながら廊下を歩く姿だけは、何度か目にした。
「やっぱり覚えてなかったか」
もしも覚えていてくれたなら、と期待をしていた女生徒は、ハンカチを鞄に入れた。
「あれ?ひより、どうしたの?」
「濡れてるじゃん!風邪ひくよ!」
「だ、大丈夫!もう帰ろうと思ってたから」
「もしかしてあいつら?こんな嫌がらせしてくるなんて最低だよね」
「何でもいいなよ?相談くらい乗るからさ」
「あ、ありがとう」
あれから、友達が出来ました。
それを伝えたかっただけなのかもしれない。
貴方のお陰ですと。
「くしゅん!!」
「珍しい。シャルル風邪か?」
「そんなわけないだろう」
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