9-1 金木聡の奇行について

 わたしと会長、ペイペイ先輩が学校に到着するまでの間も、会長はこまめに先生に通話やメッセージを送っていたが、結局返事は来なかった。時刻はもう夜の九時を回っていて、学校の不気味さはさっきの比ではなくなっている、気がする。夜闇に校舎の影が黒くくっきりと見える。それがなんとなく恐ろしかった。

「そういえば宿直室ってどこですか?」

 わたしは素朴な質問をした。本来なら、甲谷先生と金木がいる場所である。

「部室棟にあるはずだけど、入ったことはないな」

 会長はあいまいなことを言った。

「おれはあるのも知らなかったけど」

 ペイペイ先輩はそうぼうやいた。

「あのあたりも一応、年一の周辺調査で回るからな」

 そういえば、あの書庫とやらには毎年学校中を探し回っているような記録があった。そういう意味ではこの研究会の会員は、誰よりもこの学校の地理に詳しいのかもしれない。

「ああ、思い出してきたぞ」

 ペイペイ先輩はそう返事した。

「お前はさぼってたけどな」

「しまった」

 罠であった。

 果たして、部室棟の一階にやってきた。校舎側とは逆の部屋がそうらしく、改装されたのかあらかじめそうなのか、ちゃんと玄関っぽく戸がついている。ここだけ独立して部屋、あるいは家のようになっていた。

「先生、いますか?」

 会長が堂々とドアを開け、中に入っていく。鍵は掛かっていなかった。

「お邪魔しまーす」

 金木をあんなに疑っていたくせに、ペイペイ先輩は随分気の抜けた声で会長に続く。

「お邪魔します」

 わたしもつい、そういって玄関から靴を脱いで宿直室に上がる。中は和室で、テレビにちゃぶ台、棚があったり、押入れがあったり、部屋の隅に乱雑に段ボール箱が詰まれたりしていて、妙な生活感のある部屋だった。一応台所も併設されていて、コンロ一つと流し、冷蔵庫、電子レンジがあった。でも、先生はいなかった。

「もしかしたら、ここには戻ってきてないのかもしれない」

 会長はそういった。

「なんで?」

 ペイペイ先輩は訊ねた。

「あんなにボロボロだったんだから、ここに戻ってきてたら水ぐらい飲むだろ」

 確かに会長の言う通り、水を飲んだ形跡はなかった。

「監視カメラはどこですか?」

 ふと思い出して二人に訊ねた。

「こっちか?」

 一人でふらふらと宿直室をさまよっていたペイペイ先輩は、一つの部屋を見つけた。

「トイレじゃねえか」

 会長が突っ込みを入れた。

「これじゃないですか」

 わたしがテレビの電源を入れると、画面に六カ所の校内の映像が流れ始めた。

「あたりだな。先生は?」

 モニターは四十インチほど。それが六つの画面に分割されているため、結構見ずらい。しかも、ほとんど真っ黒である。いくら田舎の私立とはいえ、この防犯意識の低さには辟易する。まあ、氷川先輩の事件があるまで重大なものはなかったのだろうし、仕方ないのかもしれない。

「これ、先生じゃね?」

 そんな中、ペイペイ先輩が画面を指差した。確かに、画質が悪く暗い中、うずくまったように見える小さな人影がある、気がした。

「校舎の玄関近くだな。あんなもんなかっただろ」

 会長が落ち着いてそういうと、すぐに立ち上がった。

 三人で宿直室を出ると、校舎の玄関へ急いだ。

「あーあ、今度はおれ達が第一発見者か」

 ペイペイ先輩はあんまりなことを言い始めた。まだ死んだとは限らないだろうに。気持ちはわかるが。

「あ、これは」

 しかし突然会長が急に足を止め、地面から何かを拾い上げた。スマホであった。

「先生のだな」

 横から見ると、万田悟朗からの着信がびっしりと画面に表示されている。

「あ、あれじゃん」

 しかし、それには目もくれず、ペイペイ先輩が校舎側を指差した。

 玄関傍には街灯が気持ち程度の光を放っており、その傍に人がいる!

「先生!」

 わたしの声にも先生は反応しない。

「いや、近づかない方がいい」

 会長がわたしの肩を掴んで止めた。

「あれ、土下座じゃん」

 状況を察したペイペイ先輩も同調した。

「はあ?」

 思わずわたしは唸った。

 よくみると、影になっているところに二人ほど人がいる。どちらにせよ、よく見えないが、片方はそこそこ上背があって、何となくかっちりした服を着ている気がする。そして、もう一人は……忘れもしない、金木だ!

「さっきも同じようなことがあった気がするんですが」

 一応緊張と心配を両手に走ったのに、それが杞憂に終わる脱力感。それが一日に二回。いい迷惑である。

「そう、だな」

 会長が複雑そうにそういった。

「帰ろうぜ」

 ペイペイ先輩が早々にそう言った。だが、わたしの足は勝手に先生たちの方へ向かっていた。

「先生、なにやってんですか」

 滅多に見れない知り合いのガチ土下座である。もう少し面白いものかと思っていたが、実際目の前にすると結構いたたまれない。一応、先生だからだろうか。

「あ、浜井?」

 先生の気の抜けたような声。

「先生、ほら、生徒さんも困ってますし、顔を上げてください」

 近くて見るとよくわかる。金木の隣にいる大人は、見た目からしても警備員さんだ。あと、金木はなんと泣いていた。ちょっと面白い。

「はい。誠にすみませんでした」

一言、きっと何度も言った言葉を口にした後、先生はゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ、わたしは戻りますので」

 警備員さんはそういっていなくなった。

「甲谷せんせーい、なにやってんですか」

 お前が言うな、といいたかったがわたしは優しいので言わなかった。

「松平……まあ、いろいろだよ」

 でしょうね。

「金木、なにやってんの」

 会長がもはやあきれ顔でそういった。

「リコーダーを見つけるチャンスだと思って」

 バカである。

「バカか?」

 思ったし言ってしまった。金木にやさしくする必要はないのである。

「確かに、おれの隙を見て校舎にダッシュした時は正気じゃないと思ったけどさ。さすがに先生もお前が何考えてるか聞かせてもらわんと困るな。会長達と一緒でいいか。それとも話しづらいことがあれば、外させるけど、少なくとも先生には全部言え」

 先生が先生っぽいようなそうでもないようなことを言った。一応、生徒のプライバシーに配慮していそうな感じはそれっぽいと思う。

「隠すことは、ない。わかった。全部言います」

 ついに、こうしてしおらしくなって、それはもうしおしおになった金木から、彼の今日一日の奇行の真実が明かされるのである。

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