7-9 浜井ヨコと松平邸

 なんかでかくて黒い車が、おい、と呼ばれた人に運転されてきた時点で察すべきだったが、到着した松平家はとにかく雑にでかかった。松平、と書かれた肉厚の表札にわたしはひれ伏したくなる。表札界のA5ランク、霜降り和牛の迫力である。松平の二字を目立たせるためにあるとしか思えぬ木の質感美しい門。門の上には瓦が葺いてあって、まるで訪れた人に覆いかぶさるよう。

 わたしが気圧されているのに気付いたのか、会長がこっそりわたしに言う。

「ペイペイの家、この辺の地主なんだよ」

 わたしは全てを理解した。氷川家捜索の際に土地勘があるとか言われていた理由とか、そういえばこの辺のアパートの名前、松平ってよく見る気もする、なんてこと。多分、方々に顔が利くのだろう。もしかしたら、ペイペイ先輩が捕まったと聞いても、会長にどこか時々余裕なところがあったのは、そういった事情があったのかもしれない。現に、とりあえず警察に連れられて事情聴取されていてもおかしくないペイペイ先輩はこうしてわたし達と一緒にいるわけだし。なんかよからぬ方向への影響もあるのかもしれない。

 でかい木製の門の向こうには砂利が敷き詰められていた。先を行くペイペイ父に倣って、その砂利の中に埋め込まれた、浮島になったような石の上を歩く。幼稚園生ぐらいの男の子なら喜んで石の上をジャンプしながら移動しただろう。

 砂利の隙間に当然雑草は一本と生えておらず、手入れが行き届いているのがわかる。そんな砂利の海の中、島のように植栽された木や草が堂々と枝葉を伸ばしてる。巨大な盆栽の中に迷い込んでしまったような錯覚さえする。そして、その奥にある瓦葺、そして真白な美しい壁の建物こそが松平宅、否、松平邸であろう。ザ、ジャパニーズ大豪邸である。

 引き戸の向こう、まるで旅館のように広い玄関が出迎える。多分十人以上が同時に靴を脱げるであろうその規模に、わたしの顔が勝手に引き締まる。

 そこで靴を脱いで家の中を通される。わたしの家とは大違い、家の外をぐるりと通されるタイプの廊下(?)に通される。おかげで、花の鮮やかさで魅せず、砂利と最低限の植栽で語る、あまりにも渋い庭の風景を見ながら、客間に到着する。畳が輝くその部屋に、まるでまだ生きているかのような力強さを感じさせる背の低い大きな木の机があった。その上にはまるでガラスの王冠のような灰皿が堂々と鎮座している。そして、机を囲むのが、座ることを躊躇わらせるつやつやした生地の座布団であった。ここに来て、漸く会長がこの松平家を近寄りがたく思っている理由が分かった。この家、高校生には早すぎる。

「どうぞお掛けください。夕飯がまだでしょう。用意させます」

「いいえ、お構いなく!」

 わたしは思わずそう口走った。この家の夕飯はお母さんが作った料理とはまさに次元が違うはずだ。だって、用意させるって、なんだ。

「いえいえ。せっかくのお客様なので」

 そういってペイペイ父はわたしの言葉を切って捨てた。仕方ない。わたしは会長と同じく、座るとふんわり弾力のある、しかし一度体重を掛ければそれ以上反発することはなく、心地よく足を包み込む不思議な座布団ついた。なんだこれ。ヨギボーで喜んでいる一般市民ども、お前たちは本物の座布団に座ったことがないだけなのだ。と、急に語りたくなってしまう恐ろしい座布団だった。

「さて、この度の一件なのですが」

 ペイペイ父とペイペイ先輩も座布団につくと、父の方がそう切り出した。

「この度は、息子がご迷惑をおかけしました」

 そういって頭を下げた。うわああああ、金持ちの謝罪って恐い。そもそも事情が分からなかったことが困惑に拍車をかけた。

「ご迷惑おかけし、申し訳ございませんでした」

 さらに、ペイペイ先輩まで頭を下げる。

「あの、そんな」

 わたしはしどろもどろになってそういった。

「あの、おじさん。そもそもなんですが、浜井も含め、自分もあまり事情を知らないんです」

 会長はわたしよりはまだ落ち着いてそういった。

「なるほど。そうでしたか」

 ペイペイ父は顔を上げた。

「平太郎、説明しなさい」

 そういわれ、よく見れば会長よりもわたしよりも緊張の面持ちのペイペイ先輩も顔を上げた。

「実は、大体全部、自演だったんです」

 そしてこの日、わたしと会長がぶんぶんぶんぶん振り回された一日がなんだったのか、さっぱりわからなくなる、この事件の裏側をペイペイ先輩は語り始めた。

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