23-1 最後の日、の前に

 わたしは自室の机へ、真面目に向き合っていた。受験勉強の時よりも真剣だった。

 氷川良哉殺人事件をまとめていたこのノート、今までもちょこちょこと書いてはいたが、ここに来て、宇治末部長に見せるためにもちゃんと書こうと思った。

 とはいえ、今までお話なんて書こうと思ったことはなかった。困ったので、この謎のおんぼろノートの文章を参考にすることにした。とにかく、一文字でも多く書こう、わたしはそう思って必死でペンを走らせていた。

 ぱきん、とシャーペンの芯が飛ぶ、かちかちと伸ばして、また書く。そして、ぱちん、と弾ける。かちかち。ぱちん。

 書いては、飛ぶ、伸ばす、そんなことがずっと続いた。

 思えば、いろんなことがあった。短かったのに、知らない人の家を訪ねて、知らない人の家族に聴取したり、知り合いがさらわれたと思ったら騙されていたし、そのついでに滅茶苦茶怖い人と会話もした。夜中の学校にも忍び込んだ。殺されかけたりもしたが、おっさんとデブのデスレースを見た。病室を警護する警察官を、みんなで頑張って出し抜いたりもした。

 多分、これから失恋もする。まあ、これに関しては今までだってあったけど。

 気づけば、まとめていたり、メモをしていたノートがたくさんできていた。いい思い出、というより、義務感でまとめたものだ。だけど、じゃあ、これを捨てろ、といわれると、わたしはそれを躊躇うだろう。土岐先輩のインタビューや、氷川先輩の家の雰囲気をメモしたり、誰が犯人なのか、人物相関図を書いたりもした。初めて会ったぺろぺろリコーダー捜索研究会の面々の印象をメモしたりもしていたし、氷川良哉殺人事件として仕立てる場合の事件の概略なんてのも書いた。

 変なものであることは間違いない。だけど、これは、恐ろしいことに、わたしにとって大切なものだろう。

 そう思うと、そこで漸く、ぺろぺろリコーダー捜索研究会の書庫にあった、大量の資料たちに込められた気持ちがわかる気がした。例え見つからなくても、彼らは必死で情報を集め、整理し、資料にしていたのだ。彼らは、どうしようもなく、わたしだ。必死で、氷川先輩の殺人未遂事件をまとめるわたしと、リコーダー盗難にまつわる地理条件や当時の生徒の名簿をまとめている彼らと、わたし。人のプライベートを勝手に想像してペンを走らせているわたしだって、ほめられたことではないに違いない。

 そう思うと、悲しいことにわたしは、彼らと同類だと感じてしまったし、なにより、こうしてきっと、一人で、あるいは仲間と、何か一つのことを求めていたことは、彼らなりに楽しかったのかもしれない。

 わたしの事件、氷川良哉の事件は、もう終わる。だけど、これがもっと難事件で、ずっと調べても答えが出ないようなものだったら、わたしだってきっと、書庫を埋め尽くすぐらいの資料を書いていたかもしれない。

 だから、わたしは、事件が終わったら、改めてぺろぺろリコーダー捜索研究会の面々にはお礼を言わなければいけないかもと思ったし、彼らの研究会がつぶれるのは少々忍びない。わたしの名前があるだけで、あと一年は続くなら、それはそれでいいと思う。

 と、この辺りで、わたしのペンが止まった。甲谷先生が当時の宿直の先生を語る部分である。

 ここから先は、書きたくなかった。この先、わたしは犯人である宇治末茶男の真相にどんどん迫っていく。おかげで、ひどい動画を見させられたりもする。

 でも、これがなければ宇治末部長に真相を聞くことはできない。でも、書けなかった。考えがまとまらない。

 そもそも、わたしがこれを書き切ってしまえば、それで宇治末部長とわたしの時間は終わってしまうだろう。もしも、万が一部長が犯人でなくても、あの動画のことを突き付ければ、もうわたしは部長と二度と喋れないかもしれない。

 そう思うと、そもそも、読んでもらうという考えがよくない。文章で全部追及したら、わたしはあの時、わたしを慰めてくれたはずの優しい、それでいて高身長かつ顔も整った、だけどちょっと抜けてるのがかわいい部長と、ほとんどしゃべらずに、最後の時間を過ごすことになるのではないか。

 最後は、自分の言葉にしよう。書くんじゃなくて、きちんと話そう。

 そう決意した。

 でも、最後ぐらい、かっこよくわたしのノートを読む先輩の横顔を眺めていたい気もする。そう思うと、ちょっと文字数が足りない。と、わたしは気づいた。じゃあ、これも混ぜてしまおうか。著者、不明。だけど、調べてすぐ、リコーダー捜索研究会の初代会長は甲谷先生だとわかった。さらに、文芸部の灰皿の所在を調べているうちに、備品管理簿にミステリー研究会寄贈とあったのが引っかかった。ちょうど、リコーダー盗難事件の次の年に寄贈されている。そのミステリー研究会の最後の文集も寄贈されており、そこに、最後の会長として甲谷先生の名前もあった。だから、多分、これの著者は甲谷先生だろう。

 別の話になるが、これはこれで追求せねばなるまい。

 ともかく、この数冊のノートを混ぜれば、わたしと部長の時間が延びることは間違いない。甲谷先生には悪いが、少し協力してもらうことにしよう。

 いろんなことがあったし、いろんなことを知ってしまったが、それでも、わたしは宇治末部長のことをおいそれと悪人にしてしまうなんてことは、やっぱりできないみたいだった。やっぱり、いろいろ分かっても、わたしはきっと、宇治末茶男のことが好きなのだ。

 明日、わたしはちゃんと喋れるだろうか。きちんと罪を追求できるだろうか。探偵ごっこなんて、本当はすべきではないのではないか。不安は、尽きなかった。

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