7-6 男の誓い

「おーい、素直に謝れ! そうしたら浜井さん、許してくれるってよ!」

 会長は大声でそういった。わたしの了承はもちろんない。こいつはこいつで最低だな、とは思ったが、これ以上闇夜の見えない男たちのデスレースを開催しては、別の意味で本当に死人が出るかもしれないのだ。もはやどちらともつかない呼吸音が、どんどんどんどん細くなる。あれだけ激しかった足音が、今では大分疎らになっている。小さく軽くなっていく。そしてついに、

「ああっ……だぁっ……」

 冴えない気合の声がする。甲谷先生だ。多分、金木を捕まえたのだろうが、まるで吹き消えるような声だったので心配になる。先生だって四十後半ぐらいのいい歳である。例えデブの金木相手でも、負けることは十分にありえる。そう思うと、だんだん心配になってきた。だが、すぐに二人の男の荒い息が近づいてくるのがわかった。会長と私のスマホライトが、二人の大きな影を捕らえた。

 汗だくの金木と死にかけの先生が、二人が、肩を貸しあって歩いてくる。事情さえ知らなければ、この様を一幅の絵に収めたときの題名は、まさしく『戦友』で相違なかろう。

「大丈夫ですか、先生」会長が声を掛ける。

「あ、ああ、あっ、あー」声になっていない。

「金木? お前は?」

「ぃいーぃ、いー、いー」

 駄目そうだった。先生と金木はやはり同時に地面に倒れ込む。金木も、もう逃げることなどできないのは見ればわかった。会長は、大丈夫か、と優しい声を掛けながら金木に寄ると、そのまま彼のリュックサックに手をやり、無理矢理はがした。こわっ。あんたが一番やばいよ。

「浜井さん、ライト」

「あ、はい」

 会長の手元を照らすためにライトを当てる。予備なのか、巨大なゴミ袋がまた何枚か、そしてロープ、カッターナイフが出てきた。訂正、こいつが一番やばいわ。血の気が引く。わたしは今更ながらに足が震えてきた。

「先生、ライト変わってくれますか。浜井さんは休んでていいです」

 すぐにわたしの様子を察したのか会長はそういった。急に会長の優しさが身に染みる。先生がのっそりと起き上がると、無言で懐中電灯を会長へかざした。

 会長はそれを頼りにしばらく鞄をがさがさしていたが、

「こっちか」

 と、会長はすぐさま鞄を捨て、寝転んでいる金木の腹を踏んで動きを封じると、彼のポケットをまさぐった。

「なにすんだ、会長」

 やっと息が整ってきたのか、しかし金木は悲鳴のような声で言った。

「お前の言ってたヒントってどれだ」

「は、ははっ」

 金木は乾いた笑いをし出した。不気味だった。

「なんだ、どこにある」

「持ってくるわけないだろ」

「なんだと?」

「おれは、殺される前に全部わからせるつもりだったんだ。ぺろぺろリコーダー捜索研究会のことをバカにしているこいつを」

 そういう金木は、わたしのことを指差した。

「どういうことだ?」

「会長は騙されている。こいつが氷川を殺したんだ」

「え。そうなの?」

 会長はあっさりそんなことを言う。

「そんなわけないじゃないですか!」

 わたしは大声を出した。

「証拠はある。あるはずなんだ!」

 金木は必死でそういっているが、わたしには何が何やらさっぱりだった。

「会長、そいつの正体がわからないのか」

 金木は必死で何かを伝えようとしている。その様を見ると、少しは同情してあげてもいい絵面だった。同情ポイント、プラス六十点である。だけど、わたしを犯人扱いしやがったのでマイナス千点、そして背後から襲いかかろうとしたこと、鞄の中身があまりにもやばすぎるのをわたしはもちろん覚えているのでさらにマイナス一万である。残念だけど同情の余地が消滅した。

「だからなんだって」

「わからないのか。氷川先輩のダイイングメッセージはこいつが犯人だって言ってるんだぞ! こいつは氷川先輩を殺した後、証拠を消すためにぺろぺろリコーダー捜索研究会にやってきたんだ」

「証拠ってなんだ」

 会長は訝しむ。

「氷川先輩が、おれに残した、何かあったときに使う、っていって、残してくれた、スマホだ!」

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