1-2 浜井ヨコ2

 人生で一番痛かった思い出って何だろう。わたしの場合はシンプルに、自転車で転んだ時である。塾へ向かう途中、道端の暗がり、左側から何かが飛び出してきたのである。

 なんといってもわたしの地元、下寺元は一番近いイオンモールまで電車で二十分、県庁のある大きな駅まで一時間の山の中にある。そんな場所に位置している『近所』の塾へ、わたしは後十分で着かなければいけなかった。昼寝からの寝坊である。故に、普段は使わない山道を使っていたのだ。

 果たして、飛び出してきたのはハクビシンかタヌキか、あまり見ないがキツネかも、と思ったが、それは野生の中で鍛えられたであろう脚と、食べたらきっとおいしいであろう、がっちりとした手羽元に支えられたふんわりと大きく空気をたっぷりつかんで離さない、真白な羽を湛えた巨大な鶏だったのだ!

「にわっ」

 わたしは変な声とともにブレーキをぎっと握ってハンドルを切った。鶏も相当驚いたのか、羽をばっさばっさとはばたかせてなんとわたしの顔ほどの高さまで飛びあがり、そして足の爪でぎゃっとわたしの顔をひっかいた。その傷は今でもうっすらとわたしの頬に残っているのだが、ほとんど目立たないし、ちょっと工夫すれば完全に消えるので助かった。だが、残念なことに、そんなことどうでもよくなるぐらいツイていなかったことがいくつかあった。

 一つは、その日の前日、雨で道がぐちゃぐちゃだったとこ。そして二つ目はハンドルを切った先が二メートルほどの崖になっていたこと。三つめは、本来あるべきガードレールが存在していなかったこと。

 聞いたことのない、ケーッ!、なる鶏の絶叫とともに、わたしはそのまま三メートルほど自転車と一緒に落下し、ごろごろと転がって足と肩とあばらとそのほかいろんな場所を折ったりひびを入れたりした。激痛でパニックになる中、わたしはスマホで家族に連絡をいれた。救急車に連絡しないあたり、バカの極みだったが仕方ない。そして、その後のことを覚えていない。

 目覚めたとき、右足と上半身が痛く、痺れていた。家族はこんな悲惨なわたしの目覚めに、とにかく涙して喜んだ。泣きすぎて、しばらく会話すらままならなかった。なぜか。

「あんた、二か月寝てたんだよ」

「……待って、どゆこと?」

 わたしは絶望した。そう、季節は冬、一月だったはずなのだ。中学三年生の私にとってそれは、第一志望だった県立高校の受験を逃した、ということを意味する。いや、怪我とかどうでもいいわ。え、わたしの高校生活は?

 わたしは涙ながらに再試を訴えたが、いろいろと無理だった。体がそもそもまともに動かなかった。そしてなにより、今日は三月二十日だった。いろいろと終わっていた。一般的な入試は三月上旬で終了、追試などもせいぜい三月十日ぐらいか。もう入学どころか中学卒業が怪しかった。否、授業はちゃんと受けてたし、さすがにそれはないと思うのだが、とにかく今は、入試や卒業よりも退院を考えなさい、と母から言われて、わたしは病院のベッドに潜りとにかく泣いた。

 そして、二日後。母がいない隙に慣れない松葉杖で病院を脱出したのである。わたしに、中途半端なリハビリを教えたことを後悔させてやる、とにかく中学校に行って先生に会おう。必死で前進するわたしだったが、さすがに疲れたので、看護師の様子を見て、病院のトイレにいったん潜伏した。

「どうしたの? 僕でよければ話、聞きますよ」

「びぇっ」

 びっくりした。トイレで話しかけられることも稀だが、相手は男だったのだ。

「な、どうして……」

「だって、泣いてるじゃないですか」

 そういわれて、わたしはトイレの鏡を見た。

 汚い! その時、わたしは初めて、自分が泣いていることに気付いた。パニックになるわたしを前に、彼は鞄からティッシュを取り出し、慣れた手つきでわたしの涙をぬぐった。さらに、新しいティッシュをわたしの鼻に当て、鼻水をかむことを促してくれた。完全に介護だった。ずびーっと鼻水を出したわたしへ、彼は無言で背中に手を回して支えてから、一緒にトイレから出るよう促した。そのまま一緒に廊下を歩き、病院内の待合スペースに連れてきてくれた。

 また、これは完全に余談だが、気になって振り返ったわたしは、自分が隠れた場所が男子トイレであることを知った。つまり、彼は病院の女子トイレに潜伏して利用者へ話しかけ、相手の涙を拭って鼻水までかましてくれる、どういう性癖なのかよくわからないとりあえずヤバいタイプの変態ではなく、ただのお見舞い客だったのだ。

 ちなみにお見舞い相手はお母様だそう。彼は何と七人兄弟の長男で、その日は今度産まれてくる八人目のためだったらしい。そんなわけで、家族思いの彼と比べれば、男子トイレへ涙ぐしゃぐしゃ鼻水たらたらで入ってくる松葉杖女子中学生の方がヤバいのはいうまでもない。

 時間帯なのか、その待合スペースにわたし達以外に人影はなく、その男の人は黙ってわたしの事故や二か月意識がなかったこと、そして高校デビューが絶望的なことを黙って聞いてくれたのだった。

 この時のことを、正直わたしはほとんど覚えていない。確か、もうこの先、思っていたような高校生にはなれないし、そもそも体が治るのかもわからない、なんてことを言ったと思う。結局体は治ったし、今思えば随分悲観的で甘ったれたことを泣き喚いたはずだが、彼はそんなわたしに黙ってうなずき、大人しく聞いてくれたと思う。もしかしたら甘くて優しい共感の言葉を投げてくれていたかもしれない。自分のことでいっぱいいっぱいだったから、わたし自身はもうほとんど覚えていないけど。ただ、そのときわたしは初めて、目覚めてから本気で泣いたのだと思う。

 わたしが泣いて落ち着いたのを見計らってから、彼はわたしを病室まで連れていき、つむじ風のようにいなくなった。そうして、他人のことなんて考える余裕のなかったわたしは、結局彼が何者だったのか、連絡先はおろか名前もわからないまま見送ることになった。ただ、なんか滅茶苦茶背が高かったのだけを覚えいてた。

 その後、リハビリに邁進するわたしに学校から連絡があった。二次募集をしている私立高校があるという。偏差値的にも余裕だし、電車でぎりぎり通える範囲だという。しかも、ちょっとずるいが病室で試験を受けさせてもらえるらしい。その高校の名前を私立導大寺高等学校家政科という。そんなわけで、わたしは一か月遅れで高校デビューを果たした。そして、


『文芸部に入部しませんか?』


 そういって遅れてきた新入生へ文芸部の紹介をしに来た『先輩』こそ、病院でわたしの話を聞いてくれた彼であった。そう、こうしてわたし達は運命の再会を果たしたのである。

『これってさ』

『いや、運命でしょ。マジで』

『そうかな? たまたまだとは思うんだけど』

『普通あり得ないからこそ、もうこれは行った方がいいよ』

『いっちゃえ! 大丈夫、それはもう間違いないって』

『そうそう。これはマジで神様いるって』

『運命じゃん』

 思わず電話した友達もみんなが太鼓判を押してくれた。そんなわけでわたしは、周りに言われるまま、『流れ』で、特に興味のない文芸部へ入部したのである。

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