第3話 憂鬱な現実




インヴィズィブル・ファング四

憂鬱な現実




 一粒の木の実は、いくつもの森を生む。


            エマーソン






































 第三爪【憂鬱な現実】




























 魔法界の復旧が終わり、シャルルとヴェアルは特に変わることなく過ごしていた。


 「それにしても、あんな広くて大きい建物が次々に壊れるなんてな」


 直すのも一苦労だったが、みんながあれだけ喜んでくれたのだから良かったと、ヴェアルはストラシスに餌をやりながら笑っていた。


 「そういやさ、空也から聞いたんだけど」


 「なんだ」


 「シャルル、タイムトラベルしたんだって!?どんな感じだった!?」


 「・・・・・・」


 目を爛爛と輝かせながら聞いてきたヴェアルに、シャルルはその話かと顔を逸らす。


 「いやー、俺は感動したよ!そんなこと、絶対に出来ないと思ってたからな!だってタイムトラベルとかって、なんていうか、人類の夢だろ!?タイムワープして、過去とか未来とか行くのって、楽しそうだし、それに未来で自分がどうなってるのか分かるしさ!」


 そのヴェアルの言葉に、シャルルはモルダンを撫でていた手を少し止めた。


 すると、モルダンは顔をあげて、もっと撫でてと懇願するように鳴いたため、シャルルはまたモルダンを撫でた。


 「未来の自分を知ってどうする」


 「え?どうするって・・・。別に。ああ、こうなるんだな、とか?とりあえず楽しそうに暮らしてれば、安心して今を生きられるだろ?けどもし大変な目に遭ってたらさ、実際その時が来たら、対処出来るだろ?」


 そのくらいかな、とヴェアルは首を捻りながら、もっと何か良いこと無いかなと考えているようだ。


 そして、何か思い付いたようで、シャルルに向かって手を高くあげて、はいはい!と挙手をする。


 名刺しすることもないまま、ヴェアルは嬉しそうに話す。


 「宝くじとか!分かってれば、億万長者になれるだろ!?」


 「・・・例えば」


 「え?何?」


 「未来に行って、そのときのお前はただの平凡なお前だとしよう」


 「お、おお」


 「そんなお前の未来を見たお前は宝くじの当選番号を見たとする。そして現在に戻ってきて、その番号の宝くじを買ったとする。それでお前が億万長者になったとしたら、お前が見た未来というのは、不確かなものとしか言えない。番号を買ってもお前は平凡なお前のままでいたとしたら、その未来は確かにお前の未来だと言えるが、そんなことで人生が上手く行くなら、誰も苦労はしない。タイムトラベル出来る機械か何かが生産されたとして、安価なものではないのは確かだ。となると、結局のところ、金持ちが先にいって未来を見てきて、さらに金持ちになる、という流れになってしまうな。それはあまりに理不尽だと思わないか?」


 「・・・夢を壊さないでほしかったよ」


 「夢ならばいつかは覚めるだろう」


 ふん、と鼻で笑うシャルルを、ヴェアルは拗ねた顔のまま見ていた。


 「でも過去にしろ未来にしろさ、行ったとして、自分に会うなんてことあるのかな?」


 「・・・さあな」


 「同じ時空に一人の人間が存在する?そんなことあるのかな?けど自分が行ったときに、過去なり未来なりの自分が何処かに行っちゃうってのもおかしな話だもんな」


 「・・・・・・」


 ついにはシャルルが何も答えなくなったが、それでもヴェアルはしばらく一人でタイムトラベルについて話していた。


 それにはストラシスも呆れてしまったのか、窓から何処かへと飛んで行った。


 「シャルルはさ、パラレルワールドとかも信じてない?」


 「?なんだ急に」


 パラレルワールド、今いる世界とは別に、似たような世界が存在しているというものである。


 存在なんてしないという人もいるだろうが、見つけてしまうと、どちらの世界も消えてしまうという人もいる。


 「あったら面白いだろうな、とか思わない?」


 「仮にあったとしても、どうせ向こうにいる自分には会えないんだ。なら考えても意味がないだろう」


 「あー。やっぱりそういう感じか」


 淡々と返すシャルルに、良い返事など期待していなかったヴェアルだが、やはりちょっとショックなようだ。


 ストラシスが一人で出かけてしまったため、ヴェアルはハンヌにちょっかいを出そうとするが、触ろうと腕を伸ばした瞬間、ハンヌに逃げられてしまった。


 それでまた愕然としていると、城の扉が急に開いた。


 二人してそちらを見れば、見知った顔が入ってくる。


 「み、ミシェル・・・?」


 「・・・・・・」


 無言のまま、ミシェルは二人の方へと近づいてくる。


 そして一定の距離を保ったところで、にこっと笑ってこう言った。


 「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから、安心して」


 「・・・・・・」


 ゆっくりと首を動かすと、目線の先にはハンヌがいたが、ミシェルがこっちにおいでと手を伸ばすも、ハンヌは行かなかった。


 「・・・酷いわね、ハンヌ。私のこと、忘れちゃったの?」


 微笑みながらハンヌに近づいていったところで、ミシェルはシャルルの膝の上にモルダンがいることに気付いた。


 「モルダン、そんなところにいたのね」


 すっと手を出してモルダンを撫でようとしたが、モルダンはいきなりシャルルの膝の上で立ち、威嚇した。


 それでも手を出したものだから、モルダンはミシェルの手を爪でひっかいた。


 「・・・!」


 すぐに手をひっこめたミシェルは、モルダンに引っかかれた箇所を少し撫でたあと、自分の舌でぺろっと舐めた。


 「シャルル、モルダンを渡して」


 「・・・断る」


 「どうして?私はモルダンの主人よ?私のところにいるのが当然でしょう?」


 そう言いながらも、ミシェルはモルダンを鋭い目つきで見下ろしていた。


 モルダンは怯えたようにシャルルの腹に頭を埋めると、シャルルはそんなモルダンの背中を撫でる。


 「貴様等も学習しないな」


 「・・・どういうこと?」


 「俺達が何も知らないと思っているわけでもあるまい。ミシェルを盾に姿を隠さず、正々堂々顔を見せたらどうなんだ?」


 「・・・・・・」


 しばらく黙ってしまったミシェルは、突如として高らかに笑いだした。


 まるで演劇でも見ているかのようで、ジキルとハイドだけでなく、ハンヌも天井の隅っこに避難した。


 「そうだな」


 ミシェルの口からそんな言葉が出てくると、ミシェルの腹に黒い渦のようなものが出てきて、その中から三つの影が現れた。


 一つは赤い髪をしたラグナ、一つは黄色の髪をしたレイチェル、そして最後の一つは、真っ白な髪の男だった。


 「貴様は誰だ」


 シャルルは立ちあがりながら、モルダンを床に置くと、モルダンは全速力で階段を駆け上がって行った。


 真っ白な髪をした男は何も言わないでいたが、代わりにレイチェルが答えた。


 「コレはソレイユ。良い名前でしょ?」


 ソレイユと呼ばれた男は、何も言わずその場にただ立っている。


 瞬間、ソレイユはシャルルの目の前からいなくなり、ヴェアルに向かって突進していた。


 「うお!」


 いきなり飛びかかってきたソレイユに驚いたヴェアルは、ソレイユの両腕を押さえるようにして自分の両腕でガードしていた。


 徐々に狼男の姿になるヴェアルを見て驚くこともなく、ソレイユはさらに力を込めてくる。


 「お前っ!普通の人間じゃあないようだな!俺と力でやり合えるなんてよ!」


 「・・・・・・」


 何も言わないソレイユは、ヴェアルに頭突きを喰らわせると、両腕を放して一回転して着地した。


 「若いってのは元気でいいねぇ」


 呑気なことを言っていたラグナの手からは、無数の蟲たちが姿を見せた。


 それが何の蟲なのかは知らないが、碌なものではないだろう。


 蟲をシャルルに向けてラグナは飛ばしてくるが、シャルルはマントを広げて強い風を起こす。


 すると、小さな蟲たちは風でシャルルになかなか近づけないでいる。


 ふと、一人忘れていたが、レイチェルは手にペンを持ち、それで城の床になにか落書きをしていた。


 床に落書きをされただけでも嫌なのに、レイチェルは床一面に大きく描いた。


 「んーしょっと」


 きゅっきゅっと書き終えると、レイチェルはさほど疲れていないだろうに、額についていない汗を拭う素振りを見せる。


 床に描かれたそれを見る限り、きっと魔法陣と呼ばれるものだろう。


 「でーきたっ!!」


 顔を少し汚しながらも、魔法陣をかき終えたレイチェルは、その場から離れた。


 レイチェルが書き終えたのを見ると、ラグナとソレイユも同時にシャルルとヴェアルから離れる。


 その瞬間、シャルルたちの身体は魔法陣に吸い込まれていく。


 吸い込まれていくというよりも、まるで沼にはまっていくかのような感覚だ。


 「シャルル!これやばいよ!」


 「・・・・・・」


 底なし沼のように、逃れようと腕を突っ込めば、さらに腕も抜けなくなってしまう。


 焦っているヴェアルに対し、シャルルは冷静に沼を見つめている。


 そんな二人を、ラグナたちはレイチェルが出した綿あめのような雲に三人して乗り、そこから眺めていた。


 「ヴェアル」


 「なになに」


 「踏み台になれ」


 「え」


 言うや否や、シャルルはなんの躊躇もなくヴェアルを掴むと、ぐっとヴェアルを踏み台にして沼から脱出した。


 反対に、沼にはまって行ってしまったヴェアルは、シャルルによって引き上げられた。


 シャルルに踏み台にされたことにより、顔面から沼に入ってしまったヴェアルは、足からズルズルと出される。


 「ぷはっ!!あぶねえ!」


 「油断するな」


 「お前がだよ!」


 ぺっぺっと口の中に入ってしまった砂や泥を出すと、ヴェアルは一点を見ると、両膝を曲げてぐぐぐ、と力を込める。


 そしてそのまま脚力を使い、雲に乗っている三人の方へと、壁を伝ってジャンプしていく。


 雲を掴むと、そのまま三人を突き落とす。


 ヴェアルが真っ先に向かったのは、白い髪の毛のソレイユ。


 腕を掴み、思いっきり振り乱すと、ソレイユの腕はばきっと折れた。


 「!!」


 しかし、折れたソレイユの腕から出てきたのは、赤く染まる血ではなく、幾本もの金属の管だった。


 「お前は・・・!?」


 「・・・・・・」


 ソレイユはヴェアルに向かい、折れた腕のことなど気にせず、残っている腕でヴェアルの顔面を掴んだ。


 そしてそのままヴェアルを持ちあげるが、顔面を掴まれているソレイユの腕を、ヴェアルが掴んだ。


 「・・・・・・」


 「ぐっ・・!!」


 踏ん張って力を入れると、ヴェアルの二の腕あたりの筋肉がぼこっと盛り上がり、ソレイユの残っていた腕を粉々にしてしまった。


 両腕を失ったソレイユに止めをさすべく、ヴェアルは身を屈めてソレイユの足を蹴り飛ばす。


 バランスを失ったソレイユは、倒れそうにりながらもなんとか耐えようと踏みとどまるが、ヴェアルが背後から乗っかり、ソレイユを床にうつ伏せにする。


 「お前、何者だ?」


 「・・・・・・」


 特に抵抗もすることなく、ソレイユは床に顔をつけながらじっとしていた。


 ふと、ヴェアルはソレイユの首筋裏に何か書いているのを見つけた。


 「?なんだこれ」


 そこには数字が書かれているが、何の数字かは分からない。


 ただ、数字と一緒に“不良品”と書いてあったのは分かった。


 そして、ソレイユの身体が徐々に熱みを帯びてきて、ヴェアルは思わずソレイユから離れた。


 すると、そのままソレイユの身体は粉砕してしまった。


 一方、ソレイユと共に雲から落とされてしまったラグナとレイチェルは、次の作戦へと移っていた。


 レイチェルは別のペンを取り出すと、それでまた床に何か書き始めている。


 「お前らはここで終わりだ」


 ラグナは蟲をこれまで以上にだすと、シャルルに向かって飛ばす。


 何もせず、ただじっとしているシャルルに、それまで余裕そうに笑っていたラグナは、笑うのを止める。


 「なぜ逃げない。お前はこのまま蟲に喰われて死んでも良いということか?」


 「・・・逃げる必要がない」


 「身体に寄生させて、一生苦しめることだって出来るんだぞ?」


 「出来ればの話だな」


 何を根拠に、シャルルが余裕そうにしているのか分からないラグナだが、蟲を取り出すと一気にシャルルに向かわせる。


 何千、何万、何億といるかもしれない蟲たちは、シャルルの周りを取り囲むと、シャルルはあっという間に黒いカーテンに巻かれてしまったようだ。


 中の様子が全く見えず、ヴェアルも心配そうに見ている。


 すっかり取り囲まれてしまったシャルルは、蟲のカーテンの中でぽりぽりとコメカミをかいていた。


 そして蟲たちの方へと手を伸ばすと、手掴みをし、そのまま口へと放り込んだ。


 顔を天井に向けると、口の中をもごもごと動かし、強引に飲みこんだ。


 また手を伸ばして蟲を掴むと飲みこむ、それを繰り返していた。


 「シャルル!」


 「あいつはもう終わりだ。レイチェル、準備出来たのか?」


 「もうちょっと待ってー」


 魔法界でさえも、あんなに悲惨なことになったというのに、シャルル一人にあれだけ多くの蟲がついてしまったら、もう無事ではないだろう。


 そう思うのもしかたないことだった。


 だからこそ、彼らはみな、驚いていた。


 シャルルを包み込む黒い蟲のカーテンが徐々に薄くなっていき、しましにはシャルルの姿がはっきり見えるようになったのを。


 しかし、それはシャルルに蟲が寄生したからかもしれないと思っていると、シャルルは腹を摩りながら、とても不機嫌そうに顔を顰めていた。


 「シャルル・・・?お前、大丈夫なのか?喰われてないのか?腐らない?」


 「対抗が出来たのか、それともこれのお陰か・・・」


 「これって?」


 そう言って、シャルルが取り出したのは、見たことのない小さな容器だった。


 リップクリームのような形にも似ているが、中央は凹んでいる。


 「心配症な奴がいてな。お前の蟲への対抗しうる薬を俺に持たせたんだ」


 「なんだと・・!?」


 これほどの蟲を飲みこんでも平気なほどの薬の量ではないため、シャルル自身に対抗というのか適応というのか、そういうものがついたのかもしれない。


 通常ならば腐って行くはずの身体だが、シャルルは痛くもかゆくもないようだ。


 そんなことを信じられないラグナだが、シャルルが口元を押さえた。


 やはりあの量の薬では足りなかったかと思っていると、シャルルは口から何か袋のようなものを出した。


 それは透明なぽよん、とした丸い形をしており、その中は真っ黒になっていた。


 そしてその中にある真っ黒い何かというのが、ラグナ自身が出した蟲であることはすぐに理解出来た。


 「やはり魔法というのは不思議だ」


 口の中から取り出したそれを手にもつと、シャルルは蝋燭の火で袋ごと蟲もろとも燃やしてしまった。


 「レイチェル!なんだあれは!」


 「えー?」


 ずっと床を見ていたレイチェルは、ふと顔をあげて、燃えているそれを眺めると、また床を見て書き続ける。


 「あれはね、多分蟲の知識が一番ある海斗が作ったのね」


 「そうじゃなくて、だからなんなんだあれは!聞いてないぞ!」


 「別に聞かなかったじゃない。それに、けっこう高等な技だから、作れるなんて思わなかったし」


 薬を先に飲んでおくと、口の中から食道、そして胃を包み込むようにして膜が出来るそうだ。


 口にしたもので口の中や食道を傷つけることもなく、胃に留まり消化もされない。


 膜自体はとても強い伸縮作用があり、胃の中に入った何かが外に出ようとしても、そう簡単には出られないそうだ。


 時間が経つと、その袋は収縮をし始め、中に留まったそれらをぎゅうっと押しまとめていくのだ。


 食道も通れるほどの大きさになって口から出ると、多少大きさは戻るそうだ。


 可燃性でもあるため、燃やして処分するのが最も良い方法らしい。


 「小細工を!」


 「小細工?何を馬鹿なことを」


 「蟲なら、幾らだって出せるんだ!!」


 ラグナは叫びながら、もっともっと蟲を出そうと力を込める。


 だが、その瞬間に目の前にシャルルが来たかと思うと、ニヤリと笑い、そして真っ赤な目と牙を見せてきた。


 「シャ・・・!!」


 ヴェアルが叫んだときには、もうすでにシャルルはラグナの首筋に噛みついていた。


 いきなりのことで、ラグナも目を大きく見開いていた。


 シャルルの口から少しだけ零れたラグナの血の中には、ラグナが操っている蟲がいるのがヴェアルにも確認できた。


 そんなものを直に飲みこんで大丈夫なのかと思っていると、シャルルはようやくラグナから口を放した。


 シャルルの思いがけない行動に、ラグナは腰を抜かした。


 口の端から滴るそれを、シャルルは手の甲で拭ったあと、舌を出して自分の唇を舐めた。


 「お前、どうして無事なんだ?」


 「幻覚には惑わされたが、実際俺の身体には蟲などそれほど効かないな。それに何より不味い」


 「俺の蟲が効かない奴などいるはずがない!また魔法界の特殊な薬でも飲んだんだろう!!」


 魔法界をもメチャクチャにしたラグナの蟲を直接飲んだはずのシャルルは、平然とラグナの前に立っている。


 不味いかは知らないが、そもそも蟲を口にした者さえ今までいないだろう。


 「貴様、俺を誰だと思っている」


 「だ、誰って・・・。シャルルだろ」


 呆れたように、シャルルは額に手を当てて、わざとらしく首を横に振っていた。


 「何も分かっていないな」


 「お前、何をまたわけのわからないことを」


 そのやりとりを見ていたヴェアルは、ああまたシャルルの演説会が始まるな、と思って深いため息を吐いていた。


 「俺はグラドム・シャルル四世。闇の存在たちを取り仕切るヴァンパイアの末裔だ。そもそもなぜ俺達一族がこうも力を持っていると思う?貴様はそれを考えたことがあるか?いや、ないだろうな。グラドム家が権力の頂点に達したのは数億年も前のことだ」


 いきなり話し始めたシャルルは、マントを広げながら城の中を歩きだした。


 途中、まだ何か書いているレイチェルが邪魔で跨いでいたが、跨がれたことはレイチェルは気付いていない。


 「まだそのころは闇という認識はなく過ごしていた。まあ当然だな。その頃人間はこの世に存在していないのだからな。様々な種族が日々暮らしていた中、その種族の頂点に立ち、全てを牛耳ろうと企んでいた一族が現れた。それは海の支配者とも言える、深海生物たちだ。かつてより海は地上をも支配出来るとされ恐れられていた。それ故、誰も否定することはなかった。がしかし、そうは言っても奴らは魚だ。エラ呼吸しか出来ない奴らは、地上の者達の動きなど把握できるはずもない。海の中においても上下関係があったようで、弱い奴らは餌になるしかなかった。遊泳速度の速い人魚たちでさえも、奴らの巨大さの前には太刀打ち出来なかったとされている。海に住まう奴らは恐れた。このままあの身体だけがでかい奴らに、自分達は喰い殺されるのを待っているのかと。そして奴らは地上の奴らに助けを求めた。地上の奴らにも二種類いた。昼に行動するものと、夜に行動するもの。真っ先に声があがったのは、魔法を使える一族だった。しかし、奴らは縛られることを嫌い、ましてや魔法界のことを公にされるのは困ると言うことで断った。次に名があがったのは、ぬらりひょんという一族。しかし、奴らもまた自由きままに生きることを望み、誰かを下に従えたり自分が上に仕えるなど、面倒だといって断った。それからも、幾つか候補があがった。天狗におろち、大鳥に大獅子、とにかく色んな奴に頼んだが、どいつもこいつも断った。そんなとき、夜行性であった俺の一族を見つけた。全身黒い服に包まれ、空を飛び、人間の姿を持っているにも関わらず牙が生え、赤い目をしているその不思議な姿に、思わず声をかけた。すると男はこう言った。『夜を支配する我に、何か用か』とな。それを聞くと、昼に起こったことや海の中の支配についての話をした。自分達がおかれた立場や状況。それを聞いた男は『海も地上も我から言わせれば何ら変わらぬ。支配という言葉そのものが自らを縛りつけるのだ』と。そして奴らは男に頼んだ。どうか自分たちを救って欲しいと。男は海へと向かい、巨大な深海生物たちを地上近くまで呼んできてほしいと頼んだ。するとどうなると思う?深海とは水圧がとても高い。海面に近づくにつれて水圧は低くなり、深海生物たちの身体は膨れあがり、あまりにも醜い姿となってしまった。男は宙を舞うと、空高く舞い上がり、そしてそのまま急降下をした。水面近くまで来ていた深海生物に被りつくと、身体中の血を吸いつくす。いとも簡単にやられてしまった仲間を見て、他の深海生物たちは男に近づくことをしなかった。それからだ。男が崇め奉られたのは。しかし、俺達一族は太陽の光に弱いとされている。十字架ににんにく。確かにそれらは弱点でもあった。ならばなぜ今俺はこうして昼間にも活動し、十字架を見せられても平気で、にんにくはまあ、あまり好きではないが、逃げるほどのものではないのか。それは、血を吸うという行動によるものだ」


 「なあ、これまだ続くのか?」


 「多分。あと少しで終わると思うから」


 相槌さえも聞かずに喋り続けるシャルルに、ラグナは思わず怪訝そうな表情をして、ヴェアルに尋ねた。


 ヴェアルは分かっているからか、すでに自分ようの飲み物を用意していた。


 そして、シャルルの話はまだ続く。


 「これまでに吸ってきた種族の、まあ、遺伝子というのか。能力や対抗というものが多少なりとも身体に残るらしく、蓄積されていった結果、このような完璧な男が出来上がったというわけだ。まあ、はっきりって顔は一族代々のものであって、この美しき銀色に輝く髪もそうだ。ということがあって、俺達の一族は闇の存在をまとめることになった。しかし、最近では俺の美しさや容姿、スタイルや強さに嫉妬し、喧嘩を仕掛けてくる奴らも多い。だが、俺はそんな奴らに負けることはない。それはなぜか。答えは、それが自然の摂理であって、誰にも変えられない事実だからだ。恨まれ妬まれても仕方のないことだ。そうは思わないか?」


 ここで急に問いかけられ困ったラグナに対し、ヴェアルは適当にうんうんと頷いていた。


 まるでショーステージに立っている人にするように、ヴェアルは目を瞑って頷きながら、パチパチと拍手をしていた。


 なんなんだこの二人、とラグナが思っていたのは当然のこと。


 その時、シャルルの講演会で忘れていたレイチェルが声を出した。


 「でーけた!!」


 キラキラと汗が出ているようにも見えるが、全く出てはいない。


 「悪魔―、召喚!!」


 「うお!いきなりの展開だな!シャルル、ちゃんと正常に戻ったか?」


 「失礼な奴だな。俺はいつでも正常だ」


 レイチェルが叫ぶと同時に、シャルルとヴェアルは身構える。


 だがそのとき、ずっと避難していたはずのモルダンが駆け寄ってきた。


 「にゃあ!!」


 「!」


 「モルダン!」


 「にゃあにゃあ!!」


 「きゃあああああ!!!やめてえええ!」


 折角、長い時間をかけて書いた魔法陣を、モルダンは床をカリカリガリガリ爪でひっかき、消してしまった。


 一部分ならまだ良かったのだが、色んな場所へいってはガリガリとやっていたため、悪魔は目元あたりまで出てきたのにも関わらず、そのまま大人しく帰ることとなってしまった。


 その光景はとても面白かったのだが、状況はそうでもなかった。


 「やめてよやめてよーー!!お願いだから!!!折角描いたのに!しかも強力な悪魔出そうと思って、結構複雑なのを覚えてきたのにーーー!!!」


 一瞬にして自分のしたことが無駄になってしまったレイチェルは、モルダンを捕まえようと走っていた。


 しかし、モルダンは鬼のような形相のレイチェルから逃れるべく、必死になって逃げていた。


 「捕まえた!!」


 「にゃあ!!」


 がしっと転びながらもモルダンを捕まえたレイチェルだったが、モルダンはその腕の中でまだ暴れていた。


 「大人しくしなさい!!」


 そう叫んだ途端、モルダンはレイチェルの顔をひっかいた。


 最近碌に手入れをしていなかったモルダンの爪は、思ってよりも伸びていた。


 しかも、一度だけではなく何度も引っかかれたため、レイチェルは思わずモルダンを放り投げてしまった。


 その隙にひょいっと逃げ出したモルダンは、シャルルの方へと駆け寄っていき、足下に隠れた。


 痛そうに顔を覆っているレイチェルには多少同情はするが、自業自得というものだ。


 「いったーい・・・」


 「レイチェル、大丈夫か?」


 「それよりお前等さ・・・」


 顔を歪めているレイチェルに近づき、傷口を見ているラグナに、ヴェアルが声をかけた。


 そしてすでにボロボロになっているソレイユを指さし、尋ねた。


 「あれ、なんなんだ?」


 「・・・何って、不良品だよ」


 「不良品?」


 確かに、ソレイユの身体にも書かれていたが、ヴェアルが聞きたいのはそこではない。


 狼男の姿から通常の姿に戻ると、ソレイユの身体についていた部品を拾う。


 「そいつは何かの実験で造られた人工的な人間だ。けど不具合があったのか捨てられてて、俺達はそれを再利用しただけ」


 「再利用って・・・」


 「人工的に造られた人間は頑丈だし、そう簡単には壊れない。それに死なない。けどやっぱりダメだったな」


 「お前等・・・!!」


 ラグナたちに殴りかかかりそうになったヴェアルの肩をシャルルは掴んだ。


 踏みとどまったヴェアルだが、怒りは収まらない。


 「俺達が悪いわけじゃねえだろ?そもそも、そんなもの作って捨てた人間が悪いって話だ」


 「それでも・・!こいつはお前等と一緒にいたんじゃないのかよ!なんでそう簡単に切り捨てられるんだよ!!」


 「ヴェアル、止めておけ」


 ぐっと拳を握りしめるヴェアルに、シャルルは呆れたように言う。


 「人工人間の製造は、科学や技術の発展や進歩によるものだ。なぜそんなものを作っているのか、そんな体温のないものと触れあって何が嬉しいのか、正直分からんが、それでも人間は未来のためにと研究を続けていたのもまた事実」


 「だからって」


 「だからといって、俺は人工人間を肯定しているわけではない。形あるものしか愛でられない人間ならではとも言える。形ないものにこそ価値や意味があると思うがな。生き急ぐのは人間の本性だ。自分が生きられる短い期間に、どれだけ世に貢献し、自己満足し、人に好かれるかを追い求める不可思議な生き物だ」


 たかが機械だと言われてしまえば、そこまでかもしれないが、そこにあるのは感情ではなく、プログラムされたものだと分かっていても、勝手に意思疎通出来る人間のような存在だと思ってしまう。


 勝手に作り出しておきながら、勝手に捨てられてしまうなんて、あまりにも可哀そうだとヴェアルは思う。


 「だがな」


 すっかりラグナに掴みかかる元気もなくなったヴェアルに、シャルルは壊れたソレイユの前に片膝をつきながら続ける。


 「それは人間が弱い故だ」


 自然界において、自分達が最も弱く脆いと、意識はしていなくても本能的に分かっている人間は、これまでにも独自の文明を築き上げてきた。


 全てを知りたいという、全てを知って支配したいという気持ちがある人間は、海でも山でも足を踏み入れてきた。


 その結果として命を落としたとしても、本望だろうと言う人までいる。


 それでもまだ、人間が立ち入ったことのない世界があるのもまた事実である。


 弱く脆いからこそ、知り、研究をして分析をする。


 「だが一方で、食物連鎖において頂点に立ったと勘違いした人間もいる」


 自分よりも弱いものに手を出すことによって、自分の力を誇示する愚かな行為。


 弱いからこそ生き抜くための手段なのか。


 贅沢を覚えれば、それ以下の生活など出来るはずがなく、人間は本来あるべき姿を見失い、争い、傷ついて行く。


 それでも歩き続けるのは、警鐘を鳴らす人間もいるからだろう。


 自然の脅威を間のあたりにしながらも、人間は自分がその立場にならなければ、結局は他人事で終わってしまう。


 一時だけは同情の目を向けたとしても、それは“可哀そうに”という傍観者としての意見になるだけ。


 「人間とは、生きている間に何を求めているのだろうな」


 「求めてる・・・?」


 「死にに向かっているだけだというのに、その間に何を求めると思う」


 「何って・・・幸せとか?」


 生まれてから死ぬまでの時間、それは一人一人異なる。


 権力に執着する者もいれば、異性、地位、美貌、容姿、多くは金だろうか。


 生きるためには必要不可欠なものがあって、しかしそれは時代と共に変わって行き、多くなっていく。


 目的と手段の区別がつかぬまま、何の為に毎日を送っているのか分からなくなる。


 「人間の一生は、俺達のそれよりも随分と短い。その中で、人間という生き物は酷く愚かになってきた。技術がどれだけ進もうとも、人間の愚かさは変わらないだろうな。一度立ち止まって、景色を眺めれば良いものを、毎日毎日せっせと動き回っている」


 娯楽が増えたからか、それとも人間同士が希薄になっているのか、孤独を恐れながらも孤独になりたがる。


 次世代に何を残そうとしているのか。


 便利になりすぎて、人間は本来持っている動物としての能力を失いつつある。


 「それでも、人間に警告や警鐘を鳴らす人間がまだいるのなら、俺達は見守るしか出来ない。自然の力で人間を屈服させることなど訳ないが、まだその時ではないのだ」


 「このまま人間をのさばらせると、後悔するぞ」


 「あなただって分かってるでしょ!?私達がどんな目に遭ってきたのか!あいつらに居場所を奪われ、死んでいった同胞たちは沢山いるわ!!」


 すっと立ち上がると、シャルルは階段へと向かうと、階段の手すり部分に腰をかけて足を組んだ。


 ずっとシャルルの足下にいるモルダンは、助走をつけてジャンプをすると、見事シャルルの足に着地した。


 「領地だなんだのと、奴らは欲しがるからな。欲に塗れた哀れな生き物だ」


 「私達だけが生きていた頃に戻りたいと思って何が悪いんだ?お前さえ協力してくれれば、簡単なことだろう!?」


 ラグナの言葉に、シャルルはわざとらしく大きなため息を吐く。


 「人間を欲深い愚かな生き物にしてしまったのは、俺達が原因でもある」


 「そんなわけないだろ?!」


 「人間が存在してから、俺達は人間の驚異的な成長を目の当たりにした。自分達の身の危険を感じると、人間を襲う輩も現れた。自分たちは人間よりも強いのだと分からせるためにな。その結果として、人間は武器を作り、技術を発展させていった。先に喧嘩を売ったのはこちらだ」


 「だからって、今の人間は限度を越えてる!」


 「喧嘩だの戦争だの、そんなことをしたいなら、勝手にしろ。俺は殺戮に興味はない」


 「まだお前は人間との共存を考えてるってことか」


 永遠に分かり合えることなどないと、誰もが思っている。


 生きている環境も時代も、何もかもが違う生物間において、平等に公正に何かを決めるというのは無理がある。


 「どれだけ時代が進もうと、生まれて死ぬ。そのサイクルに変わりはない。時間が解決することもあるだろう」


 「呑気な・・・!」


 「はいはーい、お話はその辺で終わりってことでいいかな?」


 そこに突如現れたのは、数人の男たちを引き連れた空也だった。


 「こいつら貰って行くぜ」


 「ちょっと!放してよ!」


 ラグナとレイチェルの両腕を捕まえると、男たちは二人を連れて帰って行く。


 魔法界に連れて行き、ラグナは蟲を扱えないように、レイチェルは特殊な薬で魔法を使えないようにするのだとか。


 「その前に」


 「ん?」


 男たちが二人を連れて行く時、シャルルが二人に向けて言う。


 「床、掃除していけ」


 レイチェルが書いた魔法陣が気に入らなかったシャルルが、連れて行くまえにまずは掃除をさせろと言い、二人はせっせと手伝ってもらえることもなく掃除をした。


 それからまた男たちに連れられて行く。


 まだ少し汚れたところはあるが、まあいいかと、シャルルはいつも座っている自分の椅子に腰かけようとした。


 しかしその時、どさっと何かが倒れる音がした。


 「ミシェル!!」


 いきなり倒れてしまったミシェルにヴェアルは駆け寄る。


 何度も名前を呼ぶが、一向に起きない。


 すると、ミシェルの身体が徐々に緑色に変わって行った。


 「おい、これ・・!どうなってんだ!?」


 空也もすぐに駆け寄ると、ミシェルの心音が弱くなっているのを確認した。


 「空也!ミシェルが!」


 「わかってる。血液中に蟲が入ってるのかもな。脳内に侵入されたらもう終わりだぞ」


 「どどどどどうすりゃいいんだ!?俺、何したらいい!?」


 「どうするって・・・。すぐに医者に見せるのが一番だろうけど」


 息も荒くなってきたミシェルに、ヴェアルは担いで魔法界に連れて行こうとしたが、あまり動かすと良く無いと言われ、どうにも出来ないでいた。


 ミシェルの身体の中にラグナが入っていたときにでも入れられたのだろうと、空也は冷静に分析していたが、ヴェアルはそれどころではない。


 あわわと右往左往していたが、ふと、顔をシャルルの方に向けた。


 それに気付いたシャルルは、とても不機嫌そうな顔になる。


 「なんだ」


 「シャルルって、蟲平気だったよな」


 「平気じゃない」


 「けどラグナに噛みついても何ともなかったじゃん。俺最強、みたいなこと言ってたじゃん」


 「言ってない」


 「え、なにそれ。どういうこと?」


 シャルルとヴェアルの会話を聞いていた空也は、説明を求める。


 シャルルの身体には蟲が効かないことや、ラグナを噛んだことを、ヴェアルは空也に話した。


 すると、空也もヴェアルと同じようにシャルルのことをじーっと見つめた。


 「なんだ」


 何か訴えてきているのも、それがどういったことなのかも分かってはいるが、それを言われてしまったら終わりだ。


 シャルルはさっさとその場から立ち去ろうとしたのだが、ヴェアルと空也によって、マントを強く引っ張られてしまった。


 ぐぐぐ、と足に力を入れてみるが、さすがに反発する二人分の力があると、そう簡単には動けなかった。


 「なんなんだお前ら」


 「シャルル!ここはお前の出番だ!」


 「もう出番は終わった。あとはのんびりとワインを飲むだけだ」


 「そう言わずに!」


 このままではミシェルが死ぬかもしれないと、二人は懸命にシャルルに頼むが、シャルルはもうあんな不味い蟲など口にしたくないと、拒んでいた。


 「ちっ」


 シャルルのマントを離した二人は、椅子に座って足を組み、腕組をしているシャルルの足下で、土下座をしていた。


 「頼むシャルル!時間との勝負なんだ!」


 「ならさっさと魔法界にでも連れて行くんだな」


 「連れて行ったとしても、それから治療薬を作るのだって時間がかかるんだぞ!お前、魔法を馬鹿にしてるのか!」


 「なら放っておけ。遅かれ早かれ誰もが死ぬんだ」


 「シャルル!お前はそんな酷い奴じゃないって俺は知ってるぞ!だからミシェルから蟲を取り除いてくれ!」


 「わからん奴だな。お前はあの蟲を実際に口の中に入れていないからそんなことを言っていられるんだ」


 「好き嫌いはしちゃダメだぞ」


 「そういう話はしていない」


 徐々にイライラしてきたシャルルは、椅子から立ち上がり、ジキルとハイドを連れて散歩に出かけようとしていた。


 しかし、珍しくジキルもハイドもシャルルの後ろを着いてこなかった。


 「どうしたんだ?行くぞ」


 ジキルとハイドは互いの顔を見合わせると、ばさばさとシャルルの方まで飛んで行くと、マントや髪を引っ張った。


 今までこんなことをされたことがなかったシャルルは驚き、少しだけ目を見開いていた。


 「はあ・・・。わかった」


 「!!シャルル!?」


 シャルルの心を動かしたのは、他でもない、可愛がっているジキルとハイドだった。


 シャルルをミシェルの方まで連れて行くと、ようやく引っ張るのを止めた。


 両膝を床につけると、横たわっているミシェルの首に向かって口を近づけて行く。


 そしてきらりと牙が光ったかと思うと、ミシェルの首にずぶずぶと食い込んで行き、しばらく動きが止まった。


 少し経つと、シャルルは顔を放し、口元を甲で拭った。


 そして立ちあがるとすぐ、ジキルとハイドを連れて散歩に向かった。


 「ミシェル?」


 まだ意識は戻らないが、緑色に変色していった身体は、通常の肌色へと戻って行った。


 「良かった。とりあえず大丈夫そうだな」


 「これからそっち連れて行くんだろ?ここには設備とかないし」


 「ああ。あとはミシェル次第だからな」


 空也は指を動かすと、外から一枚の葉っぱが飛んでいて、それがぼん、と大きくなった。


 それに空也とミシェルが乗ると、ヴェアルは後から行くと伝えた。


 魔法界に着いた空也は、急いでミシェルを連れて行って検査を行った。


 見事に蟲は取り除かれているとのことだったが、少し輸血は必要とのことで、魔法界からミシェルのための献血が行われた。


 シャルルが散歩から帰ってくるまで待っていたヴェアルは、シャルルが帰ってくると早々、ミシェルのところに行こうと誘ったが、シャルルは用はないと言って断った。


 一人で魔法界へと向かったヴェアルは、ミシェルの容体が安定していると聞き、起きたときのためにミシェルの好きな物を作って待つことにした。


 「ヴェアルって料理出来んだ」


 「まあ、ちょっとな」


 魔法界にあるとても立派なキッチンを借りて、ヴェアルは次々に料理を作っていった。


 「空也!ミシェルが目を覚ましたぞ!」


 どたばたとミシェルのもとへと向かえば、目を覚ましてぼーっとしているミシェルがいた。


 「ミシェル、大丈夫か?」


 「おーい」


 ミシェルの目の前に手を置き、意識があるのかと振ってみれば、ミシェルはこちらに目を向けてきた。


 「おう。良かった良かった」


 「ミシェル、スープ作ったから、飲む?」


 「・・・・・・ヴェアル、空也先輩」


 「お前さえ大丈夫なら、いつでも退院出来るってよ。身体の方も特に外傷はないみたいだしな」


 じーっと二人を見ていたミシェルの瞳には、徐々に涙があふれてきた。


 「っひく・・・ふえっ」


 「え?なんで?」


 いきなり泣き出したミシェルに、二人はどうしたのかと聞けば、ミシェルは泣きながら何度も何度も謝ってきた。


 少し落ち着いてきたところで事情を聞くと、操られていたとき、記憶があったのだそうで。


 分かっているのに自分の身体さえ制御出来ないことが悔しくて、虚しくて。


 そんなことを話すと、ヴェアルも空也も笑った。


 「そんなことなら気にすんな。誰もお前を責めやしねえよ」


 「そうだよ」


 「ああ、それから、帰ったらちゃんとシャルルにも礼言っとけよ?」


 ミシェルの身体の中に蟲が入りこんで危ない状況だったが、シャルルが助けてくれたのだと言えば、ミシェルはふと、自分の首に噛まれた痕があることに気付く。


 「かかかか噛まれてる・・・!?」


 「それに、ほら」


 そう言って、ヴェアルがひょいっとミシェルの前に連れてきたのは、いつもならシャルルと一緒にいることの方が多い、モルダンとハンヌだった。


 それを見ると、ミシェルはモルダンとハンヌを思い切り抱きしめ、また泣いた。


 「にゃあ」


 「うんうん、ごめんね。もう大丈夫だからね」


 それから数日、ミシェルはヴェアルと共に魔法界に留まった。


 その頃、一人城に残ったシャルルは、頬杖をつきながら、あの時出会ったいつかの自分のことを思い出していた。


 「・・・・・・」


 『待て』


 『・・・・・・』


『我が名はグラドム・シャルル。もしいつかまた貴様と会ったなら、良き時代を共に作っていこう』


 『・・・俺の名はグラドム・シャルル四世』


 『何・・・?』


 『貴様とはもう二度と会う事はないだろうが、もしも会えたとしたならばその時は、是非ともワインを交わしたいものだ』


 『待て、どういう・・・』


 窓から覗く満月は、まるで光から逃れることが出来ないように輝く。


 ワインを飲み干してしまったシャルルは、中身のなくなったワイングラスを指先でいじりながら、眺めていた。


 ばさばさと自分の肩に止まった愛しいそれらに目線を向けると、柔らかく微笑む。


 「たまにはこんな夜も良いものだな」


 静けさが漂うその空間にいるのは、全身黒い服に身を包み、銀色に輝く髪を揺らせ、闇夜に浮かぶ赤い目を持った男だけ。


 「それでもまた、陽は昇る、か」





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