9-2 金木聡と氷川良哉
「なんでリコーダーを探さないんですか!」
金木は絶叫したそう。ちょうど半年ほど前。ぺろぺろリコーダー捜索研究会の門を叩いた新入生、金木聡は早速絶望することになる。なにせ、彼は根っからのアイドルファン、それも四十年近く前に一瞬だけヒットを飛ばした幻のアイドル、朝霧夕都を追いかけ続ける男だからだ。それが、会室に入った途端目に入ったのは、だらだらとオセロに興じる二人の生徒だったからだ。
「一応、毎年探してますよ」
会長は困り顔でそう答えたらしい。後に曰く、活きのいいのが入ってきたなあ、とは思ったそうだが。
「探してないよ、おれ達はここで毎日だらだらするんだ。いいだろ?」
ペイペイ先輩は、すっかりそれがこの研究会のメリットと思っているらしく、大真面目にそういったそう。それが、金木の逆鱗に触れた。
「いいです。もういい!」
そう叫んで会室のドアを勢いよく閉じた彼を、
「おい、何か知ってんのか」
といって廊下で呼び止めたのが、氷川良哉であった。
「氷川先輩は本当のぺろぺろリコーダー捜索研究会の会員だ。お前たちも見習え」
「あの、そっから始まるんですか」
つい噛みついてしまう。
場所は宿直室。ちゃぶ台を囲んで、甲谷先生、会長、ペイペイ先輩、金木とわたし浜井がいる。
「だって、氷川先輩がどんなに正しいぺろぺろリコーダー捜索研究会の会員か話さないと浮かばれないだろ」
「そんなことないだろ」
会長は真っ当なことを言った。
「金木、要点だけ言ってくれ」
先生がさすがに注意する。これから金木と氷川先輩のなれそめを聞いてもしょうがない。
「おれは、浜井さんが怖かったんだ」
そして、要点だけ言いすぎて意味が分からないことを金木は言った。
「氷川先輩が、あんなことになったのは、おれは、浜井さんだと思ってる」
「なんでだ?」
先生はそっと手でわたしを制してそういった。確かに、わたしがここで追求し始めたら話がこじれるかもしれない。
「だって、先生は、っていうか、みんな知ってるでしょ。氷川先輩だって、文芸部じゃん」
「え?」
先生がわたしを抑えた手前、何も言うつもりはなかったが、つい声が漏れてしまった。
「まあ、そうだな。おれも少しはびっくりしたけど」
「待ってください、初耳です」
わたしは正直にそういった。
「確かにまあ、氷川は文芸部辞めてうちに来たな」
「びびったよな。あんなに怖い顔の文芸部とか似合わねえ」
「でも、確かにあいつの部屋みたらマンガじゃなくて宮沢賢治がたくさんあったから、なるほどって思ったわ」
会長とペイペイ先輩だけ納得の声を上げる。そういえば、柏木サンも本ばっか読んでる大人しいやつ、とか言っていた気はする。
「じゃあ、氷川先輩の家とかに一緒に来なかったのは……」
「浜井さんと行動したら、どんな探り入れられるのか、怖かったんです」
金木は今にも泣きそうになりながらそう言った。
「氷川先輩が、大事な情報が入ってるからこれは、お前に預けるって言ってくれて。守んなきゃって、思ってたんです。そしたら、文芸部の浜井さんが来て。これは明らかにヤバいことなのに、それなのに、会長もペイペイもこんな女に誑し込まれて……」
「金木、言葉に気をつけなさい」
先生が注意する。
「すみません……それで、今日、会長とメッセしたら、リコーダーのヒントを探してるって言われて。その時、やっとわかった気がしたんです」
「何が?」
「氷川先輩のダイイングメッセージです」
急なワードが出てきて、内心、鼓動が早まるのを感じる。
「あれは、おれに向けたメッセージだったんです。リコーダーの情報が入ったスマホを守ってほしいっていう、あの時の先輩の、最後の意志です」
「高がリコーダーでそれはないだろ」
会長が口走った。
「まあ待て」
先生が会長へぴしゃりと言った。
「じゃあ、お前が浜井にしたことは?」
「それと今日、井手口からメッセージが来て、つながったって思ったんですよ。氷川先輩の事件の背後には井手口がいるんです。で、浜井さんはあいつの手先なんだって。だって、そうじゃないですか。時期が合いすぎてる!」
わたしは絶句した。
「井手口はずっと、氷川先輩に復讐の機会を待っていた。スパイに、新入生の浜井さんまで文芸部に送り込んでたんだ。ところが、退学した井手口は、氷川先輩がリコーダー研究会に移っていたことを知らなかった。でも、きっと浜井さん経由で氷川先輩がリコーダーを探していることを知って、それを奪って嫌がらせをすることを思いついた。でも、何かのはずみにあんな事件に発展してしまったに違いない。そして、証拠の調査と隠滅、そして氷川先輩への最期の嫌がらせを完遂するためにリコーダーを手に入れようとしているんだって」
「そんなバカな」
会長がほとほと呆れてそう言った。だけど、わたしは知っている。今ここに、たかがリコーダーのために狂言誘拐を企てて警察にご迷惑をおかけした少年がいることを。おまけに先生までもう顔が真っ青である。そりゃそうか。なにせ先生はそのおかげで警備員さんに土下座までしていたのだ。わかるだろう、リコーダーは人を、人生を狂わせるのだ。
「それで今日、そんなことを……」
「いつか、浜井さんか、井手口に殺されてもおかしくないじゃないですか。だったら、もうおれは、先にやるしかないって……おれ達、バカにされてることぐらいわかってますよ! だからこそ、少しでも浜井さんが痛い目を見れば、おれ達だってやるときはやるってことを示さないとって、焦ってたんです。今思えば、無茶なことをしました。井手口と、会長と、浜井さんのことがいっぺんにきたから、もう、わけわかんなくなって……それに、こいつ、浜井って名前だし。混乱する」
「……」
「ごめんなさい、浜井さん」
こうして、涙ながらに金木はわたしに謝った。わたしは何も言わなかった。
「それで、そうです。ずっと、これを持っていたのが、おれは、一番怖かったんだって、気づきました」
そういって、金木は恐る恐る何かを取り出した。スマホだった。
「おれは、おれがおかしくなったのは、氷川先輩からこれを託されたときからなんです。そうじゃなければ、浜井さんにだってあんなに当たったりはしなかったと思うんです」
それはどうだろうか。わたしは疑問に思う。
「いいのか」会長は訊ねた。
いいに決まってるだろ、とは思ったが、会長はそんな質問をしていた。
「いいです。どうせ、開かないですから。氷川先輩は、パスコードとか教えてくれなかったので」
「これが、氷川がお前に託したスマホなんだよな」
「そうです」
金木は認めた。そのスマホは、一度落とされてしまったのかばっきりと派手にひびが入っている。なるほど、買い替えたくなる見た目をしていた。なにせ、表ならずとも背面までフレームがゆがんでいる。わたしなら買い替えたいと、速攻でお母さんに泣きついているだろう。
「だから、浜井さん、おれはもう無関係です。何も知りません」
こいつ、謝ったはいいが未だに疑っているのか。少し腹立たしい。
「お前の気持ちは何となくわかったが、校舎に入ろうとしたのはなんでだ」
お陰で警備会社の人が来ちゃったじゃん、と先生が訊ねた。
「最後に、氷川先輩が言ってたのを思い出したんです。氷川先輩がスマホを欲しがっていたから、おれの古い奴ならあるって教えたら、明日の夜までに持って来いって」
「それって、いつ?」
「事件の前の日です。事件の日の、午前中に会って、いろいろ操作した後、wi-fiがある場所から絶対動かすなって」
奇妙なお願いだった。
「だから、きっと氷川先輩は夜に何かするつもりだったんです。だから、それをおれは達成しようと思って。だってそうでしょ。先生がいるってことは、セコムとか動かないと思って」
「動くわ。セキュリティが外れてるの宿直室だけだからな」
先生が呆れてそう言った。
「みんな、ほかに聞きたいことは?」
「いや、なんかもう……」
会長は困り顔で言う。
「一応だけど、浜井さんはマジで無関係なんだよな」ペイペイ先輩が言う。
こいつ、このタイミングでそれいうか?
「ありません。井手口サンに聞いたらいいんじゃないですか」
なんとなくだが、警察とも直通がありそうな松平一族だったら簡単に分かるだろう。
「井手口の仲間だったら、わざわざ柏木に会いに行くのは少しリスキーだしな。避けるだろう」
先生が変なところで納得している。
「っていうか、スパイだったらもっと早い段階で入会させてもいいだろうし」
それもそうだ、ということを会長も並べてくれた。
「いいか、松平」
「はい。すみません、浜井さん」
会釈程度にペイペイ先輩も謝った。
「金木、ほかに言うことは」
「……ご迷惑、お掛けしました。申し訳ございませんでした」
そういって、金木は深々と頭を下げた。わたしはついため息をついた。
「じゃあ、いいな。これで今日のことは丸く収まったってことで」
もう一回わたしはため息をついた。この先生は、こういうところがある。
そこで、わたしは嫌がらせもかねてひとつ質問してやることにした。
「ところで先生。八月十四日の夜にも宿直室にいたんですか」
「え?」
先生は変な声を上げた。
「だって、そうじゃないですか。セキュリティが効いているのに夜の学校に忍び込むなんて、意味がないですし、よほど金木みたいに、宿直室に先生がいるって知らないとやらないと思います。氷川先輩と先生、実は仲良く宿直室にでもいたんじゃないですか」
そんなわけないだろう。なんで生徒とそんなことしてるんだ。それに、宿直室に人がいるからって、みんな金木みたいに校舎に突撃するわけがない。こいつが特別バカなだけだ、と、先生が言うのを期待してわたしは質問をした。
「え? あー、どうだろうな」
ところが、先生から飛び出したのはそんな変な言葉だった。
「え?」
先生の反応に、皆が皆動揺した。
「先生?」
会長が恐る恐る訊ねた。
「いや、違う。おれじゃないんだ。でも、まあ、そのなあ」
先生が口ごもった。
「おい、どういうことだ! まさか、氷川先輩を!」
金木が息を吹き返したように吼えた。
「落ち着け、わかった。動揺したおれが悪かった。正直に喋る。まあ、職員室の届け出とか調べればわかることだからなあ。もちろん、警察も知っていることだし。いいか、おれじゃないぞ」
先生は前置きをした。
「事件の後に夏休み中活動停止した部活があったろう。実は、事件の夜、学校を使っていた先生がいたんだ。だからまあ、その日はきっと、宿直室だけじゃなくて、学校全体のセキュリティが動いてなかったと思う」
「そんな、なんですかそれ」
ペイペイ先輩が言った。
「おれ達散々疑われましたからね」
会長もさすがに怒ったような口調だ。それもそうか、彼らもまた、広い意味であらぬ嫌疑をかけられた身(多分)なのだ。
「それはわかってるけど、警察も怪しいやつは全員調べなくちゃならんからな。ただ、その宿直室の先生については、箝口令って言うのかな、あんまり言っちゃダメだぞってなってたからおれもそうしてたんだけど。ほら、先生に疑いがかかると面倒だし……ほら、みんな心配するだろ。結局事件とは無関係であっても。な?」
言い訳が長い。
「誰なんですか。その先生は」
わたしは思わず言った。その先生、間違いなく怪しい。
「それは、その先生は、理科の坂岸先生だよ」
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