episode8 森の新鮮マーケット
次の天気の良い日シンディは、メアリーに声をかけてマーケットに恒例の買い出しに出かけた。数日の荷物が積めるように老人カーを押している。散歩を兼ねて少し遠いマーケットまで出かける。そこで小さな声でメアリーにあの祠の話をした。
「祠?」
「そう、庭の左の隅の方に丁度アガパンサスが終わって、その横にアナベルって言ったかしら白い紫陽花が咲いている堺目の奥の辺りにね見つけたの。迷い込んだ白い仔犬と一緒にね。仔犬はバトラーにお願いして事務所まで届けてもらったの。
アナベルはね、あの白い紫陽花。あれは私が引っ越してくる前から大きな株になっていて、その手前にルピナスの花が必ず咲くから奇麗に掃除しても植え替えたりしたことがなかったのよ」
「そこに祠が有ったってわけね」
「そうなの、知らなかった。回り込んで見たりしないから、でも解るはずなんだけどな〜気が付かないって…ぼんやりしているわ」
「祠ね〜そんなところにね。そう言うのは風の通り抜けるところに作ると良いらしいわよ。聞いたことない?」
人が風を操ろうというのか?初めて聞くその話は不思議に満ちていた。
「え、風って…風は南から吹くんじゃなかったっけ?だってほら通り抜ける?」
え!待って、北東から南西に吹き抜ける…何かが引っかかる。風じゃないわよ。それ、鬼門だ。その場所を清潔にして魔物の通り抜けるのを邪魔しないようにっていう…とするとあの祠は…鬼門の片割れ…
シンディはメアリーの話を聞いてピンときた。『鬼門に祠』それなら急いでコテージに帰って裏に回って、もうひとつのを探し出さなくちゃと居た堪れなくなる。衝撃を受けて内心焦った。人も神も言葉には出さないが厄介だ。そう感じる罰当たりな自分が戸惑いに取り込まれて心拍数が上がる。
その時、突然シンディの前に立ちはだかる影が行く手を阻んだ。見るとその紳士は白い仔犬を両手で大事そうに抱えていた。
「あの、この先の『欅のエリア』のコテージに住んでいるスミスです」
「ああ…」
その白い仔犬…まさしくあの仔犬だ…そう目でメアリーに伝える。
「先日のお礼を言いたくて、お見かけしたもので、お二人の話が途切れるのを待っていました」
「いえ〜お礼だなんて、私はその仔犬に一度も触ってもないんですよ。見つけた途端ビックリしてバトラーを呼びに走って…なのでなんにもしてないの、お礼なんて必要ないですわ」
シンディのキッパリッした口調に紳士は思わず笑ってしまった。大らかなスミス氏もこの手の御婦人には礼儀が大切と心得ている。一先ずお礼を言って、それ以上は近づかないつもりだった。なのにおかしくてつい話してしまった。
「すみません。おどかしてしまって」
「もう良いんです。それだけのことよ。私…あ、急でるんで、わざわざお礼を、どうも有難う」
シンディは焦って買い物もそこそこに急いで家まで帰ってしまった。
「あ、どうも」
「今は夢中なものが有ってね。それしか考えられない」
メアリーが紳士に頭を下げた。
「北東って…こっちの角よね。北東って家が南に向いてるとしたらこっち」
シンディの冒険は続く…今や祠にしか興味がない。まるで宝物でも探すように熱心に見落とさないように慎重に探した…ひょっとしてこれかしら…
外回りの石作りの基礎にポコっと盛り上がって作られた門がある。いかにも門だ。でも、祠とは、庭の祠とは印象が違う。洋風とも和風とも判断のつかないこの門はわざとらしくはないけど…それでもこれなら通り道と断言できる。シンディは北東と南西にふたつ見つけてホッとした。これなら話の辻褄が合う。鬼門…何かが通る鬼門。
「ふたつあるならこのまま残しましょう。気味悪がっちゃ申し訳無いわね。何時出来たものかルーツくらいは知りたいけど…まあ、堅いこと言わないでそのままで良いことにしよう」
ようやく話にけりが付いてシンディはドッカリとソファーに腰をおろした。落ち着かなかった気持ちが何かと中和されて違うものになろうとしていた。
そしてようやくあの白い犬の飼い主の紳士に失礼な事をしたんじゃないかと思い返した。お礼を言いたかっただけなのにツッケンドンにあしらって全く相手にしなかった。
「ははは、仕方ない。世の中、出会わない人もいるわ。私は何事もなく平和に暮らしたい。今更友好を広げようとは思わないし、難しいことで悩むのも嫌。レガに余計な心配かけられない」
ピンポーン…
「はーい。誰か来た」
「シンディ、そそくさと帰ってしまったから、これブロッコリーと大根。半分こしようって買ったでしょ。キャベツも大きいから持ってきたわ」
「まあ有難う。あなたに話して解決したわ。何でも言ってみるもんね。必死に探して見つかったの。2つ対なら仕方がない。庭の祠も残すことにしたわ。初めは気味が悪かったんだけど、毎日お参りするうちにだんだん馴染んできたし。もうひとつの北東のも見つかったし、何かの縁ね。こういうのも」
腑に落ちるとそういうものだと思えた。毎日手を合わせているうちに馴染めるものになっていったし…
「シンディこれはどうする。あなたが欲しがっていたニシンの酢漬け。ばたばた帰ってしまったから私が買っておいたわ」
「ニシンの酢漬け。レガが好きなの。今度来たら渡すわ。有難う」
「ところでさっきの紳士あれは…」
「あ、うちに紛れ込んで困ってしまった仔犬の飼い主よ。あんなところで会うなんてびっくりしたわ」
「ああ、あれがその仔犬。あの仔犬の飼い主なのね。あの後あなたのこと聞かれたけどなんとなく濁して別れたわ。良い人そうだったけどシンディは堅物だからって」
「そんなこと言ったの…でも良い答えね。良いわそれで。有難う」
シンディとメアリーはお茶を楽しんだ。このところ時々気分の優れないシンディが久しぶりに楽しそうにしているとバトラーは安心した。
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