7-5 男の戦い
「後ろだ、浜井!」
大声に導かれるまま、わたしは振り返った。
「うげっ」
情けない声がして、相手がひるむのが分かった。スマホのライトが目を直撃したからであろう。運のないやつめ。相手は大きなビニール袋を持っており、どうやらそれをわたしにかぶせるつもりだったらしい。
「逃げろ!」
そうは言われても、そこから先は機敏に動けなかった。なにより、そもそも何が起きたのかもよくわかっていなかったのだから仕方ないとは思う。だが、相手が背を向けた瞬間、わたしは全てを理解した。でも残念なことに怒るとか怯える以前に体が全く動かなかった。不思議だった。
――それ、腰が抜けたって言うんだよ。
と会長が後日解説してくれた。どうやらそうらしい。確かにその時、気づけばわたしは仰向けに倒れ、せいぜい上体を起こしたまま動けなかったので、そうかもしれない。でも、なんか認めたくないという気持ちがわたしにはある。ゆえに、事実だけこうして記しているわけである。だから、わたしはあくまでちょっと倒れた状態で、逃げていく袋男を見ていたわけである。
そんなわたしの横をどったんばったんと駆け抜けていく影があった。滅茶苦茶に懐中電灯の光を振り回しながら袋男を追いかける。凄まじいレースであった。運動に不向きな体系の袋男はすぐにへばったらしいが、それを追いかける懐中電灯の男もまた、運動慣れしておらず、すぐにへなちょこな走りになった。わたしはそのへなちょこをしばらくスマホのライトで照らして様子を把握していたが、やがてライトが届かなくなると、夜の校舎に男たちの激しい息遣いだけがこだまする。
「あ、浜井さん。大丈夫ですか」
呑気に会長が現れた。電話してくれていたし、心配はしていたに違いないが、へたへたと小走りにやってこられては緊張感がない。
「大丈夫です、けど、なんか立てなくて……あ、大丈夫です。大丈夫でした」
立てた。案外こういうものはあっさりらしい。
「何があったんですか」
会長は訊ねた。
「金木です」
わたしはとりあえずそういった。そして、そういっただけではなにも伝わらないことに気付いた。
「金木が、多分襲い掛かってきました」
「マジかよ。ないわー」
ほんとだよ。っていうか、わたし今、滅茶苦茶ピンチだったのでは? 今更ながらにそう思った。だけど、それにまつわる恐怖心が一切ないのは、唐突に現れたもう一人の男のお陰だろう。
「で、なんとなく声でわかるんだけど、もう一人は……」
会長は少し困ったような表情を浮かべていた。困っている、というよりは困惑しているのだろう。わたしも、あの人がこうして現れたのは少し驚いている。あまりにもやる気のない人物に思えていたからだ。
「はい。今、金木を追いかけまわしているのは、甲谷先生です」
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