14-2 尾行

 桜木の尾行は、正直言って心が躍った。多分、こういう探偵ごっこがおれはしたかったのだ。まだ野球部は練習をしているというのに、桜木は電話の後学校を出た。そして、歩く、歩く、歩いたのち、一件の店にたどり着いた。かなり目立たない、地味な、喫茶店だった。その名を、ナイトクルーという。ブックマッチの店だった。いよいよ核心に迫っている気がして胸が躍る。

 だが、そこから先は進まなかった。喫茶店に入って桜木に尾行がばれたらそれこそ終わりだ。仕方なく、おれは外で桜木を待つことにした。せめて、一緒に、例えば松平平樹と出てきてくれればいい。もしくは、ここで待っていたら松平平樹がやってくるとかがあればいいのだが。でも、いくら待っても出てこないし、入っても来ない。おれはほとほと困ってしまった。だが、困っているだけだったらまだましだったと思うことになる。

「お前、この前いたよな」

 文字通り飛び上がるほど驚いた。その声、覚えがある。

「こ、こんにちは」

 暴力の跡は精神にも刻まれる。震えながら振り返った先には、ついこの前、堀越の家の前でおれを殴った男がいた。

「やっぱり、堀越の家の奴だな」

「は、はい」

 おれは頷いた。やはり、怪しく思われるだろうか。おれは静かに唾をのんだ。

「へえ、そうか。本当に松平さんの親戚だったのか」

 彼は意外にもそんなことを言った。

「そうです」

 そして、自分でも驚くぐらい、反射的におれは答えた。

「やっぱり、松平は、平樹おじさんはここにいますか」

「いるけど。今度はお前、なにやってんだ」

「松平さんの家族にお願いされて、何をしているのか調べているんです」

 勢いで嘘を重ねる。どうだ、どんな反応が返ってくるんだ、という心配が胃を刺激する。

「ふん。あの人の家も大変だな」

 思わず安堵のため息がこぼれそうになる顔を引き締める。彼はあっさりとおれの嘘を受け入れた。

「あ、あの、おれがここにいたことは」

「言わねえよ。別に、あの人にそこまで義理立てする必要はない」

 怖いが話は分かるみたいだった。

「堀越については何か聞いてるか」

「いえ、聞いてません」

 おれは正直に答えた。

「もし、松平から堀越について話があったら、おれに教えろ。この店に伝えればいい」

「この店に、ですか」

「そうだ。柏木サンへ伝言って言えば伝わる」

 こいつは柏木というらしい。

「あの、なんで堀越を……あの、どんなことをお伝えしたらいいのかわからなくて……」

 おれは後悔した。逆切れされたらひとたまりもない。

「あいつはウチから借金がある」

 随分とあっさり教えてくれた。ウチ、がなにを指すのかは考えないことにした。碌なことにならなさそうだからだ。この前のは取り立ての一環、みたいなものだろうか。

「わかりました。何かあったらお伝えします」

 無駄なことは言わない。何をされるかわからないし。

「そうしろ」

 そうしている間に、喫茶店のドアが開いた。中から桜木が出てきた。おれは慌てて身を隠した。

「びびりか」

 柏木はおれを鼻で笑うと、じゃあな、といっていなくなった。桜木はそのまま学校への道を戻るらしい。このまま松平や柏木を待ってもいいが……と思っていると、案外時間をかけずに、人影が二つ店から出てきた。柏木に場所はばれているため、反対側の道路に泊まっていた車の陰に身を隠す。

「じゃあ、いいな、柏木」

 そういえば、初めて松平平樹を見た。なんとなく、ぺいぺいに似ているなあとおれは思う。

「わかってるって。導大寺高校に忍び込んで、鍵を開ければいいんだろ。朝飯前だ。それで……」

 嬉しそうに柏木は言った。

「馬鹿、あまり大声を出すな」

 しかして、松平平樹が彼の言葉をかき消した。

「おれも一緒に行く。時間は守れよ」

「それは得意だ。それより、金は頼んだぞ」

 おれは、リコーダー盗難事件がついに終わりに近づいているのを理解した。どう考えても、二人は今日学校に忍び込んで、リコーダーを回収するつもりなのだ。隠し場所はわからないが、二人をつければ、リコーダーが手に入るのだ。

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