6-4 事件がきた

 一日を振り返ると、そこそこ密度があったと思う。

 わたしは部長からもらったノートを開き、今日あったことの確認をする。


・会長とペイペイ先輩とリコーダーを探しに出て氷川先輩の家に行く。

・氷川先輩の親戚に会う。

・ガラの悪いヤカラに絡まれる。

・会長と少し喋った。


 小説のネタとしては悪くないだろう。多分。

 そして、ぺろぺろリコーダー捜索研究会の面々はともかくとして、わたしの目的は文集執筆のネタ集めである。そこで登場人物を眺めているわけだが、依然としてわたしの中では研究会が怪しいとは思っている。

 会長やペイペイ先輩はリコーダー探しに興味なさそうなのに、今日もがっつり付き合ってくれたのは、わたしが変に真実に近づかないため、と考えるとしっくりくる。特に、会長なんてアイドルの数字にしか興味がないという奇天烈な奴である。それがリコーダー探しを手伝ってくれる理由はよくわからなかった。ペイペイ先輩はリコーダーどころかアイドルにも興味のなさそうな生徒である。それが今日、わざわざ学校外まで出向いてくれたのは怪しい。

 ついてこなかった金木も変である。リコーダーが気になるならついてくればいいのに、そうしないのには訳があるはず。

 顧問の甲谷とかいう先生も、まあ気持ちはわかるが、捜査は避けてほしいといっていた。怪しい。

 そして、さらに今日、怪しい人物が増えに増えた。

 自称、氷川先輩の叔母、メイさん。

 それと、着崩し制服男子生徒とタンクトップゴリラ。

 特に後ろ二人は氷川先輩を探るわたし達を気にしていた。氷川先輩の事件にかかわっているのは間違いないだろう。メイさんも二人に関係している可能性がある、と会長は読んでいた。わたしもそうだと思う。つまり、

「全員容疑者じゃん」

 というわけで、わたしの捜査は難航していた。全員怪しいよ。

 でも、ネタが集まったので、ここいらで適当に犯人を捏造し、それっぽく仕上げる、というペイペイ先輩の案を取り入れてもいい。何らかの思惑はありそうだが、会長やペイペイ先輩は一応わたしに協力的だし、ぺろぺろリコーダー捜索研究会という気持ち悪い名前の研究会に所属しているとはいえ、みんな普通にいい人だと思う。氷川良哉殺人事件の犯人から、彼らは外してあげてもいい気がする。

 となると、このメイさんと着崩し、ゴリラの三人が犯人か。だとすると、背景が足りない。明らかにこの三人の後ろにはもう少し大きな『ソシキ』があるに違いない、とハイローやトウリベで学んだわたしの知識がそう言っている。名探偵コナンにも黒の組織がいるものだ。だが、今回の場合、それはなんだろう。

 やはり、物語としてはぺろぺろリコーダー捜索研究会が犯人の方が面白いかもしれない。そうでなければ、この着崩しやゴリラを犯人にするのは難しい。

「もうちょい、こいつら近寄ってこないかな」

 なんて独り言が出るほど。

 悩ましい。本来であれば寝る前のこの時間は適当にスマホでSNSをチェックしているだけだったはずなのに、今、わたしは机の前でこめかみをぐりぐりやっている。一昨日では考えられない姿だ。でも、それが悪いことには感じない。むしろ、ちょっと楽しい。本当の犯人を見つけるにせよ、架空の犯人の小説を作るにしても、考えることが楽しかったし、悩むのも面白い。そう感じていた。

 ところで、世の中には言霊、なんていう言葉があって、そうそう不謹慎なことを言うものではない、なんて言われている――その通りだった。

 事態が面倒なことになったことがわかったのは、次の日だった。

『ペイペイの行方、知らない?』

 朝、起きてスマホを見ると、会長からそんなメッセージが着信していた。

 知るわけがない。わたしは、知らないです、と送って、学校に行く。

 学校につくと、わたしの教室の前で顔が真っ青になったぺろぺろリコーダー捜索研究会の会長がいた。

「まずいことになった」

 わたしのいる家政科の女子の比率はほぼ百パーセントである。そんな場所で会長が右往左往しているのがまず凄かったが、それはともかくとして、この状況からして、嫌な予感がした。会長が良い知らせを握ってこんなところにいるとは思えなかった。

「どうしたんですか」

「ちょっと来て」

 会長はそういってわたしの肩を叩く。人通りの少ない階段脇で足を止めた会長が口を開く。

「ペイペイが捕まったっぽい」

「え、警察ですか?」

「いや、昨日の奴ら」

 思考が停止した。何を言っているんだろう。昨日の奴らとは制服着崩しとタンクトップゴリラだろうか。

「昨日の奴って、あのガラの悪い……?」

 会長は頷いた。

「多分、あいつ一人で逃げだしたから怪しいって思われたんだと思う」

 あまりにも自業自得だった。

「今朝、これが送られてきた」

 会長がスマホを突き出す。ハイローとかトウリベでしか見たことがない、椅子に縛られたかわいそうな人が先輩のスマホに表示されている。ただ、ハイローとかトウリベと違うのは、縛られているのが見知った顔、すなわちペイペイ先輩な所である。

「なんですかこれ」

 会長は無言でスマホを操作する。

『お前達の仲間を捕まえた。リョーヤが探していたものを用意しろ』

「警察に言いましょうよ」

『警察に言ったら殺す』

 部長は画面をスクロールさせて、新しいメッセージを見せた。

 どっちをだろう。会長かな。それともやっぱりペイペイ先輩かな。まさかとは思うけど、お前達の仲間ってさっき書いてあったし、わたしもかな。

「なんですかこれ!」

 わたしはもう一度訊ねた。否、悲鳴を上げた。

「朝、起きたらペイペイのスマホからこれが来た。あいつ、昨日の変なヤカラに捕まったっぽい」

 会長はパニックになっているのか、ついさっきも聞いたようなことを言った。

「マジですか」

 わたしは唾をのんだ。事態が厄介になっている。

「あの、金木さんは?」

「あいつにも同じ連絡が行ってるってさ」

 確認済みだった。一応無事なので、そこは安堵しておく。

「だったら、金木さんにも相談したほうが……」

「でも、無事なのは分かったけどそれ以降返事がない。もしかしたら、巻き込まれたくないから家に籠ってるんじゃないか。もしくは、あいつなりにリコーダーを探しているのかもしれないけど」

 ペイペイ先輩と金木は仲が悪そうだったので、リコーダーを探しているのはないと思った。

「あの、そのメッセに書いてある、用意って、何を用意するんですか? まさか」

 会長が何を考えているのかはわかるが、一応訊ねた。

「……やっぱり、リコーダー?」

 会長は弱弱しく言った。最悪だった。

「在処、わかってるんですか」

「わかってたらウチの研究会、潰れてるよ」

「ですよね」

 会長は、はあ、とため息をついた。

「どうするんですか」

「まあ、そのうちペイペイの家が何とかするとは思うけど」

 会長は急にドライなことを言い始めた。確かに、結局のところ高校生ではなく、こういうことは大人に頼るのが一番である。

「でも、その前に浜井さんとかが困るのもあれだしなあ。帰り道とか怖いでしょ」

 会長は、一応気にしてくれているらしい。

「それはそうですけど……ちなみに、ペイペイ先輩は、いつ、どこで捕まったんですか」

 わたしに害がある可能性があると聞けば、この辺はまず知っておきたいと思った。学校や家まで押し入られるようなら逃げ場はないので、うーん、どうしよう。

「多分、今朝、学校行く前だと思う。昨日の夜中、一応メッセージでやり取りしたから」

 会長がスマホを操作し、わたしに見せる。

『なんで逃げたんだよ、今日』

『え、だって怖いじゃん』

[ちいかわのスタンプ]

[ちいかわのスタンプ]

[ちいかわのスタンプ]

[ちいかわのスタンプ]

「元気そうですね」

 わたしはやり取りの感想を素直に言った。昨日の二十二時十二分に行われたやり取りだ。これを着崩しやタンクトップゴリラが送ったとは思えない。

「で、捕まってる写真が来たのが今日の朝八時。まあ、そういうことだと思う」

 でしょうね。

「それで、どうするんですか。何もしないんですか」

「警察には、って話だし、家族には言っていいのかなーって思ってる。ペイペイの家に連絡すれば、まあ後はどうにでもなるとは思うんだけど」

 楽観的である。

「けど、あいつらってバカっぽいから、そういうことして逆切れされたら何するかわかんないし、嫌だなあ」

 悲観的である。

「絶対、『家族って書いてないからいいじゃん』とか言っても通用しないタイプだもんなあ。もしもあいつら捕まえることができたとして、その後下っ端が襲ってくるとかあったら最悪だし」

 超悲観的である。

「じゃあ、どうするんですか」

「リコーダー、探すかあ」

 会長はうずくまり、頭を抱えてそう言った。

「マジですか」

 当てはあるのだろうか。

「でも、それって、無理じゃないですか」

「そうなんだけど、そうでもないかもしれない」

 部長はふと、顔を上げてそう言った。

「妙案が、無きにしも非ずだ」

 どっちだよ。

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