第17話 死神ちゃんエピローグ
【死神ちゃんエピローグ】
「じゃあねー!」
高校一年生のこはるはクラスメイトに手を振り、高校の正門を出る。
制服姿で歩道を走り、あわあの待つマンションに向かった。
「ただいまー!」
「おかえり~」
玄関のオートロックを解除し、こはるは廊下を抜けてリビングに駆け込む。すると、こはるの水色のゆるだぼパーカーを着て床に寝転がる幼女姿のあわあが彼女を迎えた。
「おぉ~、おだらけ猫してますなぁ~」
「まだ戦いの疲れが取れてないのー」
言って、あわあはゴロゴロと喉を鳴らす。
こはるは上のブレザーを脱いでハンガーに掛け、代わりにクローゼットからお気に入りの黒の赤ラインが入ったオーバーサイズのジップパーカーを羽織る。スカートも脱いで掛け、元から履いていた黒のショートパンツが露わになる。
「どこか出かけるの?」
私の素早い着替えを下から見上げていたあわあは私に訊く。
「昨日纏めたゴミたちを出しに行くのだよ……!」
あわあは「あー」といったふうに口を開いてゴロンと右から左へ転がった。
昨日、昼近くに目覚めた私は脱ぎっぱなしの服やらビニール袋やらが散らかった部屋を一日かけて片付け、掃除機もかけて綺麗にしたのだ。
「じゃあ、行ってくる」
「あわあも行くー」
あわあは私が持ったゴミ袋を半分持ってくれる。
二人はそれぞれクロックスを履いて両手にゴミ袋を持ち、玄関を出てエスカレーターに乗る。
マンションの駐車場に出て道路側にあるごみ置き場に行き、袋を置いて黄色のネットを被せた。
「ふぅ~」
手の甲で額の汗を拭い、達成感とすっきりした心地よさを存分に味わう。
すると、こはるは元気な声に呼ばれた。
「お姉さーん!」
「あ、ミクナちゃん! やっほ~」
手を振りながらやってきたのは、この前に猫探しの依頼を頼まれた女の子、ミクナちゃんだった。飼い猫のミニャちゃんの後ろを歩いていて、どうやら一緒に散歩しているらしい。
「はい、どうぞ!」
私に近づいて、ミクナちゃんは両手で何か小さい袋を差し出す。
「クッキー?」
「そうだよ! ミニャを見つけてくれたお礼です!」
ミクナちゃんは笑顔で言いい、私の掌に小さな袋に入ったクッキーを乗せる。
「わぁ! ありがとう、ミクナちゃん!」
「どういたしまして~」
私はそれを大事にジップパーカーのポケットに入れた。
横では、あわあが小さな手で猫のミニャちゃんの頭を撫でていた。すると、あわあの髪からぽとっと何かが道路に落ちる。
「青い紐?」
ミクナちゃんが言い、あわあがそのちぎれて廃れた組み紐を拾う。
「おばあちゃんが組んでた紐……」
こはるは小さな声で呟いた。気づけば、あわあの首に巻いてあった青い紐のリボンは無くなっていた。
あわあの手の平に乗った組み紐は、まるで焼いた後のようにぼろぼろと崩れ、風に吹かれて宙に舞った。
私たちは、紐が散っていった青い空を仰いだ。
その後、私たちはミクナちゃんと別れて部屋に戻った。私は廊下のキッチンで前の余りを使って即行枝豆チャーハンを二人分料理する。
私は二枚のお皿に盛って、リビングに置いてある脚の短い机に乗せた。すると、あわあが何か藍色の大きな本らしきものを持ってこちらを見ていることに気づいた。
「どうしたの? 本?」
あわあはこはるにその本を手渡す。
「あの小学校で見つけたから、こはるに渡そうと思って持ってきたの」
こはるは藍色の表紙に金で書いてある文字を読む。
「卒業……?」
開くと、それはアルバムだった。ページいっぱいに写真が張り付けられ、めくるたびにみんなの顔が段々と大人びていく。
「これ……もしかして、私の小学校の……?」
「そう。こはる、五年生で転校しちゃったから……欲しいかなと思って」
こはるはページをめくる手を止め、嬉しそうに少し目を伏せた。
「ありがとう、あわあ。大事にする」
こはるは貰ったアルバムを胸に抱く。中にはこはると<優那>の映った写真が多くあった。
それから、私はあわあと一緒にチャーハンを食べてお皿を洗った後、あわあに玄関まで見送ってもらって、再びマンションを出た。
見知った町を眺めて、こはるは駆け出し、少し考え事をする。
数年ぶりに訪れることとなったあの小学校で、私は死神として生きることを決意し、こはるとして過去にけじめをつけた。
こはるは走りながら自分の胸の上に手を添える。
――優那はいつでも私の心に居て、見守っていてくれる。
それは彼女だけじゃない。私を死神ちゃんとして立ち上がらせてくれた、勇気づけてくれたのは、高校に住む花子さん、バスケ少年、金次郎像、理科室のガイコツに人体模型のじんくん、お兄ちゃん、あわあも、ミクナちゃんだってそうだ。
そして、私に死神の鎌を託してくれたあの人も――
これまで出会ってきた人たち全員のお陰で今、私はここにいる。そして、これから出会う人たちにも、私はきっと支えられて生きていくだろう。
こはるは走って、街灯が照らす通学路の横断歩道を自信を持って渡り切った。
輝く夕日の方を向いて立ち止まり、街灯の下で自分の赤紫の目の下をそっと指で触れる。
結局、あの人は誰だったんだろう?
冬の始まりを告げる澄んだ冷気。それを通った橙色の光が、夜の闇に溶けだす。
こはるはジップパーカーの裾をふわりとさせて身を翻し、沈む夕日に背を向けて歩きだした。
徐々に小さくなっていく赤と周りの深い青がグラデーションを作り、空を彩った。
こはるはジップパーカーのポケットに手を突っ込む。
午後六時。
向かうのは夜の学校。
ここからは、死神ちゃんの時間だ。
死神ちゃんの生きる道 二階の守人 @nikainomoribito
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