第11話 廃学校

【廃学校】


 塔屋から折り返し階段を下り、屋上から一階下の階にやってきた。

 そこで待っていたのは一本の長い廊下だった。ここはちょうど突き当りで、右側には等間隔でドアと窓が並び、左側にはグラウンドを見渡せる窓が設置されていた。

「学校かな……」

「そうだね……」

 妃彩に私が答え、スマホのライトをつけた妃彩を先頭に一行は更に下へ降りるために折り返し階段の続きを進もうとする。

「え……」

「どうしました? 妃彩さん?」

 妃彩が止まったので、西が声をかける。

「なんだろう? なんか……」

 言いながら顔だけでこちらを振り返る妃彩。その手に持ったスマホのライトは、しっかりと前方の折り返し階段の踊り場を照らしていた。

「……」

 私以外の全員が妃彩の顔を不思議そうに見ていたと思う。

「下がって‼」

 だから、<クリオネのように頭が開いた牛じゃない何か>が踊り場の壁にぶつかりながら私たちに向かってドタバタと突進して来ていることに、私以外は気が付かなかった。

 次の瞬間、私の前まで階段に亀裂が生じてスマホのライトが暴れる。床が崩れて妃彩はその怪物と共に足場を失って落下した。

 崩れ落ちる瓦礫の中で、私は妃彩の手を掴んだ。そのまま引っ張り上げて、私たちは廊下に戻る。

「ふ、ふぇぇぇえええ‼」

 見内さんが驚いてグラウンド側の窓に背中をぶつける。

「ほ、崩落ですか……」

 冷や汗を額に浮かべて西が言い、無事に廊下へ戻った妃彩が肺に溜まった空気を吐き出す。

「……ありがとうございます」

「いえいえ、怪我はない?」

「はい! おかげさまで!」

 まだ頬に緊張が残るものの、妃彩は元気に答える。

「妃彩、大丈夫、ですか?」

 無地は妃彩を心配するように近づいて行って顔を覗き込む。

 私は崩落した階段の下を見た。

 落ちた階段のコンクリートの残骸が、下の階から更に下の階へと繋がる階段に散らばっている。踊り場まで崩れてしまったので、ここから下へ降りることはできなさそうだった。

 そして、そこにあの怪物の姿はなかった。その代わりに黒い雰囲気がその場に飛び散っていた。

「ここからは降りられそうにないですね」

 西が言い、無地も首を縦に振る。

「見たところ学校っぽいし、向こうの階段に行ってみようよ」

 無地のお陰で落ち着いた妃彩が、もう一方の廊下の端を指さす。

「そうですね」

 西が頷き、私たちは歩き始める。

「寒い……」

「ほら、見内さんも行こう?」

 無地が両手の萌え袖で口元を隠して言い、私は窓に背中を張り付けたまま硬直している見内さんを呼ぶ。

 はっとしたように見内さんは私たちの後につく。

 薄暗い廊下を五人はしばらく歩く。

 グラウンドを一望できる窓からは月明かりが怪しく差し込み、宙に舞ったダストがキラキラと輝く。

「この学校はもう使われてないのかな……」

 先ほどの崩落もそうだが、天井や壁の一部が剥がれ落ちていたり、コンクリートはかなり汚れている。グラウンドを見渡せる窓も亀裂が入って割れていたり、教室と廊下を仕切る窓も曇って室内は見えなかった。

「廃学校ですか……、となるとますます……」

「なんで……こんなところに、来た……?」

 妃彩の問に西が反応し、無地が言葉を繋ぐ。

 三人は私と見内さんの前を妃彩を先頭にして進んでいる。スマホのライトで足元を照らし、瓦礫などを避けながら慎重に歩いていた。

 私はというと、外からの月明かりで十分だった。

 まぁ、毎週夜中の学校に忍びこんでるからね……。暗闇には慣れたものよ。

 謎の自画自賛をかましてから、私はさっきの変な呪いを思い出す。

 明らかに呪いの類だけど、見たことないカンジだったし、正直……

「きもちわるかった……」

「確かに……さっきのは、きもちわるかった」

 無地がその内巻きショートをふわりとさせ、私の方を見て言う。

 やばば! つい心の声が漏れてしまった……! いやいや、それより。

「え?」

「……ムカデ」

 どうやら、さっき無地の足元にムカデが這ってきていたらしい。

「あぁ、うん」

「?」

 疑問符を残して、無地は正面を向きなおした。

「なんでお二人ともそんなに余裕そうなんですか……。怖くはないんですか?」

 見内さんが前髪の下から私と無地さんを交互に見る。確かに見内さんは両手を胸の前で重ねて、怖そうにしている。

「無地さんも、結構怖そうだよ?」

 見ると、無地は普通に歩きながらも、体がぷるぷると震えている。

「ち、ちがう……これは、さむいから……」

「強がり」

「強がりですね」

 私と無地の横を歩くの西とが突っ込む。

「……」

 無地は反対するでもなく黙ってしまった。

「まぁまぁ、廃学校だし、夜だし、肝試しみたいで怖さはあるよね~」

 あはは、と妃彩は苦笑いしながら無地をフォローした。

 三分の二過ぎくらいまで進んだところで、先頭が声を発する。

「見えてきたよ」

 右の壁のドアを最後に四角形の横穴が空いているのが見えた。

 私たちの正面には両開きの開き戸があり、上のプレートには<音楽室>と書かれている。

 右には教室。壁から飛び出た年組のプレートは字がかすれて読めなかった。

 左には窓が並ぶ。その内の一つはフレームだけが残り、床にガラスが散乱していた。

「ここ、ガラスあるから気を付けてね」

 妃彩が注意喚起し、破片を避けてそこを通る。

――そのとき、突如として近くの窓がガタガタと揺れ出した。

「ひっ、なに⁉」

 見内さんが声を上げる。全員の足が止まった。

 揺れ始めたのは近くの窓だけではなかった。外と面するグラウンド側の窓と、廊下と教室を隔てる窓、そして、教室のドアも、私たちの見える限りこれら全てが振動していた。

 ガタガタガタガタ

 妃彩の肩までのびた触手とポニーテールがふわりと舞う。

 グラウンド側のフレームだけが残ったその窓を見て、妃彩はそこから風が吹いてきたと推測したのか、みんなに声をかける。

「そこから風が吹いてきただけだよ」

 その言葉は皆を安心させるのに十分な説得力を持っていたが、妃彩が後方を振り向いた途端、彼女の目先の教室の引き戸が独りでに開いた。

 そして、振動は止まった。妃彩も固まった。

 全員がつい数秒前に通り過ぎた引き戸を黙視する。一番近いのは死神ちゃんだった。

「い、いま、開きましたよね、そのドアっ」

「わざわざ訊かなくても、開くところを見たでしょう……?」

 見内の怯え切った声の問に、西も怯え気味だが少し強めの口調で答える。

 そして、私は見た。

 開かれた引き戸、教室から黒い気配が出てき初めている。

 バンッ!

「え?」

 私は素早い動作で近づいて、勝手に開いたその戸を勢いよく閉めていた。

 なんかドアに挟まったような気がしたけど、気にしない気にしない。

「ほっ! ほら~! これで怖くないでしょ‼」

 明らかに焦ったような感じで口が動く。それを見ていた他のみなさんはというと、呆けた顔をしていた。

「そ、そうだね。きっと風で揺れた振動で開いちゃったんだと思う!」

「閉めれば……、怖く、ない……!」

 妃彩と無地もあわあわと言い、なんとか全体から恐怖が薄れていった。

「どんどん行こうか!」

 しかし、妃彩の動揺の色は濃すぎた。

 一行は階段の方に向かい始め、私は今まで押し続けていた取っ手から手を離す。潰れた何かを横目に、みんなに続く。

「よかった。階段、大丈夫そうだよ」

 スマホのライトで階段を照らした妃彩が安堵のため息を吐く。

「本当に大丈夫なんですか……? 先程のように崩れませんか……?」

 西が不安そうに目を細める。

「あっ、それは大丈夫だと思いますよ」

 さっき階段が崩落したのはあの変な呪いが乗ってきたからだと思うので……。それと、音楽室にだけは入らないでください。開き戸の隙間から黒色のオーラがめっちゃ出てます……。

 無事、音楽室によることはなく、一行は階段を下り始めた。踊り場で折り返して一階下に到達する。

 そこで待っていたのは、またも崩れた下への階段と<青い目の人形>だった。




次回、本日(7/21日) 22時公開!

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