12-1 或る暑い日

 千九百八十六年八月二十五日。まだ、夏休み。この日、おれはある種の人生の転機を迎えた、のかもしれない、と思う。

「入会、希望者です」

 この日、来年には無くなるであろう寂れた研究会に、新しい入会希望者が現れたのである。今日もまた何もなく一日を終えるはずの会室が静かに震えた気がした。

「ど、どうぞ!」

 おれは大声で、ドアの向こうに呼びかけた。ドアが開く。そこには、つばの広い帽子をかぶった、一人の女子生徒がいた。

「あの、入会を希望してまして……」

 彼女は困惑気味にそういった。恥ずかしがっているのか、帽子のつばで、あまり顔を見せない。

「はい、大丈夫です。えっと、おかけください」

 おれはそういって、彼女を会室の椅子に誘導した。

「僕が研究会の会長です。で、こっちが顧問の先生の、松平先生です」

「はじめまして。僕は見てない生徒かな」

「変な先生だから、気軽にペイペイって呼んでいいですよ」

「え? それは……」

 女子生徒はさすがに狼狽えた。初対面の五十台に届く老教師を気軽にあだ名で呼べ、というのも確かに抵抗があるだろう。でも、ペイペイはクズ教師なのであまり気にしなくていいと思う。

「それで、お名前は……」

「浜井です。浜井タテコといいます」

「ありがとうございます。えっと、入会希望というお話でしたが……」

「あの、すみません。実は、ちょっと違うんです」

 急に、浜井さんは首を振って否定した。

「実は、お願いがあってきたんです。入会と言わないと、開けれもらえないかと」

「そんなことはないですが、お願いとはなんですか?」

 おれは聞き返した。

「実は、探してほしいものがあるんです」

 いきなり趣旨が違う言葉が突き付けられ、おれは静かに困惑した。ここをどこだと思っているのだろうか。妙な話になってしまった。

「実はあれを、探してほしいんです」

「あれって何ですか」

 浜井さんはもじもじして、なかなか訊きたいことを答えてくれない。

「あれです。その、みんなが今探している、朝霧夕都のリコーダーです」

 知ってはいる。すでに学校どころかこの田舎町を騒然とさせた大事件である。

「なんで、うちにそんなことを?」

 おれは思わず聞き返した。

「ここ、ミステリー研究会ですよね? そういうの、詳しいかと思いまして」

 日本全体ではどうなっているか知らないが、今、この導大寺高校で最も話題な大事件、朝霧夕都リコーダー盗難事件、そして、見かけない女子生徒と、廃部予定のミステリー研究会。それらが今、この先三十年以上続く奇妙な出来事のレールに乗っかった瞬間であった。

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