5-1 事件メモ
『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』
このセリフが、当時の導大寺高等学校を、ひいては地元全体を盛り上げた。
朝霧夕都リコーダー盗難事件は、その夏休み期間中、千九百八十六年八月二日に起きた痛ましい出来事だった。
犯人は、近隣に住む堀越清太。彼は導大寺高等学校に在籍していた有名アイドル、朝霧夕都のリコーダーを盗む目的で、深夜一時頃学校に侵入した。
しかし、当時学校の宿直担当だった教師、桜木忠に見つかり、十分以上の逃走劇を経て取り押さえられ、そのまま警察に引き渡されたという。
朝霧夕都は入学以来ほとんど出席しておらず、彼女が二年生に進級するにあたっては、彼女の私物は全て職員室に保管されていたという。そこを狙っての犯行であり、堀越は実際、職員室のある二階で桜木に遭遇している。
だが、この事件の特異な点は、そのリコーダーの行方にある。
犯人である堀越は、逮捕されたときリコーダーを持っていなかったのである。にもかかわらず、職員室に保管されていたはずの朝霧夕都の私物からリコーダーが消滅していたのである。
当時、驚くべきことに、導大寺高等学校にはセコムのようなセキュリティはなく、防犯カメラもそうだった。古き良き伝統に乗っかって、夏休みは宿直制度を取り、教師たちが部活の合宿がてら、あるいは暇を見て泊りで学校の様子を見るのが通例だったという。
このことから、導大寺高等学校では警察よりも先に、堀越が隠した朝霧夕都のリコーダーを手に入れようと生徒のみならず近隣住民、そして県外からのファンまで総出でリコーダー探しが活発になったという。参加した人数は千人を超えたとする見解もあり、その盛り上がりは警察すら手を焼く事態にまで発展したという。
なぜ、ここまで人が朝霧夕都のリコーダーに盛り上がったのか。(今では名も聞かないが)アイドルという知名度のなせる業か、とも言われているが、なによりも、この事件の特異性として語られるのが、捕まる直前まで堀越清太が叫び続けていたという、この言葉だろう。
『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』
かくして、この何もない導大寺高等学校近辺にあっという間に人を集めた。夏休みということもあったのだろうし、このセリフのキャッチ―さは群を抜いていた。地元紙はもとより、全国的にも報道されたことから、このセリフだけは聞いたことがある人も多いだろう。一説には、後世のあの有名漫画のあのセリフはこれを模倣したものだともいわれている。(出典:二千年度ぺろぺろリコーダー捜索研究会『千年紀 ~探索の軌跡~ リコーダー捜索と地域振興について1』二千年版、十二項)
このセリフがこの事件を大きくした一員であることは言うまでもなく、そして、この研究会が誕生した所以の一つであると筆者は考えている。我々の諸先輩方も、犯人のこの熱いメッセージを受けた仲間の一人なのだ。
(出典:二千二年度ぺろぺろリコーダー捜索研究会『あれから リコーダー捜索の軌跡について』二千二年版、二項)
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