8-4 誘拐の顛末

「つまり、ペイペイ先輩はわたし達に嘘をついて誘拐されて、その後やってきた柏木サンの仲間に助けられたんですか」

「そういう感じ、です。その後、警察が来て、会長と、浜井さんが来て、くださったわけです」

 少し無理をするようにペイペイ先輩は回答した。この野郎、わたしに丁寧な言葉を使うのを潜在的に避けたがっているに違いない。

「いろいろとありまして、警察からうちにも連絡がありまして。こうしてバカ息子が戻ってきたわけです。本当に、お騒がせして申し訳ありません」

 ペイペイ父が改めて謝る。

「いえ、大丈夫です」

 本当に大丈夫なので、わたしは改めてそう言った。なにせ、少しだけ会長からも、そうなるかもしれないと伝えられていたからである。と、その時、丁寧に戸が開き、地味な着物のおばさんが座ったまま、廊下で頭を下げている。

「お夕飯の支度が出来ました」

 本物は見たことがないが、きっとこれが料亭待遇である。ただのあほな高校生には早すぎる。運ばれてくる料理の皿がでかい。もはやわたしの理解の範疇を超えた料理が机を埋めていく。このでかい魚、頭がついたまま刺身になっているぞ。

「なんか、本当に申し訳ありません」

 わたしはなぜか謝っていた。

「いえ、今日は本当にうちのが悪いので。どうぞ召し上がってください」

 このような聖人君子からなぜこのような悪ガキが生まれてくるのか、わたしには理解が出来なかった。

「いただきます」

 もう開き直ったのか、会長は隣でもりもりと料理に手を付け始めた。わたしもそれに続くことにする。うまかったが、高校生にはちょっと早い、なんというか御出汁が決め手系料理が多かった。と、しばらく食べてから、わたしは大事なことを思い出した。

「金木、どうしましょう」

 すっかり忘れていたことを口に出した。

「あ」

 と、会長は薄いリアクションをする。

「そうだ、金木はどうなったんだ」

 ペイペイ先輩は勢いよくそういった。

「あいつは、急に……」

 そういって、会長は発言を躊躇った。気持ちはわかる。

「今、甲谷先生と一緒にいる」

「わけがわからん」

 でしょうね。

「おい、いるのか!」

 急に、廊下から声がした。心なしか、ペイペイ父とペイペイ先輩の顔がこわばった。

「おーい」

 声からして、男性。しかもある程度歳が言っているものと思われる。果たして、声の主はこの客間の戸を、急にからりと開けたのである。

「おお、なんだ、これは」

 客間の様子に面食らったらしいのは、やはり想像通りのおじいさんだった。

「おじいちゃん、ここは客間だよ」

 ペイペイ父は立ち上がると、おじいさんの肩を叩いた。

「ちょっと、ボケてきてるんだよ」

 ペイペイ先輩が小声で言った。なるほど。

「皆さん、平太郎の曽祖父です。おじいちゃん、こちらが平太郎の、部活の友達ですよ」

「部活? はーそうかい。よろしく、な」

 急に部屋に入ってきたときはどうなる事かと思ったが、案外普通だった。

「ぺろぺろリコーダー捜索研究会の万田です」

 今日一いらない自己紹介を会長はした。

「リコーダー? 見つかったのか!」

 しかして、その時、老人の目に光が宿ったのをわたしは見逃さなかった。

「どうなんだ、見つかったのか!」

「おじいちゃん、違うよ。だから戻って」

 ペイペイ父はそういってペイペイ老人をなだめながら、一瞬こちらを見て、

「お客様もいるし、戻ろう。戻れる?」と訊ねた。

「ないなら、いい。帰る」

 そういって老人はよたよたと撤退した。

「すみません。お恥ずかしながら、最近ボケがひどくって」

「いえ。そういうものかと思います」

 会長はあいまいなことを言った。

「あの、リコーダー、というのは?」

 わたしは思わず訊いた。

「ああ、おじいちゃんはファンらしいんですよ」

「ファン?」

「そうです。平太郎から聞いてないんですか? うちのおじいちゃんは朝霧夕都の大ファンなんです。まあ、ファンといっても、家にグッズが保管されているだけで、おじいちゃんがそれらを見たり聞いたりしているところは一度もないのですが」

 そのとき、わたしは大体を察した。

「じゃあ、先輩がリコーダーを探しているのは……」

「ひいじいちゃんがずっと欲しがってるからな。今日も、ぶっちゃけチャンスだと思ったんだ。金木がリコーダーを見つけて、それをあいつらが回収したら、警察に連絡してあいつらからおれがリコーダーを回収する。完璧な計画だろ」

「何が完璧だ。人様に迷惑をかけるな」

 わたしの言いたいことをペイペイ父は間髪入れずに口にした。

「リコーダーか!」

 突然廊下から声がした。

「ちょっと見てきます。すみません、騒がしくて」

 ペイペイ父はそういって廊下に飛び出していった。

「会長は、どこまで知ってたんですか」

「ペイペイのおじいちゃんのことは知らなかったけど。でも、なんでそもそもこいつ誘拐された振りしてんだろうってのは思ってたけどね」

「え? ばれてたの?」

 ペイペイ先輩が間抜けな声を上げる。

「前に会室でタコパしたときのタコ焼き器が仕舞ってあった場所と、写真の背景がそっくりだったから、昼間に一度見には行った」

 会長はあっさりと白状した。

「昨日の奴の片方がいたからすぐに戻ったけど。だから、なんとなくこの事件は嘘っぽいとは思ってた。その後、家に行ったら確かにペイペイはいないって話だったし」

 こいつはこいつで裏切者だった、というわけである。わたしも途中に会長からこのことは聞かされていたので、もしかしたらペイペイ先輩が極めて元気である可能性は頭の隅にあった。

「なんか、どっと疲れました」わたしは正直に自分の感想を述べた。

「今日は帰る。帰りに、先生に連絡して、例の物だけでも回収はしたいけど。細かい金木の話は、もう遅いので後日に」

「例の物って?」

 ペイペイ先輩が訊ねる。

「氷川のスマホを金木が持っているらしい。多分リコーダーとは無関係だけど、そもそも、金木にはいろいろと訊かないといけないからな」

「なんでそれで先生が出てくるんだ?」

 事情を知らないペイペイ先輩には、金木がやらかしたこの一大事件が全くピンと来ないのだろう。そういえば、こいつもわたしのピンチの責任の一翼を担っちゃいないか。やはり、相当迷惑をこうむった気がしてきた。

「金木、急に何を思ったか知らないけど、急に学校で、まあ、暴れ出してさ。今は甲谷先生が抑えてる」

 大分マイルドな表現にして会長が伝える。

「それ、大丈夫なのか?」

 ペイペイ先輩は不審そうな表情だった。

「おれはあいつ、相当ヤバいと思ってるけど。そんなんと甲谷先生一緒に置いといて、大丈夫か?」

 そういわれると、自信がなくなる。甲谷先生は別に体力にあふれたエネルギッシュな先生ではなく、デブの金木と同程度の持久力しかないのだ。それも、今なら相当へばっているはずで、年齢を考えたら今の甲谷先生は金木一人で十分かもしれない。

「でも、ヤバいって言ったって何をする気なんですか」

 わたしは訊ねた。そう、いくら金木とは言え、先生を、例えば殺したとして、なんのメリットがあるというのだろう。この状況ではもしも先生を殺したとして、容疑者は金木一人。高校生が指名手配を受けて逃げ切れるなど、そんなことあるとは思えない。わたしならもうこれ以上抵抗はしないだろう。

「結局、なんであいつが浜井殺そうとしたかよくわからないしな」

「あ」

 会長の言葉にはっとする。そういえば、あいつ平気で人殺すタイプだった。普通の考えなど通用しない。やるときはやるだろう。

「先生に連絡つかないな。とりあえず行くか」

 会長はスマホをポチポチしながらそう言った。さすがに顧問と会長の間柄のためか、連絡先は知っているらしい。

「ちょっと学校戻って先生の様子を見てきます」

 会長が学校に戻る目的が変わっていた。

「わたしも行きます」

「わかったよ。おれも行く」

 正直言って、いてもいなくても同じな気はしたし、来いという雰囲気を出したつもりもないが、ペイペイ先輩はそういって立ち上がった。広い家すぎて帰り道はさっぱりわからないが、さすがにペイペイ先輩はするりするりと歩いていくのでそのあとをついていく。

「あ、待ってください」

 松平邸、玄関。家を去ろうとするわたし達を、否、わたしだけをペイペイ父が止めた。

「浜井さん、でしたよね」

「はい。そうですけど」

「実は、今度でいいので一度うちにいらしてくれませんか」

「え」

 わたしは困惑した。

「ああ、急に言われても困りますよね。門の前でも構いません。実は、ご相談、というか、お渡ししたいものがあるんです」

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