8-1 ペイペイの一番長い日1
最悪な朝だった。松平平太郎は登校のため家を出て、五分。踵を返して家にダッシュした。もとより危機察知能力に長けた性格である。故に彼は全力で帰宅の途に着いたのである、が。
「逃げんな!」
あっさり首根っこを掴まれて御用となってしまった。彼が帰宅を即決した理由はほかでもない。昨日氷川宅を訪れ、その帰りに遭遇したゴロツキ二人が通学路を塞いでいたからである。
しかも、残念なことに松平平太郎の身長は百六十センチ、程度(本人の名誉のため)である。故に、制服を着崩したチンピラ風の彼はともかく、隣の筋肉ゴリラにはどうしてもかなわないのである。こうして彼はあっさりと捕まった。
「なんですか。なにかしましたか、僕が」
涙ながらに平太郎は言う。
「お前な、やっぱり知ってるだろ」
「何をですか」
「リョーヤの秘密だよ。あいつが何を見つけたのか、言え」
胸ぐらを掴まれた松平はもはや一切の抵抗を放棄していた。だが、ある一点、彼が勝っていることがあった。
「知らない。だけど、知ってそうな奴なら知ってるぞ」
「どういうことだ」
「氷川が唯一、学校で親しくしていたやつだ」
「なんだって?」
ゴリラがぐいと顔を近づける。
「そいつに連絡しろ。手に入れたものを持ってこさせろ」
「いや、ただ連絡しても動かない。おれとそいつは仲が悪いしな」
一回深呼吸。だんだんと落ち着きを取り戻し、松平は言う。
「うるせえ。なんとかしろ」
ゴリラがすごんだ。
「まあ、落ち着け。お前たちは氷川の探し物がどうしても必要ってことでいいんだよな」
「そうだ。それが井手口サンの出世にもつながる」
誰だそいつ、という言葉を松平はすっと呑み込み、
「わかった。じゃあ、協力してくれよ。あいつから氷川の探し物を持ってこさせてやる」
「どうやるんだ?」
「そうだなあ。とりあえず、おれのことを誘拐するっていうのはどうだ」
こうして、松平平太郎誘拐事件は、極めて地味に始まったのである。
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