12-4 家宅侵入
グロリアスレジデンス松平、すなわち滅茶苦茶名前負けしているアパートの前におれは浜井さんを連れてきた。一つだけ気になることがあった。故に、おれは堀越の家の中を検めてなくてはならない。築年数はそんなに経っていないであろうそのアパートの、一階。そこに堀越の名前があった。ドアノブを回してももちろん開かないため、郵便受けに戻ってその中に手を突っ込む。
「ありました」
おれはそこから鍵を抜き取った。へばりついたセロハンテープが少し切ない。郵便受けはそんなに深くもなく、鍵をこっそりしまっておくにはちょうどいい大きさだった。
「探偵さんみたいですね」
浜井さんは感心したようだった。
「そうですかね」
おれは少し照れてそういった。こうして鍵さえ手に入れてしまえば、堀越宅のドアはあっさりと開いた。
「入っていいんでしょうか」
「大丈夫です。堀越は警察に捕まったままなので」
「そういう意味じゃないんですが……」
そういいながら、浜井さんは存外抵抗なく堀越の家に上がった。
しかし、一緒に入ったことを後悔するくらい彼の家は、とりあえず煙草臭かった。ゴミだらけ、というわけではないが雑誌や新聞が散らかっているあたり綺麗ではない。家の中は最低限の家具と酒、煙草ぐらい。以外に質素な生活をしている。
「リコーダー、盗んだ人の家ですよね。ここにあるんですか?」
「ないですよ。多分。だって、盗む前に捕まったわけですし」
「あ、そうでした」
浜井さんと中身のない会話をした。だけど、おれの確かめたかったことはこれで十分だった。
「帰りましょう。長居してもよくない」
「もういいんですか。何かわかったんですか」
「はい。もういいです」
おれはそういって、早々に立ち去ろうとした。だが、浜井さんがおれの手を掴んだ。
「何がわかったんですか?」
「ああ、それですか」
おれは部屋を見回し、
「多分、これはアイドルファンの家じゃないです」
といった。この部屋には最低限の家具と酒や煙草程度の嗜好品しかない。多分、趣味はギャンブルだろう。新聞は競馬だし、ゴミに紛れて馬券もある。
「ああ、そういえばそうかもしれません」
浜井さんはしっくり来ていないようで小首をかしげていた。
「だから、アイドルのリコーダーを盗むなんて変じゃないですか」
「ああ、そういうことですか」
やっとおれの言わんとしていることを理解したらしい。
「じゃあ、ここは堀越さんの家じゃないんですか」
「いや、さすがにそれはないと思いますけど」
堀越の家は、ご近所ではすっかり有名になってしまっていた。なんといっても狭い地域だし、朝霧夕都リコーダー盗難事件は全国区レベルだからだ。
「つまり、どういうことですか」
よくわかっていない浜井さんに、おれもまだ確信得ていない話をするのもどうかと思った。なんといっても、探偵っぽくない。だけど、おれはあっさり諦めて、適当にちゃぶ台の前に腰かけて喋り出してしまった。
「つまり、ですね。堀越はあくまで、誰かに依頼されてリコーダーを盗もうとしたんですよ」
「え?」
「あれ、知ってますよね。『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』ってやつ。あれ、冷静に考えるとおかしいじゃないですか。あの場には桜木先生と堀越しかいないのに、なんでそんなことを叫んだんでしょうか」
「そういえば、そんな気も……」
「だから、おれは思うんです。あのとき、堀越は仲間に言ったんです。リコーダーはこの学校にあるから、お前が盗めって」
「まさか」
「桜木先生が地元紙とかであのセリフをばらまいたおかげでみんなが知ってしまい、今ではぐちゃぐちゃになっていますが、あれはもともと、仲間に向けていたんだと思っています」
「なるほど。確かに言われてみればそんな気がしますね」
「堀越が朝霧夕都のファンだったらまた違うんですが、この部屋を見る限り正しそうです」
ファンの家というにはあまりにも殺風景だった。
「じゃあ、リコーダーは……」
「もう一人、あの場にいたはずの仲間が回収しているかもしれません」
そういって、おれはふと思った。
「浜井さん、もう少し探しましょう。電話帳があれば、仲間がわかるかもしれません」
「なるほど。確かに。探します」
だが、それはしばらく探して、難しいと悟った。そもそもこの生活感のなさ、警察がいくつか持ち帰っているに違いない。手紙や電話帳なんかは残されていないに決まっている。
「すみません、ここにはないみたいですね」
あっさりと見切りをつけておれは言った。浜井さんは押し入れから布団を引っぱり出し、今度はそれが仕舞えなくなってしまったのか、ぐいぐいと押し込んでいる最中だった。おれはそれをさっさと手伝うと、早く出るように促した。
堀越の家のカーテンは分厚く、外に出ると夏の日差しはよりきつく感じる。つい、目を細めながらアパートを後にしようとした、その時である。
「おい、お前ら、どこから出てきた」
せめて、警察官だったらまだよかったが、そこにいたのはおれの身長を超える体格のいい『お兄ちゃん』だった。威圧感こそすごいが、もしかしたら年齢は同じくらいかもしれない。故に、大人しく高校に通うおれとは明らかに違う生き物だとわかる人物だった。
「えっと、そこです」
落ち着きを払って、おれは堀越の家、あたりを指差す。
「堀越の仲間か」
「いえ、違います」
目線は死んでも合わせられない。
「おい、こっち見ろ」
胸ぐらを掴まれる。猛烈な煙草の臭いにむせそうだ。だが、それにも増して恐ろしいのは無理矢理にもでこの、ドスの効いた顔に、明らかに修羅場をくぐってきた男の顔を見る。その揺れる視線に一瞬、グロリアスレジデンス松平の名前が目に入った。
「すみません、実は、松平さんに頼まれて、家の様子を見てきてほしいと言われました」
「はあ?」
男は凄んだ。
「堀越さんの家が近所の人に荒らされているかもしれないから、見てきてほしいと言われまして」
「あいつがそんなことを?」
「はい」
限界まで虚勢を張ったおれにできるのは、せいぜいがいい返事だけだった。だが、松平の名前はそこそこ有効なはず、とおれは信じている。
「そうか。まあいいや。鍵渡せ」
「はい」
おれはもう素直に、それは素直に従った。
「名前は?」
「松平平太郎です」
彼らの一族にありそうな名前を適当に言う。
「聞いた事ねえな」
「夏休みだから遊びに来ているだけです」
「へえ、そうかい」
そういって彼はおれを突き放し、ついでに、ほとんど見えない角度から鮮やかな右フックでもっておれの頬を殴りつけたのである。もはやうめき声をあげる暇もなくおれはごろんごろんと地面を転がる。なんと豪快な一撃であったか。振り切った後の彼の姿で察することができる。
「女連れて早く行け。もうここには近づくな」
わかってる、わざわざ殴らなくてもいいじゃないか、とは思ったのだが、おれと浜井さんは早々にアパートを後にした。
「大丈夫ですか?」
グロリアス(以下略)が見えなくなった辺りで、漸く浜井さんはおれのことを心配した。否、心配はきっとしていたのだろうが、声を掛けて大丈夫かわからなかったのだろう。
「大丈夫です」
嘘である。
「真っ赤ですよ」
「大丈夫です」
本当はさすったりしたいのだが、今喋って気づく。喋るだけで滅茶苦茶痛い。
「今日はもう解散しましょう」
痛みに耐えて言う。
「そうですね。でも、あの人は何が目的なんでしょう」
「わかりません。どうせまともな仕事の人じゃないですよ」
「いえ、違うと思います」
浜井さんがきりりと否定した。
「なんでですか」
「こんなの落としましたよ」
そういって、浜井さんはポケットから紙片を、否、ブックマッチを取り出した。
「喫茶店の店員さんじゃないですか」
あんな物騒な店員、いてたまるか。
「それ、堀越の家の奴じゃないですか。見かけましたよ」
「いえ、あの人が落としていきました。こう、したときに」
そういって浜井さんはふわふわとした右フックを宙に振る。
「じゃあ、堀越とあの人は同じお店の従業員さんかもしれませんね」
おれは適当なことを言った。堀越関係者であるのは間違いない。それはブックマッチ以前の問題だ。
「否、そうか」
あまりにもシンプル過ぎる。だが、そうとしか思えなかった。
「あいつが共犯か」
「あ、そっか」
浜井さんも間の抜けた声を上げた。同じブックマッチを持っていて、なおかつ堀越の家に興味があるなら、それはもう容疑者の仲間入りである。
「その喫茶店、名前は?」
浜井さんは慌ててブックマッチを取り出し、その名前を読み上げる。
「ナイトクルーって書いてあります。上寺元にあるみたいです」
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