6-5 土岐宗司2

 とにもかくにも相手を知らなければならない。会長は別口で対策を考えるといっていなくなった。自分にいい考えがある、だそう。大丈夫かなあ、という疑念はともかくとして、わたしにも役割が出来た。

「すみません。お昼にお呼び立てして」

「いいよいいよ。今日は昼練無い日だったし」

 再びのサッカー部の部室。再びのマネージャーさん仁王立ち。再びの土岐宗司先輩へのインタビューである。

「それで、なんだっけ」

 覚えているであろう癖に、にやにやしながら土岐先輩は言う。

「土岐先輩をイメージしたキャラが活躍する方向で、例の事件の小説をまとめようと思うんです」

 わたしは大ホラを吹いた。

「リコーダー捜索研究会にも会ってきたんですが、彼らじゃやっぱりしっくり来ませんでした。やっぱり、ダイイングメッセージの発見者である先輩がびしっと犯人を捕まえる作品にしようと思いまして。周りに相談してもそれがいいと評判だったんです。だから、もう少し詳しくお聞かせいただければな、と」

「そうそう。そうだったね」

 このことは女子マネージャーさんの文藤さん経由で事前に伝えてある。土岐先輩にもう一度連絡を取りたくなった時に備えて、文藤さんの連絡先は訊いてあった。先輩と直接連絡を取ろうとしたら間違いなく、次に校舎脇で伏せるハメになるのはわたしだからだ。

「それで、ストーリー的に、氷川先輩と付き合いのあった、あんまり素行のよろしくない人たちとの対決で盛り上げたいんです」

「え、そうなの?」

 先輩の顔に影が差す。少しだけ、しまった、と思った。でも、ここで止まると話が変だ。

「ぺろぺろリコーダー捜索研究会では、先輩のライバルにふさわしくないと思ったんです。みんなオタクで正直言って敵キャラは務まりません。最初は容疑者は彼らなんですが、先輩の推理で真の敵を暴くんです」

 わたしは事前に用意した出まかせを披露した。この小説、誰が主役なのか、犯人なのか、わたしにもまだわからない。

「まあ、そうだよな。あいつらじゃどうしようもないからな」

 先輩は納得した。

「と、いうわけなんですが、あまり氷川先輩のよくないお友達には詳しくなくて。危ないとは聞いていますが、少しでも詳しく、その辺りを教えていただけませんか」

 これが肝心だった。もう少し相手のことを知りたい、というのは会長とわたしも同意見だった。この土岐宗司というサッカー部部長、自分が第一発見者であること、ダイイングメッセージを発見したことを楽しそうに言いふらしていると評判である。適当におだてていれば、氷川先輩の背後にいる組織のことを簡単に吐き出す算段だった。

「うーん、氷川のかあ」

 しかし、先輩は思ったよりも渋る。

「お願いです。土岐先輩しか頼れる人がいなくて」

「でもなあ」

「それに、情報提供者はぼかしますし、もちろん組織や登場人物の名前も全部変えますから」

「別に、おれはそういうのにビビってるわけじゃない」

 先輩はむっとして言った。

「そうですよね。わかってます。大丈夫です」

 わたしは慌てて宥める。

「ただ、少し厄介なんだよ」

「厄介、というのは?」

「辞めた部員が関わってんだよね」

「辞めた部員、ですか」

 なるほど、本人のことではなく、部活全体のこととなれば部長である土岐先輩が気にする気持ちもわかる。

「去年まで、井手口って部員がいてさ。そいつが敷島サンっていう半ぐれ集めてる人と仲良くて、まあ、仲いいだけならよかったんだけど、ついに詐欺にまで手、出しちゃったんだよ」

「それは、ヤバいですね」

「そうなんだよ。まあ、おれも全く気付かなかったんだけどさ。ただ、気づくきっかけになったのが氷川だったんだよ。突然去年の九月ぐらいかな、井手口がボロボロになっててさ。びっくりしたから話聞いたら、氷川にやられたって」

「氷川先輩が、ですか」

「そう。あ、井手口がそういうのとつるんでたのはもちろん内緒で」

「はい。わかってます」

「それまでは氷川のことはちょっと良くない、ぐらいだったんだけど、井手口によると、卒業したら上寺元のイイ組織に内定出てるぐらい実力があるらしくって」

「マジですか」

 自分の学校にそんないろいろと『すごい』生徒がいたとは信じられなかった。しかも、その生徒がぺろぺろリコーダー捜索研究会にいるというのがさらに驚きだった。氷川先輩が何を考えていたのか全くわからない。

「敷島サンの詐欺のやり方か、扱ってたものがよくなかったらしくって。氷川の上に柏木サンっていう偉い人がいて、そいつの命令で氷川が詐欺の関係者を全員制裁して回ってたらしい。おかげで井手口は半殺し。本人に相談の上、サッカー部は辞めてもらった。本人も反省してたけど、部にそういうのがいるってなると、大会とか出られなくなるし」

「な、なるほどです」

 わたしはノートにこそこそとメモを取る。不良たちの生活も大変である。

「つまり、氷川先輩の背後には、上寺元のあれな人たちが関わってるってことですね」

「そうだな。柏木サンって人のレベルでもうあんまり触れない方がいいらしいから気を付けてな」

 といいつつ喋ってしまうのがまた高校生なのかなあ、なんて思ってしまうわたし。

「えっと、敷島サンって人は、今は?」

「いるよ。詐欺は失敗したけど。今でも南層山あたりで人を集めてるってさ」

「そうなんですね。ちなみに、最近氷川先輩に、その柏木サンが何か依頼してたとかは、ご存じないですか」

「それは知らない。氷川のことも井手口から聞いただけだから」

「ちなみに、井手口先輩は、今どうしてますか」

「井手口は退部と同じぐらいの時期に退学した。その後はもう知らない」

 恐い世界である。だが、これで井手口先輩を伝って更なる情報収集を、などは難しいことが分かった。

「あ、そういえば、氷川が急に伸び始めたのは、事故の後って聞いてるな」

「事故の後?」

「そうそう。井手口が言ってたよ。あいつの両親が亡くなった後辺りから、急に柏木サンに可愛がられ始めたって」

「なんででしょうか」

「さあな。井手口はそもそも敷島サンの仲間であって、柏木サンの仲間じゃないから、それ以上は話は聞いてない。もう、おれも井手口とは全然やり取りないしな」

「そうですか。ちなみに、この学校に柏木サンや敷島サンのお仲間って……」

「多分いないと思うけど。なんで?」

「いえ、そういう人に関わるの、恐いので」

 今更だけど。

「そっか。おれの知る限りはいないな。まあ、多分大丈夫だと思うけど、何かあったら相談してよ」

「はい。でも、恐いからこれ以上は調べないと思います。とにかく、氷川先輩の後ろには柏木サンって恐い人がいて、それと敵対している敷島サンがいる。リコーダーは……まあどうにでもなると思うので、頑張ってお話書きますね」

「期待してるよ」

「はい、頑張ります!」

 わたしは元気よく返事をした。これから、その柏木サンたちと関わる羽目になるというのにね。

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