10-1 浜井ヨコの結論

「どうですか、部長、いかがでしょう」

 わたしはついにしびれを切らして訊ねた。部長はついにわたしのノートをすべて読み終わったらしく、それをぱたんと閉じた。文芸部部室、すでに大分日が傾いている。そろそろ学校から出なくてはいけない時間かもしれない。

「え、うん、いろいろと思うところはあるけど、浜井さん、これの犯人は?」

 部長は天然ボケが多めに入っているとはいえ、根は真面目なのがキュートである。こうしてわたしのノートを全部読んで、そんな質問をくれる当たり、素敵が過ぎる。

「それはこっちにあります」

 わたしは鞄の中から最後の一冊を取り出した。

「じゃあ、それ、読ませてよ」

 もっともなことを部長が言う。でも、意地悪したくなるのが乙女心である。

「さあ? 誰だと思いますか?」

 鏡があれば、今のわたしがアカデミー女優級に妖艶な笑みを湛えているに違いないのだが、確認できなくて残念である。

「えー? 先生が犯人ってこと?」

 部長は隣の坂岸先生をいたずらっぽく見た。

「でも誰だろうね。そんな単純な話じゃないってことでしょ? 甲谷先生ってことはないだろうし。部活の話があったし、やっぱり桜木先生かな。運動部でしょ?」

「まあ、当時活動休止になった運動部はたくさんあったんですが……今回に限っては関係ないって、わたしは思います」

「そうなの? なるほど、いったん先生に注意を向けてから真犯人を出すわけか。じゃあ、読ませてよ。誰が犯人なのか、教えて」

「そうですね。見たら驚くと思いますよ」

 笑顔を絶やさない部長の輝きに押され、思ったよりも感情が出てこなかった。アカデミー女優失格である。わたしは最後のノートを手渡した。

 部長はそれを受け取り、開く。そして、顔をしかめた。

「間違っていない? 真白なんだけど」

「……そうです」

 わたしは答えた。

「なんで? もしかして、オチ、決まってないの?」

「……そうです」

 わたしは答えた。

「どうやって、どうすればいいかわからなくなりました」

「うーん、そっか。そうだなあ。例えば、名前だけしか出てないし、敷島サンって線はどうだろう。ちょっとやり過ぎかな」

 部長は唸った。

「いえ、犯人は決まっています」

 わたしは、きつく拳を握った。

「え? じゃあ、なんで書いてないの?」

 部長は、ただ純粋に困っているようだった。

「宇治末部長、自首してもらえませんか。まだ、間に合うと思います」

「何言ってるの?」

 宇治末茶男は訊いた。

「何言ってんでしょうね」

 わたしは目を擦った。

「でも、部長、部長が犯人です。氷川良哉殺人事件、わたしの小説の中でも、現実の事件でも、そうです」

「何を言ってるんだ。そんなの、小説でもぎりぎりじゃないか。何を根拠にそんなことを」

 わたしも、そう思う。

「そうなんですけど、でも、そのノートに書いたことも、現実も、少しも違いはないです。やっぱり、一から話を書くなんてわたしにはできませんでした。だから、全部、本当です。これから、そのノートに書くこともそうです」

 わたしははっきりとそういった。

「根拠なんですが、実は、ノートにはまだ書いてないんですけど、わたし達、これを解いたんです」

 わたしは鞄からスマホを取り出す。わたしのではない。これは、金木聡に預けられていた氷川良哉のスマホである。

「それが、小説の……」

「そして、現実の、です。確かにパスコードが掛けられていましたが、ぺろぺろリコーダー捜索研究会のみんなで頑張って、こうして開けることが出来ました」

 これは本当に大変だった。が、ぺろぺろリコーダー捜索研究会のチームワークがすべてを解決した。多分、最初で最後の一致団結だったと思う。

 わたしがスマホを操作すると、ロック画面が解除された。

「何の変哲もないスマホでしたが、すぐに、氷川先輩がこのスマホで何がしたかったのか、わかりました」

 わたしはスマホの中でも画像や動画をシェアするアプリを起動した。

「氷川先輩は、これがしたかったんです。例え、自分が持っているスマホがダメになっても、この、証拠動画をアップロードして保持する必要があったんです」

 スマホの画面を、宇治末部長、そして坂岸先生に突きつける。氷川先輩のスマホなのでひびが入っているが、視聴には問題ないだろう。

 ……描写いる? いるよね。そこには、ちょうど画面を突き付けられている、まさに目の前にいる二人がなんかこう、くんずほぐれつしている様が収められている。実は音声もあるんだけど、出さなくていいと思ったので出していない。聞いたらわたしが死ぬ。心が持たない。

「それは……」

「これ見たら、もう全部理解しました。氷川先輩はお金を工面する方法を思いついた、と周りに話していました。それが、これです。きっと、お二人の不倫をネタに脅迫し、お金をせびるつもりだったんです」

 坂岸先生は口を押え、青ざめて動かなくなってしまった。

「ややこしいですが、柏木サンの言う通り、氷川先輩のお金を工面する方法と、リコーダー探しは別物です。リコーダーなんて、今更高く売れるわけもないですし」

 そういって、わたしは一つ咳払いをする。

「その動画、場所はこの文芸部ですね。時間は、ちょうど八月二日の、夜中の二時です」

 そして、わたしはあまり見たくないこの動画の下部、シークバーに触れて最後の方に引っ張る。部長がふと、カメラ目線になるところで動画は大いにブレ、そのまま切れる。

「この後、あの凄惨な事件になったのでしょう」

 二人が黙り込んでしまった。仕方ないので、事件の推理を披露することにした。

「坂岸先生は夏休み中二回、宿直室を使っていました。一回が事件の日、もう一つは事件の一週間前です。天文部の部活の準備、そしてご自身の研究に学校の屋上を使うため、と書いてあります」

 甲谷先生にお願いしてコピーしてもらった宿直申請の資料そのままの内容である。

「バッティング防止のため、職員室のホワイトボードを見れば宿直室の使用状況はすぐにわかるそうですね。申請も、副校長の机の上に申請書を提出するだけなので、横目で確認することは誰にでもできます。つまり、適当な理由をつけて職員室に入れば、セキュリティが解除されている日がわかるわけです。きっと、リコーダー探しに熱心だった氷川先輩は、それを確認して学校に忍び込んだんです」

 そこでわたしは深呼吸する。

「ですが、そこで思いがけないものを見てしまう。それが、お二人の、えっと、まあ、そういうやつです」表現に困ったのであいまいにわたしは言った。

「それで、氷川先輩はお二人のことを脅してお金を稼ぐことを思いついたのでしょう。ですが、氷川先輩はついていませんでした。なにせ、氷川先輩のスマホは壊れていて、カメラが使えなかったからです」

 デモンストレーション、いるかなあ。氷川先輩のスマホは、カメラのレンズが割れていて写真も動画も撮れないのである。

「だから、先輩は日を改めることにしたんです。今や親代わりの柏木サンや、もしかしたら井手口にもスマホの工面を頼んだかもしれません。その時にお金の話をしてしまった可能性があります。ですが、最終的には金木のお古のスマホを手に入れました。そして、何かあったときのバックアップとして壊れた自分のスマホは金木に託しました。そのあと、先輩は再び学校に忍び込んで部長と坂岸先生の姿を激写したんです。ですが、気づかれてしまった。あとは、簡単です。多分、その場で氷川先輩は殴られて、そのまま学校の外に棄てられたんです。防犯カメラの位置は、わかっていれば避けられます。それは、氷川先輩も、宇治末部長も一緒でしょう」

 二人の様子をうかがう。できれば、そろそろ自白とか自供とか、自首とかして欲しい気持ちがある。

「でも、その動画の内容が本当だとしても、僕が氷川に手をかけたことにはならない。浜井さんが何を考えているのか僕にはわからない」

 部長が絞り出すようにそう言った。ですよねー。

「はい。そうです。まだ話していませんから」

 わたしはゆっくりと唾を飲む。

「でも、大丈夫です。どうして部長なのか、それも、説明します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る