第5話 通りすがりの依頼人
【通りすがりの依頼人】
ちょこんだった。今の状況を短くいうなら、ちょこんだ。
ベッドの上に女の子がちょこんと座っていた。掛け布団で下半身を埋め、丸いクッションを背中に敷いて手に持ったコントローラーをぽちぽちしている。
黒髪はおさげに纏めて、服はゆるだぼなパジャマっぽい部屋着。家庭用ゲーム機をテレビに繋げて、星型のふわふあしたスナックをたまにパクリしている。
そんな今日は休日。死神ちゃんの休日は気まぐれだが、今日は午前中に起きてのんびりある程度の身支度をし、ゆったりとゲームに勤しんでいる。
そんな休日満喫な雰囲気の中、玄関のインターホンが鳴った。しかたなく、私はベッドの上という聖域を抜け出して玄関に向かう。
「はーい」
少し肌寒く思いながらもはだしで靴を履き、のぞきを見てからドアを開ける。
そこにはスーツを着た背の高い若い男の人が立っていた。顔立ちが整っていて、見事にスーツを着こなしている。
「お兄ちゃん、いらっしゃい!」
「ああ。元気してたか?」
そう、彼こそが死神ちゃんの頼れる兄であり、新卒の社会人でもある人だ。別にセールスマンとかこのマンションの大家さんとかではない。普通のサラリーマンである。
「もちろん! というか、なんで休日にスーツ着てるの?」
「急に仕事が入ってな。そのついでだ」
そう言って兄はとなりに立っていた小さな女の子に視線を向ける。兄が家に来るときは大体、様子見兼、依頼を持ってくる時だ。
「この子が今回の依頼人?」
「そんなとこだ。ここに来る途中で頼み事をされた」
私はしゃがんで、その子と目の高さを合わせる。
「こんにちは! 困ったことがあったら、なんでも言ってね! お姉さんが解決してみせよう!」
ちょっと俯いていた女の子は顔を上げて私に訊いた。
「お姉さん、探偵?」
「まぁ、そんなとこ?」
チラッとお兄ちゃんの顔を見ると、いや違うだろと言いたげな顔をしていたが訂正はしないでおく。
「猫を探してるの。ミニャが最近おうちに帰ってこなくて……」
「なるほど、なるほど」
顎に手を添えて立ち上がり、兄と目を合わせる。
兄は廊下から外の塀の上にちょうど通りかかった猫を見て、言いながらもう一度こちらを振り向く。
「最近、ここらへんの地域で猫の行方不明が多発しているらしい……」
ぐぅ~~。
「……」
音の発生元は私のお腹だった。
「あ、あれ~? お昼は食べたんだけどなぁー。あはは」
さすがの兄でも顔に多少の呆れが伺えた。
「朝は食べてないのか……。詳しいことは歩きながら説明する。それと、いい加減片づけたらどうだ」
お兄ちゃんは私の家の中を指さす。
部屋から飛び出した服の残骸。廊下まで出ているということは、さぞかし部屋の中は大変なことになっているであろう。そして、廊下にも出しっぱなしの洗濯籠やらスリッパやら、その他諸々が散在していた。
私は苦笑いを浮かべて、再度「あはは……」と声を漏らした。
「ありがとうございましたー」
兄は農協のスーパーで食材を買った後、付属しているたこ焼き屋で自分の昼ご飯のノーマルたこ焼きを購入していた。
私はというと、いつもの死神ちゃんコーデに着替え、たこ焼き屋の前で女の子と一緒に太陽の方を向いてポカポカしていた。
どうやら買い終えたらしい兄は女の子にたい焼きを手渡す。
「ほら」
そして、私にも渡す。
「えっ! いいの⁉」
「さっき腹鳴らしてたろ」
ちょっとイラついたように言われるが、気の利く兄だと私は思う。なのに、私は今までお兄ちゃんが友達と一緒に居るのを見たことがなかった。
スーパーから、二人は女の子に道を案内してもらう。
「昨日ね、お父さんが猫さんにほっぺを引っかかれたの。はむっ、……いつも夜遅くに帰ってくるから朝聞いたんだけど、その猫さんがミニャにそっくりだったんだって」
言ってから、女の子はもう半分以上食べた粒あんのたい焼きを頬張ってご機嫌に先頭を歩き、私とお兄ちゃんはその後ろについて行く。
「ミニャちゃんってどういう見た目なの?」
「んーとね、みけねこ? っていう種類ってお母さんが言ってた」
「三毛猫ねぇー」
どこかで見たかな? 記憶を辿ってみるが、最近に三毛猫は見たことがなかった。しかし、最近は道端でよく猫を見るなとは思っていた。
考えながら、私は買ってもらったたい焼きを齧った。
「ほぉあ、これカスタードじゃん! 私の好みをよくご存じで!」
「いつもそれしか買わないだろ……」
ため息交じりに言い、兄はスーツの内ポケットからスマホを取り出す。
確かに、私はカスタードたい焼きを、お兄ちゃんはいつもたこ焼きを買ってるね……。次はたこ焼きも買ってみようかな?
「最近、ここら周辺の地域で飼い猫の失踪が増えている。同時に最近、近所でよく猫を見かける、野良猫に襲われそうになった、などの証言も増えてきている。その中には他地域で捜索中の飼い猫もいたらしい」
私はモグモグしながら考える。
この町に猫たちが自ら集まってくるというのは考えずらい。もしそんな要素があれば、最近になって集まり始めたのは変だからだ。それに、猫というものは決めたその地域に住み着くものだろう。途中で住処を変えることもあるのか?
「へぇ~、この町が猫の違法確保の拠点になってるとか?」
世界的に珍しい日本産の猫を捕獲して、高値で外国に売るという犯罪が昔にあったような気がして言ってみる。
「それも考えてはみたが、まず痕跡が見当たらない。それと、ある証言が出始めてからはその線も薄くなった」
「ある証言って?」
歩きながら、前の女の子に聞こえないように声を抑えて兄が言う。
「夕方ちかくになると、人気のないところに猫が集って人間の言葉を喋っている……と」
「え、それって、猫の集会ってやつ⁉」
一般的に、猫の集会とはその地域に住んでいる猫たちが真夜に集まってコミュニケーションを取ったり、夏には夕涼みをするというものだ。
しかし、怪談界隈や都市伝説では、猫の集会で猫が人間の言葉を喋っていて、それを聞いてしまった者はこの世から消されると言われる。
「おそらく、その集会に依頼の猫も行っているんだろう。あれはどこの猫でも、徴集を受ければ出向かなければならないからな」
しばらくの沈黙。
「そういえば、お兄ちゃん、仕事大丈夫なの?」
兄はスマホの電源ボタンを押してデフォルト壁紙のロック画面を表示させ、時間を確認する。
「次で折れる。後は頼んだぞ」
私はしっかりと目を合わせて堂々と頷く。
「うん。任せて」
交差点に差し掛かって、兄は歩道機が青の横断歩道を渡っていく。私たちは赤なのでしばらく止まった。
「あれ? お兄さん、帰っちゃうの?」
「ごめんねー、これから仕事なんだってー」
「そうなんだ」
私が言うと、女の子は口の横に両手を添えて向こう側の道路まで聞こえる大きな声で言う。
「お兄さん、ありがとうー!」
お兄ちゃんは少し体を捻ってこちらを振り返り、手を振ってから行ってしまった。
ユナのはしゃぐ声。
それは、ユナがどこからか持ってきた木刀を振り回して遊んでいるからだった。
「ユナー、あぶないよー」
私はおばあちゃんの家の縁側に腰を下ろし、足をばたつかせていた。左にはおばあちゃんが用意してくれた和菓子とお茶。右には私の白猫が座布団の上で丸くなっている。
「こはるー! わたし、しょうらいかっこいい剣士になりたい!」
この頃、よくユナは木刀を振り回して雑草の茎をへし折ったり、おじいちゃんが作ってくれた藁の束を叩いたりして遊んでいた。
「しょーがないなー。わたしがうけてたとう!」
たまに私も木刀を持ってきては一緒に藁の束を叩いた。時にはユナと寸止めちゃんばらをして遊んだものだった。
「ここだよ」
女の子に声を掛けられて、私は子供のころの回想から覚める。最近よくあの頃を思い出すなと思いながら、着いたのは小さな祠が置いてあるT字路だった。
「っていうか、この道、私の通学路じゃん」
なんか見たことある道だなと思ったら……。ってことは昨日、この子のお父さんとすれ違ってるんじゃ⁉ そんな偶然ないか。
私は周辺の調査をしてみる。
まずここはT字路。この突き当りには真ん中に小さな祠があって、その後ろは灰色のコンクリートの壁。少し離れたところに電柱。祠を背にして、右側は低いコンクリート塀とその上の黒い目隠しフェンスが敷地と道路を分け、左側は住宅が並び、水路を挟んで向こう側は白いコンクリートに統一され、その上に車が並んで駐車している。至って最近の街並みだ。
「んー、特に猫の痕跡は見当たらないなぁ。いる気配もない」
私は一通り周りを見て、踵に体重を乗せ、くるっと体の向きを変える。すると、なにやら足元にザラリとした感触を覚えた。
「ん? なにこれ、砂利?」
私は砂利のような小さな石が足元に散らばっているのを発見した。
「祠の前に散らばってる……」
なんとなく気になって祠の小さな扉の取っ手に手を掛ける。
本当は祠にはお地蔵さんが入っているので勝手に開けてはいけないのだが、今回は調査のために仕方がない。失礼します……。
満を持してその木製の扉を開ける。
果たして、異変は祠の中にあった。
「これって……」
「お地蔵さんが……」
開かれた祠の中には、所々が割れて頭が取れているお地蔵さんが横たわっていた。
私はもう一度、祠の前に散乱したお地蔵さんの欠片と思しきものを見る。
「うーん、祠から落ちて割れちゃったのかなー……?」
最近に地震とかは特になかったし、自然に落ちたとは考えにくいかな。地面に欠片が散らばってるから、落ちたのは祠の手前……。それなのに、割れた地蔵は扉を閉めて祠の中にあった。
「誰かが割れてるのを見つけて仕舞ったんじゃない?」
「そうだね、その可能性が一番高いかな」
女の子の仮定に、手に顎を乗せて思案顔だった私も賛成する。
「にゃーぉ」
「あ、ねこちゃん」
T字路の前、祠の正面の道路に一匹の黒猫が座っていた。黄色の瞳で、首に小さな鈴が付いた赤い首輪をつけている。その猫は私たちに近づいてきて角を曲がり、行ってしまった。
「そういえば、ミニャちゃんって首輪とかつけてる?」
「うん。黄色の首輪で四葉のクローバーのバッチがついてるの」
「ほう……」
黒猫を目で追いながら、私はその猫にどこか見覚えを感じていた。
――その黒猫が次の角を曲がって見えなくなるとき、私は一瞬だけ黒猫から強い黒い雰囲気を感じて目まいを起こした。
それと同じ雰囲気を思い出して、私はもう一度祠の中を見る。
「あ、そういえばまだ名前を聞いてなかったね」
女の子は私の顔を見るが、私は猫の消えた角を見ながら言った。
「わたし、ミクナ」
私は先の角から目を離し、ミクナちゃんを見る。
「じゃあ、ミクナちゃん。今から家まで送っていくね」
「え、でも……」
「あとは私に任せて。絶対にミニャちゃんを家まで送り届けるから」
次回:7/18(木) 18時公開!
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