第5話 おまけ「ヴェアルの恋」



インヴィズィブル・ファング参

おまけ「ヴェアルの恋」


 おまけ②【ヴェアルの恋】




























 それは、シャルルと人間の姿をして人間界で生活をしていた時のお話。


 「大柴くん」


 「え?」


 名前を呼ばれ、ヴェアルが振り向いてみると、そこには一人の少女が立っていた。


 肌は白くて背は低く、黒髪は肩あたりまでの長さで、可愛らしい感じだった。


 「えっと・・・」


 「日向。日向いちご」


 変わった名前だと思ったが、そこは気にしないことにする。


 「宿題のプリント。昨日学校休んだでしょ?大柴君の家分からないし、提出は今週中だって」


 「ああ、ありがとう」


 「おい」


 「あ、都賀崎」


 学校に登校してすぐの朝、といってもヴェアルはギリギリの時間に行くのだが。


 そのタイミングで大柴の前に現れた少女、いちごは、初めてみたわけではないが、特別親しいわけでもない。


 そこへ、同じクラスのシャルルが登場すると、爽やかにいちごに挨拶をした。


 外面が良いとはこのことだ。


 いちごが自分の席へと座ると、ヴェアルはシャルルに近づいて聞く。


 「あの子のこと知ってた?」


 「いや。というより、人間の顔はみな同じに見える」


 スタスタと自分の席に行ってしまったシャルルの周りには、あっという間に他の教室から来た女子生徒たちが群がる。


 ニコニコと、爽やか青少年を演じているシャルルに、ヴェアルはあれはあれで大変だな、と思うのだった。


 ヴェアルは席に座ると、いちごに渡されたプリントを眺める。


 「(げ。俺の苦手な物理かよ)」


 なぜかシャルルは分野問わずに良い成績を取れるが、普通はヴェアルのようになってしまう。


 それが表情に出ていたのか、頬杖をついてプリントを眺めていたヴェアルのもとに、朝のミーティングが終わるといちごが来た。


 「宿題、大丈夫そう?」


 「え?」


 「さっき、なんか苦い顔してたから」


 「・・・ああ、物理嫌いなんだよね。いや、得意なのがまずないけど」


 ハハハ、と困ったように笑っていると、一現目が始まるチャイムが鳴る。


 その時、いちごがヴェアルに向かって言い逃げのようにこう言った。


 「帰りに教えてあげる」


 返事をしないまま、髪の毛の毛根に生気が見られない先生が入ってきてしまい、もやもやした気持ちのまま授業を受けた。








 最後の授業も終わり、それぞれが部活動や図書室に行って勉強を始める頃、ヴェアルは教室でいちごと向かい合っていた。


 一つの机を挟んで座り、プリントと睨みっこしているヴェアルのもとへ、女子生徒たちに囲まれたシャルルがやってきた。


 「大柴くん、帰りますよ」


 「あ、悪い、都賀崎。俺宿題教えてもらってから帰るわ」


 「・・・わかりました」


 ヴェアルといちごがいるのを見て、なぜか至極愉しそうな顔をしていた。


 笑いながら去って行くシャルルを横目に、ヴェアルはプリントに目をやる。


 「ねえ」


 「なに?」


 「大柴くんと都賀崎くんって、仲良いの?」


 「え?」


 「ん、なんかさ、タイプ全然違うから。大柴君って石黒君と結構一緒にいるでしょ?でも都賀崎くんとは、なんか、普通の友達とは違うような感じがするっていうか・・・」


 「・・・・・・」


 まさか、そこまで見られているとは思っていなかった。


 確かに、この学校に転校という名目で来たときには、シャルルは目立っていたかもしれないが、ヴェアルは違う。


 友也とつるんで、出来るだけ友也の影に隠れるようにしてきたし、シャルルといても目立たない方という覚えられ方の方が多い。


 それなのに、こうして名前を覚えられているだけでも驚きなのに、シャルルとも行動を共にしているのを見られていたとは。


 「まあ、都賀崎とは悪縁っていうか悪友っていうか」


 「そうなの?でも、なんか楽しそうだよね」


 「え?」


 「石黒くんといるときも、都賀崎くんといるときも、楽しそうだよ。大柴くんってコロコロ表情変わるから見てて面白いし」


 クスクスと笑いながら、いちごは「じゃあ次の問題ね」と言って、ヴェアルには未だよく理解出来ていない物理を教える。


 終わったのは八時過ぎたころで、ヴェアルはいちごを家まで送っていくことにした。


 「別に良いのに。大柴くんも帰るの遅くなると家の人心配するでしょ?」


 「ああ、それは大丈夫。・・・口五月蠅いのはいるけど」


 「え?」


 「こっちの話」


 最後の方は小さい声で言ったヴェアルの横顔を、いちごはそっと横目で見た。


 小さく笑っているいちごに気付き、ヴェアルは首を傾げる。


 「ありがとう。気をつけて帰ってね」


 「おう。こっちこそありがと。じゃあ」


 いちごを家まで送り、シャルルの城まで帰ると、そこにはミシェルがいて、目をキラキラさせながらヴェアルに聞いてきた。


 「ねえねえ!!ヴェアルにもついに春がきたの!?どんな子!?ヴェアル、人間として生きて行くの!?私とシャルルの仲介役はどうなっちゃうの!?ストラシスはどうするの?てかどこまで進んだの!?もう手は繋いだ?告白した!?」


 「おいおい。シャルルは何を言ったんだ?」


 ただ教室で勉強を教えてもらっていただけだというのに、ヴェアルに女が出来ただの、今日は帰らないかもだのと、嘘八百を並べていたようだ。


 面白半分、いや、全部かもしれないが、ワインを飲みながらクツクツと笑っている。


 ミシェルの頭をぽん、と叩き、そういうのじゃないと言うが、まともに話を聞こうとしていない。


 「ヴェアルにもいよいよ春かぁ・・・。羨ましい!!!」


 「だから、違うって」


 二人を無視してシャワーを浴び、ストラシスを愛でたあとベッドに横になる。








 翌日、シャルルはいつものように女性生徒に囲まれながら登校し、ヴェアルは途中で会った友也と一緒に登校していた。


 その日は特にいちごに声をかけられることもなく、昼休憩で友也と屋上に向かっていた。


 「御一緒していいですか?」


 「げっ!都賀崎!」


 「失礼ですね、石黒君は」


 珍しくシャルルが来て、屋上のフェンスに寄りかかりながら野菜ジュースを飲む。


 「ああ、そういえば」


 シャルルのことをなぜかライバル視しているというか、苦手意識を持っている友也は、シャルルが話出しただけでびくっと身体を揺らす。


 それはそれで見ていて面白い。


 シャルルはヴェアルの方を見てニタリと笑うと、こう続けた。


 「日向さんが、数人の女性たちに連れられてどこかへ行きましたけど、なんでしょうね?連れションですかね?」


 連れションなんて言うな、と突っ込みたかったヴェアルだが、それよりも先に入ってきた情報に、無意識に身体は動いていた。


 屋上から出て行ったヴェアルの背中を眺め、シャルルはストローをぺろっと舐めた。


 何処かへ、と曖昧なことを言われたが、人気のいない場所を探すのは意外と簡単だった。


 いちごの他に、見たことのない、きっと他のクラスの女子生徒たちが複数人いた。


 未だにこんな原始的ないじめがあるのかと思っていたヴェアルは、少しだけ様子を見ようと影に隠れた。


 「あんたさ、大柴君に勉強教えてたらしいけど、なんなの?」


 「何って、分からないっていうから」


 「そういうことじゃないんだよ!!どうせ大柴くんに気に入られて、そこから都賀崎くんと接点でも持とうとしたんでしょ!?」


 「汚いよねー、そういうの」


 「別にそういうわけじゃ・・・」


 「じゃあなんだっていうのよ!!」


 影でそれを聞いていたヴェアルは、いちごを囲んでいるのが、いつもシャルルの周りにいる子たちなんだと分かり、それと同時に、シャルルはこのことを知っていた自分に教えたのだと分かった。


 それにしても、自分を通じてシャルルと話したいなんて人、これまでにはいなかったが。


 女だから怖いのか、それとも人間がこういうものなのか、ヴェアルには分からない。


 「ちょっと!なんとか言いなさいよ!」


 どんっ、と一人の女子生徒がいちごのことを軽く押した。


 転ぶことはなかったが、何かあったら危ないと、ヴェアルは前に出て行こうとした。


 しかし、状況は一変した。


 「あなたたち、暇なの?」


 「は?」


 それは、いちごから発せられた言葉だった。


 「あのねえ、私は別に都賀崎くんに興味ないの。分かる?あなたたちは都賀崎くんのこと好きかもしれないけど、私は恋愛感情なんて持ってないの。それなのに、勝手に私の想い人を都賀崎くんにして、勝手に私に喧嘩売ってきて、してもこんな大勢で・・・恥ずかしくないの!?裏でコソコソするなんて最低だよ!私に文句があるなら、正々堂々と言ってきなさいよ!影でしか言えないなら、言う資格なんかないわ!」


 突然のいちごの言葉に、女子生徒たちだけでなく、ヴェアルも呆然。


 勢いに押されたのか、女子生徒たちは「なによ!」とかなんとか文句を言いながらもその場から立ち去って行った。


 がさッと音がして、ヴェアルはいちごに見つかってしまった。


 ヴェアルを見て、いちごは目を見開いて驚いていたが、下を向いてしまった。


 「大丈夫、そうだね」


 助ける必要なかったね、とヴェアルが呟き、そのまま立ち去ろうとしたのだが、ふと、自分の服が引っ張られていることに気付く。


 後ろを振り向けば、いちごが下を向いたままヴェアルの制服を掴んでいた。


 「き、聞いてたの?」


 「え?ああ、ちょっとだけね」


 「口悪いと思った?男っぽいとか」


 「いや、そんなこと思わなかったけど」


 「ほんと?」


 何を恐れているのか、何を心配してるのか分からないが、ヴェアルにとって、いちごの質問は無意味だった。


 「うん。しっかりしてる子なんだなって思った。まあ、正直言うと、か弱いイメージあったけど、曲がったことが嫌いなんだね。俺、そういうの嫌いじゃないよ」


 「え?」


 にっこり笑いながら言うヴェアルに、いちごは顔を上げる。


 何か変なこと言ったかな、と思っていると、いちごは少しだけ顔を赤くした。


 そんな様子が、なんとも可愛らしくて、とはいっても、ヴェアルの感覚では小さい子を相手にしてるようなものなのだろうが、ついつい癖で頭に手を置いて撫でていた。


 「お、大柴君・・・」


 「ああ、ごめん。つい」


 ぱっと手を放すと、いちごは恥ずかしそうにしていたが、そのときチャイムが鳴ってしまった。


 「あ、戻らないと」


 「ねえ、大柴君」


 「ん?何?」


 教室に戻ろうとしていたヴェアルの背中に向かって、いちごは両手をばしっと叩いた。


 急なことに驚いたヴェアルだが、気付くといちごはヴェアルの前を歩いていて、笑顔で振り返った。


 「へへ。ありがと!」


 「?」


 なぜ御礼を言われたのか分からなかったヴェアルだが、次の授業は英語だったことを思い出し、さぼろうと決めたのだった。


 鍵がかかっていない、というよりも以前ヴェアルが壊してしまった鍵のない屋上へのドアを開けると、そこには同じくさぼろうとしていたシャルルがいた。


 「珍しいな」


 「・・・お前もとんだ鈍い感性の持ち主だな」


 「はあ?」


 ちゅー、とコーヒー牛乳の紙パックを潰しながら飲み干すと、シャルルはストローを噛んで紙パックをブラブラ弄ぶ。


 「まあいい」


 「うん?」


 シャルルと二人で、屋上の風を感じていると、そこに友也が現れた。


 「げっ。また都賀崎いるし」


 「やあ、石黒君」


 にっこりと、黒い笑みを見せるシャルルに、友也はヴェアルの後ろに隠れる。


 ヴェアルを挟んで言い合いをしている二人を他所に、ヴェアルはシャルルに言われたことを考えるのだった。




 「あ、ストラシスにおやつ買っていかないと」





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