第4話 おまけ「ミシェルの婚約話」





インヴィズィブル・ファング参

おまけ「ミシェルの婚約話」


おまけ①【ミシェルの婚約話】




























 ある、穏やかな日のこと。


 「ミシェルー、なんか手紙が届いてるぞ」


 「えー?私に?」


 当然のように会話をしている二人だが、ここはシャルルの城であって家だ。


 ポストではなく、テーブルにぽん、と置いてあっただけのそれを手に取ると、ヴェアルはそこに記してあった名を呼んだ。


 寝癖が直らないまま、ミシェルはヴェアルから手紙を受け取る。


 「?誰からだろ?」


 すでにシャルルは椅子に座り、呑気にワインを飲んでいる。


 離れた場所に座り、ミシェルはその手紙を開けて読んでみる。


 「えっと・・・」


 達筆なのか、それとも単に急いで書いたのか、とにかく流れるように書かれていた手紙を読んでいると、ミシェルは目と口をこれでもかというほどに大きく開き、叫んだ。


 「ひょえーーーーーーーー!!!」


 「五月蠅い」


 「ちょちょちょちょっと待って!嘘でしょ!嘘だと言ってよパトラッティ!」


 「誰だ」


 「どうかしたの?」


 手紙を持ったまま、椅子からガタンと立ち上がった拍子に、椅子は後ろに倒れてしまったが、気にしていられない。


 持っている手紙はくしゃくしゃになっていて、ミシェルは顔面蒼白。


 ヴェアルは椅子を直すと、手紙を手から落としてしまったミシェルが、力無く椅子に倒れ込んだ。


 「?」


 ヴェアルはテーブルに落ちた手紙を拾い、黙読した。


 「ミシェル、結婚するの?おめでとう」


 「するわけないでしょ」


 あっさりと言ってきたヴェアルに、ミシェルは身体を起こしてヴェアルの腹を殴った。


 殴ったといっても、ミシェルの力ではさほどダメージがないが。


 「けど、ここに婚約パーティーって書いてあるけど。新婦、ロイヤス・ミシェル、新郎、ガーロイス・オクター。・・・誰?」


 「私だって知らないわよ!顔も名前も存在自体知らないっつの!どうにかしてよ!」


 「俺に言われても」


 その手紙とは、ミシェルの婚約パーティーに関しての日取りであった。


 こんなこと聞いていないし、そもそも結婚なんてまだする気がないのだ。


 ばさばさ、とハンヌが確かめるようにミシェルに近づいてくると、手紙を読んで首を傾げていた。


 「ううー。聞いてないもん。まだ私結婚なんてしたくないもん」


 「もう決まっちゃったんじゃない?」


 「そうだぞミシェル。腹括ってさっさと出て行け」


 ワインのグラスを傾けながら、シャルルは香りと色を楽しんでいた。


 モルダンも、ミシェルの結婚話が出ても、シャルルの膝の上でうたた寝。


 ミシェルは手紙をビリビリと破くと、箒を出して跨った。


 「文句言ってくる!!!」


 「気をつけてね」


 「なんで一緒に来てくれないのよ!!」


 「え?行った方がいいの?俺が行ったら話がややこしくなるんじゃない?」


 言っていることがメチャクチャなミシェルに、ヴェアルは淡々と返事をする。


 「~~~~もういい!なんとかする!!」


 ばひゅん、と箒で勢いよく飛んで行ったのは良いが、外で何かにぶつかったような音がしたのは気のせいだろうか。


 「行っちゃったけど、大丈夫かな」


 「放っておけ」








 ミシェルの婚約パーティーは、魔法界で盛大に行われると書いてあったため、ミシェルは魔法界へと来ていた。


 そして昔お世話になった人物の影を見つけると、箒のまま突っ込んで行った。


 「うおっ」


 「ナルキ先輩!お久しぶりです!」


 「ミシェルか。どうした?」


 ここに来た経緯を、空也の面倒見係でもあるナルキに話すと、「ああ、それね」と言われた。


 「何か知ってるんですか?」


 「なんでも、オクターが初めてここに来た時に、ミシェルに一目ぼれしたとかって聞いたよ?」


 「・・・・え!?」


 「とにかく、空也のとこに行こうか」


 次期魔法界の国王になる、ミシェルの先輩でもある空也は、とても自由な性格で、清純なナルキとは違い、女が好きだ。


 空也たちの先輩には、ソルティという人がいるが、その人はとても優しくて、確かミシェルの後輩のシェリアはソルティに惚れていた記憶がある。


 そんなことを思いながら歩いていると、あっという間に空也のいる部屋に着いた。


 「空也、ミシェルが来たよ」


 「おー、来たか」


 空也の部屋に入ると、広いソファの真ん中で空也が両手を存分に広げており、そこには数人の女性達がいた。


 綺麗どころが集まってるな、と目を細めて憐れむように見ていると、女性達は空也によって部屋から出された。


 扉を閉めてまたソファに座ると、空也は大欠伸をする。


 「オクターのことだろ?」


 「そうそうそれそれ!!私、初めて聞いたんだけど!勝手に婚約されても困るから!」


 「・・・へー?」


 「な、何よ?」


 両手で拳をつくり、なんとか怒っているという感情を伝えようとしていたミシェルだが、それを見て空也は目を細めて顎を逸らす。


 なんとなくシャルルに似ていて、ちょっと苦手な表情だ。


 そして、空也はニヤッと笑う。


 「お前に一目ぼれしたって聞いて、ちょっと浮かれただろ?」


 「なっ・・・!!!」


 図星をつかれ、ミシェルはナルキに助けを求めようと、後ずさってナルキの服の裾を強く掴んだ。


 ソレを見て、面白そうにケラケラと笑いだした空也は、ぽん、と魔法で薄い板のようなものを出すと、それを開いて見せてきた。


 「ほれ。オクターの顔」


 「・・・・・・」


 「イケメンだろ?」


 思わず、ミシェルは肩まってしまった。


 空也にナルキ、それにシャルルにヴェアルと、美形から男らしい面子を結構見てきたが、空也の言うとおり、オクターはイケメンだった。


 鼻筋も通っていて、髪はちょっと癖っ毛で真っ黒く、顎鬚はワイルドな印象を受ける。


 ほーれほーれ、と空也はまるで子猫に猫じゃらしを与えているかのようにして、見合い写真とも言えるソレをミシェルの前で左右に上下に動かす。


 「お前も簡単な女だな」


 「うっ、うるさい!!!」


 「どうする?断るなら断れるぞ?」


 婚約パーティーなどと書いておきながら、まだ何も決めていないようだ。


 空也は適当にテーブルに並んでいたお菓子をつかむと、口の中に放り投げる。


 ミシェルはしばらく写真と睨めっこしていたが、決意した。


 「わかった!私、主婦になる!!」


 「主婦になるかは聞いてねえけど、じゃあいいんだな?話進めちまうぞ?」


 「ばっちこーい!!」


 急に元気になったミシェルを見て、空也もナルキも呆れたように笑う。


 そこでしばらく休むことにしたミシェルは、空也の座っていたソファに座る。


 空也はオクターに返事をすべく、空中に文字を書き始める。


 すると、文字はランダムに並び、踊るようにくるくると回り始めた。


 「よし。あとはミシェル。お前のサインでも書いとけ」


 「はーい」


 空也にそう言われ、ミシェルは同じようにしてサインを空中に書き始めたとき・・・。


 「オクターんとこ嫁いだら、色々と大変だろうけど、まあ上手くやれよ」


 「・・・え?」


 書き途中の指をそのまま、ミシェルは顔を空也の方に向けると、空也はあれ?という顔をした。


 「言ってなかったっけ?」


 「な、何を?」


 「オクターって、俺以上に女っ誑しだから。それに金遣いも超荒ぇし、はっきり言って性格は最悪だな。それに、魔法の修行もまともにしてないから、上手く扱えないとかって話だぜ。ちなみに、家は藁で出来てて、まるで三匹のピッグだな。まあでも、顔が良くてよかったな。ミシェルもなんだかんだ言いながら、やっぱり男を顔で選ぶぶふっ!!」


 サインしていた指を、そのまま空也の目玉に突っ込むと、空也は目を押さえながらソファから立ち上がった。


 「ってーーーーなあ!!!なんだよ急に!」


 「聞いてないにも程があるわ!!!そんな人と結婚なんかするはずないじゃないのお!空也先輩説明不足すぎ!!!」


 「うん。これは空也が悪いかな」


 「ナルキ!お前が言ってるもんだと思ってたよ!しかも俺が半泣きしてるのに、そんな涼しい顔で紅茶なんか飲みやがって!!!」


 「うわーーーん!!!もう絶対に結婚なんかしないもん!!!!」


 「空也、とりあえずお断りの手紙に書き変えないとだね」


 片目を押さえながら、空也はオクターへの手紙を書いていると、ミシェルは空也をぽこすか叩き、ナルキに抱きついていた。


 よしよし、とミシェルの背中を叩いてあげると、ミシェルはそのうち寝てしまった。


 「ったく。人騒がせな奴だな」


 「ちゃんと説明しておかないからだろ」


 「よしナルキ。ミシェルを送って来い。俺はこの通り片目を負傷してるから」


 「もう治ってるよね。これは空也が始めたことなんだから、ちゃんと送っていってあげなよ」


 渋々、空也はミシェルを送って行く。


 木の葉を拾うとそれに息吹をかけ、大きくなった葉にミシェルを自分が乗る。








 「てなわけで、帰しに来た」


 「いらん。持って帰れ」


 「いや、そう言われても困るんだよな。とにかく、置いて行くから」


 空也がシャルルの城に着くと、シャルルはもうすでに棺桶の中に入って寝る準備をしていた。


 何とか起こしてミシェルのことを頼もうとするが、シャルルが至極不機嫌そうな顔をして、嫌嫌そうにため息を吐く。


 「じゃ!頼んだ!」


 「おい」


 逃げるようにしてぴゅーっと去って行ってしまった空也の後を追うのも面倒で、シャルルは髪の毛をガシガシかいた。


 このまま放っておこうと思っていると、そこにシャワーを浴びて出てきたヴェアルが現れる。


 「あれ、ミシェル帰ってきたんだ」


 「ああ。俺はもう寝るから、どうにかしておけ」


 「え?どうにかって」


 言うが早いか、シャルルはもう寝ていた。


 ふう、とヴェアルは息を吐くと、床に放置されているミシェルを抱きあげ、二階の居候している部屋へと運んでいった。


 翌日、目が覚めたミシェルが、「私、一途な人を探すわ」と言っていたのは、また別の話。


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