4-1 愚者がやってくる
「えっと、わたしは、入会希望者です」
口から出まかせ、わたしはとりあえず、ぺろぺろリコーダー捜索研究会の会室のドアへ向けてそういった。地元紙や周りの雰囲気からして、土岐宗司へのインタビューは簡単そうだったが、ぺろぺろリコーダー捜索研究会はそうもいかないと思っていた。なにせ、彼らは犯人として疑われ、がっつり事情聴取を受けた身だからだ。いわゆる犯人扱いである。知り合いは一人もいないが、そもそも研究会の名前からして校内の風当たりも厳しい。だから、彼らから本音を聞き出すには、ここは一つ、入会する覚悟も必要だと思った、わけがない! 嫌だ、入会したくない! そうは思っている。現在進行形だ。
だって、名前が最悪だし、同じ部室棟なので、入会しているメンバーもちらっと見たことがある。オタク丸出しの太った男子生徒が出入りしているのを知っている。
困ったことがあったら聞いてね、と部長が言っていたので、土岐宗司へのインタビュー後、真っ先に相談した。すると、あっさり入会を勧められてしまった。曰く、知っている人が入会しているが、悪いやつではないとのこと。まあ、部長が言うなら仕方なし。何かあったら僕から伝えてもいい、と言われたらもう、わたしにできるのは入会だけだった。わたしは意を決した。この、ぺろぺろリコーダー捜索研究会に入会するしかないのである。そして、その分、この事件の裏側を暴かねばならない。じゃないと恥のかき損である。
「どうぞどうぞ!」
と、元気な、しかし緊張の混じった声とともに戸が開けられた。強い風が吹き抜けた。なぜか窓が全開である。臭かったら最悪だな、というわたしの考えはとりあえず杞憂だった。そして、部室には二人の男子生徒がいた。一人がドアを開け、引き攣った笑みを浮かべた生徒。もう一人は背筋を伸ばし、必死で澄ました様子の背の低い男子生徒であった。何か隠し事でもある風でもあったが、とりあえず気にしないことにする。もしも本当にそうならば、わたしが暴くしかない。内心でわたしは己を鼓舞した。
「えっと、とりあえずこちらにお掛けください」
ドアを開けた男子生徒はそういいながら、椅子にわたしを誘導した。わたしはそれに従い椅子に座る。この男子生徒は割りと、普通な感じがした。
「えっと、ぺろ……」
「会長、名前だけでいいと思う。僕は、松平です」
澄まし顔の男子生徒が会釈した。松平が彼の言葉を遮った理由はすぐに察する。この部活の名前はとりあえず不快だからだ。その辺、常識感覚が松平にはあるらしい。
「あの、浜井です」
わたしもそういって会釈する。
「自分が、会長の万田悟朗です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「それで、入会希望ですよね。ぺ……研究会の内容は知っていますか」
会長は丁寧にそういった。
「はい。なんかリコーダーを、探すんですよね」
そういうわたしの視線が泳ぐ。文芸部の部室には、らしく本棚や執筆の参考資料となるグッズが飾られていたが、このぺろぺろリコーダー捜索研究会の会室には、棚の最上段に、一本のリコーダーが日本刀もかくやという台座に載せられ、ガラスケースに収められた状態で、堂々と飾られていた。なんだ、その破格の扱いは。あほらしい。
「まあ、基本はその通りなのですが、今はもうやってません」
会長はあっさり言った。つい、え? という疑問が口から飛び出る。
「昔はその通りなんですが、うちはもう、ただのアイドル研究会です」
松平がそう言って壁を指差す。名前はよく知らないが、トウキョウから始まり、全国展開していった地名を冠す、フランチャイズチェーンのようなアイドルグループの、多分どれかのポスターが貼られている。
「そうなんですか」
「そうですね。だって、もうリコーダーなんて見つかるわけないじゃないですか」松平は言う。
「は、はあ、そうですよね」
とりあえず理解を示したが、そもそもリコーダーと捜索の話をわたしはよく知らないので生返事した。ちなみに、導大寺高校の音楽の授業ではもうリコーダーは使っていない。おかげで、より彼らが何を言いたいのかわからなかった。なんで見つからないんだろう。っていうかなんで探しているのか、どうしてそれがアイドル研究会になってしまったのか。てんでわからない。
「今の活動としては、基本的に文化祭の企画展示が主です。去年はモーニング娘。から現在に至るまでのハロプログループの歩みをまとめた展示を行いました」
会長はそういって、後ろの棚から小冊子を取り出した。二千二十一年ぺろぺろリコーダー捜索研究会企画展、と書いてある。しかもご丁寧に『新入生案内用見本 B-778 二千二十一年度会員寄贈』と備品番号まで振られている。冊子を開くと、はじめに、から始まって、企画展の企画意図の説明を、そして続くページには実際の展示物の写真と解説が書いてある。おわりに、では、それまでの展示を振り返りつつ、今後のハロプログループの展開を期待する言葉でもって締めくくられている。よくは知らないが、思ったよりも彼らが真面目に研究、っぽいことをしていることはわかった。
「それで、浜井さんはどうして入会を希望するんですか」
当然の質問を会長はする。しまった、と思った。ここまでは考えていない。わたしは勢いに、そして流れに沿ってここに来ただけだ。
「氷川の事件でしょ。野次馬、新聞部と同じだよ」
顔を見ればわかる、とまで松平は言った。
「えっと、その」
わたしは口ごもる。とはいえ、女性アイドルの名前が口からホイホイ出るわけでもなかった。
やっぱりな、と松平は半笑いを浮かべながら言った。
「別に、いいです。氷川のこともこの会のことも全部喋りますよ。さんざん聞かれたし、おんなじこと言えばいいんでしょ。なんか証拠とか探したいなら探せばいいです。協力しますよ、会長が」
投げやりに彼は言った。
「いや、そうはいっても、そうなんですか?」
会長は困惑している。どうやら、前にも同じようなことがあったと見える。
「その代わり、とりあえず幽霊でいいから会員にはなってください」
会長の様子を尻目に、とんでもない交換条件を松平は言いだした。
「この会、会員足りないんで、名前だけでも登録してくれたら来年は持つ。それでいいんじゃないか」
「お前なあ」
会長が呆れているようだ。
「浜井さん、ですよね。別に好きなアイドルがいるとか、そういうわけではないんですか」
会長は訊ねた。
「はい。正直言って、そうです。今、氷川さんの事件を調べています」
「なんでですか」困り顔で会長は言う。松平の急なふんぞり返った態度と、わたしのような急な珍客に挟まれたら、誰だってこんな顔になる。可哀想なので同情した。
「文芸部の文集の参考にしようと思いました」
正直にわたしは答えた。そうそうホイホイ嘘がつけるほど、わたしは賢くないのである。
「文芸部の、文集に?」
不安そうな声。そりゃそうである。仮にも会員、友人に近い関係だったのは想像に難くない。そんな彼の事件を文集に載せてネタにしようというのである。最低の一言で済まされても仕方ないだろう。
「それって、全部そのまま載せるんですか」松平が言った。
「いえ、さすがにそのままにはしません。脚色したりして、なんとなく別の事件に……」
「いや、そのままでいいです。氷川の名前もそのまんまでお願いします。いいんじゃない、会長」
松平は会長に問うた。
「何の話してんの」会長は少し不機嫌に言う。
「文芸部の文集でさ、氷川の事件書いてもらって、犯人がおれ達じゃないってちゃんと記事にしてもらおうぜ」
松平は平然としている。
「どういうこと?」会長は訊ねた。
「金木だって賛成するだろ。あいつが一番イライラしてたし、ここでズバッと、おれ達の疑いを晴らしてもらおう」
「あの、疑いを晴らすわけでは」
「いいんですよ。たかだか文芸部の文集だろうと、誰かが絶対に面白がる。それでおれ達が犯人じゃないって知れ渡るんだからいいじゃん。それで行こうぜ。浜井さん、おれ達じゃないって記事を書いてくれるならなんでも聞いてくれ。最高の文集にしよう」松平は勢いよくそういった。
「まあ、確かに。おれの代で研究会潰れるのも嫌だし、金木も納得、するか」
会長はぽつぽつと言う。
「いいんですか?」
「いい。なんでも話すし、調べたいことがあったら会長がなんでもする。おれ達は無実だから、適当に犯人でっちあげて小説にしてまとめてくれ。新聞部と違うんだから、真実がどうの、とかは言わないでほしい。否、真実は少なくともおれが犯人じゃないってことなんだけど。あとそれから、アイドルに興味ないなら、別にさっき見せた文化祭の企画展は参加しなくていいし」
松平は一方的にそうまくしたてた。
「あの、会長さんは」
「うーん、まあいっか。浜井さんがいいなら。企画展の展示ぐらいは手伝ってほしいけど」
「えっと。わたしは文集の参考になれば別に大丈夫です。展示は、まあお手伝いぐらいなら」
「じゃあ、それで決まりな。おれ達は浜井さんの記事の協力をする。それで浜井さんは事件の小説を書く。おれ達の潔白が証明される。浜井さんは入会して、おれ達の会を来年まで維持してくれる」
そういうことですよね、と松平は続けた。なんかちょっと不公平な気もするが。
「まあ、そう、ですかね」
わたしは流されるままに言った。とはいえ、間違ってもいない、はずだ。
「よかったな、会長! 入会用紙は?」
「え? ああ、これだけど」
そういって机の下から入会用紙を会長は取り出した。
「学年とクラス、名前書いてください。あと、ご家族のサインも」
用紙の一番上には、堂々とぺろぺろリコーダー捜索研究会、と書いてある。おぞましかったが、しょうがない。
わたしはそこに、家政科一年A組、浜井ヨコ、と書いた。ついでにご家族のサインも書いた。
「え、いいんですか」
「大丈夫ですよ。そんなに厳しくないんで」
正直言って、これを家族に見せる自信がない。
「これ、先生に出せばいいんですよね」
「そうですが、自分から出しておきますよ」
そういって、会長は受け取った用紙を片手に、会室を後にした。
超ハイスピード。こうしてわたしは、したり顔の松平に見守られながらぺろぺろリコーダー捜索研究会の一員になったのである。
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