16-1 探偵にはなれなかった男

 おれの桜木へ圧をかける作戦は再び松平平樹を導大寺高校に引きずり出すことに成功、はした。だが、ついでに桜木まで再び現れたおかげで面倒くささが増してしまった。結局、松平平樹はリコーダーを回収することはできず、したがっておれ達もリコーダーを見つけることはできなかった。

 夜の学校にわざわざ忍び込んだおれと浜井さんは、追いかけられる松平と、盛大にこけたり大暴れしたりするもう一人の影を眺め、すべてを諦めて帰ることにした。遠目から見ても、途中、ついに桜木は二人に巻かれてしまったのがわかったからだ。

 おそらく、松平平樹の家にリコーダーはなく、学校にそれはある。だが、結局それしかわからなかった。

 浜井さんは、本当にもういいですから、なんていっていたが、これは浜井さんの問題ではない。おれの問題だ。

 最初、実はすべてを清書して、このノートをきちんと本の体裁にまとめようと思っていた。しょうもない事件、といわれればそれまでだが。それでも、この事件を最後まで解決し、形するつもりだった。内容はともかくとして、これはおれが遭遇した、もしかしたら最初で最後の探偵になれた出来事かもしれないのだ。

 だが、もう、これはそういうものではない気がした。浜井さんを泣かしてしまった時点で、おれにそういう資格はない、才能はない、そう言われた気がしたのだ。だから、これはけじめに近い。あの日、ああして安請け合いをしてしまったおれが、責任を取ってリコーダーを見つける。それだけだ。だから、もう探偵らしいことはやめにしようと思った。

 もう松平平樹に話を聞くしかない。自白は取れなくても、せめてリコーダーの場所は知りたかった。そこで、おれは再び松平の家を訪れていた。アパート、メープルガーデン松平である。

 だが、そこでおれは物事の困難さに直面した。

 メープルガーデン松平は、落書きと張り紙でいっぱいになっていた。

 ――変態、泥棒、ドラ息子、その他。

 人が住んでいる家には見えなかった。アパートの傍を通る主婦に、声を掛けてしまった。

「あれは、どういうことですか? 何があったんですか?」

 案の定、不審そうな目で見られる。だが、その瞳の奥に、今一番の話題、面白いことを語る下卑た様相が見て取れた。

「知らないの? ほら、ちょっと前まで話題だった朝霧夕都のリコーダーがなくなるって事件、あの高校であったでしょ。その犯人の家なんだって」

「え、そうなんですか」

 おれは本心からそういった。別に、おれはそのことを周りに言いふらしてはいなかったからである。

「そうなのよ。だってね、家からたくさんの、アイドルのグッズっていうの? そういうのが見つかったらしいのよ」

「なんでそんなことが分かったんですか」

「さあ? でも、近所の人が、前から怪しいって思ってたんだって。それで、勇気ある人が、あの人の窓割って、家の中に入ったのよ。そしたら、大当たり」

 おれだ、と思った。おそらく、おれが松平の家に入った後、好奇心から松平平樹の家に入った人がいたのだ。それが、噂を広めたのだろう。

「あそこ、松平さんってとこの息子が一人で住んでたんだけどね。奥さんも、赤ちゃんだっていたのに、あまりにもだらしないから別居してたのよ。ほんと、禄でもないでしょ」

 ついでに、ペイペイの息子さんのあんまり聞きたくなかった事情まで知ってしまった。

「あれ? あなた、導大寺高校の生徒さん? もしかして、リコーダー探し?」

「いえ、そういうわけではありません。あの、ちなみにあの家にまだ松平さんは……」

「住んでないんじゃない? 最近見ないし、あんなんじゃ」

 落書きだらけの、一瞬でくたびれて見えるその家をちらりと見やる。

「そうですか。ありがとうございます」

 そういっておれは早々に立ち去る。参った。まさか、こんなことになっているとは思わなかった。これではリコーダーのありかを聞くことはできそうにない。

 しかも、最後の頼みの綱であったペイペイにまで、なんとなく行き先を聞きづらくなってしまった。確かに子育てとか得意そうには見えないなあ、とも思うが、それはそれとして、お前の息子がリコーダーの犯人っぽいからリコーダーの在処を聞かせろ、なんてのは、さすがに言えない。こうなれば、おれに思いつく最後の手段は一つになってしまった。

 ポケットの中、小さなブックマッチ。ナイトクルーの柏木サンを訪ねよう。

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