第9話 紫紺

【紫紺】


 今何してる? さっきまで何してた?

 今? 今ね、私は空を見上げているよ。特に腕組みなんかしないで、突っ立って背中を押す風にもたれかかってるだけー。

 目が覚めたらいつの間にか、高校っぽい制服を着てたんだー。高校の制服っていいよねー。かわいいし。っていうかこの服、自分で着たんだった。あれ? 自分で着たんだっけ? 着させられたの?

 まぁ、でも、そんなことどうでもいいかな。

 嗚呼、綺麗な空。

 あっ、そうだそうだ。さっきはねー、コンクリートで横になってね、すやすや眠ってる女の子たちを見てたの。特に注目したのは水戸西。すごく愛らしいお顔なんだよー。でもどこか大人びた雰囲気があってね。縁の下の力持ちって感じっていうか?

 まぁ、本命じゃないけどね。

 でも、もうすぐこの子たちともお別れなんだー。

 ん? なんでかって?

 だって、私は――

「あ、あの……」

 左斜め下を見ると、全方向から首が見えるくらいまで髪を短く切ったショートへアーの女の子がこちらを見上げていた。そう、さきほど見ていた子、水戸西だった。

 私は左目でしっかり西を捉えて口を動かした。

 小さく呟かれたその言葉は、屋上の風に吹かれ、紫の雲が空を覆う、誰にも届くことのない夜の世界へと溶けていった。


 水戸西は目覚めて早々にその少女を見つけた。

 太陽はすでに山の向こうへと沈んでいる。

 その少女は階段三段分くらいはある四角いコンクリートの上に立っていた。髪を風に靡かせ、太陽が沈んだとおぼしき方角と真逆の方向を向いて、紫色の雲が覆う空を見上げている。

 西の瞳に映る景色は鮮明だ。しかし、霧がかかったかのように彼女の意識はぼんやりとしていた。

 西は少女に声をかけた。

「なに?」

 こちらを顔半分だけ振り向いた少女は、左目に濃い紫色の瞳を持っていた。

「なんで反対側を観ているんですか」

 わざとらしく少女は小首をかしげる。

「さぁ、なんでだろうね?」

 次は西が首を傾ける番だった。

 その少女は西から目を離す。

 西は無意識に入っていた肩の力を抜き、山の端から溢れる太陽の橙色を眺める。

 魅入った。西の意識はぼかしが強くなって、彼女の瞼は再び閉じる。

 少女は空を見上げながら、彼女がまた眠りについたのを感じた。

 空が紫に染まる。

 周囲が闇に満ちた。




次回、7/21(日) 10時公開。

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