6-3 その女と

「氷川の家は、この辺のはずなんだけどなあ」

 ペイペイはそういいながら先を歩く。

 時刻はもう夕方だ。放課後から活動していたので、当然といえば当然だが、雰囲気的にはもう帰りたいだろう。

「ペイペイ、時間も時間だから、場合によってはとっとと帰るよ」

 おれは一瞬、浜井さんの様子を振り見る。多分、浜井さんもいずらいだろう。それに、ほかにも理由はあった。この辺りは県立南層山総合高等学校が近い。南層山中学校と併せて暴力予備校とか半ぐれ農場、古くは『“注射”場』『煙突広場』と呼ばれるなど、何かとひどい場所だからだ。

 道路は舗装されているがぼこぼこで、一軒家やアパートとそれに付随する駐車場が道路の両側を占めているが、割れたアスファルトの隙間から雑草が生えに生え、街路樹は好き放題に枝を伸ばし、かなり不気味さを際立たせている。

 どの建物も外壁に時代を感じる。ひび割れの補修跡が黒ずみ、屋根が風に歪んで音を立てる。おれ達三人を見たカラスが、臆面もなく目の前を横切っていく。遠目から様子をうかがう猫は随分と毛並みも悪くガリガリである。

「会長、ペイペイ先輩は本当に氷川先輩の家、知ってるんですか?」

「多分。あいつは土地勘凄いからね。この辺りは大体こいつの庭だよ」

 おれは答えた。

「そうなんですか。あと、金木さんは来ないんですか」

「不純だ、だってさ。まあ、苦し紛れに園芸部の庭掘り返すっていったら喜んでついてくるかもしれないけど」

 金木にも声はかけた。なにせ、一応リコーダー探しの一環である。だが、金木は全く乗ってこなかった。まあ、人数がいればいいという状況でもない。

「あともう少しだ、会長。おかしいなあ。氷川っつったら……あ、多分これだな」

 ――山井荘。

 一つのアパートを見つけたペイペイは、そのまま元気よく、踏めば赤錆がパラパラと散る階段を景気よく上った。

「こっちこっち。あった。これが氷川の家」

 あんまり大きな声出すなよ、と思ったが、それを伝えようとすると、自分も大声になってしまう。おれは諦めて、黙ってアパートの二階に上がり、一つの部屋をじっと見つめるペイペイの隣に立つ。

 確かに、表札にはうっすらと氷川と書いてある。

「ご家族、いるかな」

「いないだろ。あいつの入部届の家族のサイン、覚えてねえの?」

「どうだっけ」

「絶対、自分で書いたと思うぜ。そっくりだったからな」

「だからっていないわけじゃないだろ」

 そういっておれは、勢いよくインターホンを鳴らした。台詞は決まっている。氷川君のお友達です、だ。

「……誰も出ねえな」

「言ったろ?」

 何故かペイペイは得意げにそういった。家族インタビューは浜井さんの取材の参考になればよかったし、そのついでにリコーダーの痕跡が家から出れば、それはかなりの収穫だ。

 実のところ、おれはリコーダー探しはそこそこ賛成だった。金木の言う通り、というわけではなかったが、そもそもこの部活、研究会の目的はそれである。それを達成できるなら、この研究会は『有終の美』を飾った、ということでいいのではないか。おれはそう思っていた。

 しばらく待ったが反応はない。おれは無言で、氷川家のドアノブに手をかけた。おいおい、という表情を浮かべるペイペイを無視して、ドアノブをひねる。

「開かねえな」

「そりゃそうだろ」とペイペイ。

「びっくりしました」と浜井さん。

「何、あんたら、泥棒?」とお姉様。

 三人にそう言われてはたまらない、おれ達はあくまで捜索に来たのだ。泥棒ではない……待て、最後の一人は覚えがない。

「え。どなたですか」おれは困惑して言う。

「あんたたちのほうが不審者でしょ」

 振り返った先に、ペイペイと、浜井、そして知らないお姉様がいた。だぼだぼの黒ジャージ(金ぴかライン入り)で饐えた金髪のお姉様であった。二十代後半ぐらいで、耳にピアスが、何個入ってんだろう、数えている場合ではないので省略する。

「すみません。僕たち、氷川君の友達です」

「氷川?」

「えっと、良哉君です」

 お姉様は制服姿の三人をじろじろと見ると、

「なんの用?」と訊ねた。

「僕たち、良哉君と同じ部活だったのですが、良哉君の荷物が部室にいくつかありまして。これ、返したいなあと」

 事前にすり合わせておいた嘘である。氷川は会室に荷物を一つも残していなかった。用意した紙袋には、適当に三人で集めた文房具と、どうでもいい本が入っている。

「あっそう」

 そういってお姉様はスマホを興味なさそうにぽちぽちといじっている。片手に持っているスーパーのビニール袋が、がさがさと風に鳴る。

「まあいいや。良哉の友達でしょ。あがってけば」

 何となく、半分脅迫めいていた気がする。一瞬ペイペイと浜井さんを見やる。二人は乗り気なようだった。

「はい。いいんですか?」

「まあね。あ、わたし良哉の叔母ね。メイ」

「あ、万田です」おれも名乗る。

「松平です」

「浜井です」

「へーえ」

 一瞬こちらを見て変に唸った後、メイさんはがちゃり、と氷川宅に入っていった。

 アパートではあるが、六畳一間などではなく、一応2LDKはある大きめのアパートだった。とはいえ、一つの部屋は小さいが。中は散らかってこそいないが、掃除はされていない。積み重なったチラシとゴミ袋が散在している。変な臭いもした。

「酒?」

「お茶で」

 あまりにロックな提案に、おれはすぐさま答えてしまった。我々は未成年である。酒や煙草はご法度である、が、ペイペイなどは惜しいと思っているだろうか。飲んでいるところはさすが見たことないが。

 促されるまま、きっと冬場だとこたつとして活躍しているだろう背の低いテーブルに促される。メイさんが適当に座椅子を引っぱり出して並べてくれた。

 メイさんは紙パックの緑茶(普段は割るのに使っているのだろうか?)を取り出し、人数分お茶を出してくれた。

「で、なんだっけ」

「これ、良哉君の忘れ物です」

「ふーん。どうも」

 そういって、メイさんが手を伸ばす。中を見ると、すぐに興味なさげに床に置いた。

「それで、せっかくなので、良哉君の最近とか、教えていただけたりしませんか」

「え? なんで」

「友達、なので」ほとんど嘘である。少し心苦しかった。

「へえ、あいつに」

 言葉だけだと驚いているようだが、実際はかなり落ち着いている。口調は無感情だった。叔母としても、氷川良哉はあまり関わり合いのある甥ではなかったのかもしれない。

「何か、最近、何か様子がおかしかったりはしてませんでしたか」

「さあ。わたし、よく知らないんだよね。ここ住んでないから」

「そうなんですか?」

「わたしがここにいるのは、ここ、引き払う準備中だから」

「え? 引き払う?」浜井さんがすかさず訊ねる。

「あの、良哉君のお父さんやお母さんは」

「いないよ。あいつの両親、おじさんとおばさんは去年死んだ。六月。事故。車」

「じゃあ、良哉君は、ずっと一人暮らしだったんですか」

「そう。知らなかった?」

「はい。一緒に遊びに行ったりは、たまにしたんですが、そういう話は全然」

 ペイペイが調子のいい嘘をつく。

「ふーん。そうか。まああいつ、喋んなくてつまんないもんね。なんかごめん」

「いえ、おばさんが悪いわけでは、ないと思います」

 おれはおばさんに合わせてフォローを入れる。

「ちなみになんですが、本を探してるんです」

 そして、おれは一つ切り込むことにした。

「本?」メイさんが聞き返す。

「はい。部で保管していた本なのですが、良哉君が借りて、そのままになっているんです」

「それは、わからん。なんて?」

「えっと、『【千九百九十九年増補版】千九百九十八年版リコーダー探しのヒント集 校舎編』ですね」

「え、なにそれ。マジウける」

 でしょうね。予想通りの反応に表情が凍る。ちなみに、この蔵書は実際に氷川が借りた記録が残っている本だが、勿論会室に返されている。

「ないですかね?」

「みたことねえな」

「うちの学校、蔵書の管理が結構厳しくて困っているんです。探していいですか?」

「好きにすれば?」

「ありがとうございます」

 二人に目配せする。二人も、ありがとうございます、と口々に言って立ち上がり、部屋を見渡した。すでにメイさんはおれ達に興味がないらしく、スマホを眺めながら加熱式煙草なんて吸い始めた。

 リビングは浜井さんに任せることにする。おれは率先して氷川良哉の部屋を当る。健全な不良男子高校生のベッドを女子高生に漁らせるのは、悪い。

 だが、ドアを開けた瞬間ほどほどの無力感がおれを襲った。六畳もない狭いスペースに、小さな本棚が一つ、制服などをひっかけていたであろうハンガーラックが一つ。ベッドはマットレスだけがどん、と鎮座していた。布団はない。勉強机には教科書が積まれている。本棚には、宮沢賢治全集から始まって、様々な本が入っている。ハリーポッターシリーズやなにやらがぎっしりで、それだけ。押し入れもないのでかなり狭く感じる。ベッドの下のスペースには服が入っていたのでちょっと掻き出してみたが目ぼしいものはない。そもそもすかすかだ。さらに、おれは適当に漫画を引き出して中身をぱっぱと確認し、もちろんリコーダーがないことに落胆した後、いっそ床板でも剥がれないかと苦心していると、

「なにやってんの」

 と、ペイペイに言われてしまった。

「あった?」

「ない。浜井も諦めたぞ」ペイペイはやれやれと首を振った。

「そうか。わかった」

 リビングに戻ると、煙草のようなそうでないような、変な臭いがした。加熱式煙草のものだろう。

「ないみたいです。ご協力ありがとうございました」

 おれはそういってメイさんに頭を下げる。

「だよね。いくつかは警察が持ってっちゃったから。まあ、返さなくて全然いいけど」

 ドライである。

「ちなにみ、メイさんは普段、どちらにお住まいなんですか」浜井が訊ねた。

「緑ケ原」

「遠いですね」

「まーね」

「お仕事は?」

「してない」

 もしくはちょっとあれなお仕事だろう、とは口が裂けても言えなかった。

「浜井さん、帰ろう」

 おれは促した。

「ありがとうございました」

 ペイペイはすぐに礼を言った。ペイペイも長居は不要と判断したのだろう。

「ありがとうございました」

 おれと浜井さんも礼を言うと、氷川宅を後にする。

「収穫なしかー」

 十分に氷川宅から離れると、悔しそうにペイペイは言った。

「なんもなかったの?」

 おれは二人に訊く。

「なんも。冷蔵庫もこっそり見たけど、酒しかねえわ」

 よくいったなそんなとこ。

「でも、話せてよかったです」

 浜井さんはそういいながら、ノートを開いている。

「そうだ。忘れてたわ。第一容疑者だな。保険金目当てで氷川一族を皆殺しにした叔母、とかどう?」

 あまりにも不謹慎な設定におれの顔が引きつった。

「考えて、おきます」

 浜井さんは首を傾げながらそう言った。

「何か、浜井さん的に収穫はあった?」

「あんまり。先輩の言う通り、ご両親、亡くなってたんですね」

 少しテンション低く浜井は言う。

「知ってた? ペイペイ」

「知らんがな」

 だよな。

「その、会長、思ったんですけど、氷川先輩の部屋、アイドルグッズって、ありましたか?」

 浜井さんはおれに訊ねた。

「そういえば、ないな」

 言われるまで気づかなかった。確かに、あいつの家にはアイドルグッズはなかった。

「確かに変だな。まあ、警察が持ってったのかもしれないけど」

 ペイペイは頷く。

「朝霧夕都のグッズを集めるのは大変だからな。数もないし。部屋にないのも仕方ないとは思う」

「でも、リコーダー欲しがるぐらいですよね」

「ポスターとか、当時はレコードか? もしもグッズを集めるタイプのオタクだったらその辺から始めると思うけど」

 うーん、とおれは唸った。浜井さんやペイペイの言う通り、違和感はぬぐえない。急に使用済みリコーダーとはちょっと跳躍しすぎである。

「壁に何か貼ってあった以外はなかったな。あんだけぼろい壁だと、すぐに跡つくだろうから、みりゃわかる。画鋲で穴開いてたわけでもないしな」

 ペイペイが腕を組む。こいつにしては珍しく、考えているようだった。

「あいつの部屋、結構ぎちぎちだったからな。あの部屋にアイドルグッズは最初っからなかったと思う」

「なんか、これは臭うな。事件の臭いだ」

「すでに事件なんだよ」

 おれは思わず指摘した。

「氷川先輩、リコーダー以外を探していたとか」

 浜井さんはきっと自分のことと重ねているのだろう。

「いや、それはない。ウチの蔵書にはリコーダー以外の話は書いてないからな。あれをあんなに積極的に読みたがるなんてリコーダー目的以外ありえない」

 それにあいつは、そもそも入会した時からリコーダーはどこだと訊ねやがったのだ。理由はともかく、リコーダーは探していたに違いない。

「さすが会長」ペイペイが囃し立てる。

「だとすると、どうして探していたんですかね」

「やっぱ売って、一攫千金か?」

「売れんの?」

「メルカリとかで」

「だったらほかにあるだろ」

 一攫千金にしたって効率が悪い。もしも悪い付き合いがあるなら、もっと他の方法で派手に儲けられるだろう。

「もう少し、氷川先輩については調べた方がいいかもしれませんね」

 浜井さんが言う。

「そうだな。ちょっと気になってきた」

「いいね、会長。ノリがいい」からかうように言う。

 ペイペイが言うことはともかくとして、確かに、興味の沸く出来事ではあった。探偵のまねごと、なんて言われたらそれまでだが、あの付き合いの悪い氷川の足跡はそれなりに面白そうだった。

 浜井さんも、ずっと不安を顔に張り付けていたように思うが、すでに今は事件をまとめるのが楽しいと見える。ペイペイは適当な奴だが、面白いことには目がない。この状況を彼なりに楽しんでいるのではないか。この場にいる皆が皆、少々不謹慎であるがこの状況に興味を持っていることは確かだった。

 勿論ありえないが、量さえ取れれば、あとそもそも倫理的に問題さえなければ、今年の展示はこれでもいいかもな、なんて、考えてしまった、その時だった。

「おいあんたら」

 急に話しかけられた。さっきのメイさんではない。男の声だった。

「すっげえ。本物だ」

 静かにしてくれペイペイ。

 振り返った先、そこには制服を着崩した少年と、おれ達三人の体重を足してなお足りないぐらいのゴリラが如し男がいた。まだ暑いとはいえ、タンクトップの人間には早々出会わないので威圧感がある。どう考えても真っ当な生き方をしていないのが見て取れた。

「お前たち、リョーヤのこと探ってんのか」

「違います。探ってないです」

 すぐに反応したのはペイペイだった。こういうときの反射神経だけは見習う必要があるかもしれない。

「探ってないけど、同じ部活なので、氷川先輩が部室に置いてきたものを返しに来たんです」

 浜井さんが声を張った。

「はあ? なんだと? どこにあるんだよ」

「たった今、返してきました」

 さすがに浜井さんにだけ喋らせるのはおれの立場がない。

「どこにあるんだよ」

 筋肉ゴリラのの方がおれの胸ぐらをつかんできた。恰好つけたのを後悔した。

「氷川君の家です」

 おれはアパートの山井荘を指差した。まだ見える圏内なのが助かる。

「何を渡した」

「文房具ぐらいです。ペンとか、消しゴムとか。あと、本です」

「本?」

「はい」

「あいつの家で何やってた」

「おばさんからお茶貰いました」

「だけじゃねえだろ」

「氷川君が、部室から持っていた本がありまして、それを探しました」

「なんて本だ」

「『【千九百九十九年増補版】千九百九十八年版リコーダー探しのヒント集 校舎編』です」

「……あ?」

 間。

「なめてんのか」

「なめてないです」

 おれは一つも嘘をついていない。

「お前ら、リョーヤからなんか聞いてねえか」

「なんかって、なんですか」

「金の話とか」

「か、金?」おれは首を傾げた。

「花田、それくらいにしろ。目立つとまずい」

 制服を着崩した方がそう言った。ゴリラの方はそれを聞いて左右を振り見、

「なめたことすんなよ」と脅した。見た目通り、あまり語彙はないようだ。

「はい」おれは素直にうなずいた。

 ゴリラはおれから手を離す。そして睨みながら舌打ち一つをしてそのまま立ち去ってくれた。その後ろ姿を見ていると、

「こっちみんな!」

 と急に振り返って怒鳴るものだから、おれ達は慌てて彼らに背を向け歩き出した。怖い怖い。

「死ぬかと思った」

 おれは素直な感想を言う。いまだに心臓がバクバク言っている。

「なんだったんですかね」

「氷川の友達だろう、多分」

「確かに、土岐先輩も、氷川先輩には関わらない方がいいって言ってましたね」

 浜井さんが同意する。

「ああいうの、ほんとにいるんだなあ」

「そうですね。びっくりしました」

 浜井さんの顔も心なしかやつれて見える。彼女なりに怖かったのだろう。

「なんで急にやってきたんでしょうか」

「ずっと見張りやってたか、あのおばさんが連絡したんじゃないか」

「なるほど」

 浜井さんは頷いた。今思えば、嘘かほんとかもわからない高校生三人を家に上げるのはちょっと違和感がある。引き留めて時間稼ぎをするつもりだったのかもしれない。

「あれ? そういえばペイペイは?」

「ペイペイ先輩は逃げました。会長が首掴まれたあたりからすーっと」

 光景が浮かぶ。そう、ペイペイはそういうやつである。去年、会室にタコ焼き器を持ってきてタコパをしたことがあったが、盛り上がりすぎて先生にばれたときも、あいつは先輩すらおいてそそくさといなくなっていたのを思い出した。あいつはそういうやつである。そのうち痛い目に合えばいい。

「あいつはそういうのうまいからな。痛い目に合えばいいのに」

「そういえばなんですが、会長ってなんでこの研究会に入ったんですか」

 浜井が思い出したように言った。

「え? ああ。実は、数字が好きなんだよ。アイドルの活動期間とCDとか配信曲の相関とか、動画配信の回数と時間、スキャンダルが起きたときの視聴数とか、その後の売り上げの変化、ライブのツイート数とか記録に取ってる。それでグラフとか作って変化を見るわけ」

 嘘はない。実はおれはあまりアイドル自体には興味がない。ただ、週次のランキングの変化とかを追いかけ、それが変化した時に、一体何が原因なのかを考えるのが好きなだけである。

「あ、そういう人もいるんですね」

「自分以外はあんまり見たことないけどね」

 これらは普段からやっていることである。正直、研究会だからやっているわけではなく、なかったらなかったでずっと一人でやっていただろうし、そもそも複数人でやることではない。

「今年の企画展は中身は全部自分が考えて、あとは適当に文章くっつければおしまいです。去年も半分ぐらいは自分のデータ入れて、先輩たちの内容の水増ししたんですよ」

「そうなんですか。すごいですね」

 そういわれると少しくすぐったいが、一方で浜井のその醒め切った反応に、多分興味ないんだろうなー、と思った。

「それこそ、浜井さんはなんで文芸部に入ったんですか」

 仕返し、というわけではないがおれは疑問をぶつけた。小説を書くのが得意ではないようなのに、何故文芸部に入ったのか、それは少し前から気になっていた。

「え? ああ、別に。わたしは事故で怪我してて、遅れて入学したんです。それでまあ、がっつり運動系とか今更入るのもあれですし……」

 浜井の言葉の歯切れが急に悪くなった。もしかしたら、いろいろ言いづらいこともあるのかもしれない。

「そうですか。まあ、いいミステリーができるといいですね」

 というふんわりとした言葉でおれは締めた。

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