1-1 浜井ヨコ1

 流されやすい生涯を送って来ました。そしてそれが、このわたし、浜井ヨコの場合は得てして碌なことにつながらない。例えば、友達と外へ遊びに行ったとき、周りからかわいいじゃん、なんて言われて買った服が、家に帰ったらなんか思ってたのと違う、とか。中学生の運動会の時、友達から足早いしいけるって、なんて持て囃されて運動会の長距離走に出走したら陸上部にごぼう抜きにされ、五分遅れでゴールしたりとか。その場の雰囲気に流されて、そのままはいはい、なんて進めてるうちに、自分がなんとなく損な役割に回っているのだ。

 ――この部活への入部もそうだった。

「いらっしゃい、浜井さん。お疲れ様」

「お疲れ様です」

 その人はいつも、部室に入ってきた本人よりも早く挨拶をする。礼儀正しいを通り越してどこまでも謙虚、あるいは誠実さが具現化したような男である。そのどこまでもクリアな、炭酸水のように透き通ったような性格の上、彼の身長は百九十センチ級(本人は、百八十八センチなんだよね、と語っている。謙虚!)、背筋もピンと伸びているのでプラス十センチぐらいある気もする。もちろん足は、それはもう、菜箸のように長く美しく、しかも視線を上に向けていくと、なんと、びっくりするほど顔が小さい。こんなド田舎の高校に通ってさえいなければ、どう考えてもモデルになっていたであろう素敵男子な彼こそが、この文芸部部長である。

 そして、人口より野猿の方が多い土地故、バレーボールやバスケなんかは立っているだけで強力なはずの彼なのだが、本人にその気は一切なく、こうして大人しく文芸部の窓際で、誰がもってきたのかわからない安楽椅子に座って足を組んで本を読んでいる。バシャシャシャシャシャシャシャシャ、わたしは黙ってスマホを取り出し、そのまま彼を連写した。和製シャーロックホームズ写真コンテスト優勝である。先輩の日本人にしては深め、外国なら浅めという絶妙な堀の深さの顔に、残暑も和らぐ夕方の光が陰影をつけ、その美しさを強調している。もしも古代日本彫刻の美の基準がギリシャと似通っていたならば、先輩のような像が正倉院から百ダースほど発見され、東大寺南大門は金剛力士像に変わり先輩のようなすらりとした九頭身モデル体型細マッチョイケメンの全裸彫刻が寺社仏閣を守っていたに違いないのだ。ツインで。

「そんなに写真撮ってどうしたの? 確かに今日はいい天気だけど、珍しい鳥でもいた?」

 先輩はそういって窓の外を眺める。

「はい。それはもう美しい、金色の天上を翔ける純白のフラミンゴのようでした」

 実は、先輩はそこそこヤバいレベルの天然ボケが入っている。まさか自分が連写されているなど露ほども思っていない。そこがまた可愛らしい。わたしはいい加減連写をやめて、スマホを鞄の中に落とした。きっと今頃、クラウドサービスのおかげで4G回線を通じネットにバックアップがアップロードされているはずだ。

「いいなあ。僕もみたかったなあ。写真みせてくれない?」

「あ、りません。一瞬でした」

 嘘をついた。

「そうですか。なら仕方ない。今度は、見つけたら教えてね」

 金色の天井を翔ける純白のイケメンフラミンゴはそういった。

「はい」

 わたしはそう返事して文芸部の椅子を引き、腰かける。そして、鞄から一冊の本を取り出す。先輩から勧められた本『大いなる眠り』のカバーを被った『王様ランキング』の三巻である。ぶかぶかで不格好だが、先輩の目を欺くならこの程度で十分だ。

 そう、わたしは大して文学に興味はない。というか無、ゼロである。

 でも何故文芸部へ入部したのかというと、きっかけは些細なことだった。


 ――中学三年生、冬。わたしは中卒という、まあそういう道もあるけどやっぱり高校はいきたい! という岐路に立たされていたのだ。

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