15-1 甲谷先生と浜井ヨコ1

 甲谷先生は、それはそれはもう複雑な表情で、目の前のノートを見つめている。

「失くしただけだと思ってたんだけどな」

「これ、書いたのはやっぱり甲谷先生なんですね」

 静まり返ったぺろぺろリコーダー捜索研究会の会室。いよいよ取り調べなければならない男の名は甲谷庸介。ぺろぺろリコーダー捜索研究会の顧問であり、文芸部の顧問でもある。導大寺高校の国語の教師だったりもする。だが、今ここで大事なのは、その肩書ではない。

「教えてください、甲谷先生。否、導大寺高校ミステリー研究会最後の会長にして、ぺろぺろリコーダー捜索研究会初代会長である先生なら知っているはずです」

 わたしの言葉に、先生ははあ、とため息をつく。

「本物の、朝霧夕都のリコーダーがどこにあるのか。そして、真犯人について、知っていることを教えてください」

「まさか、四十年も昔の話を掘り返す気か」

「乗り掛かった舟です。ついでに、真犯人を追い詰めてもいいじゃないですか」

「あのな、宇治末の時はお前がどうしてもっていうからやらせてあげたけど、犯人と対するなんて危ないから、あんまりおれは……」

「先生こそいまさら何言ってるんですか。わたしが全部ばらしたらそれはそれで先生がまずいですよ」

 甲谷先生が静かになった。

「……そのノート、全部あったか?」

 先生は机の上のノートをぱらぱらとめくった。それは、宇治末茶男に読ませたわたしのノート群の中でもひときわ古く、筆跡もわたしの物ではない謎のノートである。

「多分、全部じゃないですよね」

「そうだ。お前の言う通り、そのノートを書いたのはおれだ。リコーダー紛失事件の時、おれはそのことを小説仕立てでノートに残していた。だけど、いざミス研がつぶれるときに、ノートのいくつかがなくなっていた。てっきり、捨てられたものかと思っていたんだが……」

「保管されていました。わたしがちょうど浜井だったので、巡り巡って入手できました。誰が書いたのかとても気になりましたが、ミステリー研究会については文芸部の書庫に資料がありました」

 わたしは文芸部の備品管理簿を開く。

「ミステリー研究会から寄贈されたものがいくつかありまして、特に最後に刊行された文集に先生の名前がありました。時期も千九百八十六年度なので、合います」

「そうか。よく調べたな」

 先生はなにやらもう、すっかり諦めきった、犯人のような表情であった。

「言っておくが、それは結局完結していない」

「そうなんですか?」

「ああ。だから、読者ができるなんて想像もしてなかったな」

 先生はうーん、と一唸り、

「でもな、浜井。この事件、一応解決はしている。真犯人も、もうわかってるんだ」

「どういうことですか?」

「それでも、浜井さんが満足するなら、残りのあるだけのノートを渡す。あとは、好きに考えればいい」

「あの、ちなみになんですが」

「なんだ」

 先生は立ち上がろうとしていた。多分、親切にノートでも取りに行ってくれるものだと思う。

「このノートに出てくる、浜井さんって、わたしのおばあちゃんですよね」

「さあ。本人に聞いてくれ」

 先生は意地の悪いことを言った。

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