7-7 二手に分かれよう

「とりあえず、時間がない」

 会長はすべてを仕切り直すべく、そういった。

「氷川のスマホを寄越せ。それでペイペイは解放される」

「リコーダーじゃなくて?」

 金木は拍子抜け、と言った表情でそういった。

「多分。リコーダーは関係ないっぽい」

「なんでだよ! 氷川先輩はあんなに真摯にリコーダーを」

「いいから。お前の家にあるなら取りに行くぞ」

「いや、待ってくれ」

 金木は首を振った。

「氷川先輩のスマホは、暴力団には渡したくない」

 金木は大分氷川先輩を慕っていたようだし、気持ちはわからんでもないなあ、とは思うが、この期に及んでそんな甘ったれたことを言う金木に一切同情の余地はないのは前述の通りである。故に、

「わけわかんないです。いいから出してください」とわたしは言った。

「いや、その……」金木は口ごもる。

「リコーダーのヒントってやつか? データ抜けばそれでいいだろ」

 会長はもっともなことを言った。

「違う。だってさ、氷川先輩のスマホ、開かないし……」

 鳴きそうな声でそういう金木を見て、なんとなく事情を理解した。

「パスワードとか指紋とか、そういうやつ?」会長が問うた。

「そう、です」

 悔しそうに金木は言う。

「だから、どこにリコーダーがあるのか、わかんなくて……」

「つまり、氷川先輩からスマホを預かっていたけど、パスワードもなにもわからないからずっと持ってたってこと?」

「そうです。だから、あんまり渡したくないって言うか……」

 うーん、クズ。

「とりあえず、時間も時間だし、井手口のところにはいかなくちゃいけないからなあ」

 と、会長はそういい、

「金木、自分のスマホだして」と、脅迫っぽく言った。

「はい」

 金木は素直に応じた。会長は金木のスマホを受け取ると、

「パスコードは?」と訊ねた。

「六九一一二五です」

「わかった。とりあえず、これもって井手口のところへ行こう」

「はあっ?!」

 金木は大声を出す。

「いや、流石にいろいろと、ないだろう」

 会長は複雑な表情を浮かべそういった。その通りだと思った。

「どうせ本物かなんてわかんないだろうし、その場なら大して確かめないだろ。中身見たって、同じ学校の生徒ならそう簡単にはばれないだろ。SNSだけ消しとく」

「いや、それは……」

 金木がつかみかかろうとするが、疲れているのか対して体は動いていない。会長は悠々とスマホを操作し、

「それに、もう意味ないかもしれないし」と付け足した。

「意味がない?」 

 わたしは思わず訊ねた。

「まあ、もしかしたらの話だから」

 それを聞きたいのですが。

「それより、金木、どうしますか。自分はこのままスマホ持って井手口のところ行きますが、浜井さんは金木にいろいろ聞いた方がいい気もするんですが……」

 その通りであった。金木は現在、氷川良哉殺人事件の最有力犯人候補である。執筆のネタを探しているわたしにとっては格好の餌である、が。

 金木を見るのも怖かった。体が勝手に距離を取ろうとしているし、気づけばわたしの両手は自分の肩を抱いていた。こんなやつどうでもいい、とは思いたかったが、体がそういうことを聞いてはくれなかった。

「先生、とりあえず金木捕まえておいてくれませんか。警察には突き出したいのですが、その前に氷川のスマホを回収したり、そもそもなんで持ってたのかとか、問い詰めないといけないことが多いので。警察に突き出したら聞けないことばかりだと思うので、その」

 会長はわたしの様子を察したのか、そういってくれた。やっぱり、金木とは正直、もう喋りたくはない。だが、金木しか知らない情報を持っているのは確かだし、そういった意味では警察に今、突き出したくないのは事実であった。こいつはネタの宝庫である。否、事件の鍵を握っているのは間違いない。

「え、いや、警察はちょっと」

 と、言ったのはなんと、金木ではなく先生であった。こいつはこいつでクズであった。

「お前達が問題起こさないようにおれだって頑張ったんだし、こうして浜井は一応無事だし。金木が全部正直に喋って、氷川のスマホ? と金木自身のスマホをお前たちに譲ったら、もう、いいってことにしないか」

 先生はつらつらとそんなことを言い始めた。お前もそうだろ、と先生は金木に言い、金木は首肯した。

「おれに免じて、ここは水に流さないか」

「金木が氷川のスマホを持っている理由、考えてみてください。奪ったんじゃないですか」

 会長は、誰もが思っていたことをズバッといった。

「違う、会長! おれはさすがにそんなことはしていない! これは、おれと氷川先輩の友情の証なんだ!」

 金木が叫んだ。

「そんなもん、誰にもわからないだろ。とにかく、事実が明らかになってからこいつをどうするかは考えます」

「わかった。とりあえず、こいつは宿直室に連れて行って、見張っとくけど、何が起きてんの?」

 遅れて先生は困惑の表情を浮かべている。

「っていうか、そもそも、なんで先生がこんなところにいるんですか」

「見てたからだよ」

 先生はわたし達の頭上を指差す。校舎の壁からにょっきりと生えた防犯カメラがあった。

「この学校、教員は許可さえとれば泊まりこむのは問題ないことになってるからな。お前たちの大好きなリコーダー事件は、当時の宿直の先生が犯人を逮捕したから、それ以来この学校では、教員が泊まり込みで学校にいることは『いいこと』って思い込みが深いんだよ」

 なんというブラック学校。否、自主的だからいい、のだろうか?

「じゃあ、自分達がいつか忍び込むと思って?」

「そうだけど」

 しれっという。ご苦労なことである。そしてあまりにも生徒を信用していない。

「だって、お前らほっといたらリコーダー研究会と文芸部のダブルで面倒だろ」

 潔さだけは認めてやりたい。

「それより、大丈夫なのか。いろいろと」

「あとで話します。とにかく、金木にも聞きたいことがあるのできちっと見張っておいてください」

「わかった。その代わり、警察沙汰は……」

「浜井が決めます」

「っえ」

 わたしの口から変な音が出た。

「氷川の事件の犯人かもしれません。場合によっては浜井が何と言おうと刑務所行きだと思います」

 あまりにも真っ当なこと会長は言う。

「先生は金木とスマホをお願いします。浜井さん、どうしますか。今日は帰りますか」

「いえ、井手口のところに行くなら、一緒に行きます」

 正直帰りたくて仕方なかったが、不思議なものでわたしはそう口走っていた。

「わかりました。嫌になったらいつでも言ってください」

 こうしてわたし達は、クズ教師アンドクズ生徒組と、そして急に良く喋る会長とわたしの二組に分かれることになった。冷静に考えるとなかなか正気じゃないし、金木は断罪されてしかるべきなきもしないでもないが、わたしはそうやって流れ流されていくのである――本当に?

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