6-8 最後の手段

 会長は、結局憔悴しきっていた。彼は、いろいろ頑張ったのだ。だが、どうみても気力・体力がある方ではない。そんな彼が、いろいろ頑張ったのだ。いろいろ頑張ったが、限界があった。もはや多くは語るまい。わたしは、そんな会長に、

「お疲れ様です」

 ということしかできなかった。

「駄目でしたが、リコーダーを、用意しました」

 ぺろぺろリコーダー捜索研究会の会室でわたしを待っていた会長はそういった。

「どうやってですか」

 口では言ったが、わたしの視線は会室の棚の上、ガラスケースに向いていた。大事そうに飾られていたリコーダーがあったはずだが、なくなっていた。

 さすがにわたしの視線に気づいたのか、会長も一瞬、ガラスケースを見、

「これは、この会が創設された日、これと同じものを見つけるという覚悟の元、先輩たちが発注して作ったと伝え聞くレプリカです」

 会長は、鞄の中から一本のリコーダーを取り出した。彼がリコーダーを傾けると、名前が彫ってある。『朝霧夕都』とあった。

「これをもっていって、井手口サンとやらに会ってくる」

「え? 井手口サン?」

 わたしは変な声を上げた。

「なんか、すっごく偉い不良って自分で言ってる」

『言っておくが、おれは敷島サンの右腕、井手口だ。リョーヤが隠していたものを素直に持って来い』

 メッセージにはそう書いてあった。どうやら会長は、ずっとこのペイペイ先輩のスマホを使う不良どもとやり取りをしていたらしい。

「井手口って人、一応偉くはなってたんだ」

 わたしの口から、ついそんな感想が漏れる。

「土岐からは何か聞けましたか?」

 会長は訊ねた。

「はい、どうやら氷川先輩は柏木サンっていうあんましよくない人が上司みたいだったそうで、その指示でいろいろ動いていたみたいです」

 わたしはノートを開くと、会長に見せた。

「柏木サン、か。その人は会話に出てこないな。そうか、この井手口ってやつがずっとおれと話しているみたいなんだが、こいつは、ウチの生徒だったのか」

 しかも元サッカー部、と会長はつぶやく。

「あ、そうです」

 隠しておくべきかとも思ったが、今更になってしまった。

「井手口の上には敷島サン、か。気になるけど、訊いてしまうと逆に面倒だし」

「わたしはてっきり、柏木サンの仲間が氷川先輩の仕事を引き継ごうとしていると思ったんですが、違う感じですかね」

「そうですね。『井手口』がメッセで嘘をついているとか、そもそもメッセの相手が井手口じゃないとか、そういうややこしいのを抜きにすればそうです。井手口は、単純に氷川の仕事を知ろうとしている、あるいは」

「手柄的な? やつを取ろうとしているって、そういうことですよね」

「おれはなんも知らないのに」

 会長は、はあ、とため息をついた。それには同感である。わたし達はとにかく外野なのだ。それもこれも、うっかり氷川の地元で変な聞き込みをしたり、うっかりペイペイ先輩が捕まってしまったことに起因するが。

「いろいろ仕方ないけど、自分達にできるのは、このリコーダーが氷川の最後の仕事だ、っていって井手口に渡すだけだな」

 会長はまたため息をつく。気持ちはわかる。

「場所とか時間は決まってるんですか」

「十九時に南層山公園。やるしかないよなあ」

 会長は見るからにいやそうである。

「それ、わたしもついていっていいですか」

 わたしは、意を決した。

「え、なんで?」

 会長は案の定目を丸くする。

「別行動しても、ろくなことなさそうじゃないですか。わたしが別で大変なことになったら、会長どうするんですか」

「それもそうだけど……」

 会長は困った風に言う。言った通りの懸念はあるが、それ以上にわたしは、この事件に興味があった。リコーダーさえ渡せば、どうにかなる、はずなのだ。なにせ、氷川良哉の探していたものと言えば、リコーダー以外に思いつかない。井手口だってそうに違いないのだ。

「もう、十八時になりますよ」

 わたしは時計を指差した。

「そうですね。早いけど出ましょう。暗くなると不利ですし」

 会長はそういって立ち上がる。わたしもそれに続いた。そして、彼がドアノブをひねる、と、うわっ、と悲鳴を上げた。

「井手口のところ、行くんですか」

 ドアの向こうに立っていた少女がそう言った。

「え、マネージャー、さん?」

 わたしは驚きをもって彼女に訊ねた。

「さっきはどうも。それより、どうなんですか」

「え、あ、はい、そのつもりですが……」

 完全に会長はキョドっている。わたしもそうしたかった。なんでサッカー部のマネージャー、文藤さんがここにいるのかわからなかった。

「それ、やめてもらいたいんです」

「は、はい?」

 会長は口をあんぐり開けて固まってしまった。

「なにを、ですか?」

 わたしが代わりに訊ねた。

「井手口のところに行くことです。全部廊下で聞いてました」

 なんということを。

「どうしてですか」

「サッカー部が困るからです。リコーダーだか何だか知りませんが、それが原因で井手口の地位が上がれば、復讐目的で部長やサッカー部に迷惑をかける可能性があります」

「でも、そうは言われても」

「あの、ご存知かもしれませんが、実は大変なことになっているんです。松平先輩が……」

「知ってます。土岐部長には秘密ですが、浜井さんの様子が変だったので、お昼に部長と話した後、気になって井手口と連絡を取りました」

「え? 待ってください、それって?」

「浜井さん、聞いてください。あいつは、あなた達を脅して、氷川の探していたものを手に入れ、独断で柏木サンに取り入るつもりだそうです。実は最近、氷川は何らかの方法で大金を手に入れる方法を見つけたそうで、事件の前にそれを自慢していたそうです」

「は、はあ」

 わたしは頷くことしかできなかった。

「じゃあ、どうすればいいんですか」会長が訊ねる。

「それが……柏木サンがよくいる喫茶店があります。そこに行ってください。柏木サンなら井手口に大きなことはさせないと思います」

「あの、なんでこんなことを……」

 わたしはつい、訊いてしまった。

「部長のこと、かっこよく書いてくれるんでしょ」

「ええ、はい」

 わたしはつい、そう口走った。

「なら、それでいいです。それと」

 マネージャーさんは少し間を置いた。

「サッカー部を、部長を守るためですよ」

 なんかこの人一番怖いな、とわたしは思った。

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