3-1 土岐宗司 1


「事件のこと、聞かせてもらえませんか」

「いいけど。結構おれ、今まで話しましたよ」

 導大寺新報とか、テレビの取材とか、見ましたか? なんて畳みかけてくる。

「はい、もちろんです。でも、ちゃんと取材したいんです」

 わたしは第一発見者の土岐宗司先輩の元を訪れた。部長に言われるまま部室を飛び出し、校庭の周りをフラフラしていたら暇そうなマネージャーの女の子がいたので声を掛けて時間を作ってもらった。場所はサッカー部の部室。臭いかと思ったが案外そうでもなかったのが嬉しい。多分それは、ここが更衣室とは別だからだろう。多分普段は部員のミーティングとマネージャーの準備ぐらいでしか使っていないようで、机も壁も、経年劣化を除けばかなりきれいだ。

 だけど、こうしてきちんと時間と場所を作ってもらったことがどうでもよくなるぐらい緊張感があった。マネージャーの女の子、文藤さんは今、わたしの真後ろにいて、多分仁王立ちでこちらをみている。怖くて振り向けない。でも別にやましいことをするわけではない。わたしは一般的な質問を彼にぶつけ、ありがとうございます、といって席を立つだけ。

 わたしは、部長からもらったノートを開き、鞄の中のスマホの録音をこっそりオンにした。

「ほんと、大変なんだからさ。サッカー部も、野球部も、あと生物部とか天文部もだっけ? 外で活動することが少しでもある部活は二学期入るまで活動停止だったんだから」

「はい、存じております」

 わたしは丁寧にそういった。存じてなかったけど。初耳だったけど。文芸部にはそんなこと関係ないのだ。どんまい。そう考えると、このサッカー部の部屋が整っているのはマネージャーの力だけではなく、捜査が入ったからなのかもしれない、なんて考えてしまう。

「えっと、何から話せばいい?」

 土岐宗司は日焼けし、紙を茶髪に染めた、わたしの思うサッカー部をそのまま出力したような生徒だった。部長と違ってしなやかな筋肉が全身を覆っているのがわかる。うん、まあ、これはこれでマネージャーの女の子の気持ちもわからなくもない。精悍な顔はすでにプロサッカー選手のよう。しかも、部長でエースだという。ちょっとモテ要素を盛り過ぎではないか。こんなド田舎の機材遅れの学校にはふさわしくない。

「発見した時の印象とか、あと、時間、でしょうか」

 勢いであいまいな質問が飛び出た。わたしの推理モノのレパートリーは名探偵コナンぐらいしかない。シャーロックホームズは、名前しか知らない。ベネディクト・カンバーバッチがかっこいい、ぐらいしかわからない。見たことはない。

 わたしの質問に一瞬、先輩は首を傾げたが、

「時間は朝の六時。朝練の準備で学校入って、体育倉庫に行く途中に見つけた。部員がふざけてんのかと思って近寄ったら、氷川だったし、驚いたね」

「ほかに、人がいたりとかは?」

「いないと思う。おれは見てない」

 わたしは校門から体育倉庫へのルートを思い返す。その道中で氷川は見つかった。不自然なルートではない。

「朝練に行く途中とか、学校の中で不自然なものはありませんでしたか?」

「多分なかったと思う。いつも通り」

 ですよねー、と心の中で同意する。

「ちなみに、氷川さんとは……」

「氷川は知ってる。一年のときは同じクラスだったし」

「どんな人だったとか、聞いていいですか」

「いいけど」

 そこで一瞬、彼の顔がむっとした。

「最初に言っとくけど、浜井さんもあんまり氷川については調べない方がいいよ。あいつは態度も悪いし、つるんでるやつもろくなのじゃない」

「そうなんですか」

 そもそも氷川自身のことを知らないので、ついそんな言葉が飛び出した。

「不良っつーか、ヤンキーっていうか。地元のヤバいのとつながってるって噂だからな。去年、新入生を勧誘するときも、氷川は避けろって話があったらしいし」

「すごいですね」

「だからまあ、ぶっちゃけ、いつ殺されたって仕方ないやつだったよ。っていうか、関わりたくはなかったよな」

「そうですか」

「警察にもいろいろ質問されたし、マジでだるかった。最悪だよ」

 その割に元気そうだと浜井は思ったが、そもそも大して印象の良くない生徒の事件程度では精神的にやられたりはしないのだろう。バラバラにされていたら話は別だが、氷川良哉の場合、目に見える損傷はほとんどなかったそうで、頭部の打撲しか傷はなかったと聞く。見た目のインパクトは、その程度かもしれない。

「それよりもさ、ほかに聞くことないの?」

 そう、これである。なんとなく察していた。むしろ、彼は警察から地元紙まで、インタビューを受けまくってちょっと調子に乗っているきらいがある。でなければサッカー部の部室を開けたりもしない。それはなぜか。

「えっと、じゃあ、例のダイイングメッセージは……」

「ああ、マジでああいうのあるんだーって思ったよね。地面にさ、書いてあるの見たんだよ。氷川もさ、右手上げて、こんな感じで倒れてるから変だなって思ったんだけど。そしたら書いてあんだもん。すごいよな、リコーダー、って。地面に」

 知ってる。それはまさに、地元紙から朝のニュースにまで取り上げられた、この事件最大の謎だからだ。そして、それを言いふらしているのが彼、土岐宗司だ。おかげで、誰もが知っている。

「リコーダー、ですか」

「そう、リコーダー」

「はあ、なるほど」

「リコーダー」

 土岐は語気を強めてそう言った。わたしの手が止まっているのが気に食わないようだ。仕方なしにわたしはノートにリコーダーと書いた。それを見て土岐は微笑んだ。一応フォローすると、最初はきっと、彼にも多少の心理的外傷があったに違いない。しかし、今ではこのダイイングメッセージを発見した人間としてもてはやされ、天狗になっているようだった。人間とは得てしてそういうものらしい。事故が起きても人が倒れてもスマホでぱしゃぱしゃと写真を撮る人間の恐ろしさが身に染みる。

「そういうこと。やっぱ、あいつらが怪しいと思うんだよね」

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

 わたしはそういって立ち上がろうとする。これ以上話を聞いていると、あの部活、あの研究会と関わる必要が出てしまう。

「え、ほら、知らない?」

「いや、その……」

「確かに、氷川はヤバいやつらと関わってたけどさ。今回の犯人はぺろぺろリコーダー捜索研究会だろ。だって」

 聞きたくない!

「聞きたくない……」

「氷川もぺろぺろリコーダー捜索研究会の会員だしな。絶対あいつらの中に犯人いるよ」

 そう、この導大寺高等学校には、リコーダーと聞いて誰もが連想する悪夢のような研究会がある。

 それが、ぺろぺろリコーダー捜索研究会である。聞くもおぞましいこの研究会、避けたくてしょうがなかったがしかし、この事件を取り上げるなら避けては通れないのは確かなようだ。わたしは頭を抱えた。

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