6-10 浜井ヨコの失敗
かくして、交渉は完全に決裂した。わたしは時間を確認した。十九時十一分。ペイペイ先輩の今をつい考えてしまう。敷島サンだか井手口だか知らないが、そんなヤバいやつらに詰められてかわいそうだ。こんなことなら、柏木サンのところになんていかずに、一か八か井手口のところへリコーダーをもっていけばよかった。
ペイペイ先輩との思い出は特にこれといって存在しないが、それでも多少の責任は感じる。あの柏木サンのような怖い人に椅子で縛られ脅されれば、もうそれは生きた心地などしないだろう。それに、その立場が自分だった可能性も十分ある。
会長とわたしは喫茶店ナイトクルーを後にしていた。今はとぼとぼと帰り道である。時間を確認していたスマホの画面を切ると、真っ暗な画面に切り替わる。そこに、責任感と同情心で暗い顔になっているわたしの顔が映った。
そして、通知画面に切り替わる。誰だろう。お母さんだろうか、と思ったが、萎える名前だ。金木、と表示されている。一応ね、ということでわたしは不本意ながらぺろぺろリコーダー捜索研究会のグループメッセージに加入させられている。それを使って、個別にメッセージを送ってきたらしい。全員に送ればいいのに、個別なんてちょっと怖い。が、とりあえず中を見て見る。
『会長に連絡がつかないんだが?』
わたしに用があるわけではなかった。
「会長、金木、さんが何か言ってます」
わたしは自分のスマホを指差し、親切に教えてあげた。
「え? 通知は全然来てないけど……あ、電源切ったままだ」
映画館かよ。でも、気持ちはわかる。むしろ、何もなかったからいいものの、柏木サンの目の前で粗相がないように事前に言ってほしかったとも思った。
「え、うわ、めっちゃメッセ来てる」
会長は一人狼狽え始めた。
「わー、キレてる。どうしよう」
「どうかしたんですか」
「会室にリコーダーがないことにキレてる」
「あー」
わたしは全てを理解した。
「四十二件も送ってくんなよ」
かわいそうに。
「あ、電話も来てる」
かわいそうに。
「スタンプ連打するなよ」
かわいそうに。
「ん? どういうこと?」
会長の声色が変わった。
「どうかしたんですか?」
わたしの質問に答えず、会長は足を止めた。
「エラいことになった」
困惑の表情で会長は言った。
「なにがですか」
「リコーダーが見つかるかもしれない」
会長はあっさりとそういった。
「……え、待ってください、はあ?」
わたしは一人で混乱した。だが、会長はいたって平静に見える。
「金木が持ってたってことですか」
「違う。でも、あいつはリコーダーのヒントを持ってるってさ」
これまたあっさりである。
「会長、でも、リコーダーなんて」
「ヒントを持ってるってのが気になる。氷川からヒントを口頭で聞いていたらそういうし、持ってるってことは、なにかのメモか、もしかしたら」
「スマホ、ということですか? そんなことって」
わたしは動揺を含んで言う。話が出来過ぎている。
「金木は教えてくれないんですか」
それがスマホなのか違うのか。
「聞いてもいいけど、全部説明するの難しくない?」
情けないことを会長は自信たっぷりに言った。一方、今日あったことを全部伝えるのも、特に、信じてもらうのは大変だとも思う。
「とにかく、氷川からヒントを受け取っているから、一緒に学校でリコーダーを見つけて、ペイペイに持っていこうって言ってる。偽物で失敗したらどうする、だってさ」
金木もきちんと現状は把握していて、一人の少年が危機にあることはわかっているようだった。今朝の時点で金木も会長と同内容のメッセージは受け取っているので今更だが、やはり井手口はペイペイ先輩のスマホからぺろぺろリコーダー捜索研究会の関係者にメッセを送り『氷川の探していたもの』を持ってこさせようとしているのだ。そして、それを読んだ金木は当然、井手口の目的はリコーダーと勘違いしているのだ。ややこしい。
「それでも、頑張って金木に全部説明して、一人で人質交換に行ってもらいましょうよ」
わたしは最もシンプルなプランを提示した。
「それでもいいけど、あいつ、説明の最中にどこでへそ曲げるかわからないし……」
確かにあいつは、ちょっと怖いぐらいに情緒不安定だった。
「あんまり刺激しないで、金木の言う通りに行動しつつ、スマホを手に入れるのが一番だと思う。それに、金木に全部任せても、あいつが日和ってスマホを渡さなかったら、ペイペイも無事じゃないし、浜井さんだって安心できないんじゃないですか」
うーん、確かに。
「とにかく、じゃあ、学校に行って直接確かめるしかないってことですね」
兎にも角にもペイペイ先輩にこれと言って恩義はないが気の毒なのは確かだ。助けてあげられるならそれが一番いいだろう。
「でも、ちょっと考えたい」
ところが会長は、薄情なことを口にした。
「どうしてですか? さすがにペイペイ先輩が可哀想ですよ」
「それは、そうかもしれないんだけど……」
会長は歯切れの悪い言葉を言う。
「氷川の事件、犯人、そういうことなんじゃないか」
「え?」
驚きの声を上げつつ、わたしは瞬時に理解した。
「え、会長、さすがにそれは、なくないですか」
わたしは反射的に言う。
「だって、金木さんは……」
金木さんは、なんだろう。氷川先輩はずっとリコーダーを探していて、深夜の学校に忍び込んでまで何かをしていた。そして、金木は自他ともに認める朝霧夕都の大ファンで、彼もまたリコーダーを探していて……もしも氷川先輩がリコーダーのヒントを持っていたら、やることは一つ、だったのだろうか。
「待ってください、証拠は、証拠がないから……」
そうだ、動機はあっても証拠はない。
会長はずっと、顎に手を当てて考えている。わたしの言葉がどれくらい耳に入っているかもわからない。その様子をみて、わたしはふと気づいた。
「もしかして、あるんですか」
思い当たる節はあった。そもそも会長は今日、わたしに土岐先輩のインタビューをさせている間、やることがあるといってずっと一人だった。その間に何もしていないとは考えずらい。
「違う。金木は金木で、確かにおかしなやつだがそうじゃない。実は、昼間にちょっと学校抜けて、ペイペイの家というか、松平家に行ってきたんだよね」
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