10-2 浜井ヨコの結論2

「部長は、気づいていないと思っているかもしれませんが、この部屋、実は変わっていますよね」

 わたしは文芸部部室を見回した。

「何の話ですか、浜井さん」

「そこですよ」

 わたしは、文芸部部室の棚を指差した。小説執筆の資料になりそうなアイテムがたくさんある。金属バットや押すと刃が引っ込むナイフ、モデルガンやバールのようなもの、麻袋や高そうな食器、でかくて頑丈そうな花瓶が仕舞われていた。その中から一つを手に取る。

「これ、何に見えますか」

「お皿、ですよね」

 会長は答える。

「そうです。でも、ちょっと変じゃないですか。この並びだと、食器はちょっと殺傷力が低すぎませんか」

「それは、気のせいじゃないかな。っていうか、棚の中身に殺傷力って」

「そうでしょうか。どれもこれも、殺人事件に使われそうなものばかりの中に、この食器は変ですよ。わたし、こっちだと思うんです」

 鞄の中から、わたしは巨大なガラスの塊を取り出す。激重、かつまるで王冠のようなガラスの灰皿である。ビニール袋に入れているが、それが重さに負けて伸びに伸びている。

「それは!」

 坂岸先生が悲鳴のような声を上げた。

「正解、みたいですね。探すのに苦労しました。でも、リコーダーよりはあっさり見つかりましたよ」

「そんな、そんなわけが……だって、それは……」

「先生!」

 初めて部長が声を荒げた。

「これで、部長は氷川先輩を殴ったのです。そして、隠した。シンプルです。この学校、備品の管理には厳しいですよね。ぺろぺろリコーダー捜索研究会でも、冊子一つ一つに管理番号を貼っていました。もちろん、管理簿もあります。文芸部の管理簿によると、この食器がミステリー研究会寄贈の灰皿、と書いてあります。変ですよね」

「じゃあ、それに氷川の血とか、そういう反応があるって言うのか」

「そうです。これを警察に届ければ、部長は逮捕されます。お願いですから自首してください」

「それは、ありえない」

 宇治末茶男は言い切った。

「それは、僕が落として壊したから、捨てたんだ」

「え」

 わたしは言葉に詰まった。

「どうやって浜井さんがそれを持ってきたのかはわからない。確かにとてもよく似ているけど。夏休み中に壊してしまったから、誤魔化すために、僕が家から持ってきた皿を入れていただけだ。浜井さんの言う通り、この学校はリコーダーのおかげで備品の管理に細かいから、代用品がないと怒られちゃうしね。ばれてしまったのは残念だけど、氷川の事件には関係ないよ」

 しょうがない、備品を壊した罪はしっかり償うよ、と宇治末はどこか明るく答えた。

「本当ですか、先生」

 わたしは縋るように坂岸先生を見た。先生はさらに縋るように宇治末部長を見上げ、部長はうん、と頷いた。

「わたしも、そう思う」

 この学校は碌な教師がいないと思った。そんな引き攣った顔で頷かれて、納得できるわけがない。

「どうですか、浜井さん。それで証拠というのはお粗末じゃないですか」

「え、えっと……」

 攻め手がなくなった。わたしは思わず狼狽えた。せっかくお借りしてきたのに、ここまでこれが無力だとは思わなかった。そして、うっかり灰皿を滑らせた。手から離れたそれは、ごん、と思ったより激しい音を立てて、ばたんと床に倒れる。皆が灰皿に注目した。

 落ち着け、浜井ヨコ。そうだ、まだ大丈夫。わたしは胸に手を当て、深呼吸する。わたしは、わたしの決意を思い出す。これは、わたしと、部長の、最後の思い出なのだ。

「でも、きっとこれを調べに出せば、凶器だとわかるはずです」

「じゃあ、その灰皿の持ち主が犯人だ」

「いいえ。この灰皿の持ち主は家から出ません。それに、誰も使わない客間に置かれていたものだから、事件には使えないです。ごめんなさい、言う通り、これは凶器と同じ製品ですが、違うものなので」

 わたしは正直に白状した。

「でも、この灰皿は、特注品だそうです。世界に六点しか存在しません。でも、氷川先輩の傷と、この灰皿の形状はきっと一致するでしょう。残念なのは、ミステリーにも詳しい部長のことですから、本物は、きっと証拠が残らないように氷川先輩のスマホと一緒に、バラバラに砕いて、トイレにでも流した後だということです」

 自分を落ち着けるために深呼吸をはさむ。

「ですが、この灰皿は滅茶苦茶頑丈です。落として壊れたりはしません。この灰皿に詳しい人は、何度もこれがゴミ箱に落とされても無事だったのを見たといっていました」

 そう、この灰皿は見た目に違わず死ぬほど頑丈である。床に落ちた灰皿を拾い上げた。

「よほどのことがない限り、この灰皿を砕くのは無理でしょう。それこそ、破壊しようとしない限りは、です。部長、認めてください。この灰皿を壊す理由なんて、わたしには一つしか思いつきません。証拠隠滅です。もしも、わたしが警察にこの動画や灰皿の話をすれば、部長のことが調べられるんです。もしかしたら、文芸部のこの部室にだって、何か証拠が残っているかもしれないです。逃げられないと思います……今までは、坂岸先生が顧問をしている天文部や生物部だけが捜査されていましたが、それが終わってしまうんです」

「何の話ですか、浜井さん」

「変だと思ったんです。なんで、坂岸先生が一番怪しいのに、文芸部は一度も警察に捜査を受けていないのか。サッカー部などの運動系の部活や、天文部や生物部は活動が休止にまでされていたのに。でも、簡単でした。坂岸先生は、文芸部の顧問じゃなかったんですね」

 恐ろしいことだった。甲谷先生に指摘されるまで、わたしはなんと、文芸部の顧問が坂岸先生だと思い込んでいたのである。まあ、あそこまで入り浸られると気づくものも気づかない。加えて、本物の文芸部の顧問は管理をすべてツラの良い宇治末茶男に全部投げていたのだから始末が悪い。とはいえ、宇治末先輩に夢中で顧問のことなど少しも気にかけていなかったわたしもアレなので多くは語るまい。

「しかも、文芸部の顧問、甲谷先生だったんですね。確かに国語の先生ですし、わたしがぺろぺろリコーダー捜索研究会に行ったら、ダブルで責任を取ることにとても怯えていました。なんでかと思っていましたが、まさかそんな理由だとは思いませんでした」

 わたしは大きくため息をついた。部長に丸投げしていた理由も想像に難くない。多分、甲谷先生は二つも部活の面倒を見るのが嫌だったのだろう。

「でも、そのおかげで警察の捜査から外れていた部長も、これで終わりです。警察の調査が入ると思います。ご兄弟がたくさんいる先輩の家で、夜中抜け出すのは目立つでしょう。アリバイなんてないんじゃないですか。だから、もう、自首して……」

「違うんです、浜井さん!」 

 急に坂岸先生が絶叫した。

「氷川さんの事件の犯人は、わたしなんです。だから、もう彼を追い詰めないで!」

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