12-5 彼女の推理

「さすがに行くのは危ないですよ」

 あまりにも真っ当なことを浜井さんは言う。リコーダー盗難を企てた堀越の家で遭遇したガラの悪い彼が落としたブックマッチの喫茶店、ナイトクルーへ行こうとするおれを、浜井さんは止めた。確かに一理ある。そこで、状況を整理するから興味があったら明日また会室に来てください、と伝えたら、素直に浜井さんが会室にいた。

 だが、一晩考えても、リコーダーはおそらく、堀越の共犯者に持ち去られていると考えるのが自然だ。だとしたら、その共犯者の家に行くしかない。故にこの喫茶店に行くしかないのである。昨日の男が共犯者だったら、リコーダーを持っている可能性は高い。

「いいえ、会長、変じゃないですか?」

 どこかぼーっとしている雰囲気の浜井さんにそういわれると少し引っかかる。

「何がですか」

 おれはむっとしてそう言った。

「昨日の人、なんで堀越さんの家に行ったのでしょう」

「リコーダーを探しに、じゃないな。リコーダーを届けに、とか……」

 そこで漸く、おれは何も考えていなかったことに気付いた。確かに、リコーダーを持っている人間がわざわざ堀越の家に行くわけがない。なんといったって本人はまだ警察に捕まったままであるし、そもそも堀越はリコーダーを盗む手伝いをした側の人間だ。

「おかしくないですか」

 その通りだった。

「それに、もしもそうだったとして、今堀越さんの家に行ったら、変な目に見られるに決まっています」

 その言葉は全部自分たちに返ってくるが仕方ない。だが、同時にリコーダーを持っている犯人の行動とは思えないのも確かだった。浜井さんは間違ったことを言っていない。

「余程潔白でないと、堀越の家にはいかない、ということですね」

 浜井さんは静かに頷いた。だから、昨日の男は白である、と。

「あと、まだわからない共犯の人なんですが、実は知り合いなんじゃないでしょうか」

「え? 誰のですか」

 急に浜井さんは身内に犯人がいる説を上げ始めた。

「堀越さんは、お話を聞いている範囲だと、校舎や職員室の鍵を開ける担当だと思うのですが、もう一人は何をしていたのでしょうか」

「そりゃ、見張りか何かじゃないですか」

 おれは思いつきを言った。

「でも、見張りだったら桜木先生に気付いて、堀越さんに伝えるはずです。二人が出会うことはないでしょう。だから、共犯者は見張りではありません」

「じゃあ、なんだっていうんですか」

「足止め、とかどうでしょうか」

「足止め?」

「そうです。桜木先生と一緒に宿直室でお喋りをするんです」

「お喋り?」

 おれはつい困惑をそのまま口にした。

「事件の日、共犯の人は桜木先生のいる宿直室に行って、楽しく談笑していたんです。その隙に、堀越さんがリコーダーを盗む、そういう計画だったのではないでしょうか」

「え、そんなまさか」

 反射的におれは否定したが、そこから先が続かない。それを察したのか、浜井さんは続ける。

「多分、桜木先生は足止め役の人の頑張りを無視して、警備に出てしまったんです。もしかしたら、お手洗いだったのかもしれませんが。なんにせよ、宿直室を出た先生は偶然、堀越を見つけてしまったんだと思います。それで、追いかけられた堀越は必死で叫んだんです、えっと……」

「『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』ですか」

「そうです。それです、えっと、『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』です」

 少し恥ずかしそうに浜井さんは言った。

「そして、足止め役はリコーダーを盗んで、逃げた、と?」

「いいえ。逃げるでしょうか。仮に、お手洗いに行ったついでに犯人を捕まえた後、宿直室に行って誰もいなかったら疑われませんか。自分で怪しんでほしいといっているようなものです」

「それは、そうですね」

 それではまるで、桜木先生の足止めは終わったから帰ったように見えるかもしれない。

「だから、一言挨拶ぐらいはすると思います。その後、事件になったから先に帰らせた、とか」

「確かに、同じ学校の職員だったらいいですが、部外者と一緒に宿直室にいるのはよくないですからね」

 浜井さんの考えに、つい感心してしまう。

「でも、そうすると、やっぱりリコーダーは共犯者の足止め役が……」

「そうかもしれませんが、わたしは違うと思います」

 浜井さんははっきりとそういった。

「桜木先生が堀越さんを捕まえた後、電話や大声で足止め役に返ってほしいと伝えたなら別ですが、そうでないなら桜木先生は足止め役を見送っています。その時、リコーダーを持っていたら変じゃないですか」

「鞄を持っていたら別だとは思いますが」

「そうですが……」

 浜井さんは寂しそうに俯いた。

「でも、何かのはずみに桜木先生が鞄を検めるようなことがあったら大変ですし、足止め役がそういった危険を避けていたら……」

 おれは、心なしかしょんぼりしている浜井さんをフォローするため、告げる。

「足止め役はきっと、学校のどこかにリコーダーを隠したに違いありません」

「そうですよね!」

 浜井さんはぱっと顔を上げてそう言った。おれは内心困惑する。

「だから、思うんです。やっぱり、学校を探すべきなんです。足止め役はきっと、もう一度取りに返ってくるはずなので、回収が難しい校舎の中にはリコーダーを隠さないでしょう。だとすると外です。リコーダーがあった職員室から宿直室までの間に、寄り道をして隠すとばれてしまうので、きっとこの道なりのどこかにリコーダーはあるはずです。それに、最近はましになったとききましたが、わたしが犯人ならもう少しほとぼりが冷めてからリコーダーを回収します。だから、まだあるはずです。そう……」

 そこまで一気にまくしたてた浜井さんは一呼吸置き、

「『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』 ということです」

 といって締めた。

「これが、浜井タテコの結論です」

 さらにどやりと彼女はそういった。

「そう、ですね」

 おれは、押され気味にそういった。

「どうでしょう、探した方がいいと思いませんか?」

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