Ep.3

 甘露子かんろこもヒカリと同じ学年で年齢も同じだが、甘露子だけ少しだけカリキュラムが異なる。

 そのため、毎日一緒に同じ時間に帰れるわけではないので、甘露子が特別授業で遅い曜日は、ヒカリが購買に寄って待っていることが多い。あるいは、バルで先に一人でソフトドリンクの味を愉しむこともたまにある。

 最近は禁酒法開始前ということもあってか、バルが年々混雑し、ビールなどのアルコール飲料がよく売れている傾向にあるようだ。

 混雑を嫌うヒカリは、2年生になってからはバルより大学の購買に来ることが増えてきている。

 定期的なメノア数値検診の結果によって、買えるメノアスーツが変わるということもあり、メノアスーツや武器を定期的に都度買い替えしているのだ。

 ヒカリは直近の検診結果を店員に見せて、その数値に合ったメノアスーツや武器をいくつか見つけてもらい、その中からお気に入りをチョイスして買うのが、いつもの流れである。

 新しく買ったメノアスーツが入っているエナメル袋と買い替えた武器が入っているエナメル袋のそれぞれの取っ手のチューブを両肩にかけてお店を出たヒカリは、学内の演習場まで歩いて向かった。

 その途中、後ろから声をかけられた。

「お姉ちゃん?」

 その声に振り向くと、弟の藤九郎とうくろうが居た。彼も学校帰りらしい。

「藤九郎。もう授業終わったんだ?」

「うん。姉ちゃんこそ、授業帰り?」

 藤九郎が小首を傾げる。

「まぁね。実はあたしと甘露子、付き合っててさ、今日も帰りは一緒に帰ろうと思ってて。でも、甘露子はあたしと違って特別なカリキュラムがあるからその中の授業が終わるのを今は待っているとこ。だから、暇つぶしに武器やメノアスーツを新調して、これから行く演習場で感覚を確認しようと思って。藤九郎こそ、真っ直ぐ帰るの?」

 藤九郎はすぐには答えなかった。

「そっか。――いや、僕は友達と一緒に帰るから、友達を待ってる間に学内を散策してみてるだけ」

 ヒカリは身体ごと藤九郎に振り向いた。

 とびきりの笑顔で。

「もう友達ができたんだね。気をつけて帰りなさいよ。油断は禁物よ!!」

 藤九郎は苦笑いした。

「姉ちゃんには敵わないな。じゃあ、またね」

「バイバ~イ♪」

 藤九郎が小さく片手を挙げると、ヒカリは手を振った。


 その後は、いよいよ演習場に着き、更衣室で新しいメノアスーツに着替え、新しい武器を装備して部屋を出て、感覚テスト用の部屋に向かう。

 この間に緊張感と集中力を高めていく。

 MAXになったところで、ドアに背中をくつけてミリ単位で、慎重に開けていく。

 索敵バレットを展開して、敵役との距離と位置を確認。

 敵役は部屋の奥に居る大きなビビッドピンクのウサギのぬいぐるみだ。

 テストはもう始まっている。

 ぬいぐるみは的にすぎないので、基本的には動かないように設定されているが、たまに暴走してしまうこともあるようだ。

 このテストでは、ぬいぐるみを攻撃してヒットした場合、ピンクのペンキが噴出する仕様になっているらしい。

 これはヒカリが1年生の頃に経験済みだ。

 ヒカリはぬいぐるみに銃口を向けて攻撃開始。

 室内にビビットピンクのペンキが飛散した。命中したらしい。

 敵役がダメージを受けている間に素早く室内に入り、壁に背中をピタリと付けながら狙いは頭部からピンクのペンキが噴出しているターゲットに定める。

 距離感も保ちつつ、隅に移動。

 その間、両手足の指先から粒子粘液を出しながらバク転して、敵役からの攻撃を避ける。

 一気に距離を詰めて、ヒットポイントの腹部を狙い撃ち。

 最大のヒットポイントを攻撃されダメージを受けた敵役はホログラムの砂になって消失した。

 勝者はヒカリだ。

 勝因はわかっている。新しいメノアスーツはつま先まで覆っている為、足のつま先からも粒子粘液が出せるようになっているのだ。

 このお陰で高速バク転が可能になったのである。

 紅のヘルメットを外して、サイドテールの金髪を振り乱しながら、ヒカリは部屋を出た。

 更衣室でジーパンと革ジャンに着替えた彼女は演習場を出て校舎に戻る。


  正門前の校舎Aに入り、上履きに履き替えてから螺旋階段を上り、2階に着くと、ちょうど甘露子が教室から出てきたところだった。 

 ヒカリに気付くとにこにこしながら駆け寄ってきた。

 合流したところで、2人は一緒に階段を降りる。

 降りながら、甘露子に聞かれた。

「私が授業受けている間、何してたの?」

 ヒカリは素直に答える。

「メノアスーツと武器の買い替えをしてただけだよ」

「試し撃ちは?」

「例の巨大なぬいぐるみと戦ってきたからそれもその時に済ませてある」

「テストAのほうで試し撃ちしてたんだね」

 ヒカリはふと片手で人差し指を天井へ向けて指した。何かピンときたらしい。

「そういえば、今日のメノア値はどうだった?」

「いつもどおりよ。ごらんなさい、この救世主エンブレムを」

 甘露子はエンブレムを見せつけた。

 ヒカリはそれを見てコクコクと頷いてみせた。

「ヒカリは?」

「あたしはちょっと下がってたけど、まだこの救世主エンブレムは剥奪されてないわ」

 校舎内用ショートブーツから、履いてきたミッドナイトブルーカラーのロングブーツに履き替えたヒカリを甘露子が追いかけてくる。

「待って、ヒカリ~!」

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