4-2 不純
「嫌だよ。なんでこんなやつ入れるんだ」
開口一番、この金木聡とかいうぺろぺろリコーダー捜索研究会の会員はそういった。
「なんでだよ。警察、学校、カウンセラーにも散々話した内容、浜井さんに話せばそれでおしまい。あと一回ぐらいいじゃん」
松平はそういって金木をなだめた。
「嫌だ。不純だ」
金木は腕を組んで断固として反対の姿勢を見せた。なんだ、この小太り眼鏡。絵に書いたようなアイドルオタクの風体の彼に、わたしは不快感を覚えた、が、それは表に出さないよう努めて唇を結んでいた。
おろおろする会長も加えれば、ぺろぺろリコーダー捜索研究会の会室には微妙な雰囲気が流れていた。
わたしの入会届を、会長が提出しに行っている間に、この金木という会員が会室に現れたのが始まりだった。
「何が不純だってんだ」
松平は言い放つ。いいぞ、言ってやれ。と思う一方、ぺろぺろリコーダー捜索研究会とかいうキモい名前の部活やっている、お前ら全員不純だよ。
「お前ら全員不純だよ!」
え? なんて言葉を口を押さえて封じ込める。金木がわたしと同じことを考えていたし言ったのだ。
「朝霧夕都のファンじゃないやつはこの部屋から出ていけ!」金木は絶叫した。
違う、わたしと全然違うことを考えていた。何の話だろう。
松平は眉をひそめ、わたしは首を傾げた。
「いいか、この歴史あるぺろぺろリコーダー捜索研究会がどうしてできたのか、それをお前たちはわかっていない!」
「あんまりぺろぺろ言うなよ」
松平は肩をすぼめてそう言った。
「いいや、言うね!」
言わないで。
「ぺろぺろリコーダー捜索研究会は、あの伝説のアイドル、朝霧夕都の失われたリコーダーを発見するために作られた研究会なんだぞ。その本分を忘れて、お前たちは、やれハロプロだのケヤキだとか、坂がどうしたとかなんとか騒ぎ立てやがって。なーにやってんだ!」
金木は激昂してそういった。
「いや、そうはいってもさ。はじまりは、だろ? もう何年も、否、何十年も前からウチってアイドル研究会じゃん」
松平はやれやれとかぶりを振った。
「そういうことを言いたいんじゃない。わからないのか」
「なんだよ。おれとか会長とか、あと氷川にはそんなに騒がなかったじゃん」
松平は困り果てて言った。
「ペイペイも会長も一応先輩じゃん」
「おうおう、そう思うなら『さん』をつけろよデブメガネ!」
「なんだとチビ!」
「やめろペイペイ、金木、今更だ」
会長が抑えた。
「今更ってなんだ」「今更?」二人がかみつく。
「なんで氷川さんはいいんですか」
わたしは訊ねた。金木は一瞬、目を丸くした後、
「え? ああ、氷川『先輩』はな、お前たちの誰よりも真面目に、リコーダーを探してたんだよ。あの人こそ、真のぺろぺろリコーダー捜索研究会の会員だ」
「氷川、先輩が、リコーダーを?」
氷川良哉のことをわたしは少しも知らないが、土岐宗司の言う、関わり合いになりたくないヤバいやつ、いわゆる不良、暴走族、ヤンキー、こわい、という印象からは随分離れたことを金木は言った。まあ、それを言い出すと、この研究会の会員であることも驚きなのだが。
「そうだ。氷川先輩は書庫にある資料は全部目を通していたし、実際に学校内の倉庫や教室の隅々までちゃんと調べてたすごい先輩だ」
金木はそういって、目に涙すら浮かべている。
「あの、そもそも、この研究会って……」
「うーん、一応説明すると、この研究会って最初は目的があったんですよ」
会長は少し考えた後、そういった。
「取材には関係ないですが、一応説明しますね」
そういって会長は、ちょっとついてきてください、と誘導した。会長についていくまま、一つ下の階に移動する。その一番端の部屋。書庫、と書かれている。文芸部は部室棟の二階なので、ほとんど近づいたことはない。
「ここが、ウチの書庫です」
「書庫?」
「はい。各部で部屋に入りきらないものは共同の倉庫を持ってたりするんですが、なにせウチは量が多いので」
そういって会長はポケットから鍵を取り出し、がちゃりと開けた。
「な、なんですか、これ」
「初代から、大体四十年分の、リコーダー捜索の資料ですよ」
大体十畳ほどの空間に、人が一人通れるぐらいの間隔で本棚が詰まっている。会長が中に入ってしまったので、流れのままに本棚の隙間を通るが、棚の中もぎっしりだった。
「この研究会が創設されたのは千九百八十六年。それから特に、千九百九十九年までの間、ずっとこの研究会は、とあるリコーダーの場所について研究してきました」
「とある、リコーダー?」
「そうです。あの、幻の伝説のアイドル、朝霧夕都の使用済みリコーダーです」
え、キモッ。
「え、キモッ」
わたしは反射的に思ったことを口走ってしまった。
「すみません」
会長は謝った。急に悪いことを言った気分になった。
「でも、そういうスタートの研究会なのでご容赦ください。この研究会が作られたときは、そういうのが許された時代でもあったのだと思います」
セクハラ的な何かとかそういうやつについてです、と会長は付け足す。
「ごめんなさい。なんか、つい」
わたしも素直に謝った。会長に罪はない。
「いえ、慣れてます」
そういう会長の顔に、寂しい笑みが浮かぶ。
「それで、朝霧、夕都さんって誰ですか」
わたしは当然の質問をした。すると、会長は、
「え、そうか、知らないんだ」
と驚きを口にした。
「すみません。無知で」
わたしは、ちょっとむっとなってそう言った。悪い反応だとは思うが、一方で、オタクの常識を一般人の普通にしないでほしいとも思う。
「いえ、そういうわけではないです。えっと、朝霧夕都のことを知らないのも、当然といえば当然です」
こほん、と彼は一つ咳払い。
「松田聖子、中森明菜と同時期にお茶の間にデビューしたものの、活躍した期間はわずか二年。あっさり引退してお茶の間から消えた謎多き幻のアイドル、それが朝霧夕都です」
「は、はあ、なるほど」
松田聖子も中森明菜も、なんとなく聞いたことはあるが、朝霧夕都は知らなかった。
「で、なんと、その朝霧夕都はこの学校の生徒だったのです」
「は、はい」
まあ、リコーダーがあるならそういうことだよね、とわたしは思う。随分冷淡な反応になってしまった。
「ところが、その千九百八十六年の八月二日に、とある事件が起きたんです。それが、朝霧夕都リコーダー盗難事件です」
「いらない偶然ですね」
わたしは思わず突っ込みを入れる。最初、会長はぽかんとしていたが、
「氷川先輩が死んだ日ですよ」
と、いつの間にやらいた金木がそう言った。
「ああ。そうか」
会長はふむ、と腕を組んだ。
「やっぱり、おれは氷川先輩がリコーダーを見つけたと思う」
急に割り込んできた金木は神妙な面持ちだ。
「先輩は、リコーダーを見つけたけど、それを何者かに奪われたんだ。そうに決まってる」
金木は話の腰を折る天才かもしれない。
「さあ。それはおれにはわからないけど。えっと、浜井さん、どこまで喋ったっけ?」
「えっと、朝霧夕都さんのリコーダーがなくなった、だけです」
「そうそう。『朝霧夕都のリコーダーはこの学校にある! 探せ!』って犯人が叫んだのが有名で」
「『朝霧夕都のリコーダーはこの学校に置いてきた! 探せ!』だ」
金木が訂正する。
「そうだっけ? えっと、朝霧夕都も、当時はまだ有名だったから、結構盛り上がってリコーダー探しがはやったんだけど、結局誰も見つけらんないで四十年も経ったって感じです。この研究会は、その捜索を専門にする研究会として発足したわけです」
「な、なるほど」
別にどうでもよかったが、なるほどそれでこの気持ち悪い名前の研究会が生まれたわけか、と納得する。
「十年ぐらいはそれで持ってたんですが、まあ、途中からもうみんな興味なくしちゃって。それでも形だけ残そうとしたOBが二千年からアイドル研究会として方針を振り替えたんです」
「ありえない。そもそも、おれ達には朝霧夕都のことを偲び、世にその素晴らしさを知らしめる役割もあったはずなのに」
「そういう意見もあるな」
会長は適当に金木をあしらい、
「これがこの研究会の発足の理由です。一応、知っといても損はない、と思うので。でも、文集には別に入れなくてもいいですよ」
「考えておきます」
わたしはあいまいな返事をした。
「えっと、氷川の話、一応しといたほうがいいですよね」
会長は改まってそういった。
「あ、はい。そうですね」
わたしは慌てて返事する。会長の言葉を聞きつつも、実は目の前の資料の数に圧倒されていたからだ。
『年次部室棟一階捜索記録千九百九十年十月』
『年次本校舎一階捜索記録千九百九十年十月』
『基本資料A・導大寺高校図説千九百九十年版』
『基本資料B・千九百八十六年度導大寺高校生徒目録千九百八十六年千九百九十年版』
『対園芸部花壇捜索折衝全録南面千九百九十年版』
『対園芸部花壇捜索折衝全録屋上千九百九十年版』
『対園芸部花壇捜索折衝全録南面倉庫千九百九十年版』
『対園芸部花壇捜索折衝全録屋上倉庫千九百九十年版』
『千九百九十年次総括・ リコーダー探しの旅 - 接触篇 』
『千九百九十年次総括・ リコーダー探しの旅 - 発動篇 』
『千九百九十年次総括・ リコーダー探しの旅 - 接触篇 (DC版)』
『千九百九十年次総括・ リコーダー探しの旅 - 発動篇 (DC版)』
……などなど。
資料の形式も様々だった。紙製のフォルダに入ったものから、きっといろいろと中に記載があるであろうぼろぼろのノート、そしてそれらをまとめたらしい、ちゃんと製本され、背表紙まで立派についたものまで様々だった。中には瓶に『園芸部土・千九百九十年一月』とかいう何に使えるのかよくわからないものまである。
そして資料もそうだったが、部屋の奥にはどこかを掘り返した時に使ったであろうショベルが置いてあったりもする。何が歴代の会員をそうさせたのだろうか。すさまじい量である。何も知らない、興味のないわたしですら、一冊一冊に異様な執念が込められているのだけは『わからせられて』しまう。
「氷川は、確かに入会してから書庫も含め、全部の資料に目を通していると思います」
「ほんとですか」
「本当だ。これを見ろ」
金木が本棚に吊るされている一冊のノートを手に取った。貸出ノート、と書かれている。この学校はやたらと変に備品の管理をしたがる。金木が貸出ノートを開いて見せつけてくるので、その中を読んでやると、確かにずらりずらりと氷川良哉の名前がこれまた丁寧に書いてある。氷川が七、金木が二、あとは知らない名前が並んでいて、多分歴代の物好きな会員達だろう。
「氷川先輩は放課後になるとこの部屋で資料を読み、いくつかは持ち帰っていた。とても勤勉で、このぺろぺろリコーダー捜索研究会の鑑のような男だった。彼こそこの会を背負っていく男だった。先輩がいなくなった今こそ、おれ達は本来、その役目を果たすべく、戦わなくてはならないのだ」
「そうですか」
隣に会長がいるので、おいそれと同意するとかわいそうだったし、そもそも全体的に気持ち悪い研究会なので反応に困った。
「氷川は確かに、あんまりいい噂の立つ生徒ではないですが、殊にこの会については真面目でしたよ」
会長もそこは同意した。
「一緒にリコーダー探したりはしたんですか」
「いえ、まったく」
会長は首を振った。
「正直言って金木以外はほとんどしゃべってないんじゃないですか」
「いや、別に。そんなことはない。断じて」
あんなに氷川のことを持ち上げていたくせに仲は良くないようだった。
「ほかに、氷川さんについて気になることはありませんでしたか?」
「さあ? ほんと、あいつは入会した途端、リコーダーどこにありますか、って聞いてきてびっくりしましたが、それくらいですかね。たまにこの研究会にも『真面目な』生徒が入会すると聞いていたので、まあ、そういうことかなあと。あとは金木の言う通り、会室とここの資料をずっと読んでいたと思います」
「ちなみに、事件の日の氷川さんについては?」
「知らないですね。あの日は自分、研究会に顔は出していないので」
「金木さんは?」
「おれも知らない。あいつとはいい酒が飲めると思っていたのに、全然、話はしてくれなかった。孤独な奴だよ」
何から何まで使えない上、意味の分からないことを言う。あんたら未成年だろ。
「冷たい人だったんですね」
わたしは氷川先輩の感想を言う。
「そうじゃない」
急に金木は噛みついてきた。わからんやつだ。しかし彼なりにリスペクトはあるのだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
「一応、ペイペイにも聞いてみるといいですよ。まあ、あいつも何も知らないとは思いますが」
会長に言われるまま、ひとまず書庫を後にする。にしても、すごい情熱、だとは思った。書く方も書く方だし、それをひたすら読み続けた氷川良哉。一体何を考えて、両者ともこんな奇行に走ったのか。わたしには何一つ理解できなかった。
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