第10話 転移と急変。そして、開幕
【転移と急変。そして、開幕】
冷たいコンクリートの感触を覚えて、死神ちゃんは目を覚ました。
上半身を起こすと、上空に広がった夜空が視界の上半分を埋め、下半分を灰色のコンクリートの床が支えた。
「外……?」
更に辺りを見回す。まず目に入るのはコンクリート製の床。縁を背の低い同素材の塀で囲まれ、死神ちゃんの背後には塔屋と高架水槽が二つ設置してある。
範囲を広げ、塀の外側に意識を向ける。左右に山があり、片方の山際からは薄明りが出ていた。夜空には星が点々とし、死神ちゃんは空を仰いだ。
そこで私は、見ているものが極端に近いか遠いものだということに気が付いた。どうやら、ここは高い建物の屋上らしい。
「えっと……」
私はここにくる前のことを思い出そうとする。
たしか、ミクナちゃんの猫を帰してあわあと一緒に……。それで、時計の音が聞えて……。
あっと私は思い出す。
そうだ、紫の石!
「……!」
背後に気配を感じて、私は素早く振り返る。
「んん……」
上半身を起こして目を擦る少女がいた。ポニーテールなのにどこかゆったりとした雰囲気で、ぱっちりとした大きな目が印象的な子だった。
彼女は大きな欠伸をした後、辺りを見回して言う。
「あれ? ここは……?」
キョロキョロする彼女をみながら、私は周りにまだ倒れている少女たちを発見した。私たちを合わせて五人。
「あの、なんで私、ここに寝てたか分かりますか?」
片目を擦る私を発見した彼女は勢いよく接近してきて訪ねてくる。
「あっ、ええっと! 実は私も起きたばっかりで分からなくて」
あはは、と苦笑いをして答える。すると、彼女は口元に手を当てた。
「そうなんですね……! すみません、失礼しました!」
「いえいえ!」
「他にも寝てる人がいるので起こしに行きませんか?」
「ふへ?」
彼女は倒れている三人を見、私を見る。
「あ、了解です」
それから、私たちは二手に分かれて三人を起こしにいった。どうしたら不快に思われないかとあわあわしている内に、彼女が二人とも起こしてくれ、結果、私は眼鏡をかけた子を優しく起こした。
そうして、私たちは計五人の女子で円を描くようにして座る。
「じゃあ、まず自己紹介といきましょうか!」
さきほどの少女が声を上げる。
まるでパーティーに来ているかのようなテンションの高さに、一同は驚いた表情を見せるが、それが彼女という存在なのだろう。私は納得する。
「
妃彩はポニーテールを揺らしながら自己紹介を終え、その場に正座する。しかし、学校帰りだったのだろうか。ブレザーの制服を着ていた。
続いて、ふわふわした内巻きのショートカットが特徴的な、これまたぱっちりとした目の子が立ち上がる。
「私、
小さな口を動かして言い、これまた小さく女の子座りをする。無地も制服で、萌え袖なセーターを着ていた。
妃彩さんとは違う高校なのだろうか……。
次に立ち上がったのは、ぱっつんなショートカットで細い首を露わにした少しキリッとしたイメージの子だった。
「
今度はジャンパースカートの制服で、西は正座する。
次におどおどと立ち上がったのはさっき私が起こした子だ。少しぼさぼさな髪が腰まで下ろされ、おとなしそうな目に細い楕円形フレームの眼鏡をかけている。
「
そう言って頭を下げ、落ちてきた髪を片耳にかけながら座る。見内は黒に白リボンの膝下丈のセーラー服で、上からパーカーを羽織っていた。
最後に私の番が回ってきた。
立ち上がったところで私は一瞬止まる。そして、言う。
「私はー、あー、えー、死神ちゃんっていいます! よろしく‼」
ミスった! やらかした! なんかノリであだ名を言ってしまった!
「しにがみ……?」
すごい気まずい! この状況でこれはやばい……!
「あっ、死神ちゃんね! よろしく~」
なにを察したのか、そこに妃彩のフォローが入り、私はバサッと座る。
ちなみに、今の死神ちゃんは白ワイシャツに赤リボン、黒の短パンにジップパーカーという、制服のようで制服でない、いつもの恰好なのだ。
つまり、一番浮いている……。
「自己紹介も終わったし、状況整理といきますか~」
そう言って、妃彩は人差し指を立てて喋り始める。
「まず、私たちは目を覚ましたら、なぜかこの建物の屋上にいた。そして、意識を失う前は、水戸さんは昼寝を、見内さんは煎餅を食べていて、無地さんはコタツでうたた寝、私は勉強」
妃彩さんはいつの間に聞き出していたのか、そんな情報を暴露する。
「な、なんでそれを……!」
見内が驚いたように言う。
「だって、口元に煎餅の欠片がついてるもん?」
「ふえぇ⁉」
妃彩に衝撃の事実を伝えられ、見内は慌てて口を隠す。すぐに手で覆われたので、私は見ることができなかった。
今の妃彩さんの口ぶりからして、起こした二人と見内さんにした質問は二つ。一つ目は何でこんなところで寝ていたのか、二つ目は意識を失う前に何をしていたか、だろう。
私はそんなことを雰囲気から感じ、勝手に考えた。
「じゃあ、みんながここに集められた理由は誰も知らないってワケ?」
西さんが言い、全員が押し黙る。唯一質問をしていない私に、妃彩の視線が向いたような気がした。
そんな中、私はここにみんなが集まった方法について一つの推測が浮かんでいた。それは、私がここに来る前に見たあの紫の石に刻まれて発動した術式が、転移を起こしてこうなったというケースだ。
しかし、このケースには大きな欠点がある。転移を起こす際に、あの石の近くにいた私ならまだしも、それぞれ違う地点から個人を特定の場所に集めるというのは、かなり高度な技術があったとしても無理なのだ。そもそも転移の術式自体がかなり難しい。
しかし、こうなっている以上、転移したことは確かだ。
――問題はこれが人為的か、否か。
人為的だった場合、この中に犯人がいる可能性が高い。そうでないなら、時が経って術式が暴発し、転移に至った可能性がある。
「ま、まぁ、状況はよくわかんないけど、とりあえずこの建物からでよっか!」
「そ、そうですね」
重々しい雰囲気を打ち破るように妃彩が言い、その言葉に見内が反応し、無地が頷く。
「……」
そして全員が、割れた電球がそのままの塔屋、ひびの入ったすりガラスが張られたアルミ色のドアへと向かっていった。
私はさっき見た山際を確認する。そこからの薄明りはなくなっていた。
夜が始まる。
次回、本日(7/21日) 18時公開!
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