第16話 後奏

【後奏】


 死神ちゃんの兄、神下蒼穹は故郷にある新しく建ったはずの小学校を見上げていた。

 新しく建ったといっても、それは約十年前のことだったが、過ぎた年に似合わず、その小学校は廃れていた。

 蒼穹は小学校の児童玄関に入った。並ぶ木製の下駄箱を眺め、歩いていくと吹き抜けの大階段がある空間に着いた。

 そこに、彼の妹が居た。

 床で横を向いて寝転がり、すうすうと穏やかに息をして寝ていた。大泣きでもしたのだろうか、目の周りが赤く腫れていた。

 近づいてみるともう一人、座って柱にもたれかかっている人影が見えた。

「っ……」

 蒼穹はその少女を見て小さく口を開き、ゆっくりと閉じた。

 そして、彼女の遺体を黒い円の中に仕舞い、妹の背中を支えて膝裏に腕を通し、持ち上げた。

「鎌に認められたな」

 蒼穹は大階段を上った。

「お疲れ様、こはる」


 体育館では、ぬいぐるみの呪霊を倒した男が下の階で起きていたことを気配を通じてその経緯を見守った。

「まぁ、いいんじゃないか」

 両手を袴の袖から出して男は言い、右を見る。

「で、いつまでそうしているつもりだ? バレているぞ」

 男は上半身と下半身が分かれた妃彩の遺体に向かってそう言った。

 すると、彼女から流れた血の溜まりから一人の女性が出てきた。見た目はちょうど死神ちゃんの一個上くらいの歳に見え、大きな櫛が纏めた髪に刺さっていて、その身は昔の貴族のような服で包んでいた。

「その状態でまだ生きていたとはな。流石は中臣家の末代だ」

「いえいえ。わたくしはただ血を渡ってなんとか今まで命を繋げてきただけですわ。ずっと外で生きていた貴方に比べればよっぽど……。ねぇ――宿儺様?」

 宿儺、と呼ばれたその男は少し不愉快そうに中臣を見る。

「……まぁ、いい。もう時間もないしな。一つだけ、御前に聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

 中臣は首を傾げる。

「見内優那、アイツはここに来る前、何をしていた?」

 宿儺は中臣の返事を待つ。少し間をおいて中臣が喋り出す。

「そうですわね。確か……」

 それは屋上ではなく、神奈川に流れる川沿いの丘でのこと。

 妃彩は丘の上の歩道を歩いていた。その途中で坂に座る見内を見つけ、何をしているのかと声をかけたところ、見内は少し恥ずかしんですけどと前置きをして言った。

『夕日を見て黄昏てました。ちょっと過去の事を思い出しちゃって』

 そのときに、妃彩は彼女に煎餅を渡した。

「まぁ、それも三日前のことでございますが」

 宿儺は一部始終を聞いて少し黙っていた。

 三日前からアイツは記憶が飛んでいたのか。それと、あの封印石に関しては、あの呪具の呪力に触れて目覚めたのだろうな。

「そうか」

「……それにしても、高校のプールにわざわざ因果の術式を組んだ石を落としておくなんて、宿儺様はあの娘によっぽど期待されているようで?」

「さあな。御前はこれからどうするつもりだ?」

 中臣は宿儺を見てすぐに答える。

「もう渡れる血筋もないですし、これからは外で暮らしていこうと思いますわ」

 宿儺はそれを歩きながら聞いて、言う。

「そうか。また次に会えるといいな」

 片手を上げ、宿儺は別れの挨拶を告げた。

 それを聞いて、中臣は宿儺とはまた違うところを目的地として体育館から姿を消した。

 宿儺は壁にもたれて意識を失っている、白の猫又を見る。

「よい組み紐だ」

 そして、宿儺は体育館から消え、目的地へと向かった。


 蒼穹は途中で無地とあわあに会って合流し、小学校を出た。

 無地は職員室近くの廊下で熊の呪いを倒し終えていて、全身インクまみれになったので、制服をまた買い直さないといけなくなった。

 あわあは体育館でぐったりとしていて、蒼穹そらに起こされた。弔うために妃彩の遺体を回収し、ついでに動物融合の怪異も回収した。融合術式を持ったぬいぐるみの呪霊は祓われたのか、その場にはいなかった。

「あわゆき」

 夜空の下、外を歩いていた三人は蒼穹が止まったので立ち止まった。呼ばれたあわあは返事をする。

「なに?」

 すると、蒼穹は死神ちゃんをあわあに預けた。

「しばらく、こはるを頼む」

――長らく展開されていた空間領域が解かれた。

 月明かりに照らされた校舎。その影――ちょうど三人が出てきた影の上に、起き上がるようにして新たな影が出てきた。

 無地は夜空を見上げた。月は三人の前方の空にある。つまり、校舎の影は今いるところにできるはずがないのだ。

 気づけば、死神ちゃんの兄は走り出していて、無地とあわあのところにはもういなかった。

 あわあは軽々と校舎の外壁を蹴って屋上まで登っていく死神ちゃんの兄を見た。その素早さから、彼とあわあの間に圧倒的強さの差があることを思い知った。

 蒼穹はスーツのボタンを外し、首を絞めるネクタイを少し緩めた。

「さて、お前か、今回の事変の根源は」

 屋上に着地し、蒼穹はその真紅の瞳で敵を見据える。

 屋上がまるで広い机に見えてしまうほど大きな黒紫の塊が、屋上の奥の外側にいた。よく見ると目と口らしきものがあり、腕も二本あった。背丈は地面から測っておおよそ二十メートルほどあるだろう。

 この校舎は五階建てだ。あの日に見たのは十二メートルほどだったはずだが……。不可視領域を利用して背を盛っているのか?

 蒼穹は黒い円を空中に二つ出現させる。そこから出てきた二本の柄を掴み、引っ張り出す。

 蒼穹の持つ死神の鎌はシックル型だった。それは二本でセットになっていて、通常は二刀流している。死神ちゃんと同じく漆黒の鎌だ。

 黒紫の塊は巨大な腕を振り下ろして蒼穹を潰そうとしてくる。

――姉貴、ようやく貴方の仇が討てそうだ。

 蒼穹は跳躍し、呪いの腕を二本のシックルで切り刻みながら浮上する。腕は黒紫の破片を飛び散らしながら、まだ料理を始めたばかりの死神ちゃんが切った人参のようにボロボロになり、その破片は黒い霧へと返る。

 呪いはもう一方の手で彼を握りつぶそうと横から掴もうとする。

 蒼穹は目にも止まらぬ速さでシックルを振り、自分の周りを彼を中心に球状に切り刻んだ。呪いの腕はその指先から肘まで粉々になり、黒い霧となって崩れ落ちた。

 蒼穹はそれぞれのシックルの柄を呪力で作った鎖で繋いで、片方を持って大きく振り下ろす。さながらモーニングスターのようにシックルが飛んで、呪力を纏わせたその刃が仮の質量を持って巨大化し、呪力の刃となって呪いの頭部を引き裂いた。

 黒紫の呪いの塊は黒い霧となりながら崩れていく。

「思ったより弱かったな……。こいつに本当に姉貴が負けたのか?」

 そう言って、蒼穹は真紅の瞳で得た情報をもう一度思い返す。

「消耗していた……? 弱っていたのか?」

 その後、四人は廃れてしまった町を出て高速バスに乗り、駅から終電の電車を乗り継いで、無地と別れ、蒼穹の車の運転で無事に死神ちゃんのマンションまで帰ってきたときには、すでに朝焼けが始まっていた。

 途中、あわあの新幹線の切符は子供料金か大人料金かで迷ったり、混雑する在来線で眠る死神ちゃんを一生懸命に支えたりと色々大変だった。

 蒼穹とあわあは死神ちゃんの部屋に入り、散らかってるだのゴミ捨て行ってないだのぶつくさ言いながらも死神ちゃんをベッドに寝かせ、蒼穹は帰り、あわあは猫の姿になって座布団の上で眠った。

 長い長い記憶と過去と帰還の旅が、今、ようやく幕を閉じた。




次回、この後すぐ(20時)

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