7-2 会長の冒険2
体育会系とは無縁のおれからすると、この体育教官室に出向くのは少々緊張する。それも、立て続けとなると心臓によろしくない。だが、それでも確認しなくてはならないことがある。おれが体育教官室をノックすると、いいぞ、と声がかかる。おれは、失礼します、と断って中に入った。
「おう、また会長じゃないか。最近どうした」
桜木先生は相も変わらず競馬新聞を脇に、椅子にどっかと座っておれを迎えた。リコーダー盗難事件の当事者であり、犯人を現行犯逮捕した英雄。さすが堂々とした態度である。否、そもそもが彼の家のような場所である。競馬新聞も灰皿も、その全てが彼の私物である。
「小説に行き詰ってまして。先生にお力添えをと思っています」
「なんだ、本当におれを主役にでもしてくれるのか」
「そういったじゃないですか、前に」
おれは適当に機嫌を取った。単純な桜木はすでににやついている。
「桜木先生は、ミステリー小説とか読みますか」
「いんや。読まない。家内はドラマとかでキャッキャいってるのを聞いたことがあるけどな」
「そうですか。僕は結構好きで読むのですが」
「じゃなかったら書こうとなんてしないだろう」
「それはそうなのですが。やっぱり探偵の物まねなんてうまくいかなくて」
「でも、お前だってそんなバカじゃなかったろう」
「実際にやってみるのは違いますよ」
「ふーん。まあ気持ちはわかる。おれだって、スポーツはみんな好きだが、サッカーなんてのは見るのとやるのとじゃやっぱ違う。やっぱり、おれには野球だ」
変な方向で共感されてしまった。狙い通り、というわけではないが、もういいか、とおれは思った。
「桜木先生、前におれは小説を書いているといいましたが、おれはこの小説を表には出しません。封印します」
「そうなのか? あんなに熱心にしていたのに」
「はい。そうなのですが、それより大事なものがあるのです」
「大事なもの?」
「ただ、リコーダーの行方を追っています」
「そうなのか。お前、まさか」
桜木先生は緊張した顔で、
「変態なのか」といった。
「違います」
おれは否定する。
「とにかく、リコーダーを見つけないといろいろ面倒なんです。だから、協力してほしいんです」
「それはいいが。前に話した以上のことはないぞ」
「そうでしょうか」
おれは意を決して切り込むことにした。
「先生、あの時、本当はもう一人いませんでしたか」
「なんだと?」
桜木先生の顔に動揺が走ったのを、おれは見逃さなかった。怒るでもなく、不思議に思うでもない表情。さっと目を伏せたこの男の動き、見逃すわけがない。
「松平が、宿直室にいたのではないですか」
おれははっきりとそういった。
「馬鹿な。何を根拠にそう言っているんだ」
おれは、鞄から慎重に、いくつかのガラス片を取り出した。
「学校の北側の斜面から拾いました。焼酎とかによさそうなグラスですね」
「生徒が何言ってるんだ」
「これと同じものが、松平の家にありました。あの日、リコーダーが盗まれた日、先生と松平が一緒にいたのではないですか」
「な、なにを言ってるんだ。お前は、おれを犯人扱いする気か」
「落ち着いてください。宿直の日、松平と先生が一緒にいたって、なんの罪もありません」
「だが」
「確かに。酒を飲んでいたのはどうかと思いますが」
「飲んでいない。生徒が先生にそんなこといって、ただで済むと思っているのか」
「ですが、あの日、随分と息が上がっていたと聞きました。逮捕の直前もそうです」
「誰に聞いた。警察か?」
「それは言えませんが。先生、教えてください。あの時、松平と一緒にいませんでしたか。宿直室で、酒を飲んでいたのではないでしょうか」
「ない。先生をおちょくるにしても、いい加減にしろ!」
「ですが、いずれ誰もがこのことには気づきますよ。そうなったときに、また学校が話題になるのはおれも僕も嫌です」
「知らん。そんなことになるわけがない」
「わかりました。失礼しました」
おれは素直に頭を下げると、足早に体育教官室を出る。さて、このちょろいおっさん、どうでるかな。
期待して外で聞き耳を立てていると、がらっ、と教官室の戸が開いた。出ていくのかと思ったが違ったようで、外を確認しただけらしい。以外に小心者だな。おれは近くのゴミ箱の影に隠れているので気づくはずもない。壁に耳を当て中の様子をうかがっていると、どうやら電話をかけ始めたらしい。もしも松平に架けたとして、果たしてつながるだろうか。松平は昼間におれの侵入を許すのだから、家を空けているのではないか。案の定、結局桜木は体育教官室を飛び出していった。おれは、その後を付ける。
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