6-2 リコーダーさがし
かくして、おれ達は『リコーダー捜索』をすることになった。会室に籠っているわけにはいかなくなったのである。部室棟から出ると、暑さが身に刺さる。
「会長、頼むぜ。あの朝霧夕都のリコーダーをマニアに売れば、一攫千金だ」
ペイペイはあほなことを言っている。
「探すんだったらやっぱり、穴掘りですか。ショベルありますし」
浜井さんは浜井さんであほなことを言っている。どこからもってきたのか、ショベルまで握っている。
「いや、場所を探すんだったらとっくの昔にいろんな人がやってるんで、そういうのはしません」
おれはきっぱりとそういった。
「なんでですか」
浜井さんは露骨に落胆してそういった。
「我々は我々らしく、正当に捜査しようと思う」
昨日、ペイペイからリコーダー捜索の提案をされてからずっと考えていたが、これが最適だと思った。
「当事者に話を聞こう」
「え、じゃあ」
「まずは桜木先生に話を聞こう。もう覚えちゃいるかわからないけど、損はしないはずだ」
「まじめですね」
浜井さんが言う。
「ミステリーの基本じゃないですか」
おれは至極まっとうなことを言った、つもりだ。つまりは聞き込みである。今まで、この学校は体育倉庫や園芸用の倉庫、用務員室やそれに付随する施設、貯水施設、変電室から百葉箱、校舎全三棟、部室棟、校庭、体育館、プールとやっぱりそれに付随する施設と近辺、そのすべてが荒らされる勢いで捜索されつくしている。それをいまさらひっくり返す気はない。それに、時間も経っている。リコーダーなんざ出てくるわけもなし。
「それで、どこに行くんですか」
「体育教官室ですよ」
いまだに元気なセミの鳴き声を背に、行く場所は体育教官室。桜木忠は導大寺高校の体育教師である。
地元紙に目を通して確認もしたが、当時リコーダー窃盗をもくろんだ男、堀越清太を捕まえたのがこの桜木先生である。当時はまさに時の人となり、相当もてはやされたと聞く。
「わたし、外にいていいですか」
浜井さんは少しおびえた様子だった。
「どうぞ。話は自分が聞いてきます」
「おれも外いていい?」
「ペイペイ……まあいいか。じゃあ外にいればいい」
ペイペイは単純に桜木先生が嫌いだから仕方ない。どうも、家族の誰かに仲のいい人がいるらしく、彼の人となりは誰よりも知っていると豪語している。曰く、ギャンブル好きに碌なやつはいないとのこと。別にペイペイはいてもいなくてもいいので、好きにさせることにした。
桜木は、一応礼儀にはうるさいタイプの先生だ。こんこん、とノックをして返事を待つ。少しおいて、おう、と、返事が来た。横暴な奴である。
「失礼します」
おれはなるべく堂々と部屋に入った。そこには、競馬新聞を畳む途中の桜木がいた。前にも一度ぐらいは来た事があるが、もはや彼の自室のような空間だった。
「どうした。珍しいな」
不思議そうに桜木は言った。
「実は、研究会の会長として、あの伝説のリコーダー紛失事件の主役に、インタビューしようと思いまして。本にするんですよ。ミステリー仕立てにして」
おれは適当なことを言った。だが、この単細胞にはこれが一番効くだろう。
「そうか、お前、そんな部活入ってたな」
半笑いで先生は言う。
「お前の部活と言えば……今年の文化祭で盛り上げてくれるのか? いいね、ほら、なんでも訊けよ」
すぐに調子に乗る。もういい歳のはずだが、ちょろいものである。
「あの日、先生はどうやって犯人を捕まえたんですか」
「そりゃ、あの時は宿直があったからな。学校に泊まっておまわりの代わりだよ」
「時間と、場所はどこでしたか」
そういいながらおれはノートを開いてメモを取る。当日の桜木の動向などは新聞にも学校からの手紙にも記載はなかった。
「時間は、夜中の一時頃だったな。なんかビビッと来てな。やっぱ、あるんだよ。ああいう胸糞悪いやつがくる気配ってのはな」
「さすがですね、先生。で、真っすぐその悪党を捕まえたってわけですか。正義の勘で」
「いや、違う。まずは順番に、校舎の一階からだな。いきなり二階なんて見に行かないだろ。でも、違和感はあったな」
「違和感ですか」
「何がって言われるとわからないが、人の気配だな。で、二階に上がったら、奴がいたんだぜ」
「堀越ですか」
「そうだ。で、とにかく追いかけまわして捕まえたってわけだ。かなりすばしっこいやつだったが、ちょうど校庭に出たところで捕まえたぜ」
「先生からそんなに逃げるなんて、よっぽどですね」
「ああ。なかなかだったが、だけど所詮は泥棒だったな。やっぱり、あいつをなかなか捕まえられなかったのは、あいつがとにかくうるさいからだろうな」
「はい、噂には聞いていますが」
「お前、新聞読まないのか?」
「読みます」
「じゃあ、噂じゃねえだろ。新聞にも書いてある通り、あいつはずっと逃げてる間五月蠅かったんだよ。これが。なんだったら、捕まえた後もずっと、そればっかだ」
「はい、例の台詞ですね」
『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』
おれと桜木は同時に言った。
「どこぞの台詞じみたこと言いやがって」
「全く、変な奴です」
おれは頷いた。
「ちなみに、堀越は二階の、具体的にどのへんで見つけたんですか」
「もちろん職員室の前だ」
「なんであいつは職員室の前にいたんですか」
おれの問いに、桜木は一瞬目を丸くし、
「そうか、お前たちはまさか、あの朝霧夕都がこの学校に通っていたなんて知らなかっただろうがな」と言った。
「はい。結構びっくりしましたよ」
「まあ、先生の中でも知ってたのは結構限られてたしな。あいつの私物は職員室で保管してたんだ。なんつっても一年生の二学期から出席してなかったし、ご家族からも退学するかもって聞いてたしな。ところが、まさかそれを狙って泥棒が出てくるとは思わなかったが」
「そうですね。ちなみに、職員室のどの辺とかっていうのは」
「金庫にでも入れときゃよかったのかもしれないが、そこまではしてなかったな。入って右奥に宿題とか手紙を置いておく棚があるんだが、その上の段ボール箱だ」
「なるほど。堀越を見つけたとき、段ボール箱の状況などは覚えていますか」
「そんなわけねえだろ」
急に桜木は声を荒げた。
「すみません。えっと、堀越を見つけたのは、廊下で、でしたっけ」
「そうだ。職員室前の廊下で、ちょうど出ていくところを見つけたんだ。だから、中なんて知らないし、まさかリコーダーを盗むやつがいるなんて思いもしなかった」
「そうですよね。まさかリコーダーだなんて」
適当に桜木に同意しておく。
「全く、最低な奴もいたもんだ」
「ちなみに、校庭であいつを捕まえた後、どうしたんでしたっけ」
「通報したよ」
「どこからですか?」
「そりゃあ、電話があるのは職員室だからな」
「じゃあ、犯人を引き摺って職員室まで」
「そうだ。それ以外にどうする」
「いえ、大変そうだって思ったんです。僕ならできません。さすが体育の先生です」
「そうだ。そうに決まってる。急に何を言い出したかと思えば」
「小説にしたとき、先生のパワフルなシーンが増えそうです」
「そうか。なら思いっきりやってくれ。別に脚色したっていいぞ」
ちょろい。
「ちなみに、犯人の堀越と何か喋ったりはしましたか?」
「いんや。特に何も話してないな。あいつはずっと探せ、としか言わなかったし、警察に電話した後はもうだんまりだった」
「そうですか。ありがとうございます」
「何か参考になったか?」
「はい。直接インタビューできたのでイメージがわきました。ありがとうございました」
そういっておれは頭を下げる。
「あ、そういえばなんですが」
おれにつられて頭を下げていた桜木の動きがぴたりと止まった。
「ちなみに、警察は何分ぐらいで来ましたか?」
「え? ああ、十分ぐらい、否、十五分はあったかな。でも、そんなには掛からなかったぞ」
「そうですか。そうだ、あと、参考までに、リコーダーってどこにあると思いますか」
「それは知らねえな。悔しいが、そればっかりは全然わからん」
「そうですよね。ありがとうございます」
ついにおれは、体育教官室を出た。外には、不安そうな顔の浜井さんがいた。
「どうでしたか、場所はわかりましたか?」
「全然わかりません」
「え、そうなんですか」
浜井さんは複雑な表情だ。こっちとしても、これだけで期待されては困る。
「それよりも、次です。次をなんとかします」
「ショベルですか」
「掘らないですよ。次は、ペイペイに頼みます」
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