6-1 容疑者たち
書庫から戻ると、松平ともう一人、おっさんがぺろぺろリコーダー捜索研究会の会室いた。
「戻ってきましたよ、先生」
松平はそういって、おっさんに声を掛けた。
「こんにちは。顧問の甲谷です」
おっさんは立ち上がって軽く会釈する。普通に知らないおっさんだったので少し困る。お父さんと違ってやせ型のおっさんである。
「浜井です」わたしも名乗る。
「国語の、特に現代文の授業をしているのですが……僕は家政科は見てないのではじめまして、ですよね」
「はい。そうですね」
ふーん、と甲谷先生はわたしのことをじっと見つめる。別にいいが、ちょっとねちっこい気もする。わたしの心証がよくないのに気付いたのか、
「いやあ、女子生徒が入会するのはなかなか珍しいので、これ見つけてびっくりしました」
甲谷はそういって入会届をひらひらと振った。
「えっと……」
真っ当な意味で入会したわけじゃない、そう言おうとすると、
「こいつも不純ですよ」
と金木が補足した。全く持ってその通りだが、むかつくやつである。
「さっきペイペイから聞きました。割と不謹慎だとは思うので、賛成しずらいんで、ほどほどにしてくださいね」
そりゃそうだ。わたしは、人の事件にかこつけてミステリー小説をしたためようとしている不届き物である。この甲谷先生、かなり真っ当な感覚の持ち主だということはわかった。会員とも普通にコミュニケーションをとっているようだし、文芸部の顧問とはえらい違いである。
「はい、気を付けます」
わたしは元気に返事をした。
「というわけで、これが全員ですよ浜井さん。聞くことあれば今の内じゃないですか」
松平は相変わらず、態度はでかいが協力的であった。
「ありがとうございます。そうですね」
わたしは考えた。松平は、これが自分の身の潔白を面白おかしく証明するいい機会だと思っているに違いないが、わたしはそうは思っていない。
――どう考えても、犯人はこの中にいる。
氷川良哉が所属し、彼は熱心にリコーダーを探していた。そして、深夜の学校で何者かに殺され、残された言葉は『リコーダー』なのだ。こいつら全員が容疑者だ、ぺろぺろリコーダー捜索研究会。
つまり、今、わたしは容疑者達に囲まれている。
「おれは認めないぞ」
急に金木が大声を出した。時と場合によっては、今まさに名探偵浜井ヨコが生まれていた瞬間のはずだったのに、なんて奴だ。
「リコーダーを探さないやつが入会するのがそもそもおかしい」
金木、喋る喋る。黙れ黙れ、金木。
「氷川先輩のことを探るのもどうかと思うが、入会するなら態度で示せ」
「どういうことですか」
わたしはとにかく平静を装って訊ねた。
「不純な気持ちでこの研究会には入らないでほしい」
なんだそれは。どういう意味だ。わたしは静かに混乱していた。なにせ、こいつ、ちょっと涙目だ。なんでそんなにもこいつらは変、というか、純粋なんだ。
「うーん、まあ、そうだなあ」
甲谷先生も急に腕を組んで唸りだす。
「一応、人の命が関わっているから、おれもそういうのにはちょっと賛同しかねるなって思う。ミステリー小説にするんだったっけ」
「まあ、そうですね」
きっと松平から話を聞いていたのだろう。ついで、文集に載せる予定です、と、わたしは補足した。
「表立ってそうやって犯人捜しするのもちょっとあれだしなあ。おれ責任取れんわ」
あまりにも正しい人格者っぽい意見に辟易する。でも、そうなると、わたしの文集がどうなるか見当もつかない。今からでも、実は病院で以前から出会っていた運命の赤い糸でつながっているイケメン高身長天然男子と遅れて入学した美少女一年生が偶然再会を果たして高校の文芸部の部室で織りなす嬉し恥ずかしアオハルラブコメを書くしかないのか。
「とりあえず、面倒なこと御免だからなあ」
「どういうことですか」
「ご家族とかに迷惑かけられると、面倒ですからね」
きっぱりと甲谷先生は言う。
「ペイペイ、おれ、この話聞かなかったことにしたい」
日和った! 甲谷先生は首を振る。
「それはちょっと。だって浜井さんがおれ達の潔白証明してくれんすよ」
ペイペイと呼ばれた松平は口答えした。
「証明はせんだろう」
「でも、噂は立ちます。適当に真犯人をでっちあげればいいんで」
「うーん、そうだな、先生的には犯人を捜せ! とは言えんし。金木がああいうんだったら、会員らしく、不純じゃなくて純粋に、リコーダーでも探したらいいんじゃないか。あとは、知らん」
先生はきっぱりとそういった。
「あと、文芸部の文集も、おれはソフトにしてほしいって思うなあ。責任取りきれないぜ。研究会と文芸部。両方の責任追及されたら世話ないし」
なんともまあさっぱりした発言です。
「だけど」
松平がかみつく。先生ははあ、とため息をつく。
「じゃあ、リコーダー探してて、そのついでに、氷川の事件の犯人が見つかったら万々歳ってことで、どうだ」
「適当だなあ」
松平はにやにやしている。
「いろいろと、あやふやにしろよ! そういうことで、健全にお前ら、リコーダーでも捜せ! おれはそういったからな」
そう叫ぶと、先生は脱兎のごとく会室からいなくなった。
全然人格者じゃなかった。ただの責任逃れおじさんだった。
「じゃあ、表向きはリコーダー探しってことで」
会長はあっさりとそういって話をまとめた。つまりはそういうことだった。
「表向きってなんだ」
面倒な奴がまだ一人いるが、見なかったことにする。
「あの、じゃあ、わたしは……」
「リコーダー探す雰囲気で、氷川のこと調べればいいですよ。この会室も警察に大分調べられた後ですが、何か氷川にまつわるものが残っているかもしれないので好きにしてください。えっと、リコーダー探す感じで」
会長はそういって会室の本棚を爪弾いた。
「なるほど」
わたしはいまいち釈然としないものの、納得の言葉を口にした。ややこしい。会長は面倒くさそうにはあ、とため息をつきながら椅子に座った。わたしはその様子を横目に、今までのメモを残したノートを開く。そういえば、事件当日の出来事について、松平には訊ねていない。
「あ、そういえば、えっと、リコーダーを見つけたいので、松平先輩は、例の日について何かご存じないですか」
「なんも知らない。わかっていると思うけど、みんな氷川とは距離取ってたからな」
悲しいことを松平は言った。使えないやつ。もうこんなやつはペイペイでいいと思った。
「なんだか、あまり力になれずすみません」
わたしの暗い顔を察してか、会長が謝った。
「いえ、別に。大丈夫です」
「やっぱり、先輩は偉大だったんだ」
金木が何かをねちねち言っている。だが実は、その一方で、そうせざるを得ない気もしていた。
氷川先輩については、クラスメイトからも何か話を聞くこともできるだろうが、多分会長やペイペイ先輩の言うような証言しか取れないだろう。そうなると、今一番氷川先輩に近づく方法は、彼の行動を辿ること、すなわちリコーダーを探すことなのではないか。
「そうだ、確かに、リコーダーは探してみるべきだよな」
ペイペイ先輩は思いついたように明るい声で言った。奇しくも私も同じ意見だった。
「どういうこと?」
会長はペイペイ先輩へ訊ねた。
「だってさ、氷川ってリコーダー見つけたかもしれないんだろ?」
「それは、まあ」
なにせ、命がけで地面にリコーダーと書く男である。
「で、リコーダーを探している最中、何者かに目をつけられて殺された。だろ?」
「そうですね」
お前らが犯人ならそうだろう。
「だったら、あいつの足跡を追った方がいい。そうじゃないか」
「そうかもしれませんね」
なんとなく、雰囲気でわたしは頷いた。
「じゃあ会長、ちょっとリコーダー探そうぜ」
「え、マジか」
不意を突かれて会長は大きな声を上げた。
「そういう部活だろ」
「まあ、それはそうだけど」
「文化祭の手続きはもう終わってるし、原稿だって書いたろ?」
「まあな。後はパネル用意して……」
「いい、いい。そういうのは十月やろうぜ。それより浜井さんの原稿の方が大事だ。あいつが借りてった資料をチェックして、あいつがやりそうなこと考えようぜ」
「つまり、リコーダー探すんですか」
「そうだな。それならお前も文句ないだろ」
「不純だ。おれは協力しない」
ペイペイ先輩に話題を振られた金木は突っぱねた。
「そうか。まあいい。でもな」
ペイペイ先輩はふと、思い出したように言う。
「案外、あっさり出てくるかもしんないぜ、リコーダー」
ふふん、とペイペイ先輩は鼻を鳴らした。
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