第2話 それはまるで




インヴィズィブル・ファング四

それはまるで




もしあなたがこれまでに泣いたことがないとしたら、あなたの目は美しいはずがないわ。


       ソフィア・ローレン




































 第二爪【それはまるで】




























 「被害状況は?」


 「家屋三十棟、薬品倉庫半壊、火薬倉庫半壊、用具倉庫若干、広場八割、死者なし。けど重症患者百と九名」


 「あー。まあ、そんなもんで良かったと言うべきなのか」


 ラグナたちの攻撃によって、魔法界は思った以上の被害を被っていた。


 動ける者はみな動いて、建物の修理や怪我人の治療に励んでいた。


 そこへ、連絡を受けたシャルルたちもやってきた。


 「酷い有様だな」


 「こういうのって、魔法で直さないの?」


 着いて早々、シャルルは強い風に靡く髪が鬱陶しく、髪をかきあげながら辺りを見渡していた。


 魔法でちゃっちゃっと直していると思っていたヴェアルは、魔法界でまさか人が物を作っているとは思っていなかったようで、色々と聞いていた。


 「俺手伝ってくる!」


 力があるヴェアルは、木材などを運ぶ手伝いを始めた。


 空也が指示を出していると、シャルルもヴェアルと同じことを思ったらしい。


 「魔法で直さないのか」


 「え?ああ、魔法でも直せるけど、結局のところ、魔法っていうのはいつか消えるものなんだよ」


 「?」


 なんとなくは分かるが、いつか消えるという意味が分からないシャルルが眉間にシワを寄せていると、空也がグミを渡してきた。


 グミなど初めて食べるシャルルは、それを口に含むと、意外と気に入ったようで、味違いのものを食べていた。


 「魔法の基盤は魔法じゃない。瞬間瞬間に力を発揮するのが魔法であって、永遠を作れるものじゃないってことだ。だから、ここの建物は全部、手作りなんだ」


 「面倒なものだな」


 「まあな」


 二人でのんびりしていたが、ここに来た理由はそれではない。


 何があったのかを聞きに来たのだ。


 「で、何があったんだ?」


 「ああ、話してなかったな」


 目の前で、大工のような格好で手伝いをしているヴェアルのことは放っておいて、二人は話を始めた。


 「ミシェルの身体ん中から、ラグナとレイチェルが出てきて、それからはまあ、大変だったんだ」


 ラグナが撒き散らした蟲によって、国民たちは次々に蟲に侵され身体を腐らせてしまい、レイチェルは悪魔を召喚し始めた。


 死人が出なかっただけマシなのだろうが、それはもう地獄絵図のようだったと。


 気付くとまたミシェルはいなくなっていて、何処へ行ったのかまた分からなくなってしまったことも。


 「けど、もう一人見えた」


 「?もう一人?」


 「ああ。確かにいた。ラグナとレイチェルが派手にやってたからか、そう目立ってはいなかったけど」


 空也が言うには、魔法界に来ていたのはラグナとレイチェルの二人ではなく、三人だったという。


 三人目は男で、真っ白な髪をしていた。


 何かするわけでもなかったが、男の方へと飛んで行った鉄板を、片手で防いでいたという。


 「何者かは分からねえけど、なーんか気配を感じなかったんだよな」


 「・・・・・・」


 うーん、と首を捻っていた空也だが、ハッとシャルルの方を見た。


 「それどころじゃねえんだ」


 「?何がだ」


 「ミシェルの奴、あのままだとマジでやばいぞ」


 詳しいことを話すように言うと、空也はこんなことを言った。


 もし仮に、ミシェルの身体がラグナの蟲に侵されているとしたら、そしてレイチェルの魔法によってより強力なものに変えられていたとしたら、最悪、ミシェルは魔法が使えなくなってしまうらしい。


 「確信はないんだろう?」


 「確信はねえけど、最悪のシナリオを考えておかねえと、実際そうなったときに対処が出来ねえだろ。それに、そこまで行かなくても、ミシェルっていう人格がなくなるかもしれねぇ」


 ずっと操られていると、その人物は自分を取り戻すことが出来なくなってしまうという。


 どうしてそういうことになるのか、空也の説明では良く分からなかったが、とにかく、死ぬか魔法が使えなくなるか、ミシェルではなくなるとか。


 「例え無事に戻ってきたとしても、ミシェルじゃないとなると、魔法界としては魔女から除外しないといけなくなる」


 魔法が使えなくなってしまうとすると、ミシェルは普通の人間と同じということだ。


 普通の人間を魔法界に置いておくことも出来ず、ましてやシャルルたちとも一緒にいられるか分からない。


 「魔力を取り戻せればいいけど、そこまで精神的な部分が強いかどうか」


 「・・・もしあいつがただの人間に戻ったら、人間界に行くしかないだろうな」


 「まあそうなんだけど。人間界に行くとしたって、あいつは身寄りがねえんだぞ?どこでどうやって生きて行くんだよ」


 「知るか」


 ふとシャルルの方を見ると、気付けば空也が持ってきていたグミを全て食べきってしまった。


 それを見て、またため息を吐いていた空也だが、ふと何か思い浮かんだ。


 「そうだ、シャルル」


 「何だ」


 「タイムトラベルとかって、興味あるか?」


 「はっ。そんな非現実的なことがあるわけないだろう」


 「そういうお前の存在も非現実的だけどな」


 実際にタイムトラベルと言っても、魔法の力で行くのだ。


 長時間の滞在は無理なため、短時間となってしまうが。


 「断る」


 「なんで」


 「行って何をするんだ?俺は過去は振り返らないようにしている」


 「まあまあ。行って見れば、もしかしたら考えが変わるかもしれないし?」


 半ば強引に空也に連れられ、シャルルはある部屋へと入った。


 そこは天井に扉があったり、床に時計があったり、砂時計が浮いていたりと、なんとも不思議な部屋だった。


 「ここでやるから」


 そう言うと、空也は浮いていた砂時計をくすっと回した。


 すると、部屋がいきなり真っ暗になり、ぽう、と歪んだ形の時計が床にも天井にも沢山出てきた。


 「俺一人だとそうだな、体感時間にすると七日間くらいだ。実際には一時間くらいだろうから、タイムリミットがきたら報せるよ」


 「おい、なにを勝手に・・・」


 空也に文句を言おうとしたシャルルだが、急にぐらっと足元が歪んだ。


 そしてそのまま、一つの時計の中へと身体が吸い込まれていった。


 その中ではシャルルも一瞬、意識を手放してしまった。








 「・・・ん」


 シャルルが目を覚ますと、シャルルは何処かの森の中で横になっていた。


 頭ががんがんするが、緑豊かなこの場所にいるからか、さほど気にならない。


 「何処だここは」


 立ち上がり、キョロキョロと辺りを見渡すが、何も見えない。


 仕方なく、シャルルは森の中を歩くことにした。


 朝方なのか、森の中には霧が深く立ちこめていて、視界が悪い。


 それでもシャルルは歩き続けて行くと、うっすらと小屋のようなものが見えた。


 木で造られた小さな小屋の前に佇むと、シャルルはそこから何も気配が感じないため、また少し歩くことにした。


 時間が経つにつれて霧が晴れてくると、綺麗な湖が見えた。


 近づくと、そこは湖ではなく、海だった。


 ふと、視界の端に何かが動いたのが見え、そちらに視線を向ける。


 「きゃははは!!ママ!見て!」


 海岸では、一人の少女が水遊びをしていた。


 日除けなのか、大きな帽子を被っているが、下を向く度にずれ落ちてしまうため、少女は頻繁に帽子をあげる。


 海の中に手を両手を突っ込むと、少女は真面目な表情になる。


 何をしているのかと見ていれば、少女の手の中には小さな貝殻があった。


 色とりどりの綺麗な貝殻を手にすると、また女性のもとへと駆け寄って行く。


 「見てみて!貝殻よ!」


 それを女性に渡すと、女性も嬉しそうに貝殻を見つめながら、少女の頭を撫でた。


 そしてまた海へと戻って行くと、少女は何度も何度も、何かしらを手に持って、女性に渡していた。


 ふと、意識がとんだかと思うと、今度は先程辿りついた小屋の近くにいた。


 「いってらっしゃーい!」


 少女の元気な声が聞こえてくると、小屋からは女性が一人出てきた。


 そして何処かへと向かって歩いて行くと、少女は小屋の外で遊び始めた。


 「これはねー、パパよ!早くご飯食べちゃってね!ママはトイレに行くの!」


 どうやら一人遊びをしているようで、手には石や木で作った人形のような、一見ちょっと不気味なものを持っていた。


 キャッキャと楽しそうな声が森の中に響くと、森の奥から何やら獣らしき影が見えた。


 「パオ―ンパオ―ン。あ、間違えちゃった。違うの。これはお猿さんだから、ウッキッキ」


 気付いていないのか、少女は未だ人形遊びを続けている。


 森の奥から出てきたのは、少女の五倍以上あるだろう大きな熊だった。


 シャルルは身構えるが、少女は熊の方にくるっと顔を向けると、にぱああっと満面の笑みを浮かべた。


 「おはよう!今日はね、私が鳥さんの役するから、あなたは蟻さんの役ね!」


 設定が全く分からないが、少女の中には何か物語があるようで、熊を横に座らせると、一人で話ながら遊んでいた。


 熊は慣れているのか、少女に何をされても怒ることもなく大人しかった。


 「ねえあなた、今日はどうして遅く帰ってきたの?」


 「今日はね、スーパーで特売をやっててね」


 「あ、鳥さんはスーパーなんて行かないのかな?」


 そんなことを一人で言いながらも、少女は楽しそうにしていた。


 「わったっしっはぁ~ちぃさぁなぁっ!おんなぁ~のぉ~こぉ~よぉ~!ちゃちゃんちゃんちゃん」


 訳のわからない歌も聞こえてきたが、あえて聞かなかったことにしよう。


 少女は歌いながら、摘んだ小さな花を皿に見立てた葉っぱに置くと、熊の前にちょこんと置いた。


 「さあどうぞ!冷めないうちに、召し上がれ!」


 熊は特に何かすることもないのだが、少女は一人でお話をする。


 しまいには、熊に乗っかり、自分のリボンを熊の耳に可愛く縛ろうとするが、小さな手では上手くいかず、仕上がりは汚くなってしまった。


 しかし、それでも少女は満足そうに微笑んでいる。


 そのうち熊が帰ってしまうと、少女は地面に背中から寝っ転がり、足をバタバタと動かしていた。


 「つまんなーい!!」


 そう叫びながら、少女はまた起き上がると、熊が自ら取ってしまったリボンに手を伸ばし、自分の髪の毛に縛る。


 だがやはり汚い出来だ。


 しばらくすると、少女は小屋の中に入って行き、その中を覗いてみれば、小屋の中でも一人で何かしらで遊んでいた。


 おままごとをしたり、拾ってきた貝殻に色を塗ったり、石で壁に落書きをしたり。


 そして昼になれば、一人でご飯を食べ、夜も母親の帰りが遅いためか、一人で準備をして食べていた。


 背の低い少女の為にと、母親が用意してくれた台に乗っかると、朝作って行ってくれたご飯と汁物をよそる。


 そのまま零してしまいそうだが、これも少女用にと小さなお玉があり、それで上手に掬っていた。


 「いっただっきまーす!」


 両手をパン、と合わせると、母親に言われているのか、少女は一口を二十回ほど噛んでから飲みこんでいた。


 そんなに噛んだら米粒の形など残っていないように思うが、それでも少女は健気に教えを守っていた。








 また意識が飛ぶと、少女は数人の子供たちに囲まれていた。


 いつも通り、一人でお人形遊びをしていたようだが、その人形は子供たちに取りあげられてしまい、壊されていた。


 子供たちは少女に何か言っている。


 「お前の母ちゃん、魔女なんだろ」


 「ここからいなくなれよ!」


 「魔女なんかがいるから、俺達は楽しく過ごせないんだ!」


 少女は唇をぎゅっと強く噛みしめながらも、反論はしなかった。


 何も言い返さないでいる少女に向かって、子供たちは石を投げつけた。


 「いたっ!」


 「魔女なんだから、治してもらえばいいだろ!」


 「やっちまえ!」


 次々に投げられる石に耐えていると、そのうちの一個が額に直撃した。


 すると少女の額からは血が少し出てきて、それを見ると子供たちは逃げるように去って行く。


 「お前が悪いんだからな!」


 「そうだそうだ!俺達は悪くないからな!」


 そんな捨て台詞を吐いて。


 それはその日だけではなく、四日に一度は子供たちが少女のところへ来て、石を投げたり叩いたりしていた。


 その度に傷を作る少女は、小屋にある救急箱を取り出すと、自分で消毒をして絆創膏を貼っていた。


 母親は帰ってくると、少女の怪我を見て心配するが、少女は笑って大丈夫だと伝える。


 少女の頬に手を添えた後、母親はぎゅっと少女を抱きしめた。


 「ごめんね」


 「?なんで謝るの?ママ!それよりお腹空いちゃったよ!食べよう!」


 二人の生活はとても質素で、ある日の献立はじゃがいもとキャベツの野菜スープだった。


 同じメニューが何日も続くことが当たり前で、それでも少女は文句一つ言わなかったし、たまに母親と一緒に食事が取れるだけでも嬉しそうにしていた。


 「ママ!今日はね、お気に入りのお人形が壊れちゃったから、新しいお人形を作ったのよ!ほらこれ!」


 「まあ。上手に出来たじゃない」


 「へへへ!名前はね、んーと、ジョブリンっていうの!女の子よ!」


 仲睦まじい光景が広がり、シャルルはそれを窓から見ているという、傍から見れば不審者のようなことをしていた。


 翌日、いつものように母親は仕事に出かけたあと、少女は外で遊んでいた。


 はしゃぎまわっていると、ふと、何かを見つけたようだ。


 「おじちゃん、何してるの?」


 「・・・・・・」


 木の上で寝ていたシャルルを見つけた少女は、シャルルに声をかけたのだ。


 最初は無視をしていたシャルルだが、そのうち少女が木のぼりを始めてしまい、徐々にシャルルに近づいてきた。


 「んしょんしょ」


 シャルルが飛べないとしたら、きっと上らないだろう高さの木に、躊躇なく上ってきた少女。


 結構な高さがある木にいたため、シャルルは横目で少女を見ていると、急に突風が吹き、処女は手を放してしまった。


 「あ」


 このままでは落ちると言うのに、少女はシャルルを見て笑っていた。


 「ちっ」


 マントを広げながら少女の手を掴むと、シャルルはそのまま地面へと着地した。


 少女は目を丸くしており、口も大きくぽかんと開いていた。


 そのまま立ち去ろうとしたシャルルだったが、少女にマントを掴まれてしまい、無表情のまま少女に顔を向けた。


 「おじちゃん、ありがと!おじちゃんも魔法使いなの?」


 「・・・違う」


 「じゃあ、おじちゃんはどうしてお空を飛べるの?」


 「・・・・・・」


 ふう、とため息を吐くと、シャルルは両膝を曲げて少女と目線を合わせると、ニコニコと笑う少女にこう言った。


 「まず、おじちゃんじゃない」


 「じゃあ、おじいちゃん?」


 「なぜより歳を取らせるんだ」


 「???」


 首を傾げながらも、笑う事を止めない少女に、シャルルはきついことを言う事も出来ず、額に手をつけて項垂れた。


 「一緒に遊ぼ!」


 「断る」


 「えっとね、今日はおままごとね!おじちゃんは赤ちゃん役ね!」


 「・・・・・・」


 全く人の話を聞いていない少女に引っ張られ、シャルルは少女が持ってきたシートの上に胡坐をかいて座った。


 幾つも人形を並べると、やはり木や草で作ったフライパンや包丁、まな板などを自分の前に出して、少女は料理をするフリをする。


 「はいどーぞ!冷めないうちに食べてね!」


 「・・・・・・」


 「あらあら、好き嫌いはメッ!よ!」


 子供と遊んだ経験などないシャルルにとっては、未知の世界だった。


 「こら!いただきますしてから食べるのよ!ちゃんとこうして、お手手同士をつけてね、感謝するのよ!」


 なぜか叱られてしまったシャルルは、少女のことを目を細めて見ていた。


 そのうち、シャルルは少女に遊ばれていた。


 綺麗だった銀髪が、少女の手によってところどころ小さな三つ編みにされていたり、マントの中に入って何やら愉しんでいたり。


 片膝を立たせ、そこに肘をついて頬杖をついていると、少女はシャルルの背中に飛び着いてきた。


 「きゃはは!!おじちゃん、良い匂いがするー!!」


 「匂いを嗅ぐな」


 「嗅いじゃったもん!へへへ!」


 悪気はまったくないのだろうが、シャルルはただただ疲労に向かっていた。


 シャルルで遊んでいる少女には、沢山の傷があった。


 単に怪我をしただけかもしれないが、そうじゃない可能性の方が高いだろう。


 「・・・・・・お前、なんでいつも一人で遊んでるんだ?」


 「んとね、だって友達がいないんだもん!みんな怖がっちゃうから、一緒に遊べないの!」


 「・・・やり返さないのか?」


 シャルルの言葉に、少女はキョトンとする。


 「しないよ!ママにね、ダメって言われてるの!仲良くしたいなら、何もしちゃいけないんだって!」


 またシートに座った少女は、ふと、シャルルの顔をじーっと見た。


 「お目目が赤いね!とっても綺麗!」


 「・・・・・・」


 「頂戴!」


 「無理だ」


 ぶー、と唇を尖らせて拗ねた少女だが、すぐに人形遊びを再開した。


 「父親は?」


 「パパ?」


 「ああ」


 「・・・パパ、いないの」


 今まで元気にしていた少女は、父親の話をした途端、しょぼんとしてしまった。


 人形を手の中で弄びながら、少女はぽつりと話し出す。


 「ママがね、言ってた。パパは私が生まれてすぐに死んじゃったんだって。なんで死んじゃったかは知らないけど」


 「・・・そうか」


 「みんなね、ママは魔女だっていうのよ!変でしょ?」


 ママは私と同じ、普通の人なのにね、と付け足すと、少女は枝の先で穴を掘り始めた。


 「パパのこと、何も知らないの。お顔も声も、何も知らないの」


 写真も残っておらず、自分の父親のことは何も分からないという少女の話を聞きながら、シャルルは縛られていた自分の髪の毛を解放していた。


 ゴムを全て回収すると、少女に手渡す。


 そしてゆっくり立ち上がると、少女は悲しそうな顔をする。


 「おじちゃん、どこ行くの?」


 「・・・・・・」


 シャルルは少女の頭に手をぽん、と優しく置くと、マントをバサッと動かした。


 「お前のことを知っている。大きくなったら俺のところに来い」


 「?」


 闇に紛れるようにして、シャルルは少女から離れていった。


 とはいっても、まだ帰れないため、小屋や少女が見える位置にはいるが。


 まさか見つかるとは思っていなかったため、今度は出来るだけ遠い、さらに高い場所へと移動した。


 「ママ!今日ね、お友達が出来たの!」


 「良かったわね」


 「うん!!」


 夜になり、母親は薬草がないことに気付き、小屋の近くの薬草摘みをした。


 ガサッと音がして、母親は振り返る。


 しかしそこには誰もいなく、母親は薬草摘みを続けた。


 この時、気をつけておくべきだったのだ。


 翌日母親が仕事に出かけ、その間に一人で少女は遊んでいた。


 それはいつものことだった。


 人間の子供たちにいじめられても、少女は笑う事を忘れなかった。


 そしてその日の夜のことだ。


 母親は買い物を終え、仕事から帰ってくると、小屋で小さく咲いている花を見つけた。


 少女に教えようと口を開けたが、その時、後ろから口元を覆われてしまい、声が出せなくなってしまった。


 買ってきた荷物も地面に落ちてしまい、母親は必死に腕を伸ばすが、もうどうにもならなかった。


 しかし、外から聞こえてきた物音に、少女は反応してドアまで向かう。


 「ママ!おかえり!」


 少女が目にした光景は、血を流して横たわっている母親と、その母親を担ごうとしている二人の男たちだった。


 男たちの手には包丁が握られており、母親の身体から出ている赤いそれを同じ色をしていた。


 「ママ・・・?」


 「ちっ、どうする?」


 「見られちまったら、仕方ねぇだろ」


 息絶えた母親を地面に置くと、男たちは少女の方に歩み寄ってきた。


 恐怖からなのか、状況がわかっていないのか、少女は動かない。


 しかし、男の腕が伸びてきたその瞬間、本能が逃げろを警告をしてきて、少女は男の股の間から逃げて行った。


 「おい!追いかけろ!」


 少女を追い掛ける男たちだが、森の中はすでに霧が立ち込めており、少女の姿はみつかない。


 どこかに隠れられてしまったとしたら、それこそ探すのは難しいだろう。


 男たちは少し走ったが、諦めて母親だけを連れて消えてしまった。


 男たちから逃げ切った少女は、ただただ泣きながらも、今襲ってきた恐怖に震える足を必死に動かしていた。


 振り向いて男たちが着いてきているのかも確認出来ぬまま、ひたすら走った。








 しばらく走り続けた少女は、見知らぬ土地に来ていた。


 そして、疲労と精神的ショックから、その場に倒れてしまった。


 それからとうもの、少女は一人で暮らしていた。


 暮らすという言い方は少し違う。


 ゴミを漁り、食べられそうなものがあればそれを口に含み、喉が乾けば雨水を掬う。


 少女を無理矢理引っ張って、売りに出そうとしていた男からも逃げて、野良犬と一緒に雨を凌いでいたときもあった。


 嵐がくれば、何処にも避難出来る場所などなく、少女は小さく丸まって、嵐が過ぎるのを待つしかなかった。


 日照りが続けば、それだけ体力も失われ、少女は一日中なにもせず、地面に寝転がっていることもあった。


 もう、誰も助けてくれないのだと。


 呼んでも母親は来てくれない、笑ってもくれない、自分の名前を呼んでもくれない。


 涙を流すことも出来ず、少女はその日を息抜くことだけを考えた。


 そんなある日、膝を抱えて顔を埋めていると、そこに一人の髭を生やした男が現れた。


 「一人かい?」


 「・・・・・・」


 男の問いかけに、少女は黙ったまま。


 先日、返事をしたら、その男は少女の腕を引っ張って、何処か知らない場所へ連れて行こうとしたのだ。


 それ以外にも、路地裏につれていって殴られたり、蹴られたりもした。


 少女が何も答えないでいると、男はその場からいなくなった。


 そのまま時間だけが過ぎていったが、またその男が戻ってきた。


 「ほら、これを食べなさい」


 「・・・・・・」


 毒が入っているかもしれない、これをあげるから着いておいでと言われるかもしれない。


 少女の中には、疑いしかなかった。


 男は膝を曲げると、なんとか少女にパンとミルクを与えようとするが、少女はうんともすんとも言わない。


 そんなとき、一匹の猫がやってきた。


 「にゃあ」


 真っ黒くて、毛並もそれほど綺麗ではなかったが、男の手にあったパンをカプリ、と齧ってしまった。


 それを美味しそうに頬張っている猫を、少女は横目でじーっと見ていた。


 「にゃあ」


 ぺろっと食べてしまった黒猫は、少女の方へと近寄ると、擦り寄ってきた。


 そして、少女の隣で丸くなってしまった。


 「はっはっは。猫に喰われちまったな。新しいのを持ってこよう。ここで待っていなさい」


 「・・・・・・」


 そう言うと、男は黒猫の前にパンとミルクを置き、また去って行ってしまった。


 置かれたパンをじーっと見ていると、黒猫はまたそのパンを食べた。


 そんな姿をしばらく眺めているうちに、少女は思わずパンをひとかけらちぎって、口へと運んでいた。


 そのパンは焼き立てだったのか、ほかほか温かく、中にはマーガリンが入っていて、とても美味しかった。


 「ほら、これを食べなさい」


 男がまた戻ってくると、少女に新しく買ってきたパンを渡した。


 ふと顔をあげると、男の手には大きな紙袋があり、その中には沢山のパンがあった。


 少女は思わず、大声で泣き出してしまった。


 最初、男は困ったようにおろおろとしていたが、そのうち、少女の背中をぽんぽんと叩いて慰めていた。


 泣いている理由も、ここにいる理由も、親と一緒にいない理由も、何も聞かずにずっとそこにいてくれた。


 「落ち着いたかね?」


 男の声に、少女は小さく頷いた。


 「君さえ良かったら、私に着いて来なさい。なに、君と同じくらいの歳の息子がいてね、放っておけないんだ」


 コクン、と頷くと、少女は差し伸べられた男の手を掴んだ。


 そしてさあ行こうというとき、なぜか黒猫が着いてきてしまったため、男は黒猫も一緒に、と言って連れて行ってくれた。


 歩いている間も、少女は片手にパンを持っていて、それを少しずつ食べながら、知らない街を歩いていた。


 そして、とある路地裏に着くと、男は持っていたパンが入った袋を少女に持ってもらい、空いた手をすっと伸ばした。


 「・・・・・・」


 男の手から、ぽお、と灯りが現れたかと思うと、あまりの眩しさに、少女は目を瞑ってしまった。


 そして次に目を開けたときには、先程まで自分がいた場所とはまるっきり違う、とても綺麗で夢のような世界にいた。


 「さあ、こっちだ」


 男に導かれるまま、少女は大きな建物の中に案内された。


 長い廊下を歩いて、大きな扉を開けると、そこには一人の少年がいた。


 少年はこちらを見るや否や、「クソ親父!」


 と叫んだが、男はパンを一個手に取ると、石のようにカチカチにしてから、紐で縛られて身動きが取れない少年に向かって、思い切り投げた。


 繋いでいた手が離れると、少女はパンの袋をぎゅっと握りしめた。


 「空也、大人しく修行しなさいと言っただろう」


 「うるせーよ!なんでてめぇなんかの言う事聞かなくちゃいけねぇんだよ!」


 男と同じく、金髪にピアスをつけた少年は、男に向かっていーっ、と歯を見せる。


 だが、男にぽかんと頭を叩かれてしまった。


 ようやく紐が解かれた少年は、少女に近づいていくと、パンの袋を奪い、その中のパンをどんどん食べて行った。


 あっと言う間になくなると、少年は袋を燃やし、指先を舌で舐めた。


 「てか、こいつ誰」


 「ああ、そういえば名前を聞いていなかったな」


 「てっきり親父の隠し子かと・・・」


 言い終わる前に、少年は男がぽん、と出した木槌で頭を叩かれ痛がっていた。


 「こっちに来なさい」


 「・・・・・・」


 男に呼ばれ、少女は恐る恐る歩く。


 男は大きくて立派な椅子に腰を下ろしており、もしかしたらすごくお金持ちなのかな、とか思っていたようだ。


 ぼけーっとしていると、少年がいつの間にか目の前にいて、少女の顔をじろじろと見ていた。


 「こら空也。女性に対して失礼だぞ」


 「え、こいつ女?なんか髪ボサボサだから、てっきり男かと思った」


 少女は、母親がいなくなってしまってからというもの、碌にシャワーも浴びず、髪も梳かさず、身なりに気を使っていなかった。


 「どう見ても女の子だろうが。すまないね。これが私の息子の空也だ。君の名前は・・・とにかく、先にお風呂に入ってくるといい」


 男が呼び鈴を鳴らすと、数人の女性たちが現れ、少女を連れて大風呂まで連れて行く。


 少女が風呂に入っている間に、洋服も綺麗に洗ってもらったようで、風呂から出ると綺麗に畳んで用意されていた。


 再び男と少年の前に姿を見せると、男は娘がいないからか、とても可愛がってくれた。


 「君の名は、何かね?」


 「・・・ミシェル」


 「ミシェル?どこかで聞いたことが・・・」


 「ロイヤス・ミシェル」


 フルネームを言うと、男はハッと目を見開いて、椅子から立ち上がった。


 少女は驚いて、思わず身体を仰け反らせてしまうと、男はまたゆっくりと椅子に腰をかけた。


 「ロイヤス・ミシェル・・・。もしかして、君の母親はロイヤス・マリィかな?」


 「・・・どうして知ってるの?」


 やはりか、と言う男に、少女も少年も首を傾げていた。


 そして、男から言われた衝撃的な言葉は、少女にとって人生を変えるものだった。


 「君の母親は、魔女なんだ」


 「・・・え?」


 今まで、自分の母親が魔女だなんて、変なことを言う人がいるな、と思っていた少女にとって、その事実は受け入れ難いものだった。


 それでも男は続ける。


 「君の母親は魔女でありながら、人間との間に子供を身篭った。それが君だ」


 通常、魔女と人間との間から、魔女が生まれることはそう珍しくはないという。


 しかし、純潔でない魔女や魔法使いは、魔法界にいることが出来なくなる。


 それで、少女の母親は森の中で暮らすことを決めたのだ。


 自分が魔女であることを隠し、仕事も始めたのだが、森の奥に住むのは魔女だというその街の噂によって、魔女だ魔女だと言われることがあった。


 それでも否定し続けてきたのだが、その街には不可思議な言い伝えがあった。


 それは、魔女の血を飲むと永遠の命を得られるというものだった。


 人魚などでも言われているその伝説のせいで、少女の母親は狙われ、殺されてしまったのだ。


 「違うもん!私、魔女じゃ無い!」


 「君は魔女だ。魔女であることを受け入れて、しっかりと生きて行くんだ」


 「無理だもん!ママもパパもいないのに、私、出来ない!!」


 嗚咽交じりに泣きだしてしまった少女に、少年が声をかける。


 「なんで魔女が嫌なんだよ」


 「だって、魔女って悪い人でしょ?なんか大きなお鍋でぐつぐつ煮て、人間を食べちゃうんでしょ?」


 「ぷっ。お前、馬鹿じゃねえの」


 「こら空也!」


 涙はぴたりと止まってしまい、少年はゲラゲラと腹を抱えて大笑いしていた。


 呼吸が乱れながらも笑いが止まらない少年を見て、少女は顔を真っ赤にする。


 ひーひー言いながらもなんとか笑いが収まると、少年は涙を拭く。


 「ここは魔法界だぜ?みんな魔法を使えるよ。ここじゃそれが常識なんだ。俺達が人間を喰うように見えるのか?」


 「・・・・・・ちょっと」


 「見えるのかよ。まあいいや。親父、ちょっとこいつ色々連れて回るけどいいよな?」


 男が頷く前に、少年は少女の腕を引っ張って、魔法界を見て回った。


 葉っぱも木も、花も雲も、全てが楽しそうに踊ったり歌ったり。


 魔法を練習している場所では、失敗を繰り返しながらも練習を続ける人達がいた。


 「空也―、今日は女の子連れてるのー?」


 「ちょいと見学でな」


 「空也、その子は?」


 「親父が拾ってきた」


 「空也!今日こそは俺と勝負!!」


 「うるせぇなぁ」


 色んな人が少年のことを知っていて、後で聞いたところによると、この少年はこの国の国王になる人だとか。


 一通り見終えると、少年は手を放して広場の地面に寝転がる。


 その隣にちょこんと座ると、涼しい風が少女の頬を掠めて行く。


 「どうだった?」


 「え?」


 「人間と喰うような奴らに見えたか?」


 「・・・見えなかった」


 そもそも魔女の定義がおかしいのだと指摘され、少女はそうなのかと納得した。


 夕暮れ時になり、少女たちは再び男のもとに訪れると、そこには母親くらいの歳の女性がいた。


 「ミシェル、丁度良かった」


 手招きをされ、少女は女性の方をちらちら見ながら男に近づいて行く。


 「この人が、君の面倒を見たいそうなんだ。母親代わりになってくるそうだよ」


 「え?」


 「よろしくね。話は聞いてるわ。今日から私をお母さんだと思ってね」


 急な話についていけなかったが、その日はその人の家に泊まることになった。


 「さあ、いっぱい食べてね」


 目の前に出された食事は、いつもよりは少し豪勢だが、それでも、母親の温かさを感じるものだった。


 翌日になると、少女は男のもとへ行って、御礼を言った。


 「それなら良かった。ああ、それからね」


 男が息子の名前を呼ぶと、窓から大きな葉っぱに乗った少年がやってきた。


 少年が部屋に着地すると同時に、葉っぱは元の大きさに戻ってしまったが、窓から入ってくる風は気持ち良かった。


 「君を立派な魔女にするため、今日から息子の空也が魔法を教える」


 「魔法・・・」


 「頼んだぞ、空也」


 「あいよ。俺を誰だと思ってんだ」


 自分とさほど歳が変わらないだろう少年は、魔法界きってのエースなのだと、後に人伝に聞かされた。


 いきなり魔法を始めることになった少女だが、空也は手加減をしなかった。


 結構なスパルタで、少女は何度も逃げ出したくなったのだが、少しずつでも上達すれば褒めてくれるため、なんとか続けられた。


 本だって何冊読まされたか分からない。


 自慢話だって、それだけされたか分からない。


 日に日に上達する少女を眺めていた男は、かつて自分の国にいた一人の魔女のことを思い出していた。


 「さすが、君の娘だな」


 ここで、空間が歪んだ。


 もうそろそろ時間なのだと気付いたシャルルは、身体を楽にして待っていた。


 しかしその途中、思わぬ人に出会った。


 「貴様は誰だ?」


 「・・・貴様こそ誰だ」


 「何故ここにいる」


 「何故貴様に答えねばならない」


 シャルルの前に立っていた一人の少年。


 髪は銀色に光っており、癖っ毛なのかうねっている。


 全身黒い服に身を包み、その目は赤く妖艶に闇夜に浮かぶ。


 シャルルに似ている風貌だがしかし、一つだけ決定的に違うところがあるとすれば、背が低いことだろう。


 「貴様、名は」


 「・・・・・・」


 「答えぬ心算か」


 「・・・俺は貴様の名を知っている」


 シャルルの言葉に、少年は眉間にシワを寄せて怪訝そうな表情を浮かべる。


 「どういうことだ」


 「そのままの意味だ」


 こうも淡々とした会話では、話が一向に進まないのだが、シャルルは少年を見ると小さく笑った。


 それに気付いた少年は、また眉間のしわを深くする。


 「貴様も私と同じ種族か」


 「まあ、そうだな」


 「ならば、人間との共存についてどう思う」


 存在がバレてはいけない闇の存在として生きているシャルルたちと、人間との共存は、永遠のテーマでもあり、永遠の問題定義でもある。


 人間として生きていける者も勿論いるだろうが、そうでない者も多くいる。


 「いずれ滅ぶなら、遅かれ早かれだ。運命という言葉は好きではないが、滅びゆく運命だと言われれば、受け入れるしかあるまい」


 「・・・そうか」


 「だが、種族としての血を守ろうとするか、それとも生きることを目的とするかで、考えは異なるだろう。それは一人が決められるようなことではない。だからといって、全員一致の答えなどあるはずもない」


 「ならば、私達はどうすべきだと思う?」


 「・・・それは貴様が考えることだ。これからどうするのか、どうしたのか。貴様は人間として生きていく覚悟があるのか、それとも同じ闇の存在となる奴らを守るのか。どちらにせよ、共存しようと思えば、きっと出来るのだろうがな」


 生憎、自分たちも人間も、自分が我慢してまで相手に合わせようなどとは思っていない。


 ふと、シャルルは自分の手を見ると、ジジ、と身体が消えて行くのが分かった。


 少年に背を向けて歩き出すと、後ろから少年の声が聞こえる。


 「もし、もう一度貴様と会う事が出来るのなら、じっくり話をしたいものだ」


 「・・・ああ、そうだな」


 歩いているうちに、シャルルは時空の中にいて、気付けば空也につれて来られて部屋にいた。


 「よ」


 「・・・・・・」


 頭を左右に数回振れば、シャルルは空也の方を見る。


 「以前あったあいつの母親は、実の母親じゃなかったんだな」


 「ああ、そうだ。親父がある日拾ってきたのがあいつ。んで、その時一緒に着いてきた黒猫が、モルダンってことだ」


 魔女狩りという事件が起こった際、ミシェルは家族が捕まったと言っていたが、あれは産みの親ではなく、育ての親だったということのようだ。


 二人は部屋を出て、まだ修復が終えていない広場まで向かう。


 「ヴェアルさんすごい!」


 「きゃー!力持ち!!」


 狼男の姿になっていたヴェアルは、二十人かかって持ちあげるほどの木材を、一人で悠々と運んでいたのだ。


 それを見て、周りの女性たちはキャッキャと騒いでいた。


 「なんだよ。シャルルの次はあいつかよ。まったく。俺の目の保養となっている可愛くて綺麗な姉ちゃんたちの黄色い声・・・」


 「くだらん」


 結局、全ての建物を直すには一週間ほどかかるということで、シャルルは先に城へと帰って行った。


 ヴェアルは直すまで残ると言ったため、置いてきたようだ。


 ヴェアルが帰ってきたときには、ジキルとハイドだけでなく、モルダンもハンヌも、ストラシスまでもがシャルルの傍にいたとかで、ヴェアルは発狂してしまった。


 「騒々しい奴だ」


 「ストラシス御免よ!俺にはお前しかいないからな!確かに、ちょっとだけやましい気持ちもあったかもしれないけど、それでもお前が一番なことに変わりはないからな!絶対にシャルルにだけは懐くなよ!ミシェルの二の舞にはなりたくないからな!!」


 「にゃあ」


 膝の上に乗っているモルダンの背中を撫でながら、シャルルはそんなヴェアルを横目で見て、ため息を吐く。


 「ミシェル二号だな」


 「にゃあ」





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