6-6 会長と警察
今更ながらに、ペイペイのコネは凄いと思う。
「こんにちは。先ほどお電話した者です」
「あ、導大寺高校の。研究会の会長さんだっけ。こんにちは。松平さんから聞いてますよ」
学校の制服を見て、相手はすぐにピンと来たらしい。相手はTシャツに短パンというラフな格好だが、顔にはおれも見覚えがある。彼は交番にいつもいるおまわりさんだ。それも、学校から一番近い交番である。この交番は家とくっついており、いわゆる駐在所、というやつだそう。目の前の警察官の名前は増田幸一。ペイペイ曰く、朝霧夕都の使用済みリコーダー盗難犯、堀越清太を逮捕した本人である。ペイペイに頼んで、ちょっと前に話をつけておいてもらった人物だ。といっても、本人は今日『用事』で来られないが。
「なんだっけ、小説書くんだっけ? 松平さんから聞いてるよ」
増田は駐在所前でおれを出迎えた。
「はい。もちろん名前は伏せますが、それをモチーフにしたミステリーを考えています」
おれは適当に答えた。
「あんまり、業務に関係することは答えられないけどそれでいいかな。待って、ここで話すと、あいつがうるさいからな」
ちら、と増田は駐在所の中を見る。ちゃんと制服を着た警察官がいる。今日、きっと増田は非番、という扱いなのだろう。
「わかりました。離れましょうか」
「そうだな。散歩でもしながら話そう」
もうね、おれの趣味はこれくらいしかないんだ、なんて増田は言った。彼は大分歳のいってそうな男であった。もしかしたら、そういえば、もう定年が近いのかもしれない。
「で、あの、当時のことなんですが」
「ああ、そうだな。といっても、別に特段珍しいことはなかったけど」
「ですが、実は、緊急でリコーダーを探してまして」
「リコーダーか」
増田の顔に影が差した。
「ますます僕の出番はないと思うけど」
「そうでしょうか。実は、一つ、気になっていることがあるんです」
「気になっていること?」
「はい。捕まえたときなんですが、誰がいましたか」
「誰って、堀越と、あとあの先生だろう」
「ほかには、いませんでしたか?」
おれは訊ねた。
「他に?」
増田は怪訝な顔をする。
「そうです。あと、堀越なんですが、捕まえた直後は何か言ってませんでしたか」
「そりゃあ、例の台詞で五月蠅かったが」
「いつまで叫んでましたか」
「うーん、さすがに学校の外に出たら叫ばなかったぞ。その後もずっとだ。おれも取り調べは苦労した」
「そうですよね」
「どういうことなんだい、探偵さん」
茶化す様に増田は言った。
「あと、もう一つだけ。犯人の引き渡しはどこでしたか」
「引き渡し?」
「そうです。犯人をどこで桜井先生から引き取りましたか」
「学校の入り口だな」
「それは、正門ですよね。駐在所から真っすぐ行ったら……」
「そうだ」
「あー、それはそうですよね」
おれは露骨に落胆してしまった。
「なんだい。ご期待には沿えなかったのかい」
「まあ、そうですね。実は、犯人は二人いると思ってるんです」
「二人?」
増田は大きな声を上げた。
「そうです。例の台詞、あれ、冷静に考えると意味が分からなくないですか」
「リコーダーを探せって奴かい」
「そうです。学校には、桜井先生と犯人しかいないのに、なんで探せなんて言うんですか」
「それは、そうだが。単純に、面白がってるだけじゃないか。現に、お陰で当時、この学校、否、地域は相当盛り上がったぞ。警察だって大忙しだ。新聞でもあのセリフは見出しに使われたりしたしな。堀越の名前も一躍有名になった。それが目的じゃないのか。捜査だって、野次馬のおかげで相当乱れたんだ」
「確かに、盛況だったのは知っています。ですが、それはたまたまだと思っています」
おれははっきりとそういった。増田の表情がこわばる。
「すみません。変な話をしてしまいましたね。ありがとうございます。参考になりました」
「そうかい。あまり力になれなかったようですまないね」少し機嫌が悪く聞こえるのは気のせいか。
「いえ。大丈夫です。ご協力ありがとうございました」
おれは頭を下げる。
「あ、それともう一つなんですが」
「はい?」
「帰るついでに伺いたいのですが」
おれは言う。
「桜井先生の様子、気になるところはありませんでしたか?」
「気になるところ?」
増田は首を傾げた。
「何もなかったと思うが」
「例えばなんですが、すごく疲れていそうだったとか、ないですか」
「それは、そうだろう。疲れているに決まっている」
「でも、駐在所から学校までは十分ぐらいです。捕まえた後、それくらいあれば息は整いますよね。どうでしたか?」
「そういわれると、ちょっと顔が赤かった気がするな。その後、聴取もとったが、言われてみるとずっと興奮気味だった気はする。でも、ただの先生が犯人を逮捕したんだぞ。そうなっても仕方ない」
「そうでしょうか。なにか、特別な状態にあったとか、考えられませんか」
「どういうことだ?」
「いえ。変なこと訊いてすみませんでした」
おれは謝った。もちろん、形だけ、だが。
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