第2話 夜を駆ける少女

【夜を駆ける少女】


 あれは、ちょうど今くらいの時期だったかな。

 教室の窓の外をぼんやりと眺めながら、ふと思い出した過去の記憶に私はそう思った。

 机に肘をついて手に顎を乗せ、思い出に耽っていると、意識の遠くで六時限目終了のチャイムが聞こえた。

 担当教科の先生が退出し、クラスは帰りの支度やら雑談やらで騒がしくなる。このお疲れ様ムードは今日が金曜日だからか。

 そして、すぐにクラス担任の先生が来て下校を促し始める。

「今日は帰りのホームルームやらんから、もう帰っていいぞー」

 そうクラスに呼び掛け、電気を消して出ていった。

 夕日になり始めた太陽だけがこの教室を照らす。

 私はぼんやりとした目のまま立ち上がって言った。

「帰るかー」

 窓際の自分の席から茜色の教室を打見する。そのとき、教室前方の出入口近くで小さなどよめきが起きたのを見た。

 特に私は何もしてないよ? クラスでも目立つ方じゃないし。

 どよめきの原因はクラス担任の先生が高速スピードでとんぼ返りしてきたからだった。

 先生は先程と同じ出入口に現れて、私の苗字を叫ぶ。

「神下‼」

「はい‼」

 前言撤回! 私がしたことでした!

 私の意識は完全に覚醒した。


「はぁーあー」

 高校からの帰り道で、私は先生から渡された先週の二学期期末テストの結果を前にため息をこぼしていた。高校に入って半年が経ってもずっとこの調子なのだが、さすがにダメージゼロというわけにもいかない。

 私は反省もこめてそれぞれの点数を読み上げる。まず三教科。

「物理五十九点、現代文六十三点、英語六十二点。よく頑張った私!」

 頑張ったのは本番だけじゃね? と、違う私が言ったような気がするが、それは無視する。

「社会系は今回なくて、生物四十四点。暗記は苦手です……。そして、数学が十七点! 悪魔の数字! 古典は六十六点! 高いけどほぼ悪魔の数字!」

 赤で書いてあるから余計に不吉……。

 私は赤色の数字が並ぶ紙をバックに勢いよく詰め込み、記憶とともに封印する。

「よし! 早く帰らなきゃ!」

 なにが「よし」なのか現実的に考えればよく分からないが、それも無視した。

 私はジョギングのように軽やかに走り出し、自分の家に向かった。


 到着。私の家は住宅街に囲まれたマンションの四階にある、エレベーターから降りてすぐの部屋だ。

 エレベーターから急ぎ気味に降りて玄関のドアロックを開け、居間に駆け込む。

「ただいまー」

 言いながらバックをベッド近くの床に投げ、制服の上からエプロンを付けて台所にて即行枝豆チャーハンを料理し始める。

 ここは一口にマンションといっても部屋は小さい方で、玄関に入ってすぐの廊下には浴室とトイレへのドアとキッチンがあり、その先の洋室にベットやらテレビやらが置いてあるという間取りだ。

「いっただっきまーす」

 出来上がったチャーハンとドレッシングをかけただけの千切りレタスを口に放り込む。モグモグしながら、私は今日の出来を自己評価した。

 チャーハンは我ながら上出来。千切りはちょっと荒かったかな?

「ごちそうさまでしたー」

 そそくさとお皿を運んで洗い、野菜ジュースをコップ一杯分だけ飲んでからエプロンを掛け、再び出かけるべく玄関を開ける。

「っと、その前に」

 半開きになったドアがゆっくりと閉まった。

 私は居間に戻ってスカートの留め具を外すし、ブレザーと共にそこらへんに脱ぎ捨てる。着替える手間はなく、元から着ていたショートパンツが露わになった。

 よし、これで動きやすくなった。制服というものは圧迫感がある。あ、ワイシャツは別ね。

「あとはー、上着うわぎー」

 この時期の気温は、昼はちょうどいいのだが、夜が少し肌寒くなる。なので私は、太ももの上半分を覆うくらい裾の長いオーバーサイズのジップパーカーを羽織る。ダボダボすぎるということはなく、ちゃんと羽織れて、袖からは五本指の先が見えている。

 こうして完成したのが、腰を覆い隠す長さの制服ワイシャツに赤色のリボン、動きやすい黒のショートパンツに、黒色に赤いラインの入ったオーバーサイズのジップパーカーを上に羽織るといった、いつものコーデだ。

 マンションを出て光源から遠ざかると、少女の黒髪とパーカーは夜に溶け込んだ。

 心地よい夜の冷気を切って街を駆ける。

 日は暮れかけ、赤と深い青のグラデーションが紫を作りながら西の空を彩った。

 午後六時。向かうは夜の学校。

 ここからは〈死神ちゃん〉の時間だ。




次回:18時公開!

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