19-1 あとかたづけ
おれは謝らなくてはならない。そう思った。一つは、ペイペイに、否、ミステリー研究会顧問、松平平助へ。
「別に、気にするな。お前が悪いんじゃない。あいつが、というよりも、おれが、かな」
いつも会室で煙草ばかり吸っている不良教師がこうまでしおらしいと、このことが、それだけ大きかったのだと痛感する。
松平平助の息子、松平平樹は、上寺元のアパートで首を吊って死んでいた。彼は導大寺高校でさんざん騒ぎになった、アイドル朝霧夕都のリコーダーを盗んだ、もとい盗み損ねた容疑者だったが、中途半端に漏れ出したその噂が周辺住民の嫌がらせを誘発し、それを苦にして自ら命を絶ったとされる。その原因が、おれの行動にある。
彼は、家族間のトラブルもあり、妻子とは別居。父である平助ともほとんどつながりはなく、譲り受けたいくつかの不動産の管理で生活していたという。彼の自殺したアパートもその一つだった。こういった事柄も、彼を自殺に追いやった要因ではあるのだろう。故に、平助氏がおれにかけた言葉も間違いではない。じゃあ、それですっきりするかといえばそうでもないが。
唯一、松平平助が、おれにしたある種の当てつけの用な出来事があったことを一応付記する。
おれが、松平平樹の葬儀後。彼の遺品整理を手伝ってほしいと平助氏に頼まれ、おれはそれに従った。断れるわけがなかった。
「捨てるか、捨てないか迷ったんだが、倉も余ってるし、とりあえず捨てないことにした。軽トラに積み込むから、手伝ってくれないか」
平助氏にそう言われ、おれは平樹氏の家に踏み込んだ。二回目だ。ちなみに、外観の落書きは全てすでに消されていた。
同じく、部屋の中もだいぶ様変わりしていた。おれは絶句した。
以前入ったとき、彼の部屋は朝霧夕都のポスターなどで埋め尽くされていたが、今、それらがすべてずたずたに引き裂かれ、あるいはぐちゃぐちゃに丸められて床に転がっていた。家具も壊され、まるで強盗にでもあったようだった。
「積んでほしい」
茫然としていたおれを押す様に平助氏は言った。おれは黙ってそれらをせっせと箱にしまう。ぐちゃぐちゃなものは、せめてしわを伸ばした。広げると、たまにスプレーで大きく落書きまでされているものがある。なぜか胸が痛んだ。そうして作業しながら、おれはずっと考えていた。訊くか訊くまいか。結局おれは、すべての作業が終わるころ、つい訊ねてしまった。
「あれは、どうしてあんなふうになってるんですか」
あいまいな言い方だが、伝わるだろう。部屋のありさまについてだ。
「あれは、倅がやったんだろう」
その一言で、おれは、それが平樹自らの手ではなく、部屋にいたずら半分で入った誰かの仕業だと察した。そもそも、スプレーの雰囲気は、以前亜アパートの外観を汚したものと似ていた。これもまた、おれが招いたことだった。
この街を覆った熱狂は、彼の自殺で決定的に冷めた。もとより、八月の下旬になるころには冷めていたのだが。一方で、おれは思うところがあった。
おそらく、この部屋を荒らされたことが最後の一押しだったのではないか。家族との別居等の現実から逃れるために彼はアイドルのグッズ集めに走っていた。だが、それらがこうして誰とも知らぬ人の手によって滅茶苦茶にされたこと。これが、彼と世間をつなぐ最後の糸だったのではないかとおれは思う。
たかだか犯人扱いされた、家族と別居していた、が直接的な原因ではない。最後の最後、大事なものが壊されたこと、あるいは手に入らなかったことが、彼をここから追い出したのではないか。
「いくら考えても、今更どうにもならない。言っておくが、おれだって後悔している」
無言で押し黙っているおれに、平助氏は軽トラの中でそういった。
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